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人機のアストライア  作者: 橘 雪
EP2 『流転する形勢』
14/121

14: EP2-2 地球主権連盟 ─ESF─

14話へようこそ


描くのは一方にあらず、そこには双方の生きる道がある。

西暦3020年1月15日、協定宇宙時(STC)1000

地球(アース)北米大陸、ワシントンD.C.

ESF軍本部、ワシントンD.C基地



地球主権連盟、通称ESF

彼らはかつての大戦以前の超大国の1つ、アメリカ合衆国の跡を本拠地としていた

母なる地球を抱き、惑星に根ざす彼らは、しかして決して一枚岩ではなかった


特に軍においてはそれは顕著であった


ESF至上を掲げ、CAUの排斥、太陽系全土の支配を目論むESF軍最大派閥である『覇権派』

人類の版図を制御可能なものへと制限し、ESFもCAUも地球周辺で共に生きんとせん第2位派閥である『統合派』

ESF、CAUは関わりを持たず、それぞれが独立して歩むべしと唱える第3位派閥である『分離派』


それぞれにおいて軍がある程度集まっていて、協調に欠ける場合もある


先の戦い、ヘッドハンター作戦においても、作戦を主導したのは覇権派であり、統合派、分離派はほとんど参加していなかった

それも、失敗の原因ではあったのかもしれない



さて、ここはESF軍本部が置かれるESF軍ワシントン基地

先の戦いで指揮を採った2人─レライエとオロバス─はこの1ヶ月で何度目かになる密談を交わしていた

最初に口を開いたのはESF艦隊司令官の1人であるレライエだ


「オロバス、バトルワーカーの補充は?」

「全然だよ、レライエ。 忘れたとは言わせないが、損害は艦隊と同じかそれ以上だぞ?」

「...そうか、艦隊もまだしばらくは動けん。 それに統合派と分離派から未だ盛大に突かれているからな。」

「無理を言って戦力出させてこれではなぁ。」


2人は重い空気の中会話を進める

艦隊、バトルワーカー共に90%かそれ以上の損害であり、しばらくは取り戻せないであろうことは簡単に予想出来た


「そうだレライエ。 あの...女はどうしてる?」

「...あの天使か?」

「そうだ。」


レライエが目を背けながら続ける


「...バトルワーカーが仕上がった、それから...前線に出る、とな。」

「...正気か?」

「正気も何も...止められるわけがないだろう。」

「確かに有用だったが、やはり諸刃か。」

「どうだかな...」



彼らは表に出ればESF軍准将レライエと大佐オロバスの関係だ

しかし...その実関係は対等にも見えた

それが意味するところは...一体なんだろうか?






西暦3020年1月19日、協定宇宙時(STC)1300

火星(マーズ)地表、赤道直下

軌道エレベータ基地ブラボー、兵員宿舎



さて、物語というものには主人公が必ず要るもの。

それは1人に限らない事もある。

故に、ESFを描くにあたって...それは要るだろうね。



「少尉、そんな所で俯いてどうした?」

「あぁ、少佐。 いえ、少々考え事を。」

「そうか。 ...と、少尉、明日の新人の着任なんだが、都合の悪いことに俺とブルックリン大尉の両方に急用が入ってしまった。 何やら本基地の緊急の運営会議らしい。 それでだ、着任の出迎えを少尉にやって欲しい。」

「出迎えを、ですか? 本来であれば最高階級である少佐が... いえ、分かりました。 そうであるならばお受けします。」

「すまないな、少尉。」

「お気になさらず。 今はどこも人手は足りていませんから。」


彼らはESF火星方面軍バトルワーカー団、その統合派に属する『ライデン隊』。

遊撃隊として組織されたこの隊は、3分隊から構成される特殊部隊のようなもの。

通常、5分隊で1小隊だから、少し小さい。


ライデン隊は、先の戦い...たしか...そう、ヘッドハンター作戦に統合派から参加した部隊のうちの1つ。

ただ、ライデン隊はヘッドハンター作戦で大きく損耗した。

ライデン隊総隊長の『クラウス・ハーネル少佐』、その副官であり僚機パイロットの『エルマー・ブルックリン大尉』、そして同じ分隊の隊員の1人の『ユウ・リヨン少尉』。

18人いたパイロットはたった3人に減っていた。

これでもあの日のESF軍の損耗率からすれば...ほんの数%とはいえ低い。


「では、少尉。明日は頼んだぞ。」

「お任せ下さい、少佐。」


ライデン隊は再編された。

明日、新人パイロットが3人補充されるらしいね。

どうにか1分隊分がこれで揃う。

逆に言えば、ESFにはそれしか余裕が無い。


おや...少尉が何やら...


「CAUか... 上は何を考えてる?」


上...か。

ESF指導部、きっと奴らがいる。

...なるほどね、これは...






