第十五章 第五話 エミの潜入捜査(前編)
今回の話はエミがメインの話です。
なので、三人称で書かせてもらっています。
今回のワード解説
読む必要がない人は飛ばして本文のほうを呼んでください。
本文を読んで、これって何だったかな?と思ったときにでも確認していただければと思っています。
アデノシン神経系……アデノシンの神経。アデノシンとは、神経伝達物質ではないものの、中枢神経系でもニューロンやグリア細胞から細胞外へと遊離して、神経系の活動を調節する物質の1つである事が知られている。
GABA神経系……GABAの神経系。脳内でGABAは「抑制系」の神経伝達物質として働いている。GABAは正反対の働きをしている。脳内の神経伝達物質は、興奮系と抑制系がほどよいバランスをとっていることが大切である。興奮系が適度に分泌されると気分が良く、元気ややる気にあふれ、集中力やほどよい緊張感がある。
海馬……大脳辺縁系の一部である、海馬体の一部。特徴的な層構造を持ち、脳の記憶や空間学習能力に関わる脳の器官。
周波数……工学、特に電気工学・電波工学や音響工学などにおいて、波動や振動が、単位時間当たりに繰り返される回数のことである。
受容体……生物の体にあって、外界や体内からの何らかの刺激を受け取り、情報(感覚)として利用できるように変換する仕組みを持った構造のこと。レセプターまたはリセプターともいう。
脳脊髄液……脳室系とクモ膜下腔を満たす、リンパ液のように無色透明な液体である。弱 アルカリ性であり、細胞成分はほとんど含まれない。略して 髄液 とも呼ばれる。脳室系の 脈絡叢 から産生される廃液であって、脳の水分含有量を緩衝したり、形を保つ役に立っている。一般には脳漿 のうしょう)として知られる。脳脊髄液を産生する脈絡叢は、 側脳室 、 第三脳室 、 第四脳室のいずれにも分布する。第三脳室、第四脳室の脈絡叢が発達しているのでそのふたつから産生されるのが多い。
脳膜……脳の表面をおおう膜で,外から内に向って硬膜,クモ膜,軟膜の3層から成っている。
ヒスタミン覚醒系……肥満細胞のほか、好塩基球やECL細胞がヒスタミン産生細胞として知られているが、普段は細胞内の顆粒に貯蔵されており、細胞表面の抗体に抗原が結合するなどの外部刺激により細胞外へ一過的に放出される。また、マクロファージ等の細胞ではHDCにより産生されたヒスタミンを顆粒に貯蔵せず、持続的に放出することが知られている。
プロスタグランジンⅮ2……一般的なアレルギー炎症であるⅠ型アレルギーにおけるコンダクター細胞として知られているマスト細胞が分泌する主要なプロスタノイドであり,喘息発作時やアトピー性皮膚炎での炎症部位。
放射霧……雲がないため夜間に地上の気温が下がる「放射冷却」により、地表付近の空気が一定温度以下になることによって発生する霧のこと。
弁別能力……2つ以上の異なる刺激の間の差異を感知する作用。
翌日、エミはデーヴィットとカレンと一緒にエルフの里を出ると、伯爵邸に向かっていた。
今は夜が明けたばかりの時間帯であり、小鳥が囀っているのが聞こえる。
運がいいのか悪いのか、複雑であるが霧がかかっており、遠くの様子が窺えない環境下にある。
「霧が思ったよりも深い、足元にはくれぐれも気をつけてくれよ」
デーヴィットが注意を促す。
早朝に出発することになったのは彼の提案だ。
太陽が昇り始めた時間帯であれば、伯爵邸の人たちの殆どが起床していないだろうと判断したらしい。
確かに朝の早い時間でこの霧の中だ。
調査するのは適しているだろう。
三人が歩き続けていると、外灯の明かりのような光が見えた。
伯爵邸のある町に辿り着いたようだ。
「ついに着いたわね」
「タマモの話では、伯爵邸は街の中でも大きい建物で、目立つようだから直ぐに分かると言っていたけど……この霧では難しいかもな」
「町中の霧となると放射霧かしら?」
エミが霧の種類の名前を言う。
放射霧と呼ばれる霧は、夜になって地表面から熱が放射されて地面が冷えると、地面に近い空気も冷やされ、大気中に含まれる水蒸気が霧として排出される現象だ。
深い霧の中を歩いていると、人の声が聞こえてきた。
こんなに霧のある早朝に人がいるなんて。もしかして伯爵邸の見張り役の人かしら?
