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第十八章 第八話 弄ぶドライアド

 今回のワード解説


海馬……大脳辺縁系の一部である、海馬体の一部。特徴的な層構造を持ち、脳の記憶や空間学習能力に関わる脳の器官。

 入浴早々酷い目に遭った俺は、温泉に入って疲れを取っているはずなのに、精神的疲れが半端なかった。


 こんなに早くフラグを回収するとは、思っていなかった。


 今も入浴中であったが、いつ災いが降りかかるかヒヤヒヤしている。


 これはある種の呪いなのだろうか。


 俺がラッキースケベを堪能する度に、何かしらの不幸が舞い降りているような気がしてならない。


『ねぇ、どうだった?タマモの裸?と言ってもあなたは彼女の裸を見るのはこれで二回目だったわよね。クスクス』


 タマモが一緒に入浴しているからか、ドライアドの声が脳に直接響いてくる。


「俺に話しかけるな。またウンディーネに怒られるぞ」


 カレンたちには聞こえないように、小声でドライアドに語りかける。


『大丈夫よ。あのおばさん、温泉に入ってふやけたような顔をしている。彼女も年ね。温泉ぐらいであんな顔をするなんて』


 俺には見ることができないが、どうやらウンディーネたち精霊も、この温泉に浸かっているようだ。


『問題、今ワタシはどこにいるでしょうか?答えなければあなたの心の声を勝手に改竄(かいざん)して恥ずかしい想いをさせてあ・げ・る』


 正直嫌な予感がして答えたくはない。


 しかし、答えなければ俺の心の声を適当なものにすり替えて語ってくるだろう。


 そうなれば、さらに精神的に気が滅入ってしまう。


「俺の前にいるとか?」


『正解。正確にはあなたの首に両手を回して耳元で囁きながら、胸を擦りつけているわ』


「おい!なんてことをしてくれる。離れろ!」


「ちょっと、いきなり大きな声を出してどうしたのよ。ビックリしたじゃない」


「あ、ごめん」


 驚きのあまり、俺は思わず声を張り上げてしまった。


 そのせいで隣にいたエミを驚かせてしまい、彼女に謝ることになる。


 レイラ以外にはドライアドや他の精霊の声は聞こえない。


 当然、周囲からは俺が独り言をぶつぶつと言っているようにしか映らないのだ。


「大丈夫ですか?のぼせて気が可笑しくなっているのでしたら、早く上がられたほうがいいですよ」


 タマモが心配して俺に声をかけてきた。


「いや、大丈夫だ。のぼせてはいない」


『もう、皆をビックリさせたらダメじゃない。さっき言ったことを本当にするわけがないでしょう。そんなことをしたら、レイラが鬼の形相で止めにくるわよ。クスクス』


 いたずらに成功したかのような口調で、ドライアドは控えめに笑い声を上げる。


『本当は、白いお湯で中が見えないことをいいことに、あなたのアレを足でこねくり回しているわ』


「なおさらタチが悪いじゃないか!」


 俺は再び大声を上げてしまう。


「デーヴィットお兄ちゃん、むりをしないほうがいいですよ。キツイなら早く上がったほうがいいのです」


 今度はアリスが心配してきた。


 心から心配しているのだろう。


 彼女の目が潤んでおり、今にも泣きだしそうな顔をしている。


『あれ?いったい何を想像しちゃったのかな?ワタシがこねくり回しているのはあなたの足なんだけど』


 ドライアドの声が聞こえ、俺はストレスを感じるとイライラしてきた。


 もし、彼女の姿が見えていたら、頭にチョップをおみまいしたい気分だ。


 これ以上は皆に迷惑がかかる。


 そう思った俺は立ち上がり、温泉から出ることを決める。


「そうだね。皆に心配させるわけにはいかないから、俺は部屋に戻ることにするよ」


『精霊の声が聞こえるって大変だね』


 誰のせいだよ。


 心の中でドライアドに文句を言う。


『まぁ、楽しかったよ。機会があったらまた、いじって弄んであげる。バイバイ』


 そんなの二度とごめんだ。


 色々とあったが、これでようやく解放される。


 そう思うと気が緩んでしまったのか、上がった先に小さい植木があることに、俺は気づくことができなかった。


 腰に巻いていたタオルの結び目に枝がちょうど引っかかってしまう。


 結び目が緩かったのか、股間を隠すためのタオルは外れ、地面に落ちてしまった。


「何てものを見せるのよ。(まじな)いを用いて我が契約せしハルモニウムに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。パァプ」


