舞踏会 初日
「お知り合いなんですか?」
「ん?ラウズの事か?ああ、彼はソフラート侯爵家の次男でね、数少ない悪友だ。ああ見えて剣は強いんだ」
そんな話をしながら会場に入ると、一斉に注目される。
(ええ!?何?・・・・・あ、ルーファス様に注目しているのね)
ルーファスとティーディアの二人が注目を浴びたのだが、ティーディアはそんな事を思った。
注目されて、身体をこわばらせたティーディアをルーファスがそっと抱き寄せる。
「大丈夫だから。さあ、お姉さん達を探そう」
だが、探すまでもなかった。二人が会場に入った瞬間に、サーラとレリアが近づいてきていたからだ。
「ティーディア!!よかった。遅かったから、心配したわ」
サーラとレリアがホッとした顔で駆け寄るが、ティーディアを抱き寄せているルーファスを目にして、顔色を変える。
「あ、お義姉様。違うの」
ティーディアは義姉達の顔を見て、慌てて説明しようとするがルーファスに遮られる。
「お初にお目にかかります。私はカーバシア公爵家のルーファスと申します。少しご説明させていただきたい」
ここではあれなので、と会場の隅の人の少ない方へ誘導する。
サーラとレリアも怪訝な顔をしたが、公爵と聞いて大人しく付いてきてくれた。
ルーファスは壁を背にして、会場の方に顔が向くようにして立った。この方が近づいてきた輩を威嚇できるからだ。
「改めまして。ルーファス・カーバシアと申します」
「私はブッファ家長女のサーラと申します。この子は次女のレリアです」
不安そうにしながらも、きちんと二人は礼を執った。
ルーファスはそんな二人に頷いてみせると、ブッファ伯爵家の姉妹にゆっくりと説明をする。
話を聞いている時に二人は「ハッ」と息を飲んだり「まあ」とか短い声は出すものの、静かにルーファスの話を聞いていた。ルーファスの周りには母ティレリアを筆頭に話の腰を折る者が多かっただけに、この二人の態度はルーファスの中で好印象だった。
ルーファスが話し終わるとサーラが口を開いた。
「妹を助けていただき、ありがとうございます」
サーラが頭を下げると、レリアも続いて頭を下げた。
ルーファスは慌てて二人を止める。
「止めて下さい。元はといえば私の不注意です。それに、母が暴走してティーディア嬢の思惑を潰してしまって・・・」
ルーファスがティーディアに目線を向けると、サーラとレリアも目線を移す。
「フフッ。やっぱりティーディアは可愛いわ」
「ええ。家で支度した姿より今の方が断然いいわ」
ニコニコしながら褒めてくる義姉二人にティーディアが慌てる。
「お義姉様達止めて。は、恥ずかしい・・・」
家の中ならまだしも今はルーファスが聞いている。
そんな三人のやり取りをルーファスは微笑ましく見つめていた。
「ティーディア嬢は、とてもお姉さん達から愛されているんだね」
「は、はい。ありがたい事に・・・」
ルーファスはティーディアから、サーラとレリアに向き直る。
「そういうわけでして。変人の異名を持つ私に不安はあるでしょうが、今夜の妹君のエスコートは任せて下さい」
「ええ・・・あの、ありがとうございます。妹を守っていただけるのは心強いです・・・」
珍しくサーラの歯切れが悪い。
「あの、大変失礼な事ですが。本当に噂の、あの変人公爵様なんですか?」
それまで黙っていたレリアがルーファスを真っ直ぐに見つめて問う。
失礼な質問を直球で投げたレリアに、サーラとティーディアがギョッとする。
「ハハハ。ええ、正真正銘『変人公爵子息』ですよ。今はこんな小奇麗にしていますけどね。ね、ティーディア嬢。馬車を開けた時の私の姿には驚いたでしょう?」
ルーファスはレリアの言葉に気を悪くする事もなく、それどころか飾ることなく言葉を発したレリアに好印象を持った。更にティーディアに同意まで求める。
「た、確かに驚きましたけど。でも、そんなの些細なことです。会った時からずっとルーファス様は優しくて、紳士でした!!」
思わず最後の方は声が少し大きくなった。
義姉二人もルーファスも驚いてティーディアを凝視している。
(あ・・・なんで急に声を荒げて・・・・・恥ずかしい・・・)
サーラとレリアは顔を見合わせるとルーファスに向き直る。
「ルーファス様。私達の可愛い妹をよろしくお願いいたします」
「え、あっ・・はい。もちろんです。お任せください」
