第十七章 第四話 レイラとドライアド
タマモに案内され、俺たちはフォックスさんの部屋の前に来ていた。
「お父様、デーヴィットさんたちをお連れしました」
「わかった。入ってもらいなさい」
扉越しにフォックスさんの声が聞こえると、タマモが扉を開けて中に入るように促す。
一番に入ると、フォックスさんは机の椅子に座っていた。
読書中だったのか、手には本が握られていたが、それを机の上に置く。
「わざわざ呼び出して悪かったね」
「いえ、あとで俺のほうから尋ねるつもりでいたので構わないです」
「フォックスおじさん、久しぶりなのです」
俺の隣にアリスが来ると彼女は元気よく挨拶をする。
「アリスちゃん。久しぶりだ。ご両親のことはタマモから聞いたよ。心からお悔やみ申し上げる」
挨拶を返すと、彼はアリスの亡くなったご両親に対してお悔みの言葉を言い、軽く頭を下げる。
「お父さんとお母さんは死んでしまったのですが、わたしは寂しくはないのです。今はデーヴィットお兄ちゃんたちが側に居てくれるので」
「そうか。それなら安心した。デーヴィット君、彼女のことをこれからも頼んだよ」
「はい。アリスが一人で、ものごとを判断でき、独り立ちができるようになるまでは、俺が親代わりとなって面倒を見ます。それで話を変えるのですが、セプテム大陸の魔王のことについて教えてくれませんか?」
これ以上はアリスの両親についての話題には触れないほうがいいだろう。
そう思い、俺は本題に入るように促す。
「そうだな。さっきまで調べものをしていたのだが、おそらくデーヴィット君の言っている魔王とは、エトナ火山の麓に住んでいると言われる魔物のことだと思う。やつが現れたのは二百年前、それまではこの大陸に住む魔物の生態系は変わらなかったのだが、やつが現れてからは大きく変化した。相手の姿を真似するマネットライム、正気を失わせるほどの異臭を放つデスライガー、そして鬼と呼ばれるオーガのような魔物など。生態系を変えるほどの影響力を持つ魔物は、魔王と見て間違いないだろう」
フォックスさんの話を聞き、俺は唾を飲み込む。
ついにこの大陸を支配する魔王の居場所が特定できた。
あともう少しで戦争を回避することができる。
「デーヴィット君たちはエトナ火山までの行き方はわかるのかな?」
「いえ、わかりません」
目的地までのルートを知っているのかと尋ねられ、俺は首を横に振る。
「ならば、ひとつ君にお願いしたことがあるのだが」
「お願いですか?」
何をされるのだろうかと思いつつも、俺は首を傾ける。
「案内役ついでにタマモを君の冒険メンバーに加えてほしい」
「え、それはどういうことですか?お父様」
どうやら親子二人で話しをつけてはいなかったようで、俺よりも早くタマモが口を開く。
「タマモはいずれ、俺の跡を継いでこの里の皆を守らなければならない。だけど、長に必要なものは良妻賢母ではなく、皆を引っ張って行く心の強さと決断力が欠かさない。そのために一度ぐらいは冒険をして、危険が迫って来たときに瞬時に判断する力を磨かなければならない。別に俺的には早く婿殿を見つけて代わりに後継ぎになってもらっても構わないのだが」
「それは前にも言っているではないですか。ワタクシはまだ結婚なんてものはまだ考えてはいません。もっと巫女として、里に貢献したいのです」
「だから、彼の旅について行ってほしいのだ。最終的にはお前の人生だから好きにしてくれて構わない。だが、里に貢献したいのであれば、冒険をすることは避けては通れない道なのだ」
「わかりました。そういうことでしたら、ワタクシからはこれ以上は何も言いません。ですが、これはワタクシだけではなく、デーヴィットさんやお仲間さんの気持ちもありますので。彼らの判断に委ねます」
「そういうことなのだが、どうかね?」
フォックスさんが俺たちに聞いてくる。
俺的には別に拒む理由はない。
案内してもらえれば、それだけ効率的目的地に向かうことができて、時間を短縮できる。
