第十九章 第一話 エトナ火山の地下通路
今回のワード解説
読む必要がない人は飛ばして本文のほうを呼んでください。
本文を読んで、これって何だったかな?と思ったときにでも確認していただければと思っています。
可視光線……電磁波のうち、ヒトの目で見える波長のもの。いわゆる光のことで、可視光は誤った言い方であるかもしれない。
周波数……工学、特に電気工学・電波工学や音響工学などにおいて、波動や振動が、単位時間当たりに繰り返される回数のことである。
炭酸飽和……二酸化炭素を水または水溶液に溶かすことをいう。
当世具足……日本の甲冑の分類名称の一つ。鉄砲伝来や戦闘の大規模化による武器と戦術の進歩、南蛮貿易などによる西洋甲冑の影響などの要因により、室町時代後期の戦国時代から安土桃山時代に生じた甲冑の一形式。「当世」とは「現代」の意味で、当時、従来の鎧とは違う新しい様式の甲冑であったため、その様に呼ばれた。
翌日、俺たちはサムさんに別れを告げる。
「お世話になりました」
「いえいえ、何もお構いできなくて」
「そんなことないです。とても助かりました。では」
俺は軽くお辞儀をするとエトナ火山に向けて歩く。
「あーあ、またしばらくは温泉ともお別れね。次はいつ入れるのかしら」
カレンが名残惜しそうに温泉の話題を口に出す。
「また機会が訪れるって。エトナ火山の麓に住む魔王を倒して戦争を回避できれば、またのんびりとした生活が遅れる。そのときはまた温泉に入りに行こう」
「なら、早く魔王を倒して温泉に入りに行くわよ」
この戦いが終わり、世界に平和が訪れたときに皆で温泉に行くことを約束すると、カレンは急に張り切り出して歩くスピードを上げる。
森を抜けると次第に緑が少なくなってきた。
地面はゴツゴツとした岩肌になり、注意して歩かなければケガをしそうだ。
皆は大丈夫だろうか?
そう思い、後ろを歩いている仲間たちを見る。
冒険慣れし始めているからか、彼女たちは辛そうな表情は見せていなかった。
少し安心すると、俺はレイラの首にネックレスがかけられていることに気づく。
銀のチェーンにリングが通されており、その中央にかなり小さいサファイアが取りつけてあるあのネックレスは、俺が彼女にプレゼントしたものだ。
「ネックレス直したのか?」
「うむ。壊れた部分はフックだけであったからな。カレンが直してくれたのだ」
そういえば、カレンは小物作りを趣味でしていた。
俺の旅についてくることになってからは、見たことがないが、彼女の技術が生かされたようだ。
「カレン、ありがとうな」
「別にお礼なんていいわよ。たまたま予備を持っていたから、直しただけ」
カレンにお礼を言うと、彼女は照れ臭そうに視線を逸らした。
目的地に向かっていると気温が高くなり、汗が噴き出る。
きっと火山が近いからなのだろう。
額の汗を手で拭っていると、視界の先に人らしき人物が見えた。
こんなところに人がいるなんて。
そう思っていると、相手も俺たちに気づき、こちらに駆け寄ってくる。
変わった人物だった。
武装はしているが、俺の知っている鎧とは全然違う。
全体的に黒く、頭の被り物は何かの文様が描かれている。
「日本の鎧!あのデザインは戦国時代の当世具足!」
エミが鎧の名称を言う。
日本というのは、エミがこの世界に来る前に住んでいたという、別の世界の国だ。
知識の本にも、当世具足のことについて書かれてあった。
『当世』とは『現代風』という意味、そして『具足』は『すべて備わっている』を表す。
当世具足は、防御機能が完備した現代風の鎧ということになる。
槍や鉄砲という武器に対して防御力が高い。
当世具足の人物は、腰に差しているものを抜くと、俺たちに先端を向ける。
包丁をかなり長くしたような刃物だ。
あの得物は酒呑童子たちとの戦いのあとに、ライリーから聞いた武器に非常に似ている。
確か日本刀という武器で、刃の部分は片側だけだ。
酒呑童子の配下である四天王の一人、星熊童子も使っていたらしい。
刀を抜くところを見ると、どう考えても敵意を見せているということだ。
「ここはあたいに任せな!日本刀相手には経験がある」
俺たちを庇うようにライリーが先頭に立つと、彼女は剣を鞘から抜いて構える。
鎧の人物が刀を上段に構えて振り下ろすと、ライリーは剣を横に傾けて敵の一撃を防ぐ。
「こいつは人間じゃない。スカルナイトのような魔物だ。鎧の隙間から骨が見える!」
襲って来た人物はどうやら魔物のようだ。
だけど、こんな魔物は見たことも聞いたこともない。
フォックスさんの話にも、一度も出てこなかった魔物だ。
セプテム大陸の魔王が新に生み出した魔物なのだろうか?
