カーバシア家
カーバシア家の屋敷に着くと、ティーディアを抱えているルーファスに、カーバシア家の執事がギョッとして叫んだ。
「ひ、人攫いをなさったのですか!!!」
「何を言っている。そんな事より、母上ー!!母上ー!!」
ひーっと唸っている執事を尻目に、母を呼びながらルーファスは二階へ上がる。
「なんです騒々しい・・・まあ、お嫁さんを連れてきたの!!!!!」
窘めるように部屋から出てきたルーファスの母は、ルーファスの抱いているティーディアを見て嬉しそうに言った。
「違いますよ・・・彼女を診てもらいたいので母上のお部屋を借りてよいですか?あと、湯あみも」
ルーファスの母の部屋に通されると、ルーファスは母を連れ部屋を出た。
ティーディアは、侍女に促され風呂に入れられた。馬車の床に転がったからか、なんとなく埃っぽい気がしていたので、ありがたかった。
風呂から上がると、この家の主治医が部屋に入ってきた。
医者から背中は軽い打撲、額に少し擦り傷だと診察され、背中に塗り薬を塗られた。ベタっとした感じが不快だが、痛みがスーッと引いていく。
医者が出ていって、少しすると、ルーファスの母が戻って来た。
「息子が大変な事をしたわね。申し訳ないわ」
ティーディアが診察を受けている間に、何があったのか聞いたという。
労わるような視線を受けてティーディアもしどろもどろに「いえ、こちらこそ」と返す。
「怪我はそんなに酷くないらしいの。だから舞踏会へも行けるわ。支度は私達に任せてね」
にっこりと少女のように微笑むルーファスの母とその後ろに、同じく笑顔で控える侍女達。
すぐにドレスやらアクセサリーが用意され、メイクが始まった。
事故の衝撃が抜けていないティーディアは、頭が働かず、ただ流されていた。
「う~ん、彼女の着ていたピンクベージュのドレスより、こっちの桜色のドレスの方が似合うと思うわ」
「ええ、そうですわ奥様・・・・・あら、とても綺麗なお肌だわ。おしろいの色が肌の色と合ってないわね」
「髪型も。もっとこう、お嬢様に似合う可愛らしい方が」
ワイワイと楽しそうにティーディアを着飾っていく。
ティーディアの支度に指示を出しながら、ルーファス母はティーディアに話しかけてくる。
「あら、私自己紹介がまだだったわね。ルーファスの母のティレリア・カーバシアよ。ティーディア嬢と名前が似てるわね」
ティレリアはクスクスと楽し気に笑う。
(ティレリア・カーバシア様・・・・・カーバシア・・・カーバシア?・・・・・カーバシア!!)
「カーバシア公爵夫人。大変なご迷惑を!!!!!」
急に頭がクリアになり動き出したティーディアが、メイクの途中で椅子から立ち上がり、ティレリアに頭を下げる。
この国の中枢を担うカーバシア公爵家。そこに降嫁したのが現国王の妹ティレリア姫。
ティーディアは自分はとんでもない所にいるとアタフタとした。
「あらあら。どうしたの?迷惑かけたのは息子でしょう。さあ、座って」
アワアワと動揺しているティーディアに、侍女頭が優しく「大丈夫です。なんの心配もいりません」と椅子に座るように促す。
「あ、私は」
ティーディアも自己紹介しようと言いかけると、ティレリアはやんわりと遮った。
「ブッファ伯爵家のティーディア嬢ね。さっきルーファスから聞いたわ。驚いたわ。あの『キラキラ邸』のご令嬢なのね」
それを聞いた侍女達が「ええ、あの!!」と反応する。
皆、作業の手を止めてジッとティーディアを見つめたかと思ったら、次の瞬間、胸の前で手を組み祈り始めた。
ジッとティーディアを見つめる者、ギュッと目を閉じている者様々だ。
共通しているのは、胸の前で手を組み、何やらブツブツと呟いている事。
(??・・・なんですか?皆さん、何を?)
ティーディアは、困惑しながら一同を見回す。
「これ、止めなさい。お客様が困っているでしょう」
一番年上の侍女が ―おそらく侍女頭― 注意する。
だが、ティーディアは見ていた。この侍女も同じ様に祈っていた。
「フフッ。貴方達。ご利益が欲しいのなら、手を動かしなさい」
ティレリアが笑顔でピシャっと注意し、侍女達は黙々と作業に戻った。
「ねえ、貴方とっても可愛いのに、どうしてこんなダサ・・・大人しいドレスを選んだの?」
ティレリアが破れたティーディアのドレスを見ながら首を傾げる。
「あ・・・目立ちたくなくて・・・」
「目立ちたくない?」
ティレリアは不思議そうにティーディアの言葉を繰り返す。
またもや侍女達の手がピタリと止まる。
ティーディアは舞踏会の強制参加の事と殿方の目に留まりたくない事を話した。
「もう決まったお相手がいるのかしら?」
話を聞き終わるとティレリアが少し残念そうに言う。
「いえ・・・いません。そうではなくて、ただ誰の目にも留まらないでいたいのです」
恥ずかしいので言いたくなかったが渋々、義姉達とお近づきになりたいが為にティーディアに近づく殿方に迷惑していると告げる。
「あらあら、そうなの・・・・・あら、これは困ったわね・・・」
ティーディアの話を聞いてティレリアはジッとティーディアを頭から足に向けて見つめる。
ティレリアの指示の下、ティーディアはとても可愛く支度されていたのである。
「あ、そうだわ。ティーディア嬢ちょっと失礼するわね・・・貴方達続けて」
手を止めていた侍女達に指示を出し、ティレリアは部屋から出て行った。
最後の髪飾りが付けられた時にティレリアが部屋へ戻ってきた。
「あら、素敵。とっても可愛いわ」
ティーディアを姿見の前に立たせ後ろから鏡越しに微笑んでくる。
微笑むティレリアとは逆にティーディアの顔は青くなった。
(な、何?!こんな・・・目立つわ・・・)
「ルーファス!!入ってちょうだい」
ドアの向こうに待機していたのか、ティレリアが声をかけるとすぐにルーファスが部屋へ入ってきた。
(え?誰?)
ティレリアがルーファスと呼んだのだから、この目の前にいる、このイケメンはルーファスなのだろう。
ボサボサの頭は綺麗にセットされ、無精ひげは消え、燕尾服に身を包んだ目の前にいる男性は、この屋敷まで運んでくれた男性とはまるで別人だった。
それはルーファスも同じだったようで、ティーディアを見つめて固まっていた。
「あら、まあ、ルーファス。見惚れている場合じゃないわよ。ティーディア嬢、今日はこの子を虫よけに使って。それでね」
「母上!!時間がないので、道中で説明しますよ。それでは。行きましょうティーディア嬢」
ルーファスはティレリアの話を遮って、ティーディアを抱きかかえて部屋を出て行く。
「え?!え?!」
突然の事に頭が追い付かないティーディアは、意味もない声を上げる。
「あら、もう、ルーファスったら。ティーディア嬢、また改めて遊びに来てね」
ティレリアに「いってらっしゃ~い」と手を振られ、笑顔で送り出された。
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