学園編・実技試験と容疑者
まさかこんなに面倒くさいことになるとはな。
ジゼルはイライラしながらも目の前の馬鹿に視線を向けた。
こんな奴ら私にとっては虫けら同然…と言いたいが、今はそうは言い切れなかった。
そうだった。私には魔力を制御している装置が腕についているのだった。
この装置は初めから一日に消費出来る魔力量が決まっている。つまり、長期戦になると不利になってしまうと言うわけだ。
まだ三十分も経っていない中、魔力を消費しながら二つの敵を相手に逃走するのは難しいだろう。
仕方ない、やるしか無いか。
戦闘方針を決めた途端、ローナはその瞬間に炎の風をこちらに撃ち放った。
私はそれを避けると炎の風はその地面をえぐり、爪痕の様なものを残した。
魔獣犬はその隙をつくように私の真後ろに着地して食いかかってくる。
それにすかさず気づくと足を振り上げて後ろにいる魔獣犬の腹を蹴り飛ばした。
その猛獣はそのまま岩壁に激突し、血を流して動かなくなった。
私は魔獣犬を見つめると横から風の炎が飛んできた。ギリギリの所で横に避けると地面に手をつく。
「なんで避けるのよ。逃げないでくれる?」
私はその声を無視すると先程の攻撃で血を流した方を見つめた。
どうやら彼女は私を本気で殺したいらしい。
ローナは無視されたことに不機嫌になると炎の風を自身の腕に巻きつけた。
さてさて敵が一人なら後は逃げるだけかと思いながら、ローナを無視して崖に飛び上がった。
「ちょっと!逃げる気!」
まるで卑怯者を見る目で私を見上げた。
「残念だけど、制限時間があるぶんあんたに構ってる余裕はないの…‼︎」
そう言っていると次第に魔獣犬の鳴き声がしてきた。
くそ!なんでこうも寄って来るのやら。
私は急いで森の中に入り逃走するがローナはそれを逃すはずも無かった。
「残念だけど、逃がさないわよ!」
ローナは空高く飛び上がると巨大な火の玉をこちらに投げ放ってくる。
だからぁ〜しつこいって!
勢いよくこちらに向かってくる火の玉を私はギリギリの所で水魔法で回避するがローナが先程の炎を腕にまといながら私に急接近で攻撃を入れてくる。
「全く森が燃えようと御構い無しなの。」
「大丈夫、貴方なら水魔法でそれを防ぐとわかっていたもの。」
「へぇ〜少しは進化したじゃない。」
私は軽く馬鹿にした様に無表情で言う。
「とことんムカつくわね!」
「そりゃどうも。」
私にとっては寧ろ褒め言葉だと思いながらニヤリと笑った。
彼女と話すために一瞬立ち止まっていたが、さすがに魔獣犬にも追われているので再び逃走する。
ローナはすでに魔獣犬に追われていることなど忘れて私だけを追い詰めてくる。
しかしこの状況はよくない。今の彼女は見ての通り判断能力が制御されていない。もしこの前森を抜け切れたとしても彼女は平然と私に攻撃してくるだろう。
なにせ、厄介な炎を放ってくる分余計な魔力を消費してしまっている。
これは、私も相手をするしかないな。
森を抜けてから戦闘体制をとっても十分な魔力はろくに残っていないだろう。
だったらここでやるしかない。
私は走っていた足を止め後ろに向き直した。
それを見て彼女もい止まるとニヤリと笑った。
「あらぁ〜逃げるのやめたの?」
「そうね。あんた面倒だし、ここで終わらした方が後が楽だ…。」
「ふふ、存分にいたぶってあげる!」
ローナはさらに炎を増すと今にも遅いかかりそうだった魔獣犬がその炎に近づくのをやめた。
私は水魔法を再び展開させるといつも以上に威力を上げた。銃さえあればやりやすい相手だが…こうなれば短期決戦をするしか道はない。
「こちらこそ、存分に遊んでやるよ。」
その言葉にお互い獲物を捕らえたように笑うと素早く前に出てお互いがぶつかりあった。
やはり腕や足にまとってある炎が邪魔で直接攻撃が難しい。水魔法は炎とは対照的であり唯一の対抗魔法でもある。