「デーヴィット、こいつの正体は何か知っているかい?」
ライリーが敵と斬り合いをしながら尋ねる。
「いや、わからない。俺の知らない魔物だ」
「なら、取敢えず鎧武者とでも呼称しておこうか」
未知の魔物を、ライリーが命名する。
敵の力は未知数だが、彼女は鎧の中は骨だと言っていた。
ならば、スカルナイトと同じ方法を試してみよう。
だけどその前に、もう少し敵の情報が欲しいところだ。
「ライリー、もう少し敵の特徴を教えてくれないか」
「そうだねぇ、全身鎧で覆われて隙間は少ししかない。動きはボーンジェネラルぐらいの速さだ。唯一剥き出しの箇所は顔面だねぇ、ドクロがはっきり見える」
彼女から情報を提供してもらい、俺は思考を巡らす。
カレンの契約している音の精霊、ハルモニウムの力を借りた音の魔法を使えば、やつの身体を破壊することは可能だろう。
しかし、大半の周波数は鎧により弾かれることも予想できる。
弾かれてしまうことを考慮するのであれば、カレンと共同でする合成魔法のキャビテーションのほうが、可能性を見出せる。
「カレン、合成魔法を放つぞ」
「わかったわ」
「呪いを用いて我が契約せしウンディーネとケツァルコアトルに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。カーバネットウォーター」
空気中にある複数の水素と酸素が結合し、水素結合を起こすとそれらが集合し、水を形成する。
そして今度はその水に対して二酸化炭素が溶解し、炭酸飽和を起こす。
これにより炭酸水が生まれると、鎧武者のドクロ部分に付着させる。
「カレン、今だ!」
「分かったわ。呪いを用いて我が契約せしハルモニウムに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ゼイレゾナンス・バイブレーション」
ドクロが炭酸水塗れとなった鎧武者に、同じ周波数の音が襲いかかる。
炭酸水を浴びた敵の圧力を下げたことにより、液体に溶け込んでいた気体が泡となって出てくる。
そこに低周波を当てることで炭酸の泡を潰しては新な泡を発生。
一秒間に数万回以上のサイクルで繰り返された泡は成長し、大きくなったものが急激に潰された際に衝撃波を発生させ、ドクロを破壊した。
頭部を失うと鎧武者は地面に倒れる。
しばらく警戒していたが、鎧武者が起き上がるような気配は見せなかった。
どうやら倒せたようだ。
これから先は、俺の知識では分からない魔物が出現してくると思っていたほうがいいだろう。
しばらく歩いていると、今まで急な坂道や歩きにくい岩場ばかりだったのが嘘のように、標高が緩やかな場所に辿り着いた。
どうやら麓についたようだ。
しかし周囲を窺っても建物らしきものは見当たらない。
認識阻害系の魔法でわからなくしてあるのだろうか?
それとも人の目では見えないように魔法で隠しているのだろうか。
人間は物体に当たった光の波長のうち、物体に吸収されずに反射した波長を物体の色として認識する。
光とは電磁波の一種であり、波長によって屈折率が変わるため、光が分散してさまざまな色を認識することができる。
人間の目で見える波長の範囲を可視光線と呼ぶが、短波長が三百六十から四百ナノメートル、長波長側が七百六十から八百三十ナノメートルであり、可視光線よりも波長が短くなっても長くなっても人の目で見ることができない。
この範囲以外の波長で、人が認識できないようにしてある可能性は否定できない。
ただ見えることができないだけだとするならば、建物そのものはあるはずだ。
「もしかしたら、魔法で城のようなものが隠されているかもしれない。建物自体はあるだろうから、気をつけて捜索しよう」
仲間に注意を促しつつ周囲を探索する。
「こんなところに階段があるのです」
捜索を始めてから一時間ほど経った頃、アリスが地面を指差しながら、地下につながる階段があるのを発見する。
「本当!アリスちゃんお手柄よ」
「デーヴィット、いくら探しても建物にぶつかるようなことはなかったぞ。勘ぐりすぎではないのか?」
レイラに事実を突きつけられ、俺は羞恥を感じる。
おそらく今の俺は恥ずかしさで赤面しているだろう。
俺は深く考えすぎていた。
今までの戦闘経験から複数の可能性を考え、一番危ない状況を既に選択するような考えになっているのだと自覚する。
「とりあえず中に入って見ようか」
なるべく平常心を保つように心がけながら、俺は先頭になって石畳の階段を下りて行く。
階段の側面にある壁には燭台があり、火が灯っていたので足下は明るい。
一段ずつ降りる度に、緊張で鼓動が高鳴る音が聞こえてくる。
魔王の本拠地だからか、口を開く者は誰もいなかった。