あの日、俺はライデン隊の仲間と共に出撃した。

覇権派の主導するこの作戦に疑問がなかったわけじゃない、だが、命令は絶対だ。


途中までは上手くいっていた。

このまま行けば勝てると皆が思っていた。

だが、そうはならなかった。


『お待たせぇ! さぁて! やっちゃおうか!』

そう謎の全帯域通信が入った直後から全てが変わった、変わってしまった。

恐らくは、その通信の主であろう、あの時は気づかなかったが、CAUのバトルワーカーが戦場を一筋に駆け抜けた瞬間、ライデン隊は、俺達は一気に3機失った。

逆に言えば、ある程度密集していたのに3機で済んだのは幸運だったのだろうか。

ともかく、直後の通信の混乱から、それが味方全体で起きていたのは察することができた。

そこからは誰にも予想ができないほど一瞬で戦況は推移していった。


俺は必死で戦った。

最早目的は勝つことではなく、生き残る事だった。

ライデン隊の隊員は1人、また1人と撃墜されるか、はぐれていった。

どれくらいそうやっていたかは分からないが、しばらくすると母艦から通信が入った


『ライデン隊の各員へ、たった今レライエ司令より作戦中止、撤退の命令が下った。 本艦は各員を収容次第直近のジャンプ艦と合流しCAUジャマー圏外へ脱出を図る。』

『...了解、エルマー、大丈夫か?』

『了解だ。 後は誰がいる?』

「俺もいます、大尉。」

『ユウか。 ...他は...』

『本艦のレーダー範囲内にはいない。 ...残念だが、3人だけでも収容する。 急いでくれ。』


俺達はこの時まだ知らなかった。

既に目的であるコロニーから離れるルートはCAUのセイバーと呼ばれる精鋭部隊が固めていた事を。



『敵の砲撃が激しすぎる! 索敵科!』

『正面、レーダー範囲外からです!』

『クソッタレ! 航宙科、回避機動を取れ! 指示を待たないでいい、最適な機動でサスペルに追従!』


俺達は母艦のハンガーでじっと待機していた。

全速力で戦闘回避機動を取る航宙艦にバトルワーカーで追従など到底不可能だからだ。


『艦長!』

『索敵科、どうした!』

『サスペルが機関部に被弾! 速度が落ちています!』

『な...』

『通信科より艦長、続けてサスペルより入電、読み上げます。『我機関部に被弾す、戦闘機動不能、各艦は至急別艦へのアプローチ試みられし、本艦が囮になる。』以上です。』

『通信科、直近のジャンプ艦は?』

『本艦の速力で追いつけるのは...3時方向、ホーツレスです。』

『ホーツレスか...航宙科、ジャンプ艦ホーツレスへ針路変更!』


高速機動での艦隊戦において、バトルワーカーができることはまずない。

だから、俺達は信じる以外出来なかった。

...しかし、現実は非情だった。


『ホーツレス被弾! ...撃沈されました。』

『直近のジャンプ艦は!?』

『...7時方向、ベールバス...いえ、たった今撃沈...艦長、本艦の速力で合流可能なジャンプ艦はありません。』

『...分かった。 航宙科、ジャンプドライブジャマー圏外への急速離脱だ。』

『...了解。』


あの時の通信ログからブリッジで何が起きていたかは朧気になら分かる。

その時、艦長はきっと、肩を落とすか...あるいは、開き直っていただろう。


『索敵科より艦長! 進行方向に敵シェルティア級の艦隊を確認しました!』

『今更回避機動は取れん、航宙科、正面突破するんだ!』


輸送艦の装甲、砲火力などたかが知れている。

ここまで撃沈されなかったのが奇跡だろう。


尤も、奇跡は続かなかった。


『艦長! 敵シェルティア級の発砲確認!』

『振り切れ! シェルティア級など...』

『...そんなっ... 敵ロケット弾誘導しています!』

『なっ...』


この時代においても艦隊戦と言えば先読みと偏差射撃なのははるか昔から変わっていなかった。

故に...


『航宙科、回避!』

『間に合いません!』

『何とかしろ!』

『砲術科、迎撃は?』

『今やってる! さっきから砲身が焼ける寸前だ!』


俺の記憶は一旦そこで途切れている。

次に俺が目を覚ました時は、全てが終わっていた。

いや、まだ最後の希望があった。



『この通信が聞こえている全ESF艦隊へ! 本艦が最後のジャンプ艦だ! 後3分でジャンプする! 急いでくれ!』


後から知ったことだが、ライデン隊の母艦は敵シェルティア級のロケット弾に撃沈された。

しかし、俺は奇跡的にバトルワーカーごと船外に投げ出され、偶然にも進行方向にそのまま吹き飛んでいた。

悪運が強いとはよく言われるが、結果として俺は最後のジャンプドライブ艦との合流ルートにいた。

合流までの予測時間は2分。

俺はその勢いのまま艦隊にいた輸送艦に合流し、最後のジャンプで海王星圏からの脱出に成功した。


話によれば、ハーネル少佐とブルックリン大尉も別の艦に合流し脱出していたらしく、こうやって基地でまた話すことができている。



しかし、補充は3人らしい。

まぁ...どこも同じような被害状況である以上、1分隊分揃うだけでも御の字なのだろうな。






...おかしい。

何かが...どうやって?

...ユウ・リヨンという人間に異常な点はない。

...まさか...