「交代の時間だ」
「やっと交代の時間かよ。霧の中の見張り程、退屈なものはなかった。で、どこにいる?」
「ここにいるだろう。明かりを持っているじゃないか。もしかしてわざと気づかないふりをしているのか?」
「すまない、すまない。だって霧ばかりで何も見えやしない。ずっと退屈だったんだ。まぁ、もうすぐお前も味わうことになるだろうがなハハハ」
「どうせこの霧の中だ。怪しいやつを見つけるほうが難しい。今日はボーッと突っ立っているだけでいいから楽だぜ。お前もそうだっただろう?」
「違いねぇ」
二人の会話が聞こえたあと、門が軋む音が聞こえた。
交代した一人が屋敷に戻ったのだろう。
「ねぇ、今の声」
エミは小声でデーヴィットに語りかける。
「ああ、おそらく伯爵邸の門番だろう。今の会話から得られる情報としては、門の前には交代したばかりの門番が一人いるってことだな」
声が聞こえた方角に向けて歩いていると、いきなり複数の犬が吠える声が聞こえた。
「おい、どうした?飯の時間にはまだ早いだろう。我慢しろ」
伯爵邸に近づいたことで狩猟犬であるビーグルが、不審な人物が近づいてきたことを知らせているようだ。
しかし、見張り役の人物は、犬がお腹を空かせてそれを訴えているのだと勘違いをしているようである。
これはまずいかもしれない。
見張り役の男は感が鈍いようだが、犬の声はよく響く。
今ので館の人間が目を覚ませば、警戒して傭兵たちが外に出てくる恐れがある。
「カレン、昨日作った物をすぐに渡して!」
「待ってよ。急に言われても、この霧でよく見えないのだから」
危機感を覚えたエミが、カレンに例の物を要求する。
だが、この霧のせいで良く見えないからか、見つけ出すのに手間取っているようだ。
エミは次第に焦り出す。
この絶好の機会を逃せば、警備を厳重にされてしまう可能性が高い。
警備を固められるようなことになれば、侵入して内部を調査することが不可能になってしまう。
こうなるのであれば、事前に準備をしておけばよかったと後悔する。
しかし、あとの祭りにしか過ぎない。
それにずっと手に持っておくわけにはいかなかったのだ。
「はい、これ」
ようやく見つけたようで、カレンが臭いの染みついているタオルを手渡した。
受け取ると、エミは犬の吠える声が聞こえる方角に向けてタオルを投げ込む。
すると犬は吼えるのを止めたようで、声が聞こえなくなる。
どうやら上手く黙らせることができたようだ。
あのタオルには、ビーグル対策として数時間の間酢に浸していた。
犬の苦手な臭いを放つ物体に紛れ、自分たちの匂いが分かり難くさせようという算段だったのだが、成功したことに安堵する。
「今ので、時間はあまり残されていないものだと考えよう」
「そうね、急ぎましょう」
「呪いを用いて我が契約せし知られざる負の生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ドーズ」
エミが明かりを持っている男に向けて睡眠魔法を唱える。
見張り役の男は脳脊髄液の中に、プロスタグランジンD2を増やされ、脳膜にある受容体によって検知されると、アデノシン神経系を経由して、脳の睡眠を司る視床下部に伝わる。
これにより、視床下部にあるGABA神経系が活発になり、ヒスタミン覚醒系を強制的に抑制された男はその場で眠ってしまった。
鍵のない門を開け、伯爵邸の扉の前に移動すると周囲を警戒。
ビーグルがこちらにやってくる様子はなかった。
「今のうちに内部を調べるわよ。呪いを用いて我が契約せしハルモニウムに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。エコーロケーション」
鍵穴に向けてカレンが超音波を発生させると、内部の様子を探る。