無言のまま階段を下りていると広めの通路に出る。
だが、通路に足を踏み入れた瞬間、俺は眉間に皺を寄せて考え込む。
通路の先には扉がみっつあり、分かれ道となっていた。
「どう考えても、正解はひとつですよね?」
顎に手を置きながら、タマモが言葉を漏らす。
「魔王の根城である。罠のひとつやふたつあって当然でろう。余のキャメロット城にも、侵入者を追い出すために方向感覚を狂わせる結界を張っておったからな」
「侵入者を閉じ込めるための罠というのも考えられるわね。間違った扉に入れば、閉じ込められて出られなくなるかもしれない」
カレンの言っているような罠の可能性も十分にある。
慎重にことを勧めなければ、俺たちは全滅しかねない。
「問題は罠が発動するタイミングよね。扉の先に進んだあとに作動するのか、それとも間違った扉を開けた瞬間なのか」
「ここはあたいに任せな。エミの言った不安要素なら、すぐに解決できるだろうさ」
自信満々にライリーが言うと、彼女はカレンの持っているアイテムボックスに手を突っ込み、あるものを取り出す。
それは鎖につながれたモーニングスターだった。
確か伯爵が雇った傭兵から、戦利品として奪ったものだ。
「危ないから離れていな」
彼女が今からやろうとしていることが読めた俺は、レイラたちを階段まで下がらせ、俺もライリーとの距離を置く。
見守る中、彼女は鎖を回してモーニングスターに勢いをつけると、扉に向けて投擲する。
棘つきの鉄球は真ん中の扉に当たると、ドンと鈍い音を奏でる。
しかし扉は少しだけ凹むことはあっても、破壊することができないようだ。
「なんて硬さなんだ。モーニングスターでも壊すことができないなんて」
「次は私がやってみる」
ライリーに変わってカレンが前に出た。
「呪いを用いて我が契約せしハルモニウムに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。パァプ」
対象物の強度を上回る空気の振動を送り、カレンは扉の破壊を試みる。
だが、俺たちの予想を裏切り、扉は欠けることなく原形を維持していた。
「私の魔法でもむりだなんて」
カレンの魔法でも破壊できない強度を持つということは、何かしらの細工がされているのだろう。
こうなれば、直接手に触れて扉を開けるしかない。
「俺が今から一つずつ扉を開ける。もし、俺に何かが起きたときは一目散に逃げてくれ」
万が一のことを考慮して、俺は女性陣たちに最悪のケースになったときの対処方法を告げる。
まずは一番右からだ。
右側の扉に向かい、手に触れると押してみる。
すると、カレンの魔法でも破壊できないほどの強度を持っているはずなのに、扉は軽々と開いた。
しばらく様子を窺っても何も起きない。
当たりを引いたのか、それともトラップではあるが、まだ作動していないのかのどちらかだ。
続いて真ん中の扉を開ける。
この扉も右側と同じ結果だった。
最後に左側を開ける。
二度あることは三度あるというように、左側の扉も違いを見せてはいない。
「どうやら、選んだ先で罠が発動するみたいだ」
「今度こそ私に任せて。探査魔法で調べてみる」
カレンは音を使い、超音波の反響具合で内部を知ることができる。
ここは彼女に頼むのが一番の安全策だろう。
「わかった。頼むよ」
義妹と入れ替わると、カレンが扉の前に立つ。
「呪いを用いて我が契約せしハルモニウムに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。エコーロケーション」
ハルモニウムの力で超音波を発生させると、前方に向かって飛んでいく。
前方がただの虚空なら、音はそのまま消えていくが、何かに触れると音波が跳ね返ってくるのだ。
これである程度内部を知ることができる。
「左右の扉はどうやら行き止まりのようね。音が跳ね返ってくるまでの時間が長いから、距離はあるみたい。たぶん時間稼ぎだとおもうけど、エミが言っていた罠の可能性もあるわ。真ん中の扉の先が正しいようね。跳ね返ってきた周波数が異なっているから、何かがいるわ。たぶん魔物ね」
カレンが魔法で分かったことを告げる。
彼女の見解では、真ん中が正解であるが、魔物がいるとのことだ。
さすがにいきなり魔王が待ち構えているなんてことはないだろう。
俺たちは真ん中の扉を選び、先に進む。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら教えていただけると助かります。
明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