西暦3020年1月20日、協定宇宙時(STC)1000

火星(マーズ)地表、赤道直下

軌道エレベータ基地ブラボー、兵員宿舎



リヨンは前日のハーネルとの会話通り、宿舎で新人の受け入れを行っていた


「自分がこれから君達と共に肩を並べることになるユウ・リヨンだ。 階級は少尉だ。 よし、まずは簡単に名前を教えてくれ。」


新人を前にリヨンが先に告げる


「カスパー・グルーバー准尉、只今着任しました!」


最初にそう名乗ったグルーバーは一糸乱れぬ、軍学校仕込みの見事な敬礼をする


「マルク・チェスター、階級は准尉であります! よろしくお願いします!」


次に名乗ったチェスターは緊張からかぎこちない敬礼を見せる


そして2人にリヨンが敬礼を返す

しかし、もう1人いる新人は敬礼もしなければ名乗りもしない

リヨンが耐えかね

「貴官、名を名乗らないか。」

と問う


そうすると、その新人兵士...いや、少女とでも言うべきその兵士が答える


「クロノス...よろしくね、リヨン少尉。」


挿絵(By みてみん)


それから、敬礼代わりと言わんばかりに手を振った


「貴官は...身嗜みと態度について注意を受けたことはないのか?」


クロノスと名乗った彼女の見た目は、リヨンからすれば『とんでもない奴』だった

長い灰色の髪に生きている間に一度と見ることすら非常に珍しいオッドアイ、これらは生まれつき、個人の尊厳性等々からそう気にするものではない

しかし、服装はと言うと、丈の短いスカートに右足の太腿にはホルスター、そして丈の短いシャツの上からESF軍制式制服のジャケットというあまりにもラフすぎるものだった


堪らずリヨンが続けて言う


「軍学校でも聞いただろうが、バトルワーカーパイロットとは我らがESF軍のエリートである。 貴官もバトルワーカーパイロットであるならば」

「関係ないよ。 要するに敵を殺せばいい... そうでしょ?」


しかしクロノスがそれを遮り、口角を釣り上げて笑う


「お前! 少尉殿に失礼だぞ!」


グルーバーがクロノスに突っかかろうとするのをリヨンが止める

それから再びリヨンが口を開く


「貴官は...クロノスと言ったな。 苗字は何と言う?」


リヨンの問いにクロノスが不思議そうな顔をし、それから口を開く


「クロノスはクロノス。 私は私だよ?」

「...そうか。 グルーバー准尉、チェスター准尉、2人は部屋に戻って荷解きをしておいてくれ。」


諦めたような顔をしたリヨンは2人に指示を出す

2人が再び敬礼し去っていったのを見送ると、クロノスへと向き直る

いつの間にかクロノスは近くにあった机に腰掛けていた


「ん〜? 説教でもする?」

「...はぁ。」


リヨンがこめかみを抑える

こんなにも素行の悪い新人がよりにもよってパイロットだとは到底受け入れられない、というのが今のリヨンの心境だった


それを見たクロノスが腰掛けていた机から立ち上がるとリヨンに顔を近づける


「私の目...綺麗でしょ?」


クロノスはそう言って青い左目を指差す

右目は橙色だった


「私の目はね、全てを見通すんだ。 例え、それが未来であってもね。」

「そ、そうか...」


そう言いながらも、リヨンは不思議とその言葉を疑う気になれなかった

何ら信憑性のない話だと言うのに、何故か真実だと思い込まされるような、不思議な感覚であった

それは、クロノスの声音が原因だったのだろうか?


「リヨン少尉、この戦争は大きくなるよ。 誰にも止められないくらいにね。」

「どうして分かる?」

「言ったでしょ? 私の目は未来も見通す。 だから、分かるんだ。」


何と返すかと押し黙るリヨンを後目にクロノスが続ける


「ねぇ、リヨン少尉。 このESFは、本当に少尉が知ってるESFなのかな? この先、何を、誰を信じるのかな?」


リヨンは無意識にクロノスを肩を掴むと、そのまま腕を伸ばし距離を取った


「ま、安心しなよ〜、一応、役には立ってみせるつもりだからさ、ユウ・リヨン少尉。」


クロノスはリヨンに親指を立てると踵を返し去っていった

ただ新人を迎えるだけ、そう思っていたリヨンは、このほんの一瞬の時間で一気に疲れていた

それは物理的なものか、精神的なものか...


ただリヨンは

「...もっと普通の新人のほうが良かったんだがな...」

と愚痴を漏らしているようだった




























































「...クロノス、なんだい、アレは。」

「現在情報部と監査室が緊急で調査中です。 恐らくトラベラーと思われますが一切データがありません。 いつの間に入り込んでいたのか...」

「...少しでも、些細なことでもいい。 データを集めるんだ。 誰だか知らないけど、好き勝手はさせない。 絶対に叩き出すよ。」

「了解。」


2021/09/18 クロノスのイラストアートワークを本文中に追加: Illustrated by Twitter @Illust_riotya

合わせて本文中の表現に若干の修正を適用

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