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第十六章 第七話 伯爵と囚われたエルフ

 今回のワード解説


 読む必要がない人は飛ばして本文のほうを呼んでください。


 本文を読んで、これって何だったかな?と思ったときにでも確認していただければと思っています。


アデノシン神経系……アデノシンの神経。アデノシンとは、神経伝達物質ではないものの、中枢神経系でもニューロンやグリア細胞から細胞外へと遊離して、神経系の活動を調節する物質の1つである事が知られている。


GABA神経系……GABAの神経系。脳内でGABAは「抑制系」の神経伝達物質として働いている。GABAは正反対の働きをしている。脳内の神経伝達物質は、興奮系と抑制系がほどよいバランスをとっていることが大切である。興奮系が適度に分泌されると気分が良く、元気ややる気にあふれ、集中力やほどよい緊張感がある。


賢者タイム……性交や自慰行為でオーガズムに達した後に見られる、急激に性欲が減退している状態のこと。


視床下部……間脳に位置し、自立機能の調節を行う総合中枢である。体温調整、摂食行動、睡眠・覚醒、ストレス応答、生殖行動など非情に多岐にわたる行動調節をしている。


受容体……生物の体にあって、外界や体内からの何らかの刺激を受け取り、情報(感覚)として利用できるように変換する仕組みを持った構造のこと。レセプターまたはリセプターともいう。


脳脊髄液……脳室系とクモ膜下腔を満たす、リンパ液のように無色透明な液体である。弱 アルカリ性であり、細胞成分はほとんど含まれない。略して 髄液 とも呼ばれる。脳室系の 脈絡叢 から産生される廃液であって、脳の水分含有量を緩衝したり、形を保つ役に立っている。一般には脳漿 のうしょう)として知られる。脳脊髄液を産生する脈絡叢は、 側脳室 、 第三脳室 、 第四脳室のいずれにも分布する。第三脳室、第四脳室の脈絡叢が発達しているのでそのふたつから産生されるのが多い。


脳膜……脳の表面をおおう膜で,外から内に向って硬膜,クモ膜,軟膜の3層から成っている。


ヒスタミン覚醒系……肥満細胞のほか、好塩基球やECL細胞がヒスタミン産生細胞として知られているが、普段は細胞内の顆粒に貯蔵されており、細胞表面の抗体に抗原が結合するなどの外部刺激により細胞外へ一過的に放出される。また、マクロファージ等の細胞ではHDCにより産生されたヒスタミンを顆粒に貯蔵せず、持続的に放出することが知られている。


プロスタグランジンⅮ2……一般的なアレルギー炎症であるⅠ型アレルギーにおけるコンダクター細胞として知られているマスト細胞が分泌する主要なプロスタノイドであり,喘息発作時やアトピー性皮膚炎での炎症部位。


プロムナードターン……タンゴの基本ステップのひとつ。



「この下に囚われたエルフたちがいるんだよな」


「伯爵自身が言っていたから間違いないわよ。あたしもこの目で階段が出現するのを見たわ」


「でも、どうやって出すのかしら?周辺を見ても怪しいものなんてないわよ」


 カレンが周囲の怪しそうな場所を調べながら、何も不審なものは見つからないことを告げる。


 今はカレンの機嫌も元に戻っているようで、禍々しいオーラを感じることもなく一安心している。


 好きなものを買ってやるという言葉が効いたのだろうか。


「しょうがないわね。エミ、確か階段は部屋の中央にあったって言ったわよね」


「ええ、そうよ」


「デーヴィット、悪いのだけど、あの男を中央に連れて来て」


 どうして気を失っている男を、わざわざ部屋の中央に連れて行く必要があるのだろうかと思ったが、彼女の指示に従うことにする。


 俺はガルムの腕を引っ張り、部屋の中央に移動させた。


「始めるわよ。(まじな)いを用いて我が契約せしハルモニウムに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。パァプ」


 カレンが詠唱を始めると床の強度を上回る空気の振動を送り、音の力に耐えきれなくなった床が破壊される。


「グアッ」


 破壊された床は、粉々に飛び散ってしまうが、そのほとんどがおさげの男に直撃する。


 彼を蓋代わりに使ったのだ。


 あれだけ痛めつけておきながら、まだ彼を利用しているところを見ると、まだ怒りの感情が収まっていないように見える。


 破壊された床の下には、地下に通じる隠し階段があった。


 後ろに気配を感じ、俺は振り返った。


 すると視界に一人のメイドの姿が映り出す。


 髪を三つ編みにしている女性だ。


「あなたたち侵入者ですね」


 破壊された入り口の前に立ち、メイド姿の女性は俺たちに鋭い視線を送ってくる。


「侵入者は屋敷の中に入った。探せ!」


 入口だと思われる方角から、警備兵らしき人物の声が聞こえてきた。


 まずい。


 このままでは兵士を呼ばれて余計な戦闘をすることになる。


「そこの兵士さん」


 彼女は廊下のほうに身体を向かせ、手招きをしだした。


 兵士を呼ばれる。


 こうなれば戦闘は回避できない。


「怪しい人物が二階のほうに走って行くのが見えました。急いでください」


 三つ編みメイドは右手を上げて人差し指を伸ばすと、近くにいた兵士に侵入者は二階に上がったと虚偽の報告をする。


「そうですかありがとうございます。おい皆!侵入者は二階に向かった。急げ!」


 足音が遠ざかっていく。


 メイドさんが俺たちを助けてくれた。


 でもいったいなぜ?


