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第十七章 第一話 宴会

 今回のワード解説


発汗作用……汗の出をよくする作用のこと。

 ライリーとレイラの二人と合流すると、俺たちは地下の階段を上って地上に出る。


 長い間地下にいたせいで、時間の感覚が狂っていたが、どうやら翌日になっているようだ。


 朝日が降り注ぎ、周囲は焼け野原のようになっており、焼け焦げた木材や家具などが散乱していた。


「酷いな。まさか自分の家を燃やすとは思わなかった」


「余たちが町についたときには既に燃えており、消化作業が行われておった」


「心配したよ。無事であることは信じていたが、町中駆け巡っても見つからなかったからね」


「それは悪かった。逃げ場を失って地下に逃げるしか方法がなかったんだ」


 今からエルフの里に帰ろうとしたとき、視界に一人の女性が映った。


 三つ編みでメイド服を着ている人物だ。


 片手には紙袋が握られてある。


 確かエミがメイド長と言っていたはず。


「皆さんご無事で何よりです」


 メイド長が俺たちに近づく。


「メイド長、ごめんなさい。伯爵には天罰を下したけど、逃がしてしまったわ」


 エミが謝罪すると、彼女は小さく首を横に振る。


「いいえ、天罰を下していただけただけで十分です。あのう、これをあなたにお渡しします」


 メイド長が持っていた紙袋をエミに手渡す。


「屋敷の一室で見つけたものなのですが、これを見た瞬間に、あなたに渡さなければという想いに駆られまして」


「ありがとうございます」


 紙袋を受け取ると、エミは中身を確認する。


 そして柔らかい笑みを浮かべ、メイド長にお礼を言った。


「なぁ、それに何が入っているのだい?」


 ライリーが中身を気にしたようで、エミに尋ねる。


 正直、俺も気になっていたので、心の中で彼女にグッジョブと称賛する。


「乙女の秘密よ。別にたいしたものではないわ。見ても何だそれかって思うレベルのものだから」


 何が入っているのか具体的には教えてはくれなかったが、たいしたものではないようだ。


 言葉から察するに、おそらくエミの所持品の何かだったりするのだろう。


「メイド長はこれからどうするのですか?」


「屋敷が燃えたし、伯爵様は雲隠れ。雇い主の居場所がわからなくなった以上は、リストラされたようなものでしょう。まぁ、ブラックな職場だったから、そこから解放されたのは正直助かったわよ。あのままだったら、いつかは倒れていたかもしれないし、また新しい職場を探すことにするわ」


「メイド長さんは、別大陸に移住することはできますか?」


 俺はエミがお世話になったであろうメイド長に、移住できるのかを聞いてみる。


「はい旅費次第になりますが、それは可能ですが?」


 突然の話題に、メイド長は困惑しているようだ。


 一応答えてはくれたが、首を傾げている。


 彼女の返答を聞き、俺はカレンの持つアイテムボックスから紙とペンと封筒を取り出し、俺のリュックから王都オルレアンのハンコを取り出す。


 そしてまる焦げのテーブルの上に置き、紙にペンを走らせて文章を書く。


 書き終わった紙を封筒に入るサイズになるまで折り曲げ、それを封筒に入れると王都オルレアンの押印をつける。


 そしてリュックの中にある紙幣の入っている瓶から、一万ギル札を数枚取り出すと、封筒と一緒にメイド長に手渡した。


「オルレアン大陸にある王都オルレアンに向ってください。門の前で兵士にデーヴィットという男からの招待で来たと言い、この手紙を見せてください。そしたらお城であなたを雇ってくれるはずです。そのお金は、王都オルレアンに向かうための旅費に使ってください」


