第十七章 第二話 エルフ族の長
「失礼するよ。君がデーヴィット君で合っているかな?」
「はい、俺がデーヴィットですがあなたは?」
何の前触れもなく勝手に入って来たエルフの男に、俺は困惑しながらも自身がデーヴィットであることを告げる。
「そうか、君が。我がエルフ族がお世話になったね。話は娘から聞かせてもらったよ」
「娘?」
首を傾げると、タイミングを窺っていたのか、彼の後ろからひょっこりタマモが顔を出す。
「あ、タマモのお父さん」
「そうだ。俺の名はフォックス。この里の長をしている」
フォックスさんが右手を差し出してきたので、俺も右手を出して彼と握手を交わす。
長年の暮らしによるものだろうか。
彼の手はエルフとしては珍しく、ゴツゴツとした感触だった。
「今、エルフにしては珍しい手だと思っただろう?」
「どうしてそれを」
突然心の中を読まれ、俺は動揺する。
彼には人の心を読むような特別な力を持っているのだろうか。
「アハハハハ。正直でよろしい。いつも言われていることなんだ。エルフにしては手の皮が分厚いと」
フォックスさんの言葉を聞き、俺は内心安堵する。
別に心の中を読まれているわけではなかった。
日常的によくあるからこそ、パターンが分かっていたのだ。
「俺は元冒険者で、若いころは様々な大陸を渡り歩いていた。でも、時々若いころの記憶が蘇ると一人で旅をするんだよ」
特に何も聞いたわけではなかったが、彼はひとりでに語り始める。
「そうなのですね」
苦笑いを浮かべ、俺は適当に相槌を打つ。
「お父様、そんな話をするためにデーヴィットさんのところに来たわけではないのですよ」
「おっと、そうだった。つい話に熱中してしまったよ。デーヴィット君は娘と約束をしたらしいではないか」
約束とは、俺が提案したビジネスのことだろうか。
俺たちが伯爵に圧力をかける代わりに、セプテム大陸の魔王の情報を提供してくれという。
「はい」
俺は約束をしたことを肯定すると、彼は難しい顔をし始める。
そして、俺を品定めするかのように全身を見ると腕を組み、何度も頷く。
もしかして、俺が魔王と戦うにふさわしい外見をしているのかを判断しているのだろうか?
冒険をするのに最低限の筋肉はつけてはいるが、俺の専門は魔法だ。
もし、外見で判断するようなタイプの人であった場合は厳しいかもしれない。
最悪の場合父さんのときのように、力比べをするはめになる可能性も考えられる。
「よし、わかった合格だ」
どうやら俺がセプテム大陸の魔王と戦う最低限の体つきをしていると判断してくれたようだ。
ホッと一安心する。
「君とタマモの結婚を認めよう」
「どうしてそうなる!」
「どうしてそうなるのですかお父様!」
二人同時にフォックスさんにツッコミを入れる。
「うん?違うのか?だって他部族の問題に首を突っ込んで、解決してくれるための約束となると、タマモを嫁にしたいからだと思っていたのだが」
「いえいえ、違います。俺はこの大陸に住む魔王の情報が欲しくて、それと引き換えに問題解決に努めただけです」
俺は瞬時に否定し、事実を伝える。
「アハハハハ。そうだったのか。早とちりをしてしまった」
羞恥を隠すためか、フォックスさんは豪快に笑う。
「それで、この大陸の魔王の情報なのですが」
「ちょっと待った。その話は明日にしよう。今宵は宴会の最中、真面目な話はすべきではない」
彼は右手を前に出し、それ以上はこの件に関しては話さないという意思を見せると、俺の横に立って肩に手を回す。
「さぁ、一緒に飲もうではないか。実は君のような息子が欲しかったのだ。今日は酒につき合ってくれ」
強引に身体を押され、俺は彼に誘導されるままに客間から出る。
席に座り直すと、フォックスさんは自身の酒を持ち、俺の前に座る。
「では、この出会いを記念して酒を酌み交わそう。乾杯!」
「か、乾杯」
酒の入っているコップをお互いに軽く接触させ、口に運ぶ。
先に飲んでいた俺は少しずつ飲んでいるが、彼は一気に飲み干すと、空のコップを床に置く。
「プハー。やっぱり酒は上手い。長旅の疲れを癒してくれる。おや?デーヴィット君のコップにはまだ酒が残っているではないか。酒は苦手なのかい?」
「いえ、大好きです。だけど豪酒というわけではないので、考えながら飲ませてもらいます」
酒は好きだが、俺はバカみたいに飲むことはない。
中々酔うことがないため、酒に強い印象をもたれることが多いが、常に冷静になってペース配分を考えながら飲んでいるのだ。
これ以上はキツイと思ったときには酒を飲むのを止め、気分がよくなったころに再び飲み始める。
これを繰り返しているのだ。
魔学者だったころ、同僚たちと飲みに行ったときに、一度だけ吐く一歩手前まできたことがある。
その経験により、己のデッドゾーンを知っている。
元同僚からは、一度吐いてしまう経験を体験しておいたほうがいいと言われているが、醜態を晒してまで飲みたいとは思えない。
俺は自分のペースで酒を飲む。
コップに口をつけ、酒を口に含んだときだ。
「デーヴィット君、さっきは俺の勘違いだったが、俺は君を気にいっている。義理でいいから俺の息子になってはくれないか?」
突然の言葉に俺はそのまま吹き出しそうになるが、目の前にはフォックスさんがいる。
吹きだすわけにはいかず、強引に酒を飲み込むと咽た。
