学園編・実技試験の本懐
ジゼル達は開始の合図と共に魔法陣を展開した。
私が選んだのは水魔法だった。ルキは黄色の魔法陣から土魔法を選択したようだ。
私はルキを横目で確認すると力を調整して、気持ち強めで魔法を放った。
的に当たるだけで良いそう思いながら破壊音が響いた。
(あっ……ヤバ!)
ローナの時よりは軽い音だったが結果は全員成功だった。私以外だが。ルキは見事に的に命中させリヒト達は炎を使ったようで燃えた痕跡があった。
そして私は的を突き破っていた。まるで石を直接投げたようだ。当然成功にはなるが、最悪だ。
変に目立ってしまった。
水魔法を使って的を撃ち抜いた人間などこのクラスでもいなかった。
せめて打ち破るなら土魔法を使えば良かったと落ち込みながら思った。しかしここで内心を表すことも出来ず私は堂々としたまま無表情を貫いた。
「貴方も中々やりますね。」
「…どうも。」
ルキに横から声をかけら、私は何とも言えない返答になった。
クラスのみんなは予想外の展開に驚きの声を上げるがある意味注目を集めてしまった私はまたローナに睨まれるのであった。
リヒト達も素直に感心したような顔をして私のことを見ていた。
私は何事も無かったように列に戻るとリズ先生は評価をまとめて私達の前に立った。
確か次やることといえば…ああ、あれか。
これは生徒達に少しこたえる気もするが、私は知らぬふりをした。
「お疲れ様だった。それでは次は目の前にある森を使ってペアでうまく切り抜ける試験をする。その際、どう猛な低レベルの魔獣犬を放つ。当然捕まれば怪我もする。」
その話を聞いてみんなが騒ぎ出す。
そう、これは魔獣犬から逃げつつ森を抜ける脱出ゲームをするようなもの、当然今までこんなイカれた授業なんて無かっただろうが、実戦を兼ねて慣れる為にこの試験は用意されている。
いわばこの高等部三年からは実技実戦が加わると言う訳だ。
前段階で的当てゲームをしたのもペアを決めるための基準が知りたかったからだ。つまりこの授業の本当の目的は今の話というわけだ。
生徒達は納得出来ないという声を上げるがリズ先生はお構い無しだった。
「残念だけど、これは決まったことだ。やらないなら減点になるだけ、点数が高いから不参加は留年になりうるわよ。…文句がないならペアを発表するわ。」
さずがにクラスの連中も黙るしか方法がないとわかり不満を持ちながらリズ先生の発表を待った。
次々によく知りもしない名前を呼ばれてペアを組んでいく。
「ルキ・リーザ、ユキ・シーラ」
「…では私は呼ばれたので、お先に…」
ルキは名前を呼ばれると先程のユキと呼ばれた女子と歩いていった。
私自身ルキとペアにはなれないと分かっていた。一度も出席したことは無いがこの試験をツカサから聞かされた時、同レベルの人間とペアを組むと聞いていた。
だからこそ状況から考えるに、私の予想は確実に当たるだろう。
「リヒト・カインド、シド・グリード」
「ジゼル・グレイ、ローナ・アグリシア」
やはりか。ジゼルは前に出るとローナの元に近づいた。それに気づいたローナも凄まじい怒りの人相で私を突き刺すように睨みつけた。
大丈夫だ。私もお前と同じ気持ちだから。それにしても好都合な展開になってこちらとしてはありがたいとすら思った。
あの時の試験は少々派手にやっても申し分なかったようだ。結果としてジゼルは満足していた。
「ローナさん、よろしく。」
「ふんっ!…そうね。」
全然そんなこと思ってないような分かりやすい返答だった。どうやら私は嫌われているようだ。この歳にもなってみっともない。
前の言い負かされた事件を気にしているのか、それ以外か、または両方含むか分からないがとりあえず聞いてみることにしよう。
さずがにこの様子だとやりにくかった。
「あの、私何かしましたか?」
「自分の胸に聞いてみたら?」