しかしぶつかり合って優勢なるのはやはり炎魔法だった。あの炎を消すにはただ一つ、炎を消せる程の大量の水を使わなければならない。
ローナはそれをいいことに私に素早く接近してくる。そして一つ邪魔な魔獣犬四頭は私達二人を囲うように噛み付いてくる。
今のこと格闘戦では、魔獣犬にとっても二人を攻める唯一の好機だからだ。
私はローナの攻撃を上手くかわして促しながら、炎の通ってない腕の部分を掴んで腹部に肘鉄を食らわす。
するとすかさず、後ろの気配を感じで体を素早く回転させて二頭の魔獣犬を相手にする。
同時の攻撃に私は目を見開いて、一頭は頭を掴んでへし折り、もう一頭は近くの木に勢いよく蹴り飛ばした。
倒した二頭はすぐにオーラとなって消える。おそらく所有者のところに戻ったのだろう。
まるでゲームのようだ。
一方ローナの方は私の攻撃で体制を崩したのかその場に座り混んでいた。おそらく魔力の使いすぎもあるだろう。
彼女の後ろの魔獣犬もまた遅いかかろうとするがそれに気づかないはずもなく睨みつけた。
「犬っころが!邪魔なんだよ‼︎」
た
先程の犬嫌いは何処へやら、すさまじい殺気を放ちながら後ろに手を振り上げると、手から炎を飛ばして襲いくる二頭を燃やし殺した。
ローナは息を荒く吐きながら立つのも必死と言うように立ち上がった。
「もうそろそろ辞めないか?このくだらない争い。」
私は提案するように手を軽くローナに向けて話した。しかし彼女は私を睨んで首を横に振った。
「そうか、なら一歩的に終わらさせてもらう。」
最早話し合う価値も無いか。
「あんたなんかに、負けない‼︎」
「そう、私も私が勝てばお前に聴きたいことがある。」
そう言うとローナは襲いかかろうとするが私がそれを阻止するように指をパチンと鳴らして言葉を発した。
「空間的閉鎖」
その言葉にローナは攻撃体制をやめ周りを見渡した。
「これは…結界。」
「簡単に言えばね。今オーラをまとった場所から貴方は出られない。そして…」
私は言葉を一旦言うのをやめるとその場から飛び上がった。
「この場所は誰にも知られることの無い別空間とされている。」
「そんな魔法…聞いたことも、無い。」
目を見開いて逃げられないとわかったローナは絶望したように私を見つめた。
それもそのはずだ彼女にはすでに使える魔力すら残っていないのだから。
それでも彼女は無理矢理でも魔力を使おうとして歯を食いしばった。
私はこれ以外は危険と判断し、魔力神経糸を使って彼女の両手を縛りあげた。
「これも…魔法!」
新たな魔法を目にしてローナはさらに目を見開いて、声もさらに驚かせた。
「あ、貴方どれだけの魔法を所有してるの‼︎」
「さぁ〜私もわからないわ。でも無限に使えるんじゃ無いかしら。」
私は彼女にゆっくり近づきながら答えた。
「む、無限‼︎」
「すまないが、私自身もどれ程の魔法を所有しているのか把握出来て無いんだ。」
だが少なくとも、普通の人間が持てるような魔法では無い量だ。
「お前の負けだ。宣言通り私の聴きたいことを聞かせてもらおう。」
彼女の近くに更に歩み寄ると、力強くその首を掴んだ。
しかし、意識が飛んではいけないと思い僅かに力を緩めるが苦しい事に変わりは無いようだ。
そんなことは気にすることもなく、私は代わりに顔を間近に引っ張ると威圧を与えるように上から睨みつけた。
「!っ…な、何が、聞きたいのよ…。」
「そんなに睨むな。別に難しい話を聞くわけでも無い。…あの日の放課後、私とツカサ達が話している所をお前は見たのか?」
分かりやすいように直球で聞くと彼女は体を震わせながら数回頷いた。
「なら次だ。お前は私の部屋に手紙を入れたのか?」
私が一番知りたかったことは今の質問だった。
一番バレてはならないことを知られていたらそれを排除しなければならない。
