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第二十二話・春休み

 「色んな人がいるものね」

 「何かいきなりだなあ。いつものことだけど」


 大学の授業が無くなり、大学生が思い思いに自分が思う通りに行動出来る、或いはだらけられる一月から三月。その三分の二が終ったある日の午後、私は高ノ宮君と話をしていた。


 「花ちゃんから教えを受けて、私なりに自分を成長させようと行動してみたのよ」

 「花から初瀬倉さんが教えを受けるって状況が既にギャグに見えてしょうがない」


 特に話のオチ等を考えることなく、思った事を話そうとすると、同じく思い浮かんだ正直な感想をそのまま述べた高ノ宮君が笑った。この日、私と高ノ宮君は時間の都合が合致し、大学で文化祭に向けての仕事に従事した。


生徒のいない大学構内はひっそりとしていて、それでいて普段よりも一つ敷居が高く見えた。それは即ち大学のにぎやかさも、敷居の低さも、共に学生がいてこそのものだと私が無意識に感じていることの証左。前者はともかくとして、後者については良いことか悪いことかは何とも言い難い。過ごしやすさで言えば、この時期の大学の方が私は過ごしやすい。私達学生が冬季や夏季に長い時間休めるからと言って職員の方々が休んでいる筈もなく、調べてから大学に向かえば普段忙しい教授方々とのアポイントメントも比較的取り易い。


「まあ、確かに携帯もスマホも持ってない人がいるとは思っていなかったけど」

「それは、確かにそれにも驚いたけれど今はその話をしようと思った訳ではないの」


私達は丁度、今のご時世に携帯出来る通信機器の類を一切所持しておらず、纏まった時間会話することが極めて難しいとされている助教授との会話を終えた帰りだった。丁度時間も良い頃合いだからと、私達は帰りに学食で食事をとることにし、現在私はパスタを、高ノ宮君はカレーを食べている。


 「高ノ宮君は嫌いな人っている?」

 真っ赤に着色されたタラコが乗ったスパゲッティを混ぜ、フォークでクルクルとしながら聞く。


 「そりゃあいるよ。ユーダイじゃあるまいし」


私が一口眼を食べ終えるよりも先にカレーの半分を平らげてしまった高ノ宮君は水でカレーを飲み下してから答えた。


 「そうね。彼は確かに嫌いな人いなさそうだわ」


 言いながら、今度は二人で顔を見合わせて笑った。例えばどんな人? と質問を重ねると、そうだなあと言い、考えるそぶりを見せる高ノ宮君。そうして話をしている間に私も少しくらい食事を進めようと考え、普段よりも多めに麺を巻き付けたのだけれどすぐさま『急がないで良いよ。まだ時間あるし』と言われてしまう。彼を待たせないようにという私の気遣いを先読みしての気遣い。コミュニケーション能力や集団に適応する力という意味において、野球は確実に高ノ宮君の力を高めてくれたのだろう。


 「ウジウジした奴とか、暗い奴が嫌いだと思ってたんだけど、最近ちょっと変わったな。変わったっていうか、ユーダイ見て気が付いた。ユーダイも、基本は暗い奴だから。俺は、何かのせいにしてるやつが嫌いだ」


 ユーダイも基本は暗い奴。という点において私は頷き、そしてその後の言葉に興味をそそられた。今の状況ではしょうがないことだとしても、そうでない時ですら、本間君は色々と思い悩む。それをウジウジしているとか、暗いとか表現することは間違っていない。そしてそれらは、本間君にとっての欠点ではなく寧ろ美点だと、私は思っている。今の口ぶりからすると高ノ宮君にとってもそうなのだろう。


 「野球が下手とかは別にいいんだ。野球がしたいなら。野球がしたくて、わざわざ野球部に入って、それで上手くなる気も無くて、それでいてレギュラーの奴を羨ましいって思ってる。そんな奴が案外多くて、じゃあとっとと辞めて好きなことやれよ。っておもうんだけど、それも特にない。ただ惰性で、勝手に劣等感作ってるような連中が、俺は嫌いだったな。怒鳴りつけたこともあるし、手が出そうになって止められたこともある」

