ある恐怖
その人はいつも、ある恐怖に怯えていた。
それは影のように忍び寄りそっと背後に立つのだ。振り向くことも、立ち止まることさえできない恐怖にいつも一人で怯えていた。
ある日、一匹の蛇がやってきた。
「そんなに怯えてしまって可哀相に。どうだい、僕が君を守ってあげるよ。」
蛇は赤い舌を突き出してにっこり笑うと、その人の腹に巻き付いた。
「ほら、これでもう大丈夫だよ。」
なるほど、その日から黒い恐怖に怯えることはなくなった。安らかな日々が訪れた。
しかししばらく経つと、またその人は恐怖の影を見るようになった。
蛇はいつでも、腹にいた。
ある日、一羽の鳩が飛んで来た。怯えているその人を見て、鳩はこういった。
「そんなに怯えてしまうのは、そのお腹の蛇のせいよ。」
その人はとても驚いた。蛇はいつもとても親切で、心強かったのだ。
「どうしてだい、僕はこの人を守っているんだよ。」
蛇は怒って鳩に反論した。
「蛇なんかじゃなく私があなたの恐怖を忘れさせてあげる。」
蛇と鳩とは、とうとう争い出してしまった。困ったその人は、自分の目の届く、けれども最も遠いところに一匹と一羽を離しておくことにした。そこで、一羽の鳩を頭の上に乗せ、一匹の蛇を足に巻いた。
一羽の鳩と一匹の蛇のおかげで、その人はまた安らかな日々を過ごすようになった。
けれども、ふとある恐怖に襲われることがある。そんなときその人は、逆立ちをしてみるのだ。