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第十七章 第五話 フロレンティア

 翌日の朝、俺たちはフォックスさんと別れの挨拶を交わす。


「同胞たちの件、本当に感謝している。君たちがいなければ、もっと多くの女性が不幸になっていただろう。エルフ族を代表して再度お礼を申し上げる」


 フォックスさんは深々と頭を下げる。


「タマモ、道中の案内は頼んだ。期間は設けない。お前の納得したときに帰って来なさい。立派になった姿を見られる日を楽しみにしている」


「お任せください。ワタクシはエルフの里の長に恥じない経験を積んで参ります。…………では参りましょうか」


 親子の別れを済ませると、タマモは踵を返して里の出口に向かって歩き出す。


 俺もフォーカスさんに一礼をすると彼女の後ろをついて行く。


「目的地であるエトナ山は火山です。今は活発には活動をすることはないですが、時々噴煙を撒き散らすこともありますので、フロレンティアと呼ばれる町で、火山の状況を知るために一度立ち寄らせてもらいます」


「わかった。だいたい何日ぐらいかかりそうだ?」


「エルフの里からフロレンティアまで四日ぐらいかかます。そこからエトナ火山までは三日ほどかかります」


 タマモの説明を聞き、俺は少し不安になる。


 最短でも一週間は見ておかなければならない。


 その間にガリア国が戦の準備を整えて、オルレアンに戦争を仕かけるかもしれないのだ。


 一日でも早く、セプテム大陸の魔王を倒して戦争を回避させたい。


 だけど物理的にむりなこともある。


 ないものねだりはできない。


「そういえば、森で逸れたランスロットたちとは結局再開できていないけど、あのあとの情報は何もなかったのかい?」


 思い出したかのように、ライリーが殿(しんがり)を務めてくれた彼らの名前を口にする。


「その件ですが、同胞たちから聞いた話だと、取り逃がしてからの行方が分かってはいないようなのです」


 あの戦いのあと、消息不明になっていることを教えてもらい、俺は二人のことを考える。


 彼らはジェネラルとストラテジストという階級を持っている魔物だ。


 そう簡単には死なないと思っている。


 しかし、姿を見せないということは、彼らに何かが起きたというのは明白だ。


 トラブルが起き、再開したいけれどできない状況に陥っている。


「二人ならば大丈夫である。タマモには悪いが、エルフごときに遅れを取るような弱い魔物ではないからな」


 レイラが胸を張り、二人が無事であることを宣言する。


 彼女にとっては、彼らは子どものような存在だ。


 けれど顔色変えずに堂々としているということは、心から信じているからなのだろう。


「でも、本当にレイラさんはオルレアンの魔王なのですね。魔王が魔王の討伐に向かうとは、皮肉なものです」


 タマモには昨日、レイラの正体を明かしている。


 レイラとの秘密の話をしたあとに、タマモがレイラを探している姿を見かけた。


 彼女は、どうしてレイラは自身の契約している精霊が分かっていたのかが不思議で、聞かずにはいられなかったようだ。


 俺は彼女に変わってレイラの正体を明かすと、タマモはとても驚いていたが、これまでの経緯を話すと納得してくれたのだ。


ついでにエミのことも話した。


 さすがに異世界からの転移者というのは完全には信じてはくれなかったが、俺が嘘を言っているようには見えなかったようで、半信半疑になっている。


 エルフの里を出て四日が過ぎた。


 逸れた二人と再会することなく、俺たちはフロレンティアの町に辿り着いた。


 町には活気があり、人通りが多い。


「あら、どうやら運がよかったようですね。ちょうどバザーが開かれている時期にお邪魔したようです」


「バザー!」


 バザーという言葉を聞き、カレンが目を輝かせる。


 彼女はバザーが好きだ。


 経営者でなくとも物を販売でき、通常よりも安い価格で販売されていることもある。


 子ども頃は、少ないおこずかいを持って村で開かれるバザーを見ては、掘り出し物を探していた。


「早く見に行きましょうよ!」


「気持ちはわかるが、それよりも先に宿を探そう。このバザーを見に、遠方から来ている人もいるだろうし、宿が取れなかったら困るだろう」