 「誰にでも好かれるキャプテンだと思っていたけれど、そういうこともあるのね」


 高ノ宮が話をしている間にパスタを一口分食べた私は、小さく何度か頷きつつ言った。そりゃあ、と高ノ宮が答える。


 「俺だって必死に練習してレギュラー取った訳だしなあ。手に豆も出来てないような奴に『お前はセンスがあっていいな』とか、『先輩みたいに努力が苦痛じゃない人は良いですよね』とか言われたら腹も立つよ。明らかに俺よりセンスがある奴なんていっぱいいたし、努力するの大変だし」

 「ちょっと安心したわ」


 そういう、分かり合えそうにない相手とも上手く折り合いを付けながら今日まで生きて来たのが高ノ宮君という男の子だと思っていた。高ノ宮君の怒りは尤もだと思うけれど、同時に強者の理論という感じもする。私が小学校や中学校でしてしまったように、高ノ宮君も又、集団生活において沢山の失敗を積み重ねて今日に至っている。


 「俺は元々短気だから」


 恥ずかしそうに頭を掻きながら言う高ノ宮君。その高ノ宮君に、今そういう人にあったらどうするのと聞いてみた。何もしないという答えが返って来た。それが花ちゃんだったとしても? と聞いても何もしないという答えは変わらなかった。


 「昔は、そういう奴集めて説教したりもしたんだ。大体の奴は『心を入れ替えます』みたいな事を言って、残りの奴には『何で怒られてるのか分からない』みたいな顔されて、結局何も変わらなかった」

 「後者はともかく、前者の子達には意味があったんじゃないの?」


 私が聞いたのと同時に、高ノ宮君が立ち上がった。ポーズなんだよな、と、それだけではどういう意味なのか分からない言葉を言いおいて、付け合わせで取り放題の御漬物が並んでいるカウンターに向かい、沢庵と福神漬け、それとらっきょうを持ってきた。どうやら大盛りにしたご飯が余ってしまったようだ。


 「ポーズ、っていうのはどういうこと?」

 「『反省しました』っていうポーズなんだよ。その時は本気で反省してるのかもしれないけど、そいつらのモチベーションは『変わりたい』じゃなくて『怒られないようになりたい』だから、それっぽい様子見せたらおしまいで、やる気も一週間で元に戻る。俺の経験だと『自分これから変わります』的な事をわざわざ言って来た奴から順に元通りになる。その時の言葉が大仰なら大仰な分だけ早い」


 話を聞きながら、昔本で読んだ知識を思い出した。目標や夢は人に語ると達成できなくなる。という話だ。口に出して語ることで、脳はそれを達成した時の快感を想像して快楽物質を分泌する。すると、あたかもすでに達成したものだと勘違いしてしまう。結果、そこで満足し努力をしなくなる。だそうだ。


 「だから俺はそういう奴を見た時何もしない。ただ自分は一生懸命頑張る。俺の後姿を見て、『自分もこうなりたい』って思う奴が一人でも増えてくれる事を信じて頑張る。花にも弱いところは沢山あるけど、あいつは俺のことを真っすぐ見てくれるから、俺が側にいることで成長してくれればいいな。って考えてるよ」

 「抜群に格好良いわね」


 昔話の中の高ノ宮君にはまだ未熟さが見え隠れしていたのに、現在の高ノ宮君は成長著しく、見事な男ぶりだ。立場が人を、高ノ宮君を育てて来たのだろうなあと感心する。


 「で?」


 こんなに格好良い高ノ宮君にちっとも惚れてしまわない理由は何だろう。と、約体もないことなどを考えていると、短く質問をされた。質問を質問で返すことは愚の骨頂ではあるけれど、『で?』の意味がくみ取れなかったので、どういうことかを問う。


 「初瀬倉さんが嫌いな奴って、どんな奴?」


 誕生日がいつなのか質問してくる人は、同じ質問をして欲しい人、即ち誕生日が近い人。同じように、その質問をした人はその話をしたがっている。そんな心理を、恐らく誰かに倣う訳でなく経験から学んできたのであろう高ノ宮君は、私に自分が足りをする機会をくれた。有難いことであるし、男子力の高いことでもあったけれど、この時に限って言えば私は既に高ノ宮君の言葉で十分に良い話が出来たと思っていたし、満足ではあった。


 「……靴下って、何故か片方だけ無くなるわよね」


 とはいえ折角機会をくれたのだから別にいいわと流すのは失礼にあたる。私は少し間を開けてから、突拍子もない質問をした。当然、高ノ宮君はこの質問の意図など分かっていない筈だけれど、暫く自分で考え、分からないと答えた。