私すら曖昧い記憶を知りうる人間が無闇にいることこそ、一番の凶器だからだ。
そしてその質問に対して彼女は静かに、頷いたのだった。
私はその瞬間に目を見開いて首を捻るように持ち上げた。
彼女の容疑は今の一瞬で一気に高く跳ね上がったのだ。
苦しいと暴れる足が地面を求めて動き続きる。
今のこの状況に彼女は間違った選択をしたのだと実感した。
「お前が、この手紙を…書いたのか。」
私は密かに忍ばせていた紙を彼女の前に突きつけた。
すると彼女は目を見開いて必死に否定した。
「違う!これは私が書いたんじゃ無い。」
何かおかしいと思ってジゼルは試すように聞いた。
首を掴まれた彼女は先程よりも苦しいそうだが、何かを必死に伝えようともがいていた。
「今更、嘘に意味は無い。…お前は言っただろう。手紙を書いて私の部屋にそれを入れたと。」
「わ、私が書いた内容とは、違うわ‼︎」
「…どう言うことだ。」
私は疑問を問いかけるとこれ以上もたないと判断して首を空中から離した。
勢いよく地面に落ちたローナは必死に酸素を吸いながら咳き込んでいた。
「私が、書いた内容はツカサ先輩のことだった。…あの日、転入生の子に軽く扱われてイライラして帰ろうと思ったの。その時、あんたとツカサ先輩達がいた所を二階から目撃したの。」
彼女はそのまま座りこんで疲れ切ったように背中を丸めた。
「私は一年生の時からツカサ先輩が好きだった。自分には振り向いてもらえないのに、あんた達を見て私は嫉妬した。怒りを押されられなくなった私は紙にそれをぶつけてあんたの部屋の前に置いたわ。」
だから、私を睨んでいたのか。私がそのことを知っている前提で話を進めていたと言うことだ。
「成る程、つまりあんたは嫉妬した内容しか書いてないってことね。」
「えぇ…」
彼女の脱力しきった様子から嘘をついているようには見えなかった。しかし、彼女いき違っている所がある。
それは、紙の置き方だ。
彼女は紙を私の部屋の前に置いたと言った。しかし私が見たい時には紙は部屋の中に入っていた。
そして、手紙の内容も言っていることと全然違う。
しかし、彼女が上手く話をすり替えている可能性もあるがそれは限りなく低いだろう。
なぞなら、この手紙を送りつけて来た人間は自分の存在に気づいて欲しいと言うメッセージが込められていたからだ。
だからこそ私を脅していた。しかし彼女は手紙を加工する魔法も無ければ、実力も追いついていない一生徒に過ぎなかった。
「そう、わかったわ。」
私はキッパリそう言うと彼女の顎を掴んで上を向かせた。そして私の右指を彼女の額に当て魔法を展開させた。
「今ここに命ずる。私の空間閉鎖魔法内の会話並びに所有魔法全ての記憶を抹殺せよ。」
そう言うと彼女の頭の中に私の指の光が入っていく。その瞬間に彼女は気を失って倒れた。
今回は自分でも派手に動きすぎたと理解していた。
魔力ももう限界だ。あとは上手く逃げれば大丈夫だろう。彼女とは途中ではぐれたとでも言っておけばいいだろう。
そして私は先程のように指を鳴らして結界を解除した。
「閉鎖解除」
その途端にオーラは消えていき、元の世界に戻っていた。私はそのまま立ち去ろうとしかが、後ろに倒れていた彼女にもう一度目を向けると軽くため息をついて近づいた。
今回だけだからな。
「意識再開」
彼女の額に吹き込むと私はまた立ち上がった。
これで一分後には目を覚ますだろう。ずっと眠ってもらっていても面倒だからな。
これで、問題は片付き後は楽にゴールするだけだ。私は腕を空にあげて体を伸ばした。
あぁ〜スッキリするぅ〜
しかし、まだ警戒はしないとな。
あの手紙の犯人はまだ捕まえていないのだから。
結果的に今回はあいつに言い負かされた私の負けのようだ。
上手くもて遊ばれたと言うことか。さてさて、どうしたもんかねぇ〜
私はため息をつきながら一人でゆっくりゴールを目指した。