舞踏会での出来事 その1
二日目の舞踏会は平穏に終わった。
今日のティーディアのドレスは、サーラとレリアが、父であるブッファ伯にお土産として貰った布で作ったエメラルドグリーンのドレスだ。
このドレスの効果で(と、ティーディアは思っていた)チラチラと視線を向けられる事はあったが、ルーファスのお陰で、話しかけられたりする事はなかった。
この日のダンスはフロアを縦横無尽に動き回ってのダンスだった。
ティーディアは全く気が付かなかったのだが、ティーディアに話しかけよう、ダンスに誘おうとする輩が二人にひっきりなしに近づいていたのだ。それをルーファスがダンスしながら、巧みに人に紛れて回避していたのだった。お陰でかなりの運動量だった。
楽しかったので、苦ではなかったが、帰りの馬車の中でティーディアは疲れて、ウトウトとしてしまった。
「ティーディア嬢。眠いのかい?今日は動き回ったからなぁ。疲れさせてしまったね。着いたら起こしてあげるから、少し眠るといい」
そう言ってティーディアの肩をそっと引き寄せると、ルーファスに寄りかからせた。
「ルーファス様!!」
ティーディアは、慌てて身体を起こそうしたが肩にかかった手がそのままで動けず、さらに両目をもう片方の手で覆われる。
「大丈夫だよ。少しお休み」
耳元で囁かれるルーファスの低く落ち着いた声と体温がティーディアを眠りに誘う。
あっという間にティーディアは眠ってしまった。
気が付いたら朝だった。
着いたら起こすと言ったルーファスは、あまりにも気持ちよさそうに眠っているティーディアを起こせず、そのまま部屋へ抱えて運んでくれたらしい。
また、迷惑をかけてしまった。ティーディアが落ち込んでいると、サーラとレリアから「ちゃんとお礼を言っておきなさい」とニコニコして言われた。
(なんだかよく分からないけど、お義姉様達、嬉しそうね)
今日もルーファスの迎えで城に向かう。やっとこの面倒な舞踏会も最終日である。
もう、ルーファスと会う事もなくなるのかと思うと少し寂しいと、ティーディアは感じていた。
そんな事を考えながらルーファスの顔を見る。
「どうかした?」
ティーディアの視線に気が付いてルーファスが問う。
「い、いえ。今日で舞踏会が終わるなって・・・」
「ああ。三日間頑張ったね。まったく、強制参加はいただけない。この件は王に抗議しておいた。次からは強制参加はなくなると思うよ」
ルーファスだけでなく、ルーファスから事情を聴いたティレリアからも、苦情を言われたらしい。王が困っていたと笑いながらルーファスが言った。
「さて。昨日もだいぶ動いたけど、今日も同じ位いくよ。大丈夫かな?」
「はい。楽しみです」
ルーファスとダンスするのは楽しい。今夜が最後なら思いっきり楽しみたい。
「おい、ルーファス」
会場に入ると、すぐに声をかけられた。
燕尾服に身を包んだラウズ・ソフラートがいた。
「おや?今日は休みか」
「ああ、やっと非番だ。こんばんは、ティーディア嬢。よろしければ私とも一曲踊って下さいね」
ラウズはにっこりと微笑んで、ティーディアに手を差し出してくる。
その手をルーファスがパシンっと払いのける。
「お前・・・俺の目の前でいい度胸だな」
ギロリとルーファスに睨まれても動じる事なくラウズは笑顔を返す。
「自分ばっかりずるいよ。こんな可愛い令嬢独り占めなんて」
不満気に言うが、ラウズは本気でティーディアとダンスをしようとは思っていない。普段見ることができない、親友の『変人』をからかって、反応を楽しんでいるのだ。
それがルーファスにも分かったようで、途中から苦虫を噛み潰したような表情になった。
それで満足したのか、ティーディアに「ルーファスに飽きたら声かけてね」と言い残し去っていった。
「まったく・・・」
からかわれた恥ずかしさを誤魔化すように、ルーファスは前髪をかき上げながら溜息をついた。
ティーディアは二人のやり取りが分からず、どうしたものか、とルーファスを見つめる。
「悪友のいたずらですよ。真面目に取り合わなくていい」
ティーディアの視線に気づいてルーファスが返す。
「私と踊っていただけますか?ティーディア嬢」
ルーファスが少し身をかがめて、とんでもなく甘い顔をして手を差し出してくる。
(む、無自覚、やめて・・・心臓に悪いわ)
「は、はい。喜んで・・・」
宣言通りに右へ左へとダンスしながら巧みに人をかわして、移動する。
昨日以上に動いていたのに、急にルーファスの動きが止まった。
ルーファスとティーディアを挟むような形で、近衛兵が現れたのだ。
ルーファスは舌打ちしそうになるのを、寸前のところで堪えた。
「・・・なんだ」
不機嫌さを滲ませた低い声を出すと、近衛兵の一人が申し訳なさそうに「王様がお呼びです」と告げた。
ティーディアは近衛兵の言葉に驚いてルーファスを見上げると、ルーファスは「王だと・・・どちらだ?」と言ってティーディアの肩を抱きそのまま二人で移動しようとした。
それに慌てた近衛兵が「申し訳ありませんが、ルーファス様だけで・・・」と遮った。
「ルーファス?どうした?」
不穏な空気を感じてか、ひょっこりとラウズが現れた。
「いいところに来た。少しの間、ティーディア嬢を頼む。ティーディア嬢すぐに戻ってくるから」
すまない、とティーディアの頭をひと撫でして、ルーファスは近衛兵と行ってしまった。
「第二騎士団か・・・。ティーディア嬢。いったい何があったの?」
ラウズはダンスの邪魔にならないように、壁の近くへ移動しながらティーディアに問う。
「王様がお呼びだと言ってました。あの、なぜなのでしょう?ルーファス様は大丈夫でしょうか?」
ラウズが一緒にいてくれるが、ルーファスの事が心配で堪らない。なぜ今、王が呼んでいるのか。
「王様だって?・・・・・はっ・・・なんだよ。ルーファスのやつ・・・」
ティーディアの話を聞いて、ラウズが悪態をついた。しかしすぐに、心配そうにラウズを見上げるティーディアに気が付いて、笑顔を見せる。
「大丈夫だよ、ルーファスは。ルーファス自身も、カーバシア公爵家も、敵に回しちゃいけないトコだよ」
説明のようで説明になっていないラウズの話を聞きながら、それでもラウズの笑顔に、少しだけティーディアはホッとした。
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