明らかに何か原因はあるようだ。さっきの三択しか思いつかないが、どうも聞いても教えてくれなさそうだ。
しかし彼女がこんなにイライラするとは余程のことだろう。…やはりどれだけ考えてもあの時以外は考えられないな。
これ以上考えても仕方がないと思い、私は話しかけることもやめた。
それによって二人の間に更に重たい沈黙が流れていた。
「それでは今から細かいルール説明する。まず、先程も言った通り、入り組んだ森をペアと協力して抜けること、なお制限時間は二時間だ。ペアがその間にゴールしていれば問題ない。つまり個人戦でも相手さえゴールしていれば問題ないと言うことだ。」
確かにこの森は少々入り組んでいるだろうが二時間でも問題なさそうだ。
「魔獣犬はお前達が森に入って五分後に放つ。なお魔法を使うことは許可する。しかし人に対して危害を加える魔法は禁止とする。以上だ。」
いわゆる鬼ごっこのようなものかと思いながら、生徒達も嫌そうな森に向かっていく。
私のペアの場合、先程よりも何か暗い表情になっているがこの調子だと単独行動になりそうだ、しかしそちらの方がこちらもやりやすいか。
みんなが森の前に集まるとそれぞれ心構えながら
リズ先生は首に下げていた小さなベルを持つとそれを鳴らした。
その瞬間、始まりの合図が鳴り皆森の方に一気に向かっていく。
魔獣犬が来るまで五分、なんとかそれまでに出来るだけ距離をとって行かないとすぐに追いつかれるだろう。むしろ単独行動でありがとうと思いながら私も走ろうとすると、いきなり後ろから手を引かれた。
ーー ーー
この状況は何だ。…絶対アイツだよな。後ろ向かなくてもわかるぞ。
暗黙の了解で単独行動になるんじゃないの?
そう思って私は無表情で後ろにいるローナに顔を向けると、心底嫌そうに私の魔法衣をつまんで引っ張っていた。
「…なんで引っ張ってるの?」
かたくなに私は一応聞いてみた。
「…い、犬が怖いからに決まってるでしょ!」
いや知らねぇ〜よ ‼︎なんで知ってる前提なんだよ。
最悪だ、るんるんで単独行動をしようと思っていたのに、まさかのタイミングで最悪なイベントを発生させてしまった。
まぁ、仕方ないか。もうこれは道連れ決定か。彼女が恥をしのいでくっついているのだ、これは離れてくれないだろう。
私は仕方なくため息をついて心の中で諦めたのだった。
「そんなことより、早く逃げよう。」
私がそう言うと彼女は納得したようにうなづいた。見る限りローナの体はわかりやすい程に震えている。そしてそれは暗い森に近づくほどわかりやすいなっていった。
私は森に入る前に一旦立ち止まった。
「…もしかして、暗い所も苦手なの?」
「…だから、そうだって!」
いや、言ってねぇ〜
まず聞いてねぇわぁ‼︎なんで知ってる前提!
それ通り越してめんどくせぇ〜わこいつ…
と、内心で思うが今の私はそれを隠しきれているのだろうか否か。
とりあえず彼女のことは軽く流す方向に切り替える。彼女もそちらの方が良いだろう。
「いい加減もたもたしていると魔獣犬が来てしまうぞ。残り3分だ。」
リズ先生が助言すると、焦り出したのはローナだった。私の手を素早く掴んで森に全力疾走しだす。
すでに私の方がその様子に驚いて引っ張りまわされるはめになった。草木や石に衝突しながら、顔には木の葉や枝が当たりまくり腕がもげそうになった。
私の体は今この瞬間この女によってボロボロになった。
そのうちに発砲音が鳴り響き、白い煙が真っ直ぐに空に上がっていた。
おそらく魔獣犬が放たれた合図だろうと私は引っ張られながら横目でそれを確認した。
前よりこの馬鹿女は焦りまくってそんなことにも気づいてない様子だ。
そして、更に不運なことに発砲してわずかにも関わらず魔獣犬の追いつきように私達は焦った。
少し先から犬の吠えた声が聞こえ、ローナは更に走りだす。
