番外編 義兄とお茶会
もう二年近く前に書いた作品ですが未だに読んで下さる方がいて、とても嬉しいです。
ありがとうございます。
完結した物語に話を追加する事に悩んだのですが、感謝の気持ちと自身のリハビリを兼ねて、短いですが楽しんでもらえれば幸いです。
ティーディアは城でお茶を飲んでいる。
レリアにお茶会をと、呼ばれたのだ。
だが、ティーディアの目の前にレリアはいない。代わりに王太子のエアリオが一緒にお茶を飲んでいた。レリアは所用の為お茶の時間に間に合わず、代わりにエアリオをよこしたのだ。
「ティーディア。これは私が育てたバラを乾燥させてお茶にしたものだ。私も飲んだが、かなりの出来だと思う。是非飲んでみてくれ」
にこやかに、お茶を注ぐエアリオ。「こだわりがあるから」と自らの手でお茶を淹れている。
初対面の最悪の出会いからは想像が出来ない程、ティーディアの中でエアリオの印象は変わった。
「どうだ?」
「さっぱりというか、爽やかというか、飲みやすくて美味しいです」
ティーディアが微笑めば、エアリオも「そうか」と嬉しそうに笑う。
(殿下と、こんな風にお茶を飲む日が来るなんてね・・・)
ティーディアには、今のエアリオは怖い存在ではない。お喋りもお茶を一緒にする事も普通に出来る。
「あのさ・・・ティーディアは、私の義妹になったんだよな?」
「?・・・はい。そうです」
「じゃあさ・・・いつになったら『義兄さん』と呼んでくれるんだ?」
「!!」
その瞬間、ティーディアは咳き込んだり、お茶を吹き出さなかった自分を褒めたいと思った。
「・・・恐れ多くて無理です」
ティーディアがそう返事を返すと、途端にエアリオは悲しそうな顔をした。
「あの、殿下・・・」
「そうだよな・・・出会いは最悪だったし、私は一応この国の王太子だし・・・無理を言ったな。すまん。ははは・・・私は兄弟がいないから・・・兄弟という存在に憧れていたんだ」
独り言の様にエアリオは呟いてお茶を啜った。
一人っ子のエアリオは兄弟という存在に、強い憧れを持っていた。
「幼い頃は、母上に兄弟が欲しいと無邪気にねだっていた。中々、子供が出来なく苦労した母上に子供ながらに酷い事をしていたものだよ」
成長するにしたがって、色々な事を分かってくると、ねだる事はしなくなった。代わりに、自分に兄や姉がいたら、弟や妹がいたらと妄想しては楽しんでいた、とエアリオは苦笑した。
「まあ、幼い頃はルーファスが小言の多い兄みたいな存在だったから、兄は・・・いたようなものかな・・・まあ、妄想していた時の兄はとても優しい存在だったから、現実と違うけどね」
「あ、今の殿下は兄弟が全種類揃っていますね・・・」
レリアと結婚したエアリオには義理だが、兄も姉も弟も妹もいるのだ。
「そうなんだ。面白いよね。レリアという素晴らしい女性を妃として迎えられただけでなく、あんなに欲しがっていた兄弟まで手に入れる事ができたんだ」
数日前の事。浮かれたエアリオはブッファ家を訪れた時にサーラとラウズを『義姉上』『義兄上』と呼んだという。
そして反応はというと、サーラは「まあ、何でしょうか?」と微笑み、ラウズは「勘弁して下さい」とげんなりしたという。
「ルーファスに『義兄上』なんて呼ばれても怖いだけだけど。可愛いティーディアには、いつか呼んでもらいたいな」
俯き、はにかむエアリオ。
そんなエアリオの姿にティーディアは『こんなに切望しているのなら、呼んで差し上げればよいじゃない』と意を決して口を開こうとした。が、そのままエアリオの背後に視線が釘付けになり声は出なかった。
「?・・・ティーディア?どうした?」
固まったティーディアにエアリオは首を傾げる。と、次の瞬間その両肩をガシッと背後から掴まれ、エアリオは「ヒィッ」と短い悲鳴を上げた。
「仕事を放り出して何を優雅にお茶を飲んでいるのですか・・・義兄上」
現れたのはルーファスだった。
話を聞いていたらしく『義兄上』と、わざとらしく強調して言う。
エアリオは、ギギギィと音を立てそうな動きで首を回した。
「・・・ルルルルーファス・・・な、何故ここに・・・」
「仕事が山積みだというのに、楽しそうだな。なあ、義兄上。可愛い義妹とお茶をして、しっかりリフレッシュできた事だろう。義弟から言わせてもらえば、この俺の『兄』になるのなら、何事も完璧にこなせる人間を求める。特に仕事において」
ルーファスはエアリオの首根っこを掴むとズルズルと扉まで引きずり、部屋の外に待機していた部下に「連れて行け」と引き渡し扉を閉じた。その間エアリオは固まったままピクリとも動かなかった。