 その瞬間いきなりカレンが声を荒げ、魔法の詠唱を唱える。


 地面の強度を上回る空気の振動を送られ、音の力に耐えきれなくなった地面が破壊される。


 その衝撃に俺まで吹き飛ばされ空中を舞った。


『ごちそう様』


 空中にいる中、ドライアドの声が脳に響く。


 地面と距離のある空間にいる状態に陥り、俺は身が竦む思いに駆られる。


 カムラン平原の戦いで、俺が空高く飛び、そして落下したときの記憶が蘇った。


 俺は身体が硬直し、受け身を取ることもできない。


 これから身に起きる痛みを覚悟し、両の目を瞑る。


 しかし、いくら待っても身体中に痛みが走ることはなかった。


 むしろ逆に柔らかい感触が顔面を覆っている。


 いったいこれは何だろうか。


 ある意味不安な気持ちになるも、俺は思い切って目を開けることにした。


 メロンのように大きい双丘に、俺の顔面は受け止められ、クッションの役割を果たしてくれたようだ。


「カレンよ。いくらビックリしたからと言って、魔法を使うでない。デーヴィットがケガをしたらどうするのだ」


 レイラがカレンに注意を促す声が聞こえる。


 足が地についている感触がないので、まだ俺は空中にいるのだろう。


 空中に飛ばされた俺を、レイラが浮遊術で受け止めてくれたようだ。


 数秒後、俺の足は地面につくとレイラから離れる。


「助かった。ありがとう」


「礼など良い。未来の花嫁としては、夫を助けることは当然である」


 彼女の言葉に、俺は苦笑いを浮かべる。


 俺は地面に落ちているタオルを拾い、股間を隠しながらそそくさと温泉から出て行った。


 色々とあったが、最後は役得な感じで終わったような気がする。


 温泉の騒ぎがあったあと、サムさんが手料理を振る舞ってくれた。


 この辺の森には、湿地帯の場所があり、キノコの群生地が多くあるらしく、キノコ料理が食卓に並んだ。


「今朝方取ってきたキノコで作ったので、どれも鮮度はいいです。これは椎茸のステーキ、こちらはエリンギと鮭のムニエル、そしてこれがブナシメジのバター焼きです」


 サムさんがひとつずつ料理を紹介してくれる。


 椎茸の香ばしい香りが鼻腔を刺激し、食欲がそそられる。


「いただきます」


 俺は椎茸のステーキをひとつ摘み、一口齧る。


 椎茸には醤油が染みついており、咀嚼すると口内にコクが広がった。


 彼の作った料理はどれも美味しく、箸が進む。


 しかし、この楽しいひと時を邪魔するものがいる。


『デーヴィットがキノコを頬張る。そして舌で弄ぶように転がし、舐めながらキノコの味を楽しんでいた』


 ドライアドだ。


 最初は大人しかったが、途中から俺がキノコ料理を口に含む度に、変なことを言ってくる。


 俺は普通にキノコ料理を食べているだけだ。


 普通に粗食して飲み込んでいる。


 一度も舌で転がして弄んだりしていない。


 そもそもそんなことをしては食材に失礼だ。


 サムさんの作った料理はどれも美味しい。


 しかし、余計なことを言う精霊のせいで、次第に食欲が失せてきた。


 俺は箸を取り皿の上に置く。


「おや?デーヴィット君、もういらないのかね?」


 食事が始まって十分ぐらいしか経っていないのに、箸を置いた俺を見て、サムさんが怪訝(けげん)な顔をした。


「すみません、どれも美味しいのは事実なのですが、旅の疲れのせいか食欲がわかなくって。申し訳ないのですが、先に部屋で休ませてもらいます。ごちそう様でした」


 彼に謝罪とお礼を言い、俺は部屋に戻っていく。


 借りた部屋に入り、ベッドに横になる。


 俺が契約している精霊は、必要以上には喋らない。