「メイド長!」


 エミが女性の肩書を口にする。


 そういえば、彼女は屋敷から出てきた際にメイド服を着ていた。


 面識があるのだろう。


「あなたは誰ですか?私とは初対面のはずですが」


「あ、そうだった。認識阻害の魔法をかけていたから、記憶が残っていないのだわ」


「あなたたちは伯爵様に御用のある方でよろしいのですよね」


「ああ、俺たちは伯爵の悪事を知り、囚われたエルフの救出に来た」


 俺は正直に話す。


 どのような裏があるのか分からないが、彼女は警備兵をこの場から離してくれた。


 なら、その行動を信頼して偽りなく目的を話すほうがいい。


「そうですか。ありがとうございます。ご迷惑をおかけします。伯爵様は地下におられますので」


 メイド長は深々と頭を下げる。


 まさかお礼を言われるとは思っていなかっただけに驚きが半端ない。


「ここは私が時間を稼ぎますので、どうか先にお進みください」


 この屋敷に住む人は全員が伯爵の味方だと思っていたが、彼の行いに対して反対の考えを持っている人もちゃんといたのだ。


「任せろ。必ずエルフは救出してみせる」


 俺は軽く自身の胸を叩く。


「メイド長、あなたに代わってあたしが天罰を下すから」


「どうして私の役職を知っているのかは疑問ですが。好きにしてください。酷い目に遭う伯爵様を見られればそれでいいので」


「早いところ下に向かいましょうよ」


「そうだな」


 カレンが地下に急ぐように促し、俺たちは床下に隠された階段を下りていく。


 階段は長く、まだ地下空間にはたどり着けていない。


 等間隔で燭台が取りつけてあり、視界が良好なのが唯一の救いだった。


 階段から見下ろすのと見上げるのとでは、俺たちの立ち位置のほうが状況を把握しやすい。


 万が一伯爵が戻って来たとしても奇襲を仕かけることができる。


 長い階段を降り終えるが、伯爵と出くわすことはなかった。


 どうやらまだお楽しみの最中のようだ。


 階段の先には地下通路となっており、左側は牢獄であった。


 しかし捕らえられたエルフの姿はどこにも見当たらない。


「このあたりにはいないようだな」


「もっと奥かもしれないわ」


「急ぎたいが、ここは慎重に進もう」


 俺は逸る気持ちを抑える。


 なるべく足音を立てないように気をつけて歩いた。


 伯爵がお楽しみの最中であれば、集中して気づかれないかもしれないが、賢者タイムになっていたのならば、些細な物音にも気づかれるおそれがあると考えたからだ。


 ゆっくりと歩き、エルフたちがいると思われる場所を探す。


 すると、さっきまで無人の牢ばかりであったが、視界の先に扉が見えた。


 扉は木製で、ながい長い年月をかけて朽ち始めているようで、複数の穴が空いている。


 俺は覗き穴から扉の奥を見る。


 そこには伯爵だと思われる恰幅のよい男と、裸体のエルフが六人ほど視界に入った。


「では今日も始めようか。昨日教えたようにするのだ。歯は立てないようにな」


「はい、伯爵様」


 エルフの一人が伯爵の前に来ると、彼の履いているズボンを下ろす。


 ボーダー柄のトランクスが露わになった。


 どうやら今から始まるようだ。


 突入するなら今しかない。


 パンツまで脱がされては、カレンとエミが目のやり場に困るだろう。


 俺は突入しようとドアノブを捻るが、その手をカレンに止められる。


「おい、どういうことだ。今突入しないと色々とヤバイだろう」


 俺は伯爵に聞こえないように小声でカレンに問う。


「今囚われているエルフは裸なのよ。そんな状態でデーヴィットを中に入れられるはずがないじゃない。今から用意するから待って」


 そう告げると、カレンはアイテムボックスから長い布を取り出すと、俺の目の上に被せ、視界を封じる。


 頭が軽く締め付けられる感覚があり、どうやら長い布が取れないように結ばれたようだ。


「これで大丈夫。それじゃあいくわよ」


 カレンの声が聞こえると扉が乱暴に開かれた音が耳に入る。


「誰だ!お前たちはいったい」


 当然伯爵は俺たちの素性を問い質す。


 けれどバカ正直に答えることはできない。


「ただの通りすがりの冒険者だ」


「そんな特殊プレイの最中の冒険者がいるか!この変人」


「お前にだけは絶対に言われたくはない!」


 確かに事情を知らない人から見れば、特殊なプレイをしている最中にも見えるかもしれない。


 だが、伯爵だけには言われたくはなかった。


「ガルムはどうした。俺の書斎に待機させていたはずだろう」


「そいつならお尻から血を流して気を失っているわ。それよりもエルフたちを解放しなさい」


 エミが調教中のエルフを解放するように訴える。