「あ、あの、ルーファス様・・・」
戸惑うティーディアの隣に座ったルーファスは、そのままティーディアのカップでお茶を飲み始めた。
「ここ最近の忙しさは、エアリオのため込んだ仕事を手伝っていたからなんだが。まさか、その原因を作った張本人が優雅にお茶を楽しんでいたとはね。しかも、俺の可愛いティーディアとね。まったく、笑ってしまう。ハハハ」
滅多にティーディアの前で怒る事のないルーファスが、静かに怒っている。それを理解したティーディアは青ざめた。
「さて・・・そうだ、ティーディア。今から観劇でも見に行くか?今、面白い演目があるらしい。それとも・・・そうだな、王立図書館に行って・・・いや、それより・・・本屋を一つ買い取るか。ティーディアの好きな本が読み放題だ。ああ、そういえば公園に・・・」
「ルーファス様!!」
「・・・・・・」
ルーファスはティーディアに答えずお茶を一口飲み「ふぅーっ」と長い息を吐いた。
すると、先程と打って変わって穏やかな笑みをティーディアに向けた。
「怖がらせてしまったかな。疲れのせいか感情をコントロール出来なかった」
いつものルーファスに戻ったようでティーディアは安堵したが、そのまま部屋から連れ出された。
「あ、え!?あ、あの、ルーファス様。私、レリアお義姉様とお約束が・・・」
ティーディアの腰を抱き、廊下をズンズン進んで行くルーファスにティーディアは慌てて訴えった。
「ああ。承知している。だが、お茶会は中止になった。後日改めて、との事だ」
歩きながらルーファスが説明を始めた。
ルーファスをお茶会の部屋に向かわせたのはレリアだという。
レリアはエアリオが仕事をため込んでいた事も、それをルーファスに手伝わせていた事も知らなかった。
お茶会の時間の迫る中、予定通りに仕事が終わらず焦るレリアの部屋にエアリオがやって来た。
「仕事は?」と問われたエアリオは「今日のは終わった」と返し、それを聞いたレリアが「時間があるのなら、自分が行くまで代わりにティーディアの相手を欲しい」と頼んだ。エアリオが快く承諾してくれたお陰で、レリアは仕事に集中できた。
だが、やっとレリアが仕事を終えティーディアの下へ向かっているとラウズに出会った。そしてエアリオが仕事をため込んでいる事、それをルーファスが手伝っている事を聞いた。
「まさか、そんな」とレリアがエアリオの執務室へ行くと、ルーファスと事務官達が黙々と仕事を片付けていて、その光景を見たレリアは軽い眩暈を起こした。
驚きと申し訳なさでいっぱいになったレリアが謝罪をし「後はエアリオに仕事をさせる。もう手伝わなくていい」とルーファス達を解放した。レリアはそのままエアリオの到着を待つ事にしたので、お茶会も中止になった。
「レリア妃はティーディアとのお茶会を楽しみにしていたから、自業自得とは言えエアリオは大変だろうな」
レリアから説教をくらうエアリオを想像してルーファスはフッと口元を僅かに上げた。
結局、何処へも行かずにカーバシア邸に帰ってきた。
しかし、何故か馬車は裏口の前に停まった。
ティーディアが何故かと問う前に、ルーファスは「シーっ」と人差し指を口の前に立てて見せた。
裏口からこっそり入り、二人はルーファスの書斎に向かった。
「邪魔されたくない」
いつもルーファスは母のティレリアとティーディアを奪い合っていた。
嫁姑で仲が良い事はいいが少しは遠慮しろと、ルーファスは苦々しく思っていた。
「あの・・・ルーファス様。これは・・・」
ティーディアは、ソファーに座ったルーファスに背後から抱きしめられていた。
「うん?ご褒美だよ。頑張った俺にね」
この後ティレリアに邪魔される事なく、ルーファスはティーディアとの時間を満喫した。
一方のエアリオはというと・・・
ルーファスの予想は外れた。
レリアはエアリオを叱らなかった。
叱るとエアリオがへそを曲げると分かっていたからだ。
代わりに、レリアはエアリオを煽てた。
これでもかというほど褒めた。
その後もちょくちょくエアリオの執務室に顔を出しては「仕事をしているエアリオはカッコイイ」だの「真剣な顔で仕事をしている姿は素敵」などと褒めた。
するとエアリオは上機嫌で仕事をするようになった。
最初の内は集中力が続かず、すぐにサボろうとしたエアリオだったが、神出鬼没に現れるレリアに手を抜けなくなり、いつしか真面目に仕事に取り組むようになった。
結果、レリアはエアリオの側近達に感謝され、城内での人気がうなぎ上りに上昇したという。




