感情を持て余す
「あら?どうしたのティーディア?本はもう読まないの?」
サーラは、ルーファスに借りた本を膝に乗せたままボーっとしているティーディアの顔を覗き込む。
「・・・・サーラお義姉様。あ、この本は読み終わったの」
「そうなの。じゃあ返しに行かないとね」
そう、人から借りたものはキチンと返さなくてはいけない。ティーディアもよく分かっている。分かっているが、先日のお茶会から一週間。あれ以来、ティーディアはルーファスに会っていない。
『ティーディア嬢は俺の恋人ではない』ルーファスがラウズに言った言葉に、ティーディアは傷付いた。その通りなのだが。ティーディアはルーファスにとっては、ただの知り合いだ。なのに、傷付いた。
「私が一緒に行きましょうか?」
ティーディアがカーバシア家へ行くのをためらっていると見抜いたサーラが、にっこりと微笑で提案する。
だが、折角のサーラの申し出も、ティーディアは静かに断った。
何だか余計な事を言ってしまいそうで、今はルーファスに会いたくなかった。
ティーディアの様子を心配するサーラに、弱弱しい笑顔を返すと、ティーディアは本を置き、箒とモップを持って、廊下に向かった。もやもやする自分の気持ちが分からず、ティーディアは落ち込んでいた。
気分が落ち込んだ時は、思いっきり掃除をするに限る。
箒で、ほこりを取り除き、モップで水拭きし、乾いたモップで乾拭きして、最後に精油を振り、モップで磨く。
最初はモップのところを雑巾でやっていたのだが、サーラとレリアに見つかって「そこはモップにしましょう。ね」と雑巾を禁止されたのだ。
ティーディアは無心になり、ただひたすら廊下を磨いていく。
その様子を侍女達が、陰でハラハラしながら見守っていた。いつもは、楽しそうに掃除をするティーディアが、今は無表情で掃除をしていたからだ。
「どうかしたの?」
突然、背後から声をかけられて、侍女達は飛び上がった。
声をかけたのはレリアで、その後ろにはサーラもいた。侍女達の反応にレリアもサーラも驚いていた。
「レリア様。脅かさないで下さい」
「私も驚いたわ。ごめんなさい。ところで、どうしたの?」
「ティーディア様が・・・」
レリアとサーラは侍女達の話を聞きながら、廊下の先で、掃除に没頭するティーディアを見つめた。
「まあ、本当に、変だわ」
「そうなの。さっき部屋で本を読んでいる時だって、上の空だったわ」
サーラが部屋でのやり取りを話すと、レリアは困惑した。
「あの日、特にルーファス様とはいつも通りだったけど」
考えても答えが出ない。とにかく今はティーディアを見守ろう、と話は終わった。
そんな事が一週間ほど続いた。
ティーディアは机の上の本を見つめる。
二週間もルーファスから本を借りっぱなしである。さすがに返しに行かなくてはまずい。
「来週だったわよね。リザール公爵家へ伺うの」
「そうだわ。ああ、ドレスはどうしましょうか?」
いつもの様に、サーラとレリアがティーディアのドレスの作戦会議をし始めた。
ティーディアはその場から、そっと抜け出す。
ゴシゴシと窓ガラスを磨いていると「ティーディア」と呼ばれた。振り向くと、腰に手を当て仁王立ちしているレリアがいた。
「レリア義姉様」
「ティーディア。貴女、ルーファス様を避けているわね」
「えっ・・・い、いえ」
「嘘おっしゃい。なら、なんで本を返しに行かないの?」
レリアの顔には「サーラ姉様から全て聞いたわ」と書いてある。
「ル、ルーファス様は、忙しいから、だから、邪魔をしたら悪いし・・・」
「別に、本人に会わなくても、本は返せるでしょう」
レリアに言われて、そこで初めてティーディアは「あ、そうだわ」と思い至った。
「カーバシア家を訪れたら、うっかりルーファス様と会うかもしれないと思って、本を返しに行けないのでしょう?違う?」
ティーディアは「ぐっ」と唸って返事に詰まった。
「どうしたの?何があったの?ルーファス様がティーディアに失礼な事でもしたの?」
「ちが・・・そんな事は」
「じゃあ、どうしたの?ティーディアはルーファス様の事が好きなんでしょう」
しびれを切らしたレリアが、宣言するように言う。
「は?!」
レリアの言葉にティーディアはポカンとした。
(好き?私が、ルーファス様を?)
「ティーディア?」
「あっ・・・私・・・義姉様」
ティーディアは雑巾を落とし、ガシッとレリアの腕を縋る様に掴み、滔々と話し出した。
ルーファスの言葉にカッとなった事。傷ついた事。一緒にいると、楽しいのに少し緊張する事。ルーファスとのダンスが最高に楽しかった事。
「私、ルーファス様といると変で・・・」
「うん。フフフ。ティーディアはルーファス様に、恋をしているのね」
「こ、恋?!・・・そうなのでしょうか?」
ティーディアは物語の中では、恋愛のジャンルも好んで読んでいたが、自分がいざそうなると戸惑った。
「早く行動しないと、他のご令嬢に取られちゃうわよ~」
「!!」
ティーディアは、レリアにツンっと頬を突かれる。
「あらら・・・大丈夫よ。ティーディア。そんな顔しないで」
レリアから、からかってゴメンと謝られ、私達が付いているのだから大丈夫よ、と励まされた。
ティーディアはレリアに話して、さらに指摘してもらった事で少し、気が楽になった。
(私、ルーファス様が好きだったのね・・・)
だが、ティーディアがそう思った途端、また気持ちがザワザワし始めた。「このままでは落ち着かない」と掃除を再開する。
こうしていると、余計な事を考えなくていい。無心になってティーディアは窓ガラスを磨く。
レリアがサーラのいる部屋へ戻ると、「恋煩いだったわ」とサーラに報告した。
「まあ。ティーディアが・・・」
「ええ。でも、大丈夫よ。可愛いティーディアだもの」
そんな会話をしながら、サーラとレリアは、ティーディアのドレス選びの作戦会議を再開した。
読んでいただき、ありがとうございます。
ブックマーク、評価ありがとうございます。嬉しいです。




