母達のお茶会
時間を少し遡る。ルーファスがブッファ伯家を訪ねた日の午後の事。
ティーディアの義母、マリー・ブッファ伯夫人はカーバシア邸にいた。ルーファスの母、カーバシア公爵夫人のお誘い(呼び出し)があったのだ。二人は今向かい合ってお茶を飲んでいる。
「突然呼び出してしまって、ごめんなさいね。どうしても、我慢ができなくて」
ニコニコと笑うティレリアに困惑しながらも「お気になさらず」と笑顔を返すマリー。
『たかが伯爵家が、王家に連なる公爵家の跡取りを、後二日も連れ回すとは、何様のつもりか』
などという、文句でも言われるのだろうか、言われてもしょうがない状況だが、などと考えていると、目の前に一枚の紙が現れた。
マリーは咄嗟に受け取り、困惑しながらも目を通す。
『ルーファス・カーバシア。☓☓年☓☓月☓☓日生まれ。24歳。身長182 王立薬学研究所及び都市開発研究所、所属。~~~~~~~~~~~アピールポイント、次期カーバシア公爵当主』
つらつらと書かれたこの紙には、ルーファスの個人情報が満載である。
「・・・・・公爵夫人。これは・・・」
「ルーファスの釣書よ。ティーディア嬢が、うちの子のお嫁さんになってくれたらなって。どうかしら?」
勢い込んでティレリアが話す。
苦情ではなく婚姻の申し込みだった。
「・・・・・もったいないお話ですが。その、ティーディアには・・・」
突然の事に面食らうが、なんとか冷静さを取り戻す。
母親としてはティーディアが望むのであれば叶えてあげたい。だが、今まで異性に興味などなかった愛娘に、いきなり結婚の話を持っていけない。それに、自分達が恋愛結婚だったというのもあるので、ティーディアにも親が決めた相手ではなく、そういう相手に巡り合って、と考えている。相手が怒り出すのも覚悟の上で、マリーはティレリアに話した。
「そうよね。私達も恋愛結婚だったのよね。ルーファスとティーディア嬢がそうなったら、すっごく嬉しいのだけれど。うちの子は一途だし、奥方を大切にすると思うのよね」
怒るどころか、目をキラキラさせて語りだした。
マリーはルーファスを思い出してみる。
確かに、初めて会った昨夜も、今朝会った時もルーファスは好青年だった。『変人』の噂はなんだったのか、と思ったほどだ。
それに、ティーディア本人が気が付いていないだけで、ルーファスに好意を持っているのはわかる。ティーディアは『女性慣れしている』=『他の女性にも同じことをした』と捉えて勝手に嫉妬し不貞腐れたのだ。本人は自分の気持ちに無自覚で。
たった一日、いや、一晩一緒にいただけの相手に独占欲を表し、また、よく懐いたものだと思った。
この事もティレリアに話した。
「まあ。嬉しいわ。かなり脈アリね。でも、貴女は二人がゆっくりと、仲良くなればと考えているのね?」
私は早く孫が見たいのだけれど、とブツブツとティレリアが言う。
「あの、公爵夫人」
「まあ、いやだわ。公爵夫人だなんて。ティレリアと呼んでちょうだい」
ティレリアは少女のように頬を膨らませて、抗議してきた。
「ティレリア様。どうか、どうなるかは分かりませんが、長い目で見守っていただければ」
マリーは頭を下げて嘆願する。
「あら、まあ。やめてちょうだい。もちろんよ。無理強いはしないわ。ああ、困ったわ。私の立場が立場だものね。そうだわ、ティーディア嬢のお相手を考える時にはルーファスの事も頭の片隅に覚えておいて。それで、真っ先に思い出してちょうだい」
嫌われてこの話が流れたら困ると考えたティレリアは、この話はお終い、と話題を変えた。
「ブッファ邸が別名で呼ばれているのはご存じかしら?」
「ええ。『キラキラ邸』の事ですね」
輝くばかりに美しい、との事から『キラキラ邸』と名前がついたのだが、マリーは、このネーミングは少し恥ずかしかった。
「是非、ブッファ邸のお掃除のプロに指南をお願いしたいの。どうかしら?」
今までも、他の貴族達からお願いされた事があった。その度に『普通に一生懸命、掃除しているだけです』と答えていた。その通りだったからだ。ただちょっと他と変わった事といえば、ブッファ伯令嬢の三人が掃除に加わっているという事だ。この事は一切、人に話した事はない。
「ブッファ家秘伝の技だからダメ?」
なんて返そうかと思案して黙っていると、ティレリアから畳みかけられた。しかも『秘伝の技』とは。マリーは思わず笑ってしまった。
「いえ。ただ、侍女達が普通に一生懸命、掃除しているだけなので。指南と言われましても・・・」
そう答えると「あら、そうなの。意外だわ」と驚いた顔をされた。
「と、いつもは答えております」
言おうか迷った為、もったいぶったようになってしまった。
「いつもは?では、本当は?」
「私の娘達が一緒に掃除をするのです。なので、侍女達は『お嬢様に負けるな』と気合を入れて家中を、いえ、敷地内を掃除してくれます。これが我が家の秘密です」
誰にも話さなかった事をティレリアに話した。『変人』と呼ばれる息子を持つティレリアなら大丈夫だと思ったからだ。それに、この事で不愉快になるような相手なら、ティーディアの嫁ぎ先などに選べない。
「まあ、そうだったのね。でもどうしてお嬢さん方はお掃除を始めたの?」
案の定、ティレリアは嫌悪などの負の感情を出してこなかった。
マリーはブッファ邸で、娘達による掃除が始まった経緯を話した。
話を始めると、ティレリアは泣きだした。
「・・・・・そう・・・・・ティーディア嬢は辛い経験をしたのね。でも、二人のお姉さんもお優しいわ。なんて、素敵な家族・・・うぅ・・・」
「ティレリア様・・・」
感動されるとは思わなかった為、マリーは困惑した。
「・・・・・ねえ、是非お嬢さん三人を連れて遊びに来て。明日・・・は、まだ舞踏会があるのよね?明後日はどうかしら?」
是非お話を聞きたいわ、とティレリアは言った。
マリーが、どうしたものかと思案していると、すっと手を握られる。
「お願いよ、マリー。貴女とも、もっと仲良くなりたいの」
少女のようなあどけない顔でお願いされてしまった。
(悪い方ではないし)
苦笑しながら、マリーは了承した。
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