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第二十八話・面倒な私

 「じゃあ聞くけれど、私はあの当時ただただ大人しく甘んじて虐めを受けておいたらよかったと、そう言っているの?」


 そうは言っていないよと私を宥める本間君の前に、私はドン、とジョッキを叩きつけた。


 「陽子ちゃん、次何にする?」

 「おっきなみかんのやつ」


 正面に座る花ちゃんから聞かれたので答えると、花ちゃんは可愛らしくピッと腕を伸ばし、日向夏サワーを注文した。ついでにと、高ノ宮君が焼き鳥の串を幾つか頼む。


 「どうしたら良かったのよ? 私が優秀な子供だったことはどうしようもないし、私だって頑張ったの。皆にノート取らせてあげたりもしたし、面倒だけれど休日一緒に遊んであげたりもしたわ」

 「それ、楽しかった?」

 「びっくりするくらいつまらなかったわ」


 本間君の質問に、正直に答えるとだろうなあ、という答えが返って来た。そういうの結構わかるし、そういう奴いるとテンション下がるよな。と、高ノ宮君が本間君に言う。分かる分かると、本間君が笑って答えた。何よ。だったら私は仕方なく付き合ってあげて、無駄にした一日でクラスメイトからの評価を下げていたということ? とんでもなく不毛な時間だったのね。


 本間君に抱き着いてひとしきり泣いた後、私は瞬間的に何もかもがどうでもよくなった。どんな身持ちの硬い女性にでも、ゆきずりで身体を許してしまうような、自暴自棄になる日は必ずあるというけれど、私にとっては正にこの日この瞬間がそれにあたっただろう。


 暫くの間弱音を吐いた私は、それから何もしたくなくなり、暫く学校も休むし家からも出ない。バイトもさぼってやると本間君に宣言した。それは困ると本間君が慌てたので、困るなら何とかしなさいと、無茶な要求をした結果今に至る。


 本間君は、私を落ち着かせつつ一旦私のアパートへ一緒に向かった。その間に花ちゃんと高ノ宮君を呼び、久しぶりに四人で何か作ろうと提案。それすら面倒臭いからやりたくないと駄々をこねた私のせいで、今度は近くの居酒屋に行こうという話になった。私はその時になって尚、着替えてからもう一度出かけるのが面倒臭いと我儘を言ったのだけれど、着替えは必要ない、下にタクシーを用意するから歩く必要もないと本間君が手回しをしてくれたお陰で、何とかここまで辿り着いた。面倒臭い我儘女であることは私自身が誰よりも承知している。たまにはいいじゃないと開き直りたい気分なのだ。今日は。


 「……私が悪かったのよ」

 「いや、初瀬倉さんは悪くないよ」

 「何が分かるのよ、私が悪かったって、私が言っているじゃないの」


 私の事をフォローしてくれている本間君に噛みつく私。こんなに理不尽な真似をしているというのに、本間君はごめんごめんと私に謝って来る。


 「初瀬倉さんだけが、悪い訳じゃないよ」

 言い方を変えて、もう一度フォローされた。仏頂面で、唇を尖らせて本間君を睨み付ける。本当は嬉しかった。本間君はいつだって私に優しい。


 「初瀬倉さんだってまだ子供で、一生懸命頑張ってたんだよ。自分の事が一番かわいいのは誰だって同じだから、だから、初瀬倉さんは悪くないよ」

 「でも……あんなに酷いことをする必要はなかったわ」

 「それも含めて、初瀬倉さんだけが悪い訳じゃないよ。初瀬倉さんを便利に利用していた人がいたのはきっと事実なんだろうし、彼女達にだって悪い所は沢山ある」

 「まあ、実際その時の事があるから俺達の大学受験が上手くいった、みたいなところはあるよな」


 店員さんが持ってきた日向夏サワーを私の前に置き、ついでに私が空にしたジョッキと、幾つかの空いたお皿を店員さんに手渡す高ノ宮君。手早く動きながらの言葉に、そうだねと本間君が答えた。


 「今更当たり前の事だけど、初瀬倉さんは賢いから、そこで色々考えたんだと思うよ。さっきは」


 言いかけて、本間君がジンジャーエールをぐいと飲み干した。高ノ宮君は持ってこられたばかりのお肉を串から外し、串は串入れようの筒に放り込む。


 「さっきは何よ?」

 「さっきは『自分でも嫌になるくらい良心が痛まなかったのよ』なんて言ってたけどさ、そんな自分について沢山考えて、そんなことじゃあいけないって反省をしてたんじゃないかな? 実際、今日は随分傷ついてたみたいだし」


 本間君の言葉に、そうだねえと花ちゃん。串を外して、手を動かす必要がなくなった高ノ宮君の腕にギュッと抱き着くようにしながら鶏肉を食べている。羨ましい。私も本間君にそうしたい。