「わたしもバザーが気になるのです!」


 アリスが俺の服を引っ張る。


「ダメ……なのですか?」


 目をウルウルとさせるアリスに、俺は良心的なものを刺激させられる。


「わかった。宿屋は俺一人で探すからみんなで行ってこい」


 アリスに弱い俺は、女性陣たちをバザーに向かわせ、俺一人で宿を探すことにする。


 町中を歩いていると、町民と思われる男性を見つけて声をかけた。


「すみません。ちょっといいですか?」


「はい何でしょう?」


「宿屋を探しているのですが、この町は何件ありますか?」


「ああ、宿屋ですね。この町には一件しかないです。地下が酒場になっているのですよ。ですが、今はバザーが開かれて遠方からの人が多いので、空き部屋があるのか不明ですが」


「そうですか。ありがとうございます」


 男性にお礼を言い、道を教えてもらうと急ぎ足で宿屋に向かう。


 教えてもらった道を歩くこと役五分、宿屋の看板がかけられている建物を見つけると扉を開けて中に入った。


 受付には五十代と思われる女性が座っており、俺を見るなりいきなり溜息を吐いた。


 お客さんに向かって失礼だと思いつつも、彼女に近づくと声をかける。


「すみません」


「部屋なら空いていないよ」


 まだ声をかけただけなのに、女性は部屋が空いていないことを告げる。


 まぁ、宿屋に来る人物は宿泊客しかいないだろう。


「そうなんですね。わかりました」


 俺は宿屋の経営者に対して少し不快な想いを感じつつも、建物を出てからどうしようかと考えた。


 一軒しかない以上は、今日も野宿をするしかない。


 宿屋は諦めて、俺もバザーを見て回ることにした。


 バザーが開催されている会場に足を運ぶと、金髪のロングヘアーで尖った耳の女性が、商品と思われるものを持ってジーッと見つめている姿が視界に入る。


「タマモ、何か気になった物でもあるのかい?」


「デ、デーヴィットさん!いえ何でもないです」


 声をかけるなり、彼女は驚いた様子を見せると手に持っていたものを台の上に戻す。


 台の上に置かれたものに視線を向けると、タマモがさっきまで持っていたのは白い猫耳のカチューシャだった。


「猫耳カチューシャ?」


 彼女のクールな印象から、こんなものに興味を持つとは思っていなかったので意外だ。


「こ、これは違うのです。アリスさんがつけたら似合うかなぁと思いまして、それで手にとって見ていただけで」


 タマモは顔を朱色に染め、早口で言葉を捲し立てる。


 頭の中でアリスがこのカチューシャを嵌めている姿を想像してみる。


 とても可愛らしく、まるで天使のようだ。


「アリスのプレゼント用に?」


「そ、そうです」


 変に思われたくないからか、彼女は思いっきり何度も頭を上下に動かし、アピールしている。


「それだったら買うとするか。すみませんこのカチューシャをください」


 俺はリュックの中に入れてある瓶から金額分の貨幣を取り出し、女性店員さんに渡す。


「あ、ちょっとお客さん」


 カチューシャのひとつを手に取り、その場から離れようとすると、店員さんが声をかけて来た。


「これ、ふたつセットなのよ。だからこれも持って行って」


 店員さんが手渡したのは、キツネ耳のカチューシャだった。


 テーブルの上に置かれている商品名を記したネームプレートには、ケモ耳カチューシャセット、八百五十ギルと書かれてある。


「あ、そうだったのですね。教えてくれてありがとうございます」


 もう一つのカチューシャを受け取り、タマモに見せる。


「これどうする?」


「ワタクシもネームプレートまでは見ていなかったので、ふたつセットだということは知りませんでした」


 タマモがチラチラと俺の持っているカチューシャに視線を向けてくる。


 そんなに気になるのだろうか。


「タマモ、悪いけれどこのカチューシャ、君が持っていてくれないか?いくらプレゼントだとしても、男がこんなカチューシャを持っていたら、変な目で見られるかもしれないだろう」


「わかりました。ワタクシも隣で歩いている身なので、ワタクシにまで可笑しな視線を向けられたくはありませんもの」


 俺の提案にタマモが承諾してくれると、彼女はふたつのカチューシャを受け取り、まじまじと見つめた。


 今度はキツネ耳のほうでアリスの姿を想像しているのだろうか?


「タマモは、他の皆がどこにいるのか知らない?」


「いえ、先ほどの店でカチューシャを見ている間に逸れてしまいました。ですが、バザー会場内にいることは明白。歩いていれば、いずれ見つかるでしょう」


 レイラたちがどこにいるのかわからない状況の中、俺たちは闇雲に会場内を歩く。


「あれ、アリスさんとエミさんではないでしょうか?」


 タマモが指を差した場所に目を向ける。


 そこには、肩ぐらいまでの薄い水色のセミロングの女性が、ローブを着ている子と手を繋いで歩いている姿が視界に入る。


 間違いなくエミとアリスだろう。


「おーい、アリス、エミ!」


 彼女たちに駆け寄り、声をかける。


「あ、デーヴィット早かったわね」


「まぁな」


「タマちゃん、手に持っているのは何なのです?」


 タマモの手に握られているカチューシャに興味を惹かれたようで、アリスが彼女に尋ねる。


「これはアリスさんへのプレゼントです。デーヴィットさんが買ってくれました」


 タマモがふたつのカチューシャをアリスに渡すと、彼女は受け取ってくれた。


「ありがとうなのです。早速頭に嵌めてみてもいいです?」


「も、もちろんですわ。そのために買ってもらいましたもの」


「この辺は陽射しが強い。日陰になっている場所に移動しよう」


 アリスは生まれながらのアルビノだ。


 肌が弱いために、直射日光を避けなければならない。


 建物の間が日陰になっており、そこに移動するとアリスは被っているフードを外して頭に猫耳カチューシャを嵌める。


 俺の想像どおり、アリスは可愛かった。


「アリスちゃん可愛い!ずっとそのままでいてほしいわ」


「その意見には賛成です。アルビノという体質でなければ、ずっとこのままでいてほしいぐらいです」


「えへへ、褒めてもらえるのは嬉しいのですが、少し恥ずかしいのです」


 アリスは恥かしそうに頬を赤く染め、身体をもじもじとくねらせる。


 そのしぐさが更に彼女の可愛らしさを倍増させた。


「アリスちゃんエモい」


「何を言っているのですか!アリスさんは全然エロくはないです。あなたはどんな目で彼女を見ているのですか!」


「はぁー?あたしはエロイじゃなくてエモいって言っているのよ!どんな聞き間違いをしているのよ、このムッツリエロフ!」


「エロフではなくエルフです。あなたはまともに発音もできないのですか!」


 タマモの聞き間違いが原因で、二人は口喧嘩を始めた。


 しかし、タマモはムッツリのところを否定しないということは、彼女自身自覚しているということなのだろうか。


「タマちゃん、エミお姉ちゃん喧嘩しないでください」


 アリスが喧嘩を止めるように言うが、熱が入った二人には彼女の声が聞こえていないようだ。


 お互いに口喧嘩を止めようとはしない。


 そんな二人を見て、アリスはオロオロとしながら俺のほうを見た。


 どうにかして二人を止めてくれと、俺に目で訴えている。


 確かにこのまま仲違いをされては、今後の冒険に影響を齎すのは明白だ。


 だけど、俺が仲介したところで二人は喧嘩を止めないだろう。


 最悪の場合は、俺に飛び火がくる。


 やっぱり、二人の仲を元に戻すには、アリスの力が必要だ。


 俺は屈んでアリスと同じ目線にすると、彼女の耳元で囁き、お願いしてみる。


「わかったのです。恥ずかしいのですが、それで二人が喧嘩を止めてくれるのであれば、アリスは頑張るのです」


 彼女の了承を得て、俺は一発ぐらい殴られる覚悟で二人に声をかける。


「二人とも、喧嘩はその辺に」


「デーヴィットは黙っていて!」


「デーヴィットさんは引っ込んでいてください!」


「アリスが二人に言いたいことがあるんだよ。だから聞いてやってくれ」


 アリスが彼女たちに用があることを伝え、俺は二人から少し離れる。


「タマちゃん、エミお姉ちゃん、喧嘩は止めるにゃー。仲良くしてほしいにゃー。」


 両手を丸め、それを口元に持って行きながら、アリスは目を潤ませる。


 先ほどの口喧嘩で興奮していたからか、鼻の奥にある血管が破けたようで、二人は鼻血を噴き出した。


「そ、そうよね。アリスちゃんの言うとおりだわ」


「些細なことで喧嘩をするものではないですわね」


 二人は鼻を抑えながら何度も頷く。


 まさかこれほどの破壊力があるとは思っていなかったので、提案した俺も驚きだ。


