第十六章 第四話 レイラの怒りと悲しみと消えゆく精霊
今回の話はレイラが中心になっています。
そのため三人称で書かせてもらっています。
今回のワード解説
海馬……大脳辺縁系の一部である、海馬体の一部。特徴的な層構造を持ち、脳の記憶や空間学習能力に関わる脳の器官。
クラスター……数えられる程度の複数の原子・分子が集まってできる集合体。個数一〇~一〇〇のものはマイクロクラスターと呼ばれ,特殊な原子のふるまいが見られる。
「ミニチュアファイヤーボール」
「ファイヤーボール」
レイラと老人の火球が触れ合い、お互いの火の玉は消滅する。
「お主ふざけているのか?何がミニチュアだ。それでよく精霊が火の玉を生み出してくれるな!」
老人はレイラの魔法名に不満があるようだ。
彼女を指差すと声を荒げる。
「何を言っておる。これは余の魔力で生み出したものだ。余は魔物ゆえに、精霊の力を借りることなく魔法を発動させることができる。そして魔力の扱い方次第では大きさを変えることができるのだ。今までは余の魔力を抑えた状態での魔力量であるために、あれぐらいの大きさでしか作りだせない」
「魔物じゃと!人型の魔物は階級が高い者が多い。言え、お主の階級は何だ!」
老人はレイラが魔物であることを知り、一歩後退する。
冷や汗を掻いているようで、額からは汗が流れていた。
「よかろう。これから死にゆく者へ、冥途の土産として聞かせようではないか。余はロード階級の魔物、魔王レイラである」
右手を前に突き出し、レイラは魔王の威厳を感じさせるほどの堂々とした佇まいで、自身の階級を老人に語る。
「ま、魔王じゃと!そんなバカな話がある訳がなかろう。魔王が人間と一緒にいるわけがない。まさか、あの女も魔物」
「ライリーは人間の女であるぞ。なんだ?そんなに可笑しいのか?余が人間と一緒にいることが」
ローブ姿の老人の言葉が癇に障ったのか、レイラは一歩左足を前にすると、突き出した右手を上げる。
自身が魔王であることを信じさせるには、精霊の残留思念を集め、魔物を誕生させるのが一番だ。
しかし、それはできない。
デーヴィットと約束をしたのだ。
彼の許可なく勝手に魔物を生み出さないと。
ならば、魔力量で照明するしかない。
「ファイヤーボール」
レイラの上空に、直径六メートルの火球が出現する。
「デスボール」
「いや、ただのファイヤーボールだ。これが余の本来の魔力で生み出すことができる真の大きさである。ご老人もやってみてはどうだ?人もこれぐらいの大きさにすることが可能であると学んでおる」
「な、何を言っておる。そんなことができるわけがなかろう」
「そうか?先ほど余と一緒におった男がいるであろう。彼はデーヴィットと言うのだが、彼は人間の身でありながら、余と同じようにファイヤーボールの大きさを変えることができる」
「そ、そんなはずはない。ワシは長年生きておるが、そんな話は一度も聞いたことがない」
老人はレイラの話を否定して信じようとはしなかった。
己が長年培って覚えた魔学には、そんなものは存在しない。
存在しない以上、信じる訳にはいかなかった。
彼にとってこれまで学んできた魔学は絶対だ。
もし、信じてしまえば、今まで信じていたものに裏切られるような衝撃を受ける気がしてならなかった。
「では、余が嘘を言っているとでも?」
レイラが上げた右手を少し前に出す。
すると、彼女の手の動きに連動して、火球がローブを着ている老人に近づいた。