振り返り、俺は皆のほうを見る。
「俺は特に反対はしないが、皆はどうだ」
「はい!タマちゃんと一緒に居られるのなら、アリスは大賛成です」
一番にアリスが挙手をして、賛成していることをアピールしてくれた。
「私は別に文句を言う立場ではないから、デーヴィットの決めたことに従うけど、仲間になってくれたほうがありがたいわね。昼食をごちそうになって思ったのだけど、本当に美味しかったから、調理当番を日替わりで手伝ってもらいたいわ」
城にいたときや、宿に泊まっていたときは負担が少なかったが、野宿をするときの調理はすべてカレン任せだった。
彼女の言うとおり、タマモが調理に参加してくれたのなら、カレンの負担も減らせられるだろう。
「あたしは、アリスちゃんの争奪戦のライバルができることになるけど、特に否定はしないわ」
「あたいは別にどうでもいい」
カレンに続き、エミとライリーも賛成してくれた。
この調子なら、満場一致でタマモが俺たちのパーティーに加わることになるだろう。
「余は反対である。彼女を仲間にするぐらいなら、他のエルフに案内されたほうがよい」
全員が賛成してくれると思ったが、レイラだけが反対の意思を示した。
「理由を聞いてもいいか」
どうして彼女だけが反対するのか、その理由に心当たりがない俺は、レイラの真意を知るために彼女に問う。
「別にタマモ単体で考えるのであれば、余も文句を言うことなく賛成をしていた。しかし、彼女が契約している精霊に不満がある。なぜ、タマモはドライアドなんてものと契約をしておる」
「ドライアドだって!」
予想のできなかった言葉に、俺は思わず声を上げる。
「ドライアドって植物を司る精霊でしょう?エルフなんだから、それぐらい契約していても不自然ではないじゃない。どうしてドライアドに不満なんて持つの?」
カレンが不思議そうな顔をしてレイラに聞く。
そう、ドライアドと言えば植物の精霊、一般的に根強い印象はそっちだ。
けれど、あの精霊は他の精霊とは違う。
精霊使いが二体の精霊と契約していることを二重契約書と呼ぶように、ドライアドにはふたつの力を司っている。
植物の力と、魅了や誘惑といった力だ。
ドライアドの伝説には、気に入った男を虜にして森の中で拉致監禁をするというものもある。
レイラは人間だったころ、禁断の魔法である魅了を使っていた。
おそらく当時契約していた精霊はドライアドだった可能性が高い。
それに加え、今は魔物であることによって、精霊の姿が見えている。
彼女が言うのであれば間違いないだろう。
「何か可笑しいでしょうか?カレンさんの言うとおり、エルフなのですから植物の精霊と契約するのは変ではないと思うのですが?」
タマモはキョトンとして首を傾げた。
彼女の反応を見る限り、どうやらもう一つの力には気づいてはいないようだ。
「え、あ、そうなのだが」
タマモの様子を見たレイラは、本当に知らないことに気づいたのか、歯切れの悪い言葉を漏らす。
「わ、わかった。今の忘れてくれ。余の世迷いごとだと思って一笑してくれて構わない」
「まぁ、とにかくレイラも賛成ってことでいいんだよな」
場の空気が悪い方向へと流れているような気がした俺は、話を強引に進めようとしてレイラに尋ねる。
「うむ、杞憂であることがわかったのでな。異論はない」
「と言う訳だ。これからしばらくの間宜しく頼む」
「わかりました。では、この大陸に住む魔王の討伐にワタクシも参加させてもらうことにします」
「よし、これで話は決まった。これから娘を宜しく頼む」
フォックスさんがパンと手を叩くと、俺たちに頭を下げた。
「では、出発は明日の早朝でよろしいでしょうか。今日中に荷物を纏めますので」
こうして、タマモが仲間に加わることになった。
「あ、そういえばひとついいですか?」
「なんだね?」
俺は聞かなければならないことがあることを思い出し、彼に尋ねる。
「客間にあった不思議な文字で書かれた本のことですが、あれはどのような経緯で手に入れられたのですか?」
