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第十四話・友達だもん

 「陽子ちゃん真面目だね」

 笑われた。前の日に本間君と話をして思った事を話した時の事。


 「ていうか陽子ちゃんは立派じゃない。皆自分の事だってちゃんと考えられてないのに、お父さんお母さんの事を考えてるんでしょ?」

 「両親の事を考えてる訳じゃないのよ、両親に何も言われないようにしているだけ」

 「おんなじでしょそれ」


 モチベーションが全く違うと思ったけれど花ちゃんに確信を持って言い切られてしまうと反論し辛い。親の為に、自分の為に、私は私が少しでも嫌いじゃない方向へ進もうとしている。


 「私は……私、これをしたい。とかこうなりたい。って確信を持てるものの為に努力をしてみたいと思ったのよね」


 これまでは、嫌な方向から積極的に逃げるという方法でしか行動を、将来を決めてきていなかった。そして、もうじき高校生を止める今になって尚そんなことを考えている自分が嫌になった。


 「そんな立派なことをちゃんと出来てる人、私が知ってるのター君くらいしかいないよ」


 私は真剣に、少々の焦りすら抱きつつ花ちゃんに相談したのだけれど、花ちゃんは少しの憂いも無く、コロコロと笑いながら言った。言われて、確かに少ない事に気が付いた。友達が少ないせいもあるけれど、私の知っている人間の中にも高ノ宮君以外に、私が言った条件に該当する人はいなかった。

 高ノ宮君の人生目標は分かりやすい。生活の中心に野球があって、プロ野球選手になる夢を追いかけて頑張っている。


 「この間はねぇ、高校生の内野手がドラフトにかかるのは凄く難しいんだって話をしてたよ」

 「話の腰を折るようだけれど、内野手とドラフトって何?」


 聞き覚えの無い言葉を聞いて質問をすると少し驚かれた。簡単な単語らしい。


 「えっと、ベースって分かる?」

 「一塁と二塁と三塁よね? 走り回っている人達の安全地帯」

 「あとホームもだけど、そう。その周りを守ってる人達を纏めて内野って言うの」

 「へぇ、初めて聞いたわ。ドッチボールでの内野とは結構違うのね。ドラフトというのは? 何を選抜するの?」

 「英単語の意味は知ってるのに、ドラフト会議の意味は分からないんだね……あのー、日本中の野球をしてる人達を選抜して、ウチのチームに来て下さいって話をする会議があるの、一位から順に」

 「ああ、成る程。高校生も大学生も平等に欲しい人順に取って行くという訳ね。守る場所がそれぞれ違うから、内野、という場所を守る人はその他の場所を守ったり、投げたりする人と比べて高校生で指名してもらうのは難しいと言う事を意味する訳ね。理解したわ」

 「理解するの早いなぁ。私この話ター君に教えてもらっても分かるようになるまでに結構時間かかったけど」


 でもそう、と言われて、内野手がドラフト指名されて一年目から一軍になるのが難しい理由の話をされた。投手と違って一人レギュラーがいればいい野手はチームで一番。それもプロになれる人達の中で一番になれなければ活躍のチャンスを与えて貰えない。育成しても将来性は確実ではないし力がついたところで移籍されてしまうかもしれない。ならば大学や社会人野球の経験がある選手を取った方がチームとしても即戦力が期待出来るのだそうだ。私は投手、野手、社会人野球について質問をして、それぞれ何で知らないの? と驚かれた。


 「こういうところがあるのよね、私は」


 説明をしてもらってしかし、私は花ちゃんの話ではなく自分が感じた話を始めてしまう。良くない癖だ。


 「勉強ばかりしてきて、嫌な事をして来なかったから時々基本的な一般常識すら無い事が分かってしまうの。社会人になって仕事をしながら野球をしている人達がいて、しかも全国的な大会まであるだなんて想像した事も無かったわ」

 「いやまあ、社会人野球は私もよくわかってないよ。ター君だって野球しかして来なかった人だからたまに天然だったりするし」


 慰めてくれた。何故だろう、花ちゃんに慰められると逆に少し泣きたくなる。


 「良いわ、私に常識が無いのは今どうしようもない事だもの。これからは新聞のスポーツ欄も欠かさず読むことにします。それより話を戻しましょう。高ノ宮君は、自分の将来を考えているのよね」

 「あ、うん。ドラフトにかかったらそれは嬉しいけど、無理だって分かってるから大学に行くんだって。そこで力をつけて、それでも駄目だったら安易に社会人野球って考えないで、野球に携われる事、道具を売ったり、どこかでコーチをしたり、そんな道を探るのも良いよな。だって」


 途中からは、ちょっと自慢するような口調だった。しかしそう思うのも無理の無い事で、確かに立派なことを言っていると思う。ミュージシャンになりたい。と言っている人が語る夢とは明らかに異なっているところは、その夢が地に脚がついていて、話を聞いていても彼なら出来るだろうと想像が出来るところ。


 「そうやって好きな事を見付けられた人は幸せよね」

 「そうだよね、私もそう思う。大変そうだけど」


 大変そうだけど。という一言に実感が籠っていた。高ノ宮君を近くで見ていると、色々思うのかもしれない。たしかに、それほど一生懸命になっている物事で自分よりも上の人が数え切れない程いて、どれほど努力しても目標に到達出来ないかもしれない。というのはとても厳しい。


 「花ちゃんには迷いは無かったの?」

 「何が?」

 「高校受験の時よ」


 本間君から話を聞いて一つ、分かった事がある。花ちゃんが今ここにいる理由。


 「高ノ宮君を追いかけてこの高校に入ったのでしょう?」

 花ちゃんが真っ赤になった。可愛いな。と思う。こういうところ、私には無い女の子らしさだ。


 「な、無かったかな、好きな人がいるから、勉強したい。って言ったらお兄ちゃんが勉強教えてくれたし」

 「素晴らしいお兄さんね、妹の恋の為に自分の時間を割いて勉強を教えてくれるだなんて。お兄さんお幾つ?」

 「五歳年上だから、今就職活動してるよ」


 花ちゃんの家の家族仲が異様な程に良い、というのは知っていたけれどそんな相談をしてしまう当時中学三年生の妹と、心良く勉強を教える当時大学二年生の兄。絵に描いたような仲良し兄妹の図。イメージだけど、しっかり者な気がする。しっかり者の兄と、甘え上手な妹。花ちゃんが五歳年下の妹だったらそれはそれは可愛いだろう。私が兄でも可愛がる。


 「それでちゃんと意中の相手を捕まえるところが花ちゃんの凄いところよね」

 花ちゃんはずっと照れていたけれど、頷いて、ありがとうと、陽子ちゃんのお陰だと、そう言ってくれた。


 「でも、私もそうね。まずはその辺りから始めるしかない気がするわ」

 やりたい事。なりたい自分。好きなもの。大好きな、人。結局そういったところから探っていくしかない。


 「私が今積極的に好きだって思える自分は、本間君の事を好きになれたってところくらいだから……あ」


 言ってから、しまった、という思いと、それとは別に何かが軽くなるような感覚が同時に駆け巡った。一瞬後に、それはすぐに後者が勝利を収め、それから、どうしてもっと早く言ってしまