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第十八章 第七話 混浴パニック

 今回のワード解説


 読む必要がない人は飛ばして本文のほうを呼んでください。


 本文を読んで、これって何だったかな?と思ったときにでも確認していただければと思っています。


海馬……大脳辺縁系の一部である、海馬体の一部。特徴的な層構造を持ち、脳の記憶や空間学習能力に関わる脳の器官。


火山性温泉……箱根火山など第四紀(約二百万年前以後)の火山活動で形成された温泉をいいます。


化石海水型……海岸温泉が現在の海洋水、またはちょっと昔の海洋水を温泉の起源水としているのに対して、非常に古い時代の海洋水が起源水になっているもの


シーリングファン……天井に取り付けて使用する扇風機のこと。


深層地下水型……地表に降った雨や雪の一部が地中にしみ込んでいき地下水の流れをつくり、それが高温岩体や地熱を熱源として暖められたもの。



 山道を歩いていると日が暮れてきた。


 サムさんに案内されて歩き出してから、大分時間が経過している。


「温泉はまだなのです?わたしもう歩き疲れたのです」


 最初にアリスが弱音を口にした。


 彼女はまだ八歳だ。


 身体も小さいし、体力面を見ても、大人よりもずっと少ない。


 当然の反応だ。


「アリス、あたいがおぶってやろうかい?」


「本当なのです?」


 アリスの言葉に、ライリーは身体を屈ませて彼女の問いに答える。


「なら、お言葉に甘えるのです」


 ライリーの背にアリスが乗ると、彼女は立ち上がって再び歩き始めた。


 サムさんは老人の身でありながらも、疲れる素振りを見せないところを見る限り、相当体力があるようだ。


 伊達にこの森で警備をしていないということか。


 更に数分ほど山道を歩いていると、視界の先に建物らしきものが映る。


「見えてきました。あれがワシの家です」


 サムさんが指を差して目的地が見えたことを告げると、どこからか硫黄の匂いがしてくる。


「この匂い!温泉が近いのね!」


 カレンの言葉が弾む。


 早く入りたくてしょうがないのだろう。


「温泉はワシの家の隣にあります。周囲には丸太で作った壁があるので、部外者が覗くことはありません。まぁ、そもそもここまで来られる人物はワシの友人か、実力を認めた者のみなので、そのような人物はおりませんが」


 温泉の説明を聞いていると、彼の家の前まできた。


 サムさんの住宅は木造建築の二階建てだった。


 家の外側から見てもとても大きく、かなりの広さがあることが分かる。


「そんなに驚くことはないですよ。ただ単に、土地を多く持っているだけですから。さぁ、入って下され」


 玄関の鍵を開けると、彼は扉を開けて中に入るように促す。


 俺たちはお言葉に甘えて家の中に入らせてもらうと、家内も予想以上に広かった。


 広いリビングには十人ほど座れそうなサイズのテーブルが置かれ、照明はオシャレなデザインになっている。


 天井にはシーリングファンが取りつけられており、ゆっくり回転していた。


「こんなに広い家に一人で住んでいるのですか?」


「はい、子どもは全員結婚してこの家を出て行っております。妻は三年ほど前に寿命でなくなりました」


 何気ない会話のつもりで言ったのだが、少しだけダークな内容で返答がきた。


 俺は何て言葉で返そうかと考えていると、サムさんは笑みを浮かべる。


「もう慣れました。それにワシにはデスライガーがおります。時々子どもたちが孫を連れてくるときもありますし、友人が訪ねてくるときもあります。それでは皆様が休む部屋に案内しましょう。こちらです」