「くそう。ワシはこれまで信じたものを信じる。食らうがいい呪いを用いて我が契約せしナーガに命じる。その力の全てを使い果たすまで絞り出し、言霊により我の発するものを実現せよウォーターポンプ」
空気中の酸素と水素が磁石のように引き合い、電気的な力によって水素結合を起こす。
これにより水分子間がつながり、水分子のクラスターが形成され、水の塊が出現。
圧さ三十センチの筒状にまでに膨れ上がると、勢いよく火球に向けて解き放つ。
水圧で炎を掻き消そうと考えているようだ。
「火と水では相性的にはこちらが上!ワシの最大水魔法で消してくれるわい」
レイラのファイヤーボールに老人の水の塊が接触すると、勢いよく水蒸気が舞い上がる。
「いくら魔物でも、この魔法に堪え切れた者はいない。あの火球を消したあとは、お主に当ててくれる」
継続的に空気中から水を作りだし、半永久的にファイヤーボールに水を当て続ける。
苦虫を嚙み潰したような表情で、老人は水魔法を放っているが、まだ消化は完了していないようで、水蒸気が出ている。
水蒸気が出続けるということは、火種は健在だということだ。
「なぜだ!どうして火が消えない。いつもならこいつで消えているはずだというのに」
いくら水圧を浴びせ続けていても、消えない火球に老人は困惑している様子だ。
「なんであったかな?デーヴィットであれば詳しく説明ができるが、この世には水では消せない炎も存在するらしいのだ。つまり、余のファイヤーボールはご老人の水よりも強いということだ。もうよいであろう。魔法を止めるのだ。契約している精霊が消滅してしまうぞ」
「そんなわけがない。そんなわけがあるはずがない!魔学の教えは全てじゃ!属性の相性が覆されるなど、それはあってはならない。ワシは諦めぬ」
レイラの説明に納得がいかないようで、ローブを着ている老人は魔法を止めようとはしない。
「それ以上は止めるのだ!本当に精霊が消滅してしまう。ただでさえ呪いで契約しているのだぞ」
「それがどうしたというのだ。精霊ならまた新たに契約し直せばいい。代わりならいくらでもおる」
老人の言葉に、レイラは激しい怒りを覚える。
確かに精霊はこの世界にたくさんいる。
ナーガと呼ばれる種族の精霊も。
だが、彼が契約しているあのナーガはこの世でただ一体だけ。
消滅しては、あのナーガはこの世からいなくなってしまう。
これ以上、精霊の心の叫び声を聞きたくはない。
悔しいが、精霊の命を救うにはわざと負けるしかないだろう。
レイラは老人と契約しているナーガの命を救うために、ファイヤーボールを消す。
火球を消し、水蒸気が出なくなると、老人はやっと水の魔法を止めてくれた。
上半身は人間、下半身は蛇の姿の精霊に視線を向けると、ナーガは相当苦しそうに地面に這い蹲っているのが見えた。
とてもきつそうであったが、どうにか消滅させるのを回避できたようだ。
その光景を見てレイラは安堵する。
精霊を消滅させないようにするのも、この世界に悲しい魔物を生み出さないための第一歩だ。
言葉には出さないが、レイラは心の中で『よかった』と呟く。
「どうにか消せたわい。今度はお前だ。呪いを用いて我が契約せしナーガに命じる。その力の全てを使い果たすまで絞り出し、言霊により我の発するものを実現せよウォーターポンプ」
「え!」
安堵したのも束の間、老人は再び同じ魔法の詠唱を唱え、レイラに向けて水の塊を放出。
不意を衝かれたレイラは、直撃を受けると吹き飛ばされて木に衝突した。
背中に痛みが走り、顔を歪める。
しかしレイラは自身の身体よりもナーガを心配した。
あの精霊はまだ無事だろうか?