 「確かに片方だけ無くなるけど、考えたことも無かったな」

 「一応、定説とされている答えがあるわ。両方なくしたら気が付かない。片方を無くした時だけ、なくしたことに気が付くから」


 言うと、高ノ宮君が成程と頷いた。言われてみればその通りだと、私もこの話を始めて聞いた時には感心したし納得もした。


 「この知識を、訳知り顔で語るような人が、私は嫌いなのよ」

 「また、なんか面白そうな、引きの強い語り口だなあ」


 言いながら、高ノ宮君が笑い、水を飲み干した。私は空になった高ノ宮君のコップとまだ少し残っている自分のコップを持って立ち上がり、ウォーターサーバーに向かった。こういうことはいつも気が付くと高ノ宮君が行ってくれる。だから先に気が付けた時には有無を言わさず動こうと心に決めている。


 「ありがとう」

 「どういたしまして」


 喉は乾いていなかったけれど、ほんの少し水で口を濡らして、話を始める。


 「この話を訳知り顔、得意顔で人に語って聞かせる人間って、自分で発見したわけでもないことを、あたかも自分の手柄のように語るのよ。そこに自分なりの考察や疑問や発展を加えることは絶対にしないくせに」

 「ドヤ顔が過ぎる奴はいるよ。特に男は。誰が相手でもマウント取る奴。敵わない相手がいると、そいつと仲がいい自分を自慢し始めるから、鬱陶しいとは思うよな」

 「そうなの、鬱陶しいのよ」


 花ちゃんに言われて、私はここのところ一緒に作業をする文化祭実行委員の人達と食事をしたり、カラオケに行ってみたり、構内で出会ったらほんの僅かでも会話をしてみたりと、積極的にコミュニケーションを取ろうとしている。結果として、男の子の中には何ともそういった訳知り顔の知ったかぶりが多い事に気が付き、大袈裟に言えば少々の諦観すら抱き始めた。


 「本間君が顕著だけれど、彼って分からないことを本当に『分からない』って言うし、出来ないことを恥ずかしそうにしながらも隠さないでしょう?」

 「あいつの良いところだ。俺は知ったかぶりするし、出来る振りして見栄張る事が多い」

 「高ノ宮君は立派な人だわ」


 断言しつつ、私は自分が知ったかぶっていることや見栄を張っていることにすら気が付かずにいる人が気持ち悪い。と続けた。シンプルに、成程。と返事された。


 「高ノ宮君と本間君、それと木口先輩。この三人は教官も出来るし尊敬しているわ。だからもっといろいろな人に出会ってみよう。と思ったのだけれど、今度は逆に、下らないと思ってしまう人が多くて」

 「それで、色んな人がいるものね? ってことか」


 バツが悪そうに、高ノ宮君が頭を掻きつつ頷いた。その様子が何だか、言うべきか黙るべきか悩んでいる様子だったので、どうぞ、と言いながら手を向けてみる。


 「それは何ていうか、格好つけてるんだよ。初瀬倉さんの前だから」

 「格好つけて、あんなに格好悪い事をするの?」

 「それが格好良いと勘違いしてるってことだろ。初瀬倉頭良いから、自分も賢い人間だってアピールしたいんだ。悪気はない。というか好意がある。ってことだよ」


 言いながら、何か心当たりでもあるのか、更に気恥ずかしそうにする高ノ宮君。


 「誰か、初瀬倉さんの前で格好付けないで話する男と話をしてみたらいいんじゃないか。って言っても、そんな奴いないか。既婚者で恋愛対象外のおっさんに知り合いとかいればいいんだけどな」

 「そんなの、父親くらいしかいないわ」

 「父親なんて世界で一番格好つけるだろ」


 その父親とも、喧嘩してしまったけれど、とオチを付けようとしていたら、即座に言い返されてしまった。そうなの? と問うと間違いなくと返される。娘なんていないだろうに断定的だ。


 「じゃあお父さん私の前で格好付けて、私に色々言われて傷ついたのかしらね?」

 「話聞く限り、その状況で何も思わないような奴は親じゃないよ。俺だったら暫く落ち込む」

 「それならいい気味ね」

 「またそういう事を言う」


 そんな、春休み中におけるある一日の出来事だった。


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