「ゴホッゴホ」
「大丈夫ですか。デーヴィットさん」
苦しむ俺を見たのか、タマモが側に来ると背中をゆっくり擦ってくれた。
「あ、ありがとう。もう大丈夫だ」
タマモにお礼を言い、フォックスさんのほうを見る。
彼は何故かニヤついていた。
「俺は娘の幸せを願って良妻賢母になるように育てた。その甲斐あって、娘はこの里の男から熱烈なアプローチを何度もされるようになっている。それほどの魅力があの娘にはあるのだが」
チラリとタマモのほうを見ながら、フォックスさんはポツリと言葉を漏らす。
「もう、何を言っているのですかお父様、デーヴィットさんの前で余計なことは言わないでください」
親父さんの言葉が聞こえたようで、タマモは彼に注意を促す。
「悪い、悪い。口が滑った。悪いついでに酒を持って来てくれないか。俺の分がなくなってしまってよ」
「わかりました。ですが、これ以上デーヴィットさんに変なことを言わないでくださいよ」
「わかっているって」
酒を取りにこの場を離れるタマモを見て、フォックスさんはいきなり顔を近づけてきた。
「それで、どうなんだよ。タマモの行動を見ただろう。君が苦しんでいるのを見て、すぐに駆け寄ってきて背中を擦ってくれた。最近の子はああはいかない。周囲をよく観察して何かが起きればすぐに駆けつける行動力、それに優しい心も持っている。それに料理は上手いし、いい尻をしている」
先ほど釘を刺されたばかりだというのに、フォックスさんは再び娘のいいところを俺にアピールしてくる。
最後のやつはセクハラではないのかと思いつつも、彼の言葉には同意できる。
確かに彼女は女性としての評価は高い。
この里の男性がアプローチする気持もよくわかる。
タマモの努力が現れている証拠だ。
「なぁ、君には後悔をさせない。俺の義理の息子になってはくれない……か……いて!」
「お酒をお持ちしました。お父様」
熱烈に告白をするフォックスさんの頭に、勢いよくタマモが酒瓶置く。
「何をしやがる。それが良妻賢母を目指す女のすることか」
「お父様がワタクシの言ったことを聞かないからです。間違いを正すのも良妻を目指す女の務め、お父様の言っている昔の良妻賢母とは時代が違うのです」
「でもよ。俺はデーヴィット君のことが気に入ったんだよ。中々いないぜ。他種族の問題に自分から首を突っ込んで、解決に導いてくれるような男なんて」
食い下がる彼の態度に、タマモは小さく溜息をつくと、フォックスさんの耳元で何かを囁く。
すると、彼の顔はみるみる青くなり、冷や汗だと思われる液体が額から流れ出した。
「デ、デデ、デーヴィット君……タ、タマモの言っていることは本当なのかい?」
彼女が耳打ちした内容が聞き取れていなかった俺は答えることができず、首を傾げる。
「いったい何のことですか?」
俺は尋ねると、フォックスさんは周囲をキョロキョロと見渡し、顔を近づけると耳元で言葉を放つ。
「君が王都オルレアンの王子っていうのは」
彼の言葉を聞き、顔が青くなった理由を理解する。
どうやらタマモはフォックスさんに俺の正体を話してはいなかったようだ。
てっきり知った上で俺に対してフレンドリーに接してくれていたのだと思っていた。
「あ、それですね。別に無礼だなんて思っていませんよ。寧ろ肩書きのせいで畏縮されると、俺のほうが困るので、今までのようにフレンドリーに接してください。それのほうが俺も気を楽にすることができますので」
思ったことを口にすると、彼の表情はパッと明るくなり、コップに酒を注ぐと一気に飲み干す。
「さすが救世主様だ。器がでかい。この国の王族とは大違いだ。さぁ、君も飲め、未来の義父さんと酒を酌み交わそう」
どうやら彼にとって、俺は寛大な男に見えてしまったらしい。
笑顔で俺のコップに酒を注ぐ。
「タマモ、やっぱり彼はいい男だぞ……あれ?あいつどこに行った?」
「タマモなら、あなたに酒瓶を渡したあとにどこかに行きましたよ」
「そうなのか?このままここに居てくれれば、もっと細かくアピールポイントを説明できたのに」
そんなことをしては、羞恥心で八つ当たりをされるのでは?
そんなことを思いつつも、彼と一緒に酒を飲み、色々と話しを聞いた。
二百年前に妻を亡くし、男一人で育ててきたこと。
妻がなくなってからは、タマモが成人するまで育児に励み、将来幸せになれるために良妻賢母としての英才教育をしてきたことなど、様々な話を聞かされた。
「俺は今五百二十歳なのだが、三百二十歳のときに、タマモが生まれた。あれから二百年が経ったが、いい女に育ってくれた」
エルフの細胞による複製ミスの頻度は詳しくはわからないが、エルフの十年が人間による一年だということが話の内容から分かった。
人間が一年かけて起きる細胞による老化が、エルフには十年かけて起きるようだ。
「姉さん女房なのも悪くないと思うぞ。確かにエルフは長寿だ。あいつも二百年以上生きている。だが、肉体的にはまだまだ若い。君が年を取っても若い肉体を好きにできるぞ」
酔いが回っているのか、娘をアピールするはずが下ネタトークになりつつある。
これではあの伯爵と同じだ。
「はは、考えておきます」
俺は苦笑いを浮かべると夜遅くまで彼の話につき合った。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




