はじまり、はじまり
ティーディア・ブッファは六歳の時に母親を病で亡くし、伯爵の父と二人で暮らしていたが三年後に、新たな家族ができた。
「いいかい。この方達は今日からお前のお母様とお姉様になるんだ。仲良くするんだよ」
そう父親に言われ、父の再婚相手の女性とその連れ子の姉妹を紹介されたのは、ティーディアが九歳の時だった。
家族が増えた次の日もティーデアは、いつものように朝から掃除をしていた。
それを見た義母と二人の義姉が仰天した。
義姉達はティーディアから箒や雑巾を取り上げ、大騒ぎした。多分『伯爵の娘がなにをしているのか!?』などと言っていたのだと思う。ティーディアはきょとんとしてそれを見ていた。
義母も驚いていたが、二人の義姉の様に取り乱す事なく、ティーディアに目線を合わせてしゃがみ込むと、優しい声で『なぜ掃除をしているの?』と尋ねた。
なぜ、と問われてティーディアは返事に詰まった。
(なんと返せばいいだろう。新しい家族ができたのだから、もうお母様の話はしてはいけないとお父様に言われたし・・・)
ティーディアが掃除をするようになったのは実の母の死後、しばらく経ってからである。
幼くして母を亡くし精神が不安定になっていた時、侍女達の仕草を真似てガラスをハンカチで磨いてみたのだ。
ピカピカになったガラスが綺麗で、侍女の1人を掴まえて『見て』と見せたところ、侍女は最初は驚いたが『まあ、綺麗になりましたね』と笑顔を見せた。そして、褒められて嬉しくなったティーディアは、その後、あちこちのガラスを拭き始めた。
すぐに、その事は父親である伯爵の耳に入り、掃除を止めさせようとした。だが『辛い現実を受け入れるための彼女の防衛反応だ。気が済むまでさせてあげたほうがいい』との友人からのアドバイスに伯爵が折れ、伯爵家の使用人達にも『これは治療のようなものだ。危ない事をしだしたら止めて欲しい。それ以外は気の済むまでやらせてやってくれ』と指示した。使用人達は幼いティーディアを不憫に思い、黙って見守る事にした。
したが、しかし。
ティーディアがピカピカに掃除をする。
それを使用人達が褒める。
増々やる気が出てティーディアがあちこちをピカピカにする。
使用人達は焦った。『治療の為とはいえ、自分達の仕事をお嬢様にやらせまくって良いものか?』と。
そして、使用人達の話し合いの結果『簡単な一ヶ所だけ残し、後はお嬢様も手を出さない位ピカピカにしてしまえ』と使用人達は一致団結し、掃除のスピード、クオリティがみるみる上がっていった。
屋敷の中が常にとんでもなく綺麗な状態になったところで、ティーディアは庭の仕事に目を付けた。
だが、庭師達も『屋敷の掃除に満足したら庭に来るぞ』を合言葉に、常に手入れの行き届いた素敵な庭になっていた為ティーディアの出番はなかった。
庭仕事には手を出さなかったティーディアだが、屋敷内の掃除は習慣になっていたので、その後も続けていた。
新しい家族が出来てもティーディアは通常運転だったが、義姉達が騒ぎ、義母に問われて『令嬢は掃除をしない』という事を思い出した。
ティーディアが返事を出来ずにいると侍女の一人が『申し上げます』と義母に説明をした。他の使用人達も、新しい家族がティーディアを嫌うのではないかと、ハラハラしながら見守っていた。
だがそれは杞憂に終わった。
『継母』『義姉』というと物語の中では意地悪な人物が多いが、この新しい母も義姉達も違った。
理由を知った義姉達は、すぐにティーディアに謝罪した。義母は『お母様の話をしてもいいのよ。お掃除も貴方がやりたいなら、おやりなさい。でも使用人達の邪魔をしてはだめよ』と優しく頭を撫でてくれた。
だから、その後もティーディアは掃除を続けた。
そして何故か義姉達も参戦してきた。義姉達は掃除もするし、たまに料理もした。決まってティーディアにお菓子を作るのである。そしてそれが美味しいのだ。
そんな様子を義母が微笑ましく眺めて、使用人の邪魔になる時だけはやんわりと注意した。
そんな事もあり、ブッファ邸の使用人達は『お嬢様達に負けるな』と増々腕を磨き、仕事レベルは国のトップレベルまで上がった。屋敷も庭も見事なまでに手入れされたブッファ邸を、町の人々は「キラキラ邸」と呼び、『ここの屋敷を見ながら祈ったら就職が決まった』だの『お庭を見ながら祈ったら彼氏ができた』だのと言い出す者達が出て、今ではパワースポットとして密かに訪れ(屋敷の人間からは丸見えであるが)手を合わす者がかなりいる。
綺麗は波及するというが、ブッファ邸の隣近所の家々も『我が家がくすんで見える』と奮起し、ブッファ邸に及ばないまでも綺麗に手入れの行き届いた家々になった。そのお陰か、この地域一帯では犯罪が起こらなくなり、人々は穏やかになった。
義母は家族になった日から、ティーディアにも自分の連れ子にも分け隔てなく愛情を注いでくれるし、義姉の2人もティーディアを実の妹のように可愛がってくれる。むしろ過保護ぎみである。
そんなこんなで、何不自由なく過ごした。
それから7年後ティーディアは16歳になった。
初めて小説を書いています。
読んでいただき、ありがとうございます。