 「そりゃあ、考えもするわよ……」


 落ち込んで、俯くと何故だか三人が笑った。花ちゃんがぐっと体を伸ばし、私の頭を乱暴に撫でた。それに続いて高ノ宮君と本間君も同じように頭を撫でて来たので、本間君に対しては頭を押付けて椅子から押し出してやった。


 「偶には落ち込んだらいいよ、陽子ちゃんもさ」

 「最近私はしょっちゅう落ち込んでる気がするさ」

 「それでも良いよ。落ち込んだって、僕たちがいるもの。僕も助けてもらったし、何かあったって、笑い話に出来るよ。生きてる限りはさ」


 飾らない本間君の、珍しくちょっと説教じみた言葉。その最後の一言にハッとして、私は思わず本間君の顔を見た。同じように花ちゃんもちょっと驚いた表情で本間君を見ていた。本間君は落ち込んだ様子ではなく、昔、高校時代のような朗らかな笑顔を浮かべていた。


 「そうだな。生きてりゃ何とでもなる。四人で集まって酒飲めるしな」


 高ノ宮君が言うと、本間君がうんと答えた。何だかそれだけで全てを理解しあっているかのような、実に男の子らしいやり取りだった。少し羨ましい。


 「何だか、悔しいわね」

 「え、何が?」

 「本間君が私より大人になってしまったわ」


 本当は、本間君が大人な人だということくらいとっくに分かっていたけれど、けれどこの日の私は殊更に本間君に絡んだ。絡みたかった。本当は、甘えていた。だけれど。


 「最近随分と良い調子なのはとても良いことだと思うけれど、本間君覚えている? もうすぐ学園祭よ。ちゃんと歌の練習はしてる?」


 私が無理やり押し込んだカラオケ大会に、結局本間君は出場してくれることになった。当初の予定よりも出場者数が増え、最早本間君が無理に賑やかしをする必要などなかったのに。


 「練習は、してないけど」

 「駄目じゃない。けど、何よ?」

 「曲は全部覚えたから、明日本番でも歌うことは出来るよ」


 人数が増えたカラオケ大会は、勝ち抜きのトーナメントにすると時間が足りなくなるからと、午前中に予選を行い、機械の採点でグループ上位だった人達八人による決勝トーナメントが行われることになった。準決勝は観客の投票、決勝は審査員の採点。


 「それじゃあ駄目よ。必ず準優勝してくれないと」

 本間君の頬を抓りながら私は言う。本間君は抵抗せず、準優勝? と質問してきた。


 「ランドのペアチケットなのよ」

 商品は、実行委員の先輩たちが決めていた。一位は伊豆の旅館にペアの宿泊券だけれど、私は伊豆よりも夢の国に行きたい。


 「何が何でも決勝まで勝ち抜いて、そして決勝戦で飼え歌を歌ってウケを取りつつ準優勝しなければ駄目よ」

 「そんな無茶な」


 呆れて笑う本間君に、私は必ず準優勝しますと言いなさい、と強要した。本間君は全力を尽くすよとは言ってくれたけれど準優勝するとは言ってくれなかった。仕方なく、私は日向夏サワーを飲み干してふうー、と息を吐いた。


 「陽子ちゃん次何飲むー?」

 「花、お前あんまり飲ませるなよ」

 「私、さっきのあの、甘い牛乳のやつ」

 「カルアミルクね。わかったー」

 「カルアミルクってお前、結構強いぞ」

 「何で知ってるの? ター君こういうの飲むっけ?」

 「悪い男が女の子酔わせるのによく使う酒なんだよ」

 「何でそんなこと知ってるの? そういうことするの?」


 私がアルコールの力によって前後不覚に陥っていると、いつの間にか高ノ宮君が花ちゃんに問い詰められるという状況に追い込まれていた。若干笑い上戸の気がある私はその様子を見て大いに笑い、それから先のことは余り覚えていない。翌朝は、私のベッドの上で花ちゃんと抱きしめ合うように眠っていた。


 自分がどれだけ成長したか、何がどう変わったか、などということについて、しっかりと実感を持てることなど余りないけれど、私にとって、中学生の頃と大学生の今とで、明らかに変わった点が一つある。友達が出来た。


 学校は良い友達を作ることだ。勉強が出来るかどうかなどよりも、一生の友人を作れるかどうかの方が大切である。こんな言葉は誰でもが知っていて、誰にでも言える言葉であるからこそ、聞いても皆どこか白けてしまうけれど、けれど本当の事だと思う。


 私はまた失敗を重ね、そしていつものように落ち込んだりもしたけれど、今までのように、ただ自分の事を嫌いになってしまったり、斜に構えて世の中を馬鹿にするようなことはせずに済んだ。三人のお陰だった。


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