 サムさんが二階に上がり、部屋に案内してくれる。


 彼の子どもたちが使っていた部屋を使わせてもらうこととなり、各一人ずつの部屋を用意してもらえた。


「あのう、すみませんなのです。せっかく用意してもらったのですが、わたしは誰かと同じ部屋がいいのです」


「ならば、あたしの部屋で決まりね」


「いえいえ、ここは親友であるワタクシの部屋に決まっております」


 誰がアリスと相部屋になるのかという話となり、エミとタマモが候補として名乗りだす。


「タマモなんかと一緒に寝せては、アリスちゃんに悪影響が出るわ。何せムッツリエロフなのだもの」


「その言い方は止めてくださいと何度も言っているでしょう!アリスさん、こんな下品な言葉を使う女の部屋で寝るのはよくないです」


 二人は睨み合い、互いの悪いところを主張し合う。


「まぁ、まぁ、その辺にしておけよ。二人で罵り合っても何も変わらないじゃないか。最終的に決めるのはアリスなんだ。彼女に決めさせてやったらどうだい?」


 ライリーが仲裁に入るとアリスに決めさせるのが一番だと主張する。


 彼女の意見に納得したのか、二人は口喧嘩を止めてアリスを見た。


「アリスちゃん、どっちの部屋で寝るの?」


「アリスさん、どちらの部屋で寝るのですか?」


 彼女たちが尋ねると、何故かアリスはライリーの背後に回り、後ろから顔だけを出す。


「今日はライリーお姉ちゃんと寝るのです」


「あたいかい?」


 これは意外な展開になった。


 アリスが一番仲のよかったのは、あの二人で間違いない。


 しかし、彼女が選んだのはライリーだった。


 先ほどのおんぶをしてあげる優しさが、アリスの心を動かしたのだろうか?