「き、ギャー‼︎もう来たの!嫌だ嫌だー!こっちくんなぁ゛〜!」
「…ちょ、っと‼︎」
その喚き声で魔獣犬はこちらに気づいたのか三頭が草木を破ってこちらに襲いかかってきた。
それを見てローナは青い顔をして更に悲鳴をあげて必死に走りだす。
魔獣犬の速度からこのままでは追いつかれると思い私は周りを把握するとローナの引っ張っていた。
仕方ない少し手荒になるが、何も手を打たないよりはマシだ。
私は覚悟を決めると、ローナの手を掴んで軽く体をひっねって勢いよく右側に放り投げた。
彼女の体は草木に溺れて見えなくなり順調に手を打つことが出来た。
「とりあえず、あんたはそっちにいて。」
忙しいから。
これは後で文句を言われそうだなと私は思いながらその瞬間に魔法陣を展開させた。
発動させた魔法は状況と特徴を生かして水魔法を選択した。
見た目からして獰猛そうな魔獣犬はターゲットを私と認知して三頭とも向かって来る。私は手をしなやかに動かしながら飛びかかってきた瞬間に水を発動させる。
「うるさい奴は…吹き飛べ…」
その瞬間に水は爆発したように破裂音を立てながら魔獣犬を同時に吹き飛ばした。
そして、なんとか体制を立て直した魔獣犬は水の水蒸気に覆われる。
それと同時に私はあの馬鹿女の方に向かった。
あの水蒸気はただの水ではない。このまま逃げても追いつかれるだけだ。そこであの水には嗅覚を鈍らす魔法も加えた。
そしてあの女がいる場所はここより少し段の深い
崖だった。厳密に言えば突き落としたことになるが、死ぬほどの高さでもないし、私が密かに魔法でゆっくり降ろすように仕組んでいたから怪我の問題もない。
あとは爆発させてその効果が発動する間に逃げればいい、ほとぼりが冷めるまで隠れるもよし、逃げるもよしだろう。
私はそこに寝っ転がってるローナを確認する。
どうやら気を失っているようだ。
それを確認するとその場に飛び降りた。
なんにせよ。全て私の予想通りにことが進んで無意識に笑みをこぼした。
無事着地するとその音で彼女は起きたのか、閉じていた目を開けて少し驚いた様に私と視線を合わせた。
「あ、貴方私を突き飛ばしたわね‼︎」
ローナは思い出したように私に怒鳴るがすぐに周りを見渡した。
明らかに困惑しているようだ。
上は先程までいたはずの地上、下は少し荒れた川、どうやら彼女は自分の想像した先程の場所とは違っていることに更に顔をハッとさせた。
「まさか、貴方私をここに、突き落としたんじゃないでしょうね。」
ローナは顔を一瞬で青くする。
「はぁ〜そんなことするわけないでしょ。」
「…そうよね…流石に殺そうとするなんてないわよね。…」
「普通に考えてそんなことしないわよ。」
すみません、大当たりです。
が、殺そうとしていたわけではない。殺す気なら貴重な魔力をお前にわざわざ使ったりしない。
何より、こいつの馬鹿さ加減がよくわかる。正真正銘の馬鹿だな。
こんな所で殺人など行えば真っ先に容疑がかかるのは私だ。
それにこんな些細なことで人を殺したりするものか。
そんな単純な話に私が気づかないはずもない。
いい加減馬鹿にされるのも限度がある。
「そんなことより、気絶してたみたいだけど大丈夫?」
「大丈夫よ。ちょっとパニックになったみたい。」
ほんと馬鹿で助かるよ。
私はそんなことを思いながら心の中で笑った。
本当、最近自分が怖くなるよ。何故か自分が日に日にクズになっているような気がする。
「あの犬は!?どうなったの?」
「なんとか巻きましたよ。私もそんなに魔法を使いこなせないので時間の問題かもしれないけど。」
「…そう、でもそれならいいけどいつまでも個々にいるわけには行かないわよね。」
「確かにね。奴らは嗅覚もあるし、私達は制限時間もあって森を抜けなければいけないしね。」