 なのに、ドライアドに限っては、ことあるごとに語りかけてくるのだ。


 精霊と会話できることを知り、最初は喜んでいた。


 だけどこんなことが続くのならば、能力に目覚めなければよかったと考えてしまう。


 後悔しても時すでに遅い。


 これからも、ドライアドから言葉攻めをされる日々が続くのだろう。


 食事を終えてからそんなに時間は立っていなかったが、俺は眠くなると両の瞼を閉じて眠りに就く。


 一度眠りに就いてからどのくらい時間が経ったのだろうか。


 扉がノックされる音が聞こえ、目が覚めた。


 窓から見える空は暗い。


 まだ夜中のようだ。


 こんな時間にいったい誰が来たのだろうか。


 寝ぼけた頭で考えていると、俺はハッとなり、警戒した。


 こんな夜中に俺の部屋に来るなど、ドライアドしかいない。


 またタマモの身体を使って夜這いをしようと企んでいるのだろう。


「誰だ。ドライアドなら帰ってくれ」


「アリスなのです。ドライアドって精霊さんですよね?どういう意味なのです?」


 扉の向こうからアリスの声が聞こえた。


 声真似をしているような感じではない。


 間違いなく廊下にいるのはアリスだろう。


「いや、何でもない。どうやら寝ぼけていたみたいだ。入っておいで」


 俺の部屋に入ってくるように言うと、扉が開かれてアリスが入室する。


 彼女は花柄の寝巻姿に、枕を抱きかかえていた。


「夜分遅くにごめんなさいのです。ご迷惑でなければ一緒に寝てもいいですか?」


 アリスは確かライリーと寝る約束をしていたはず。


 それなのに、どうして俺のところに来て一緒に寝たいと言い出したのだろうか。


「別にいいけど、どうしてだ?確かライリーと寝る約束をしていただろう?」


「はいなのです。それが、ライリーお姉ちゃん。寝相が悪くて何度も起こされたのです」


 アリスが俺の部屋を訪れた理由を話すと、脳の記憶を司る海馬から、キャメロット城での記憶が引き出される。


 ライリーを起こしたときも、彼女はかけ布団を蹴飛ばして寝巻ははだけ、褐色の肌を露出させていた。


 あんな感じで寝ていたのだとしたら、確かに眠れないだろう。


「わかった。今日は俺と一緒に寝ようか」


 俺は横にずれ、かけ布団を上げると隣にアリスが入ってきた。


 枕を隣に起き、彼女は頭を置く。


「そういえば、デーヴィットお兄ちゃんとこうして一緒に寝るのは初めてなのです」


「確かに一緒にいる時間はそれなりに長くなったけど、こうして枕を並べるのは今まで一度もなかったな」


「あのう、デーヴィットお兄ちゃん。もう一つだけお願いしてもいいです?」


「まぁ、俺がしてやれる範囲でなら」


「ありがとうなのです。ではさっそく」


 お礼を言うと、アリスは俺の左腕に自信の腕を絡ませる。


「今日だけなので、こうして寝てもいいですか。ぬくもりを感じていたのです」


「アリスは甘えん坊だな。これぐらいお安いごようだ」


「おやすみなのです」


「おやすみアリス」


 お互いに眠る前の挨拶を交わすと、俺は両の瞼を閉じて再び眠りに就いた。


 今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。


 誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。


 今回の話で第十八章は終わりです。


 明日は十八章の内容を纏めたあらすじを投稿よていです。

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