 意外な伏兵の登場に、エミとタマモは両手と両ひざを床につけ、酷く落ち込む。


 俺ですら、こんな展開になるとは予想できなかった。


 相部屋の件が片づき、俺は自分の部屋に荷物を置くとベッドに横になる。


 俺はそのまま仮眠を取ることにした。


 さすがに多くの時間を過ごし、ある意味家族のような存在になりつつあったとしても、モラルは守るべき。


 女性陣が入浴をしたあとに、サムさんとでも一緒に入ろう。


 そう思い、俺は両の目を閉じる。


 本当は、これは建前だ。


 本音を言えば、俺だって年頃の男なのだ。


 皆の裸体を堪能したいと思っている。


 しかし、前とは状況が違い、タマモと契約しているドライアドがいる。


 レイラが目を光らせているとは言え、精霊の口を封じることはできない。


 様々な言葉で俺を責め、最終的には俺が痛い目を見るような展開が予想される。


 ラッキースケベの代償がでかいということは、アリシア号で起きたエミとのトラブルで、嫌というほど体験した。


 あんなことになるぐらいなら、性欲を我慢したほうがマシ。


「デーヴィット?」


 このまま眠りに就こうとしていると、扉がノックされてレイラの声が聞こえる。


 何となくだが、彼女が俺の部屋を訪れる理由を察した。


 そのため、レイラの声に反応をせず、眠ってしまったことを装う。


「デーヴィット、開けるぞ」


 扉が開かれる音が聞こえ、一人分の足音が耳に入る。


 寝たふりをしているために、目を開けることができないが、レイラが近づいたのだろう。


「デーヴィット、起きるのだ。今から皆で温泉に入りに行くぞ」


 やっぱり温泉に誘ってきた。


 気持ちは十分嬉しいが、嫌な予感しかしない。


 なので、このまま寝たふりを続行させてもらう。


 身体が揺すられる感覚を覚えるが、俺は深く眠っていることを演じる。


「もう食べられない」


 定番の寝言を言う。


 これなら本当に眠ってしまったと思い、諦めてくれるはず。


「しょうがないな」


 どうやら諦めてくれたようだ。


 俺は安心するが、それも一瞬のできごとだった。


 いきなり生暖かい風が耳に送られ、ぞわぞわする。


 俺は反射的に目を開けてしまい、上体を起こすと変な風を送られたほうの耳を抑える。


「レイラ、俺に何をした!」


「普通にそなたの耳にフーフーしてやっただけであるが」


 どうやらあの生暖かい風は、レイラの口から放たれたものらしい。


「それよりも早く準備をするがよい。皆で温泉に入るぞ」


「悪いけど俺はパス。あとで入ると皆に伝えてくれ」


「そうであるか。なら仕方がないな」


 どうやら完全に諦めてくれたようだ。


 こうなるのであれば、寝たふりなんかしないで、最初から素直に言えばよかった。


「デーヴィットが子孫を作れないようになるのは残念であるが、エミにはそう伝えておくとしよう」


「よーし、皆で温泉だ!嬉しいな!」


 俺は両手を上げて喜びを表す。


 だが、身体中に冷や汗が噴き出ていた。


 伯爵との一件で、エミは男殺しの魔法であるエレクタイルディスファクションを習得してしまった。


 あの魔法はある意味呪いに近いもので、男性器の血流を悪くさせて勃起を維持できなくさせる。


 硬化を維持できなければ精液を放出することもできず、子孫を作ることもできない。


 脅迫を受けた俺は、強制的に混浴をするはめになった。


 子孫を残せれない身体になるぐらいなら、ぶん殴られて半殺しになるほうがマシ。


 温泉に入る準備を整えると、レイラと一緒に一階に降りる。


 下の階には既にカレンたちがいた。


「ほらね。デーヴィットは来たじゃない。あたしの脅迫…………お願いには逆らえないのよ」


「本当に来てしまうのですね」


 俺を見るなり、タマモは額を抑える。


 そして若干頬を朱に染めながらチラリとこちらを見る。


「皆さんは殿方との混浴に抵抗はないのですか?」


 タマモが他の女性陣に尋ねる。


 彼女の反応は女性としては正しい。


「私たちは混浴をしたことがあるのよ。一度互いの裸を見ているから、今更恥ずかしがっても」


「そ、そうなのですね」


「別にタマモが嫌なら、むりに一緒に入らなくていいぞ」


 むりに入る必要はないことを俺は彼女に告げ、強制ではないことを伝える。


 正直、その方向性であってほしい。


 俺の懸念するところは、彼女が契約している精霊のドライアドだけだ。


 混浴にタマモが参加しなければ、何か問題が発生する可能性はグッと減る。


「いえ、ワタクシも腹を括りました。皆さんと一緒に入ります」


 彼女の一言により、最後の望みはいとも簡単に崩れ去った。


 こうなってしまっては、俺の日ごろの行いに賭けるしかない。


 もしかしたら、神様がどこかで助け船をだしてくれるかもしれない。


 覚悟を決め、俺は混浴に臨むことにする。


 前回と同様に俺が先に入り、あとから女性陣が入りに来ることになった。


 外につながる扉を開けて家から出る。


 扉の先には屋根つきの長い廊下になっており、この奥に温泉があるらしい。


 廊下を歩き、先に進むと脱衣所と思われる扉が視界に入る。


 更に近づき、扉を開けて中に入った。


 個人の所有する温泉ということもあってか、脱衣所はそんなに広くはなく、多くとも五人ぐらいが入れるスペースだ。


 適当な場所で服を脱ぎ、籠の中に入れると俺は温泉につながる扉を開けた。


 温泉は周囲を岩で覆われ、水面からは湯気が出ている。


 広さもあり、これなら全員が入れそうだ。


 周辺を丸太の壁で覆っていると言っていたが、風景も楽しむことができるように、壁と温泉との距離は広めに設置されてあった。