義姉二人はルーファスに会釈をしティーディアに意味深な笑みを送って離れていった。
「・・・・・あの、ルーファス様・・・」
取り残されて気まずい思いをしながら視線を移すと、そこには苦笑し、その口元を片手で覆っているルーファスがいた。
「ティーディア嬢。私は本当に変人なんですよ。だから変人と呼ばれても気にしないし、むしろカッコイイとさえ思う。変人という単語は色々と役に立つ事もあるしね・・・・・だけど、今のティーディア嬢の言葉は嬉しかった」
ルーファスは膝を軽く曲げティーディアの手をそっと取る。
「心優しいお嬢様。私と踊っていただけますか?」
ティーディアはとびきり甘い笑顔で見つめられ、激しく動揺したがこのまま立っているより身体を動かした方が良いだろうと判断し、頷いて返事を返す。
「お姉さん達以外とはダンスをした事がないと、馬車の中では言っていたが十分上手じゃないか」
会場の真ん中でダンスの最中に、ふと思い出したようにルーファスが言う。
ティーディアにはそんな内容を話した記憶がないのだが、家での練習に義姉二人に男性パートをしてもらいダンスをした事があるだけだった。
夜会には3回ほど出席したが一回もダンスをした事はない。
人前でダンスをするのは今日が初めてだが、ルーファスのリードが上手なお陰でとても楽しい。
「ルーファス様がお上手だから」
「そんな謙遜しなくていい。ティーディア嬢のお陰で今日はダンスが楽しいよ」
憂鬱に思っていた舞踏会が楽しい時間に変わってティーディアは浮かれていた。
いつも義姉達に近づこうとティーディアに寄って来る子息達も近づいてこないし、家族以外の人との初めてのダンスがとても楽しかった。
だから、ダンスに没頭しているあまり、自分が注目を浴びている事に気が付かなかった。
その中でもそれまで退屈そうに上座に座っていた王太子エアリオが、前のめりになってティーディアを見つめていた事にも。
ルーファスに送ってもらっている馬車の中で、義姉二人が楽しげにルーファスにお礼を言う。
「ルーファス様。今夜は妹のエスコートありがとうございました。ティーディアのお相手がルーファス様でよかったわ。とても楽しそうだったもの」
「ええ、本当に。二人共、注目の的でしたわよ」
するとルーファスは困った笑顔になった。
「それは・・・少し私が調子に乗ってしまいましたね。ただの虫よけのつもりで参加したのに、逆効果だ」
「でも、誰も話しかけてきませんでしたし、大丈夫です」
ティーディアの言葉に今度は義姉二人も困った笑顔になった。
「サーラお義姉様?レリアお義姉様?」
なぜそんな顔をしているの、と問おうとするがそれより早くサーラが口を開く。
「あの、ルーファス様・・・」
「ええ、サーラ嬢。元はと言えば全て私の責任です。ティーディア嬢、残りの二日間も私にエスコートをさせてもらえないか?」
ルーファスの言葉に義姉二人は歓喜の表情になり、今度はティーディアが困惑した。
「残り二日?どういう事です?」
これにレリアが慌てて口を挟む。
「どうって・・・舞踏会は三日間開催されるのよ。初日の今日にあれだけ注目を浴びたのだから、明日以降は子息達がティーディアに群がってくるでしょう。それをルーファス様が守って下さると仰っているのよ」
「え?・・・三日間、毎日出席しなければいけないの?」
そうよ、そうだ、と三人が頷く。
ティーディアは三日間の内、一回でも出席したらいいのだと思っていた。
まさか全て出席しなくてはいけないとは。
「もう。カードが三枚入っていたでしょう?」
レリアに優しく諭され、そこで初めてそういう事かと合点がいった。
「そういうワケだ。どうだろう?」
「是非・・・お願いします」
ブッファ伯邸に到着すると、明日迎えにくる、と言ってルーファスは帰っていった。
「楽しみだわ。明日はティーディアを可愛くしてよいのね」
「ええ。とてもステキで、強力なエスコートも付いているし。何色のドレスがよいかしら」
後二日も舞踏会に行かなければならないと聞いて、ぐったりしたティーディアとは逆に、義姉二人は目をランランとさせ興奮している。
「サーラお義姉様。レリアお義姉様。私とても疲れたので休みます」
あらあら、大変と義姉二人は侍女を呼んでくれた。そして、ティーディアは引きずられるようにして部屋へ戻り、そのままぐっすりと眠ってしまった。
読んでいただき、ありがとうございます。