 彼女は伯爵邸でメイド長という立場で働いていた。


 管理職についていた実績もあるのだから、採用されることは間違いないだろう。


 優しい口調で語りかけると、メイド長の目尻からは涙が流れ、その場に座り出す。


 予想していなかった反応に、俺は戸惑う。


「すみません。余計なことだったでしょうか?」


「いえ……そうじゃないです。こんなによくしてもらったのは……初めてで……ぐすん……嬉しくて……つい涙が」


「デーヴィットの天然、メイド長を泣かせているんじゃないわよ」


「いや、泣かせるつもりでやったわけじゃあ」


「そんなの分かっているわよ。でも誰にでも優しくしないほうがいいわよ。…………これ以上増えられても困るもの」


 声音を弱めたのか、途中からエミの言葉を聞き取ることができない。


 まぁ、俺の悪口のようなことでも言っているのだろう。


「メイド長立ってください。王都オルレアンはいいところですよ。皆いい人ばかりです。きっと気に入っていただけますよ」


 エミは屈んでメイド長を見ると、ポケットからハンカチを取り出して彼女の涙を拭う。


「ありがとう。本当にありがとうございます」


 メイド長は何度も感謝の言葉を口にした。


 それから五分ほどが経ち、ガルムを屋敷跡に残したまま、俺たちはメイド長と別れてエルフの里に帰った。


 連れ去られたエルフたちが帰って来たという情報は、瞬く間に里中に広まり、俺たちはエルフの人たちから、英雄として歓迎されることになった。


 里中が祝福ムードとなり、救世主だと崇めるエルフたちも出てきたが、俺は浮かれることはない。


 なにせ、いくら救世主だと言われようとも、本当の意味では救ってはいないからだ。


 俺たちはただ救出したにすぎない。


 彼女たちの心を救ってはいないのだ。


 そんな中、もてはやされても心から嬉しさを感じることができなかった。


「お帰りなさいませ。同胞の救出感謝いたします。お疲れでしょう。今日はワタクシの屋敷でおやすみください」


「お帰りなさいなのです。やっぱりデーヴィットお兄ちゃんたちは凄いのです」


 タマモの住む屋敷の前に行くと、彼女とアリスが出迎えてくれた。


 お言葉に甘え、俺たちは屋敷で一泊させてもらうことにする。


 客間に案内され、俺たちは各々好きなことをして時間を過ごした。


 その日の夜、宴会が行われた。


 大広間に案内され、席に座る。


 座卓と呼ばれる床に座るタイプの小さいテーブルは五十センチほどの大きさで、ちょうど一人分の食事が置けるぐらいの幅だ。


 料理が運び込まれると座卓の上に置かれる。


 エルフということもあって、野菜系が中心の料理だった。


 ここには俺たち以外にも、里に住むエルフたちが何人か呼ばれているようで、一緒に食事をしている。


 やるせない気持ちではあるが、一応エルフたちとの友好関係は結べたはず。


 時を見て話しかけ、セプテム大陸の魔王の情報を聞き回ってもいいかもしれない。


 そんなことを考えながら食事をしていると、巫女装束を着ているタマモが俺たちの前にやってくる。


「皆さまには本当に感謝しております。エルフ族を代表いたしまして、お礼を申し上げます。こたびは楽しんでください。ささやかなお礼ではありますが、エルフの巫女に伝わる神楽舞を披露いたします。よければ見ていただければ幸いです」