結局、問題があることに変わりはない。つまりここから動かないといけないと言うことだ。
「でも、まだ始まったばがりだし魔獣犬をまいたのもついさっきだからまだ動かなくてもいいと思うわ。」
実際に、犬の吠え声が聴こえて私達二人は目を見合わせた。どうやら動かない方が賢明らしい。
「…そう、ね。」
ローナは膝をついた状態からそのばに座り込んだ。私もその横に座ると横目で彼女を見つめた。
その瞳は何故か落ち込んでいるように見えた。
「私ね。…貴方が大っ嫌いなの。」
落ち込んだように一直線に言われて、ポーカーフェイスを崩さずに驚いた。
「こんな時に随分はっきり言いますね。…でもその発言は嫌いじゃないです。」
これは私の嘘偽り無い本心だ。
「ハッキリ言われて傷つかない?」
ローナはいつもよりお気楽な雰囲気でこちらを向いた。
「ふっ、まさか。」
私は鼻で笑いながらそう言った。
「貴方、性格悪いでしょ。」
「まぁ、否定はしませんよ。」
それは自分でも納得出来るからだ。
「ねぇ、貴方には好きな人っている?例えばツカサ先輩とか?」
同い年でしょ。とローナは付け足した。
「無いわね。第一私の嫌いなタイプの属性だから恋愛対象にもならない。」
私は別に彼に対して恋愛感情を抱いたことは一度もなかった。私自身自由を得ることに必死だったこともあるあるだろう。
といっても今の私は恋愛をしようなどと思っていなかった。
ジゼルはそんなことを思いながら横に顔を向けると彼女の顔は暗くなっていた。
「…本当、ムカつく。私の気も知らないで…」
ローナは静かにそういった途端、爆発音が広がった。
黒い煙が空に膨れ上がって舞いながら、ジゼルは後ろに下がって煙を払った。
その爆発は紛れもなくローナが起こしたことだった。
「なん、でよ…なんでよ、なんでよ‼︎私は一途に思っているのに!なんで貴方が隣にいるのよ!近くにいるのよ!」
彼女は心の叫びを必死になっていうとジゼルはひるむこと無く、冷たい視線で彼女を見た。
「やっぱり、ね。」
ローナはその言葉の意味を読み取ったのか、腕を振るって怒りに支配されていた。
「…みんなの憧れの的の先輩は貴方のことしか見てないのに、私になんて気づいてるくせに目すら合わしてくれないのよ。」
彼女は涙ぐみながら魔法陣を発動させた。
「…燃え焼けろ。二度とそんなことが言えないようにしてあげる。」
どうやら彼女の中から制御するということを忘れたようだ。
そして発動させた魔力に私は眉間に皺を寄せた。
よりにもよって炎魔法かよ。森すら焼き払うきか。おそらく彼女の頭の中にはそんなことは眼中にない。私を焼きたくて仕方ないのだろう。
膨大な魔力は炎へと変換していき、風の魔法も組み入れて炎の嵐を生み出していく。
今の状態で何をいっても彼女には正当に届かないだろう。彼女の怒りはただの怒りじゃないからだ。そのレベルを超えたら最早聞く耳を持たないだろう。
「ローナ・アグレシア、今やろうとしていることがどう言うことになるか、わかってるの?」
私の質問にローナは絶望したように答えた。
「そんなことどうだっていい、名家の誇りも栄誉も、もうどうだっていい…。」
ローナ、私は今この瞬間お前に失望したよ。色恋の絶望に全てを捨てるとは、これこそ馬鹿なことは無いだろう。
なんにせよ、お前は有力な容疑者だ。私に牙を向けたなら丁度いい。
「そう、それが貴方の出した答えならそれでいいわ。」
私とローナは睨み合うとお互い戦闘体制に入る
しかし体を構え魔法陣を発動させようとした時、予想外の事態が起きてしまった。
ふと聞こえ唸り声、ジゼルは上を睨みながら見上げると一匹の魔獣犬が姿を現した。
私は双方を睨みながら理解した。
なるほど、二つの敵を一刀両断しなければならないと言うわけか。
これはやる気を出さないといけないみたいだ。
私は目を一旦瞑ると意識を切り替えて目の色を変えた。