「あ、ああ、ああああああああ!」
ローブを着ている老人に目を向けると、彼の傍に横たわっていたはずのナーガの姿がなかった。
「もう一度だ。呪いを用いて我が契約せしナーガに命じる。その力の全てを使い果たすまで絞り出し、言霊により我の発するものを実現せよウォーターポンプ」
攻撃しようと老人は三度同じ魔法を発動させるが、水の塊がこの場に現れることはない。
「なんだ?もう消滅してしまったのか?使えない道具だ。まあいい。消耗品は代替えがきく」
彼の言葉が耳に入った瞬間、レイラは大きく目を見開く。
彼女が精霊だったころの記憶が、脳の海馬から引き出されてフラッシュバックする。
呪いの契約のせいで意思を封じられ、契約者の思い通りに蹂躙され、力を酷使された挙句に、最後は生命力が尽きて消滅したときの記憶だ。
あの契約者も最後は、あの老人と同じことを言っていた。
消滅したナーガはいずれ魔物となって復活することになるだろう。
人間に怨みと憎しみを持って殺戮を繰り返す存在として。
「やはり、デーヴィットのような人は少ないのであろうか?今まで余が戦ってきた人間は、彼やその仲間を覗いて、呪いの契約者たちばかり。どこまで精霊を蔑ろにすれば気が済む。ありがたみを忘れ、共に生きる道を自ら閉ざすのだ」
レイラは怒りで身体中が震える。
「どうした?震えておるではないか。今の攻撃は効きすぎたかのう?ならば今度はワシの最大火炎魔法で燃やし尽くしてやるわい」
彼女の震えが、老人には恐怖で震えているように映ったようだ。
口角を上げ、更なる呪文を詠唱するために構えをとる。
「もうよいよな。精霊が一体消滅してしまったのだ。その代償を払ってもらうのは当然であろう。惨い殺し方で強い感情を植え付け、あの老人を精霊に変えてやる」
レイラは右手を上げる。
すると空中に炎が生まれると形状を鳥へと変えた。
「で、デスフェニックス」
「いや、ただのファイヤーアローだ。貴様のような精霊使いのクズに、真のデスフェニを見せてやるものか。この炎に焼かれて消し炭となるがよい」
上げた右腕を軽く振り、レイラは火の鳥の形をした炎を老人に向けて放つ。
通常のファイヤーアローよりも早い速度で彼に接近すると、老人は身を屈めて火の鳥を躱す。
しかし、レイラはもう一度炎を操作し、今度は確実に当たるように低空飛行で彼を狙う。
老人は逃げようとするが、年には勝てない。
このタイミングで腰を痛め、身動きが取れなくなった。
「ひえぇぇぇぇ」
迫り来る炎に、ローブを着ている老人は恐怖に顔を引きつかせる。
「死ねぇ!」
『ふたつ目は村や町を襲って人を殺さないこと』
もう少しであの精霊の仇を討つことができる。
そんなことを考えていると突然脳の海馬から、デーヴィットとの約束の記憶が引っ張り出される。
その瞬間、レイラは反射的に火の鳥を上空に上げた。
あと一秒でも動作が遅ければ、確実にあの老人に当たっていただろう。
あの男は憎いし、殺したいとも思っている。
しかしそのようなことをすれば、彼を悲しませることになってしまう。
「どうしてなのだ。どうしてあんな老人を活かさなければならない。余の感情は間違ってはおらぬはずなのに。どうしてさせてくれぬ」
レイラの目からは大粒の涙が流れると、その場で泣き崩れてしまった。
老人を許せない気持ちとデーヴィットから嫌われたくないという想いが葛藤し、後者が勝った結果だ。
「うわああぁぁぁぁん」
彼女はひたすら泣いた。
心の中で救うことができなかったナーガに対して謝り、無力な自分を恥じ、そして呪った。
あのとき、自分が早めに火球を消していれば、あの精霊は消滅を免れたかもしれない。
この世に正解だと言えることは少ないが、どのような行動に出るのが正しかったのだろうか。
そんなことを考え、後悔せずにはいられなかった。
涙が枯れるまで泣き、老人を見る。
彼は迫り来る炎に恐怖し、失神を起こしたようだ。
白目を向いてアホ面を晒していた。
「ご老人よ。デーヴィットに免じて命だけは助けてやる。もし、次に精霊を消滅させたときは今度こそその命をもらい受ける」
聞こえてはいないかもしれないが、レイラは訴えずにはいられなかった。
語りかけることによって、少しでもこの気持ちをスッキリさせることができそうな気がしたからだ。
レイラは周囲を見ると、いつの間にかライリーと鎧の男の姿がこの場から消えていることに気づいた。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
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