「ありがとう。ぜひ見させてもらうよ」


「ありがとうございます。エルフの巫女に恥じない踊りを堪能させましょう」


 そう言うとタマモは大広間の奥に立つ。


 それが合図だったのか、どこからか楽器の演奏が流れ、それに合わせてタマモが踊り出す。


 彼女の踊りは素晴らしく、動きひとつひとつが可憐で美しかった。


 タマモの踊りに見惚れてしまい、目を奪われるとはこのようなことを言うのだろうと思いながらも、彼女の踊りを注視する。


 音楽が止まり、それに合わせてタマモの動きが止まると一斉に拍手が行われる。


 当然俺も彼女の踊りを称え、拍手を送った。


「いかがだったでしょうか?ワタクシの踊りは?」


「とてもよかったよ。ひとつずつの動きがとても綺麗で、見惚れてしまったよ」


 正直に思ったことを口にすると、タマモは頬を朱に染める。


 あれだけ動いたのだ。


 発汗作用で頬が赤くなっても不思議ではない。


「そ、そうですか。ありがとうございます。あら、コップにお酒が入っておりませんね。どうぞ」


 俺のコップが空になっているのを見て、タマモが気を聞かせて酒を注いでくれた。


「ありがとう」


「どういたしまして」


「巫女さん。あたいにも酌をしてくれ」


「それぐらいご自分でしてください」


 酌をしてくれるタマモの姿を見て、ライリーは自分にも酒を注ぐように彼女に頼む。


 しかし、タマモは塩対応でそれを断った。


「なんであたいには酌をしてくれない」


「ワタクシは英雄様の接待で忙しいのです。そのお仲間は対象外ですので」


「あたいだってエルフの男たちと一緒になって、傭兵の相手をしていたんだぞ」


「まぁ、まぁ、落ち着けって。タマモ、悪いがライリーにも酒を注いでやってくれないか?」


「あなたがそうおっしゃるのであれば」


 険悪なムードになりつつあるのを感じ取り、俺はタマモにライリーの酌をしてあげるようにお願いする。


 渋るかと思っていたが、彼女はすんなりと俺のお願いを聞き入れてくれた。


「デーヴィットよ、そなたも飲んでおるか」


 背後からレイラの声が聞こえたかと思うと、背中に柔らかいものが触れた感触が伝わってきた。


 どうやら大胆にも俺に抱き着いたようで、俺の身体に両手が回された。


 彼女の手には酒の入ったコップが握られているようで、酔いによる行動によるもののようだ。


「ちょっと、レイラ!なんでデーヴィットにくっついているのよ。離れなさいよ!」


 そんな光景を目の当たりにして、カレンがレイラの肩を掴む。


「酒臭い!あんたどれだけ飲んでいるのよ」


「たいした量ではない。ロックをほんの五杯ほど飲んだだけである」


「割っていないのかよ!」


 彼女の飲み方に驚き、俺はツッコミを入れる。


 薄めて飲んでいないのなら、酔いが回るのも早い。


「よいではないか。よいではないか。今宵は宴会なのだぞ。無礼講といこうではないか」


 レイラがそう言うと、俺の背中に新たに柔らかいものがあたり、擦りつけられる感触を覚える。


「すりすり」


 彼女の言葉を聞く限り、頬を擦りつけられているのだろう。


 どうしたものかと考えながら周囲を見る。


 タマモは何やらライリーと口論になっているようだし、エミはアリスとの話に夢中なようで、こちらに気づく様子は見られない。


 他のエルフたちも同様だ。


「カレン、悪いが水を貰ってきてくれないか」


「わかったわ」


 水を貰いにカレンが離れると、俺は背後にいるレイラに声をかける。


「飲みすぎだぞ。酒は飲んでも飲まれるな。何かあったのか?」


「何かあったとはどういう意味であるか?」


「いや、俺にも経験があるからな。何か嫌なことが起きたときは、酒に逃げてしまうことが。酒を飲んでいるときは気分がよくなって、いやな記憶を消してしまえるような気がして、ついつい飲んでしまう。だけど、いくら記憶が飛ぶほど飲んでも、酒を飲んでいた数時間の記憶はなくなるが、それ以前の記憶は消えない。何かあったのなら話してはくれないか?言いたくないことならむりに話さなくてもいいけど」


「そなたにはお見通しであるな。ああ、嫌なことが起きた。自分自身の無力さに嘆いてしまった。伯爵邸のある町に向かう最中に、傭兵が足止めをしておったであろう。余は精霊使いと戦った。そこで一体の精霊を消滅させてしまったのだ。余がもう少し早い判断をしておれば、あの精霊は助かったのかもしれない。そう考えては後悔しておるのだ」


 レイラの話を聞き、俺は胸に強い痛みを覚える。


 精霊が消滅する光景を見たり、話しを聞いたときに発作のような痛みが起きるのは、俺が半分精霊の血を引いているからだろう。


 確かに彼女には辛いできごとだ。


 俺も彼女の気持ちが痛いほど分かる。


「必ず、俺が解決方法を見つけてみせる。それまでは何度も同じできごとが起きるかもしれないが、そのときは俺が側で支えてやる。だから不安になるな。お前の隣には俺やカレンたちがいるのだから」


「そう……であるな。なら……安心」


 どうやらアルコールが回って眠ってしまったようだ。


 小さな寝息が聞こえてくる。


「デーヴィット、水を持ってきたわよ」


「ありがとう。だけど、レイラのやつ寝ちゃったからさ、ちょっと客室で寝かせてくる」


「そうなの?この水どうしようかしら?」


「俺のところに置いといてくれ。あとで飲むから」


「わかった」


 レイラを背負い、大広間を出ると客室に向かう。


 廊下を歩いていると一人のエルフと擦れ違った。


 人間で言うと、五十代ぐらいの見た目の男性だ。


 客室の扉を開けて中に入り、レイラをベッドに寝かせる。


 ここまで連れて来た特権として、彼女の寝姿を少しの間だけ見る。


 そろそろ戻らないとカレンたちに変な疑いをかけられるかもしれない。


 そう思い、そろそろ部屋を出ようとすると、部屋の扉が開かれ、先ほど擦れ違ったエルフの男性が部屋に入って来た。


 今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。


 誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。


 明日も投稿予定なので楽しみにしていただけたら幸いです。

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