 先に手早く身体を洗い、清潔になってから温泉に入る。


 温泉には美容にいい成分が入っているからか、お湯は白く若干ヌルッとしていた。


 しかし、不思議なほど嫌悪感はない。


 温かいお湯に疲れた身体を癒してもらいながら、カレンたちが来るのを待つ。


 しばらくしてレイラたちが温泉にやってきた。


 彼女たちは身体にバスタオルを巻いており、そのお陰で目のやり場に困るようなことはなかった。


 女性陣の中にタマモがいないことに気づく。


「タマモは?」


「心の準備をしてくるだって。まぁ、初めてだからしょうがないんじゃない」


 ひとりだけいないことが気になった俺は、彼女たちに聞いてみると、エミが答えてくれた。


「久しぶりの温泉なのです!」


 アリスが軽くジャンプをして温泉の中にはいると、小さな水柱が上がった。


「こら、危ないだろう」


 数ヶ月ぶりに皆で温泉に入れることが嬉しかったのか、はしゃぐ姿を見せるアリスに俺は注意する。


「ごめんなさいなのです」


 注意を促すと、アリスは少ししょんぼりとした表情で謝ってきた。


 この素直なところが彼女のいいところだ。


「まぁ、俺たちしかいないからいいけど、他の人がいるときはちゃんと大人しくするんだよ」


 俺はアリスの白髪を優しく撫でる。


 濡れた手が彼女の髪に湿り気を与え、ペタンとなった。


「はいなのです」


 頭を撫でてあげたことが嬉しかったのか、彼女は笑顔で元気よく返事をした。


 アリスと話していると、順番に身体を洗い終えた人から温泉に入ってくる。


「はぁー、やっぱり温泉はいいわ。旅の疲れを癒してくれる。この温泉普通のよりも白いわね。それに肌がヌルヌルする。これが美容にいいのかしら」


 温泉に浸かったカレンが水面から手を出すと、温泉をかけて腕を擦る。


 成分を肌に浸透させようとしているのだろうか。


「ねぇ、デーヴィットの力で温泉を掘ってよ。そしたら毎日温泉に入れるじゃない」


「むちゃぶり言うなよ!そもそも温泉が湧き出る場所は決まっているのだから」


 温泉にはみっつのパターンがある。


 ひとつは有名な火山性温泉、もうひとつは深層地下水型の非火山性温泉、最後が化石海水型の非火山性温泉だ。


ここの温泉はエトナ火山があるから火山性温泉だろう。


 地中の浅い部分に、深部から上昇してきたマグマが千度以上の高温になるマグマ溜まりを作っているのだが、そこに雨や雪が地中にしみ込んでできた地下水がマグマ溜まりで温められる。


 温められた地下水が地表に近づき、断層などで生じる割れ目などから自噴することで、温泉が湧き出るのだ。


 非火山性温泉は、マグマは必要ないが、全てに共通するのは地下水だ。


 地下で温められる地下水がなければ温泉は湧き出ない。


 このことをカレンに説明すると、彼女はつまらなさそうにした。


「お、お待たせしました」


 タマモの声が聞こえ、彼女のほうに目を向ける。


 その瞬間、俺は目を大きく見開き、すぐに隣にいたエミから強引に温泉の中に押し込まれた。


 一瞬だったが、タマモはバスタオルを身に着けておらず、裸体のまま温泉に来たのだ。


 水中にいるせいでよく聞こえないが、エミとタマモが何かを話しているようだ。


 口から気泡が漏れ、次第に息苦しさを覚える。


 我慢の限界が近づき、水死を意識したころ、頭にかかる圧力が弱まり、俺は急速浮上をした。


「ゴホッ、ゴホッいきなり何をしやがる。危うく水死するところだったぞ」


 軽く咽ると、このようなことになった元凶に問い詰める。


「あなた見た?」


「見たって何をだ。俺はいきなり溺れかけさせられたから、パニックになって数秒前の記憶がないのだが」


「いや、見ていないのなら別にいいのよ」


 どうやら俺のついた嘘を信じてくれたようだ。


 一瞬のできごとであったが、小ぶりな胸に美しい肢体の映像は、俺の脳内メモリーにしっかりと記憶してある。


 俺が意識すれば、海馬から記憶が引き出されるだろう。


「いくら溺れかけたからと言って、そんなに都合よく記憶がなくなるなんてこと、本当にあるの?」


 カレンが疑いの目を向けてきた。


 彼女は俺を疑っているようだ。


 どうにか上手く説明をして、カレンにも納得してもらわなければ、後々ボロが出そうな気がする。


「あのなぁ、脳というのはデリケートなんだよ。事故とかで大きなショックを受けると一時的に脳の中にある記憶を司る海馬に血流障害が起きるんだ。それにより上手く記憶を取り出すことができずに、記憶を失うことがある」


「ふーん。そうなんだ。まぁ、一応信じてあげるわよ」


 論理的に説明をしたことにより、どうにかカレンを信じ込ませることに成功した。


 俺は安堵すると再びタマモが温泉に顔を出す。


 今度はしっかりとバスタオルを巻いていた。


「デ、デーヴィットさん。もしかして見てはいないですよね」


 頬を朱に染めながらタマモが尋ねる。


「大丈夫よ。あたしが温泉の中に沈めたから、見ていないわ」


「それは良かったです。もし、見られていたらお嫁に行けなくなるところでした」


 俺の代わりにエミが答えると、タマモは自身の胸に手を置き、ホッと息を吐く。


 今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。


 誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。


 明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。

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