午前中の訪問 その2
女性への接し方が分からない、などと言っているが、では昨日の馬車の中でのアレはなんだったのかとティーディアは思った。
「・・・とても、女性慣れしてるように見えましたが・・・」
「??・・・私がか?いったい何を見てそう思ったんだい?」
ティーディアは昨日の馬車の中でのルーファスの態度を話した。
「とんでもなく、甘いお顔をされて、次の瞬間・・・み、耳元で、囁いたではありませんか」
思い出してティーディアの顔が赤くなる。馬車の中だけではなく、昨日のルーファスの振る舞いは、まるで本の物語に出てくる王子様やナイトのようだったのに。
それに、あんな事をサラッとしておいて何を言うのかと、その後の会話を全部忘れるぐらい衝撃だったのにと、ルーファスに詰め寄る。
「ティーディア嬢。落ち着いて。それは無意識で・・・」
「それだけではありません。エスコートだって完璧だったし、ダンスだって」
なんだか分からないがティーディアは頭に血が上っていた。
なんでだかルーファスに対して腹が立っていた。
対してルーファスは困惑していた。急にティーディアが詰め寄ってきたからだ。何か自分は余計な一言でも言ったのだろうか。それとも逆に言葉足らずだったのか。考えながら、ティーディアを宥めようとしていた。
だから二人共、遠慮がちにノックされ「入るわよ」の声が聞こえてなかった。
ガチャっとドアが開けられ、中を覗いたレリアが固まった。
大きな花束を持ちルーファスに詰め寄るティーディアと、ティーディアの両肩に手の平を押し付け止めようとしているルーファス。
後でレリアに『ティーディアがルーファス様に迫っているのかと思ったわ』と言われ恥ずかしい思いをしたティーディアだが、今は頭に血が上り、状況を掴めていなかった。
「ティーディア。貴方、何をしているの。ルーファス様が困っているわよ」
我に返ったレリアがルーファスからティーディアを引き剥がした。
そこでようやく、ティーディアは冷静になった。
ルーファスは助け舟が来てホッと安堵した。
「ティーディア嬢。私は・・・」
ルーファスが言いかけると、ティーディアはハッとしてルーファスとレリアを交互に見て「し、失礼しますっ」と部屋から逃げ出した。
後にはポカンとしたルーファスとレリアが残された。
「・・・・・申し訳ありません。妹が失礼を」
「いや。私の接し方が悪かったようで。それでは、私も失礼します。ああ、そうだ。今日のティーディア嬢のドレスの色を教えて欲しい。私の服と合わせようと思うので」
ルーファスが今日の舞踏会にティーディアと一緒に行ってくれるのだと分かって、レリアは安堵した。
先程のティーディアの態度を不快に思って、もうエスコートをしてもらえないのではないかと思ったからだ。
レリアと待機していたサーラとでルーファスを見送った。
「ではまた。夜に」と言ってルーファスは帰っていった。
「何があったの?ティーディアは部屋へ籠ってしまったわ」
サーラが心配そうに首を傾げる。
「う~ん。ティーディアが振られたのかも」
レリアが先程見た光景をサーラに説明する。
「まあ・・・ティーディアは意外と大胆なのね・・・・・でも本当にティーディアが迫っていたの?」
日頃から大人しいティーディアがそんな事するなんて想像できないと、サーラが言う。
「そうよ。ルーファス様は困って必死に押し返していたわ・・・あら、でも昨日の様子を見るとティーディアの事嫌いじゃないわよね」
「ええ。そう思うわ。だってあんなに可愛いティーディアなのよ」
そうね、そうよ、と言い合い二人は今日のティーディアの髪型やメイクについて相談し始めた。
応接室から逃げ出したティーディアは自室へと駆け込んだ。すぐに義母マリーがやってきた。ルーファスはどうしたのか、と聞かれたがレリアが相手をしている自分は知らないと答えた。
母親の勘なのか、ティーディアがとても動揺していると分かって、優しくどうしたのかと訊ねてきた。
ティーディアは、たどたどしくルーファスとのやり取りを話した。
「あら。どうして腹が立ったのかしら?」
義母はやんわりと問い、ティーディアの答えを待つ。
「どうして・・・う~ん・・・慣れてるのに慣れてないと言ったから・・・」
「そう?それはだめだったの?」
「・・・・・わかりません・・・お義母様・・・」
ティーディアが助けを求めるようにマリーを見ると、マリーは「フフッ」と楽し気に笑った。
「ルーファス様は嘘は言っていないと思うわよ。風の噂では女性嫌いなのではないかって、言われているぐらいだから。ティーディアの前では頑張って余裕のある振りをしていたのかもしれないし。ティーディアは、昨日は失敗ばかりでカッコ悪いところを沢山見られたから恥ずかしいのに、それなのに余裕いっぱいのルーファス様が慣れていないって言った事が気に入らないのね。恥ずかしい、悔しいって思っているのではないの?」
マリーに言われて、そうなのかと、なんとなく納得した。
これでも良くなった方だが、ティーディアはけっこう完璧主義なところがあり、あまり人に弱さを見せたくなかった。
マリーとの会話で落ち着きを取り戻したティーディアはルーファスに謝ってくると言って、部屋を出た。
残されたマリーは「本心には、いつ気が付くかしらね」と、呟いた。娘が成長するのは嬉しいが、もどかしくもある。教えてあげる事も出来たがそれは余計なお世話になる。ティーディアが出て行ったドアを見つめながらため息を吐いた。
部屋から出てきたティーディアはルーファスに会えなかった。サーラにとっくにお帰りになったと言われ、レリアからはあの態度はいけないと、注意を受けた。それでも、今夜は迎えに来てくれると聞き嬉しくなった。
ルーファスの訪問で午前中が終わってしまい、午後は夕方前には舞踏会の準備をしなくてはいけない。本を読もうと思ったがソワソワしてしまい落ち着かないので、結局、掃除をして過ごした。廊下と階段を掃き、水拭きし、乾拭きして、仕上げをする。
すると、あっという間に準備の時間になり、更に矢が飛ぶように時間が過ぎ、ルーファスが迎えにきた。
「こんばんは、ティーディア嬢」
優しく微笑むルーファスだが、なんとなく緊張しているようにも見える。
「こんばんは、ルーファス様。よろしくお願いします」
手を引かれて馬車に乗り込むとすぐに動き出した。サーラとレリアも一緒に行くものだと思っていたから、ティーディアは驚いてルーファスに「義姉達がまだ」と言うと「二人も誘ったが断られた」と言った。二人だけになって、気まずいが、朝の事を謝ろうとティーディアが口を開いた。
「ルーファス様。今朝の事、ごめんなさい。私、とても失礼でした」
「いや、私も悪かった・・・だが、未だに、何がいけなかったのかが分からないのだが・・・」
困惑するルーファスに、マリーに指摘された内容を説明した。ティーディアが恥ずかしくて、悔しかったのだと。
「ふむ。つまり、私の態度ではなく、ティーディア嬢の失敗が原因という事か?」
ティーディアの説明を聞いてまとめてみたが、いまいちしっくりせずルーファスは首を傾げる。
「はい。子供じみた癇癪を起こしたのです。お恥ずかしい限りです」
なんだか違う理由な気がするが、ティーディアが納得しているのでルーファスは深くは追及しなかった。
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