俺は客間で見つけた日本語で書かれてあった本のことについて問う。
「ああ、あれかい?それはアリスのご両親が持っていたものだ。ちょっとした縁で、俺が譲り受けたものなのだけど、デーヴィット君はあれが気になるのかい?」
「はい。俺も似たような本を持っていますので」
「ほう、あの不思議な文字で書かれたものが他にもあったとは驚きだ」
「些細なことでいいので、何か知っていることがあれば教えてほしいのですが」
どんな情報でもいいから何か知っていれば提供してほしいと、フォックスさんに尋ねるが、彼は首を横に振る。
「いや、悪いがあの本については何もわからない。アリスのご両親から譲り受けたときも、彼らは何もあの本について語ろうとはしなかった。力になれなくて申し訳ない」
フォックスさんは申し訳なさそうに謝るが、まったくゼロではなかった。
アリスのご両親が、何もあの本について触れようとはしなかったということは、それだけ秘密にしておきたい何かがあったということだ。
すぐには聞けないが、機会があったときにでも、アリスに聞いてみよう。
話が一段落すると、俺たちはフォックスさんの部屋から出て行く。
廊下に出て客間に戻ろうとすると、俺の肩を誰かが叩いた。
振り向くと俺の背後にはレイラが立っており、顔を近づけると小声で囁いてきた。
「そなたに話したいことがある。どこかいい場所を知らぬか?」
「なら、いい場所を知っている」
彼女が何を話したいのか、何となく理解した俺は、カレンたちが向かうほうとは逆方向に歩く。
向かった先はタマモの屋敷の裏庭だ。
作り物の岩を退かして、中に入る。
「こんなものがあるとは、よく知っておったな」
「前にタマモに教えてもらったんだよ。ここなら外に話声が漏れる心配はない。呪いを用いて我が契約せしジャック・オー・ランタンに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ファイヤーボール」
この先暗くなっていることを知っている俺は、火球を生み出して明るくすると、足元を照らしながら下りて行く。
広い空間に出ると、俺はレイラから話を聞くことにする。
「話というのは、タマモが契約しているドライアドについてだ」
やっぱり、彼女が話したかったのはあの精霊のことのようだ。
「デーヴィットは余の過去を知っておるな。余が人間であったころ、魅了の魔法を使っていたことを」
俺は言葉に出さずに無言で頷く。
「余は魔物ゆえ、精霊の姿が見えておる。やつと会ったときから変な緊張感があったのだが、共に行動することになった以上は、このことを隠すわけにはいかなくなった」
レイラの言っている意味がよくわからなかったが、俺は追及することなく、そのまま彼女が続きを語るのを待つ。
「タマモが契約しているドライアドは、余が人間であったころに契約していたドライアドなのだ」
「なんだって!」
思わず俺は声を上げる。
ここが地下の空間でなければ、周囲の者に聞かれていたかもしれない。
「人間が精霊になる際、それまで契約していた精霊の姿を見ることができる。あのときの記憶は鮮明に覚えておる。間違いない。あの容姿は人間だったころの余が契約していたドライアドだ」
「ということは、何かの拍子に魅了が発動するかもしれないというわけか?」
「そうだ。今は植物の力だけを使っているようであるが、その内もう一つの力に気づくことがあるかもしれない。そのときは気をつけるのだ。一応ドライアドには、余も目を光らせておくことにする」
「わかった。俺も肝に銘じておくとする。教えてくれたてありがとう」
「何、余はタマモの身を案じて言ったにすぎない。余のようにはなってほしくはないのでな」
レイラからの忠告を聞き終えた俺は、階段を上って地上に上がって行った。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