「やっぱり早朝だからか。まだ起きている人はほとんどいないわね。たぶん使用人だと思うのだけど、時々音が跳ね返ってくる。大きな反射はないから、傭兵の人は起きていないと思うわ。…………ちょっと待って!扉の先にある廊下で、音と物体の周波数が異なっている。この感じは近づいて来ているわ。隠れないと鉢合わせしてしまう」
誰かがこちらに来ていることを聞き、三人は急いで建物の陰に隠れた。
数秒が経って扉が開かれる。
「あーあ眠い。早朝からビークルたちに起こされてしまったよ。様子を見てくるように伯爵様に言われたけど、どうせこの霧だから何もわからないって。適当にネズミに吠えていたって報告しようかな?」
扉を開けて一人の男が外に出た。
目覚めたばかりでまだ脳が覚醒していないのか、肩を落として眠そうにしている。
危なかった。
もし、カレンが気づくのが少しでも遅ければ、扉の前で鉢合わせになっていただろう。
だけど、このチャンスを逃すわけにはいかない。
「あたし行ってくる」
小声で二人に内部調査を始めることを伝えると、エミは男に接近する。
「呪いを用いて我が契約せし知られざる負の生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。インピード・レコグニション」
目の前にいる男に向けて認識阻害の魔法を発動させる。
「あれ?見張り番の人じゃないですか?どうしてこんなところに?」
脳の中にある海馬に、一時的に血流障害を起こしたように錯覚させ、これによってダメージを受けた脳は記憶を上手い具合に引っ張り出すことができなくなった。
これにより弁別能力が低下し、目の前の男はエミのことを見張りの兵士だと誤認している。
「さっき交代の時間が来たから、今から休むところなんだ」
「そうでしたか。お仕事お疲れ様です。ぼくは今から仕事ですよ。ビーグルに起こされたせいで、時間外に仕事をするはめになって、ついていないです」
「それは運がなかったね。それじゃあ、あたしは屋敷に入るよ」
男と擦れ違い、エミはどうにか屋敷に侵入することができた。
予定通りとは言えなかったが、どうにか上手くいっている。
ポケットから紙とペンを取り出すと、エミは簡単に建物内の見取り図を描いて行く。
流石に不用心に扉を開ける訳にはいかない。
まずは建物の形と部屋数を記入していった。
廊下を歩いていると突きあたりから左右に別れ、右側の角の先から足音が聞こえてくる。
屋敷の住人の誰かがこちらに近づいて来ているようだ。
咄嗟に廊下に置かれている観葉植物の陰に隠れた。
角から長い三つ編みの女性が姿を見せる。
服のデザインの一部にエプロンが使用されていることから、彼女は伯爵に仕えるメイドの一人ということが分かる。
見つかった瞬間に認識阻害の魔法を発動させるつもりであったが、メイドはそのまま真すぐに歩き、エミには気づいていないようだ。
周囲に人の気配がしなくなると、彼女は安堵の息を吐く。
認識阻害の魔法を不用意に連発しないことを、デーヴィットと約束しているのだ。
なるべく人と出会わないようにしているが、時間が経つと起床して行動に出る人が多くなる。
なるべくスピーディーにことを勧めなければ。
一階を隅々まで調査すると、この屋敷は下の階だけで十部屋あり、調理場やお風呂場があった。
上の階も調べたいが、地下に囚われていると考えれば一階を重点的に調べるべきだ。
エミは一番大きく目立つ扉のドアノブに手をかける。
「そこのあなた!」
自分を呼ぶ声が聞こえ、エミは声がしたほうに顔を向ける。
そこには先ほどの三つ編みメイドがいた。
彼女はエミを警戒しているかのように、鋭い視線を送っている。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
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