「こっちのほうはタマちゃんにあげるのです」


 片手に握っていたキツネ耳のカチューシャを、アリスはタマモに渡す。


「いいのですか?これはアリスさんに買ってもらったものなのですよ」


「こっちの猫耳があるので、アリスは十分なのです。それに、タマちゃんこういうのは好きでしょう?」


「な、なんのことでしょうか?ワタクシにはこのような趣味は――」


「あれ?前の趣味はやめちゃったのですか?確か獣人族に憧れて、こういう感じのものが好きって言っていましたよね?」


 アリスが首を傾げながらタマモの趣味を暴露する。


「ガハッ!」


 彼女の言葉が耳に入った瞬間、タマモは崩れるように倒れ、絶望を感じたかのように両手を地面につける。


 どうやら、アリスが言ったことは事実のようだ。


 彼女の反応をみる限り、俺たちには隠しておきたい趣味だったのだろう。


 純水な子どもほど、嘘偽りのない素直な気持ちで言葉を口にしてしまう。


 時には相手の心を切り裂くような発言をしてしまうが、彼女には悪気があって言ったわけではない。


 そのため、無暗に叱ることもできない。


「タマモ」


「笑いたければ笑えばいいです。ワタクシが、獣コスが趣味ということがバレてしまった以上は、生き恥を晒すしかありません」


 隠しておきたい趣味が俺たちに知られたことに対して、相当落ち込んでいるようだ。


 こんなとき、彼女にどんな言葉をかけてあげればいい?


 言葉を選ばなければ、さらに彼女を傷つけることになる。


「趣味がバレた程度で落ち込むなんて、あなたの趣味に対する想いはその程度だったの」


 俺が適切な言葉を考えている最中、エミはタマモに声をかける。


「何?あなたの趣味ってそんなに恥ずかしい趣味なの?違うよね!ただ獣コスが好きっていうだけで、何も恥ずかしいことはしていないわよね。なら、どうして堂々としていないのよ。人からはあまり受け入れられない趣味だということは、何となく分かっているし、あたしにもその気持ちはよくわかるわよ。でも、バレてしまったのなら堂々としなさいよ!じゃないと、同じ趣味を持っている人に対して失礼よ。まるで恥ずかしい趣味なのだと、世間に誤解されてしまうわ」


 彼女を励まそうとしているのだろうか?エミはマシンガントークのように、早口で捲し立てる。


「そうですわね。あなたの言うとおりです。別にワタクシは恥かしい趣味をしているわけではありませんわ。ただ理解者が少ないだけで、世間的には変にみられることが多いというだけ。それなのに、この程度で落ち込んでいては、エルフ族の巫女として一族の恥まで晒すことになってしまいます」


 タマモは立ち上がると、エミのほうを見た。


「あなたの言葉、ワタクシの心に突き刺さりました。お陰で勇気が湧いてきましたわ。あんな言葉が吐けるということは、あなたも同じ志を持つ同志なのですね」


「いや、あたしは別に同じ趣味を持っていないわよ。まぁ、似たような趣味ではあるけど。ただどんなものであれ、全力を注いでいる趣味なら堂々としているほうが、気持ち的にはいいと言いたかっただけよ」


「ええ、あなたの言うとおりですわ」


 タマモは、手に持っていたキツネ耳のカチューシャを頭につけると、中指と薬指と親指をくっつけ、人差し指と小指を伸ばして動物の顔を作ると、腕を突き出す。


「ミコーン!」


 彼女は効果音のような言葉を口にするが、この場は静まり返る。


「あ、あのですね。これは巫女とキツネの鳴き声をかけたもので――」


 聞いてもいないのに、込み上げてくる恥ずかしさからか、タマモは今のポーズについて弁明を始める。


「わかる。わかるからそれ以上は何も言わないで。気持ちが高ぶって、衝動的に口走ってしまうときって、ときどきあるものよね」


 すべてを理解しているかのように、エミはタマモの肩に手を置くと何度も頷く。


 冷静さを取り戻したのか、タマモは熟れたトマトのように顔を真っ赤にした。


 今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。


 誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。


 明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。

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