「そうか。そこまで知られているのか。なら、お前たちを殺し、事実を隠蔽してくれる!」


「デーヴィット気をつけて、伯爵は短剣を取り出したわ」


 伯爵が刃物を出したことをカレンが教えてくれるが、今の俺は目かくしをされている状態だ。


 いくら何でも避けるのは不可能に近い。


 感覚だけでどうにかしろとでも言いたいのか。


「死ね!」


 伯爵の声が近くで聞こえた。


 俺に向って攻撃を仕かけようとしているのだろう。


 短剣はリーチが短い。


 相当接近しないと当たらないはず。


 予想できるパターンとしては、突きか切り裂くように短剣を振るような攻撃だ。


 最も効果的なものは、突き刺して深々と肉体を損傷させるやり方だ。


 俺は二歩後退するも左腕に痛みを感じる。


 予想が外れたのかどうか真実はわからないが、攻撃を受けた。


 やはり、このハンデは俺にとっては高度なものだった。


「カレン、布を外してもいいよな」


「仕方がないわね。でもエルフたちをあまり見ないでよ」


「わかっている。それにそんな余裕は今の俺にはない」


 俺はすぐに布を外し、傷口を確認する。


 幸いにもかすり傷で済んだようだ。


「俺が伯爵の相手をする。カレンとエミは今のうちにエルフたちを安全な場所へ」


「わかったわ。みんなもう大丈夫よ。エルフの里に帰してあげるから」


「果たしてそう上手く行くかな」


 カレンにエルフの避難誘導をお願いすると、伯爵は下卑た笑みを浮かべる。


「それはどういう意味だ」


 気になった俺はエルフたちに目を向ける。


「どうしたの?帰れるのよ!あなたの帰りを待っている人たちがたくさんいるわ」


「いや……帰らない……私たちは……伯爵様の所有物。ここが私たちのいる場所」


「ダハハハハ、そういうことだ。残念だったな。そいつらは既に調教済みだ。俺なしでは自分で判断できないようになっている。さあ、エルフたちよ。侵入者を殺せ!一番の手柄を立てたやつにはご褒美を上げよう」


 伯爵が命令を下すと裸体のエルフたちは構えだす。


 俺たちは彼女たちを傷つけるわけにはいかない。


 だけど伯爵にとっては、エルフたちが傷つこうが関係ないのだ。


 どうする?何かいい方法はないのか?


(まじな)いを用いて我が契約せし知られざる負の生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ドーズ」


 思考を巡らせていると、エミが睡眠魔法を唱えた。


 標的はエルフたちのようで、脳脊髄液の中に、プロスタグランジンD2を増やされると、脳膜にある受容体によって検知され、アデノシン神経系を経由して、脳の睡眠を司る視床下部に伝わり、視床下部にあるGABA神経系が活発になったことで、ヒスタミン覚醒系を強制的に抑制される。


 これにより、エルフたちは眠ってしまった。


「傷つけられないのなら、行動不能にすればいいのよ。これで形勢逆転ね」


「くそう。こうなれば俺が直々に殺してくれる」


 伯爵は両手で握っている短剣を自身の胸の位置に持ってくる。


 そのまま距離を詰め、心臓に突き刺そうと考えているのだろう。


 彼の動きは素人も同然。


 まともに武術を嗜んではいないようだ。


 俺はプロムナードターンで伯爵の攻撃を躱して背後に回ると呪文の詠唱を始める。


(まじな)いを用いて我が契約せしウンディーネとフラウに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。シャクルアイス」


 空気中の酸素と水素が磁石のように引き合い、電気的な力によって水素結合を起こす。


 これにより水分子間がつながり、水分子のクラスターが形成され、水の塊が出現。


 水の一部を切り離し、蛇のように伯爵に向けて飛び出すと、彼の両手に巻きつく。


 すると今度は巻きついた水に限定して気温が下がり、水分子が運動するための熱エネルギーが極端に低くなると、水分子は動きを止めてお互いに結合して氷へと変化した。


「俺の腕が!」


「さあ、これでお前の動きを封じた。大人しくエルフたちを元に戻すんだ」


 エルフたちを捕らえる前の状態に戻すように伯爵に要求する。


 すると、彼はニヤリと不気味な笑みを浮かべた。


「それはむりだな」


 今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。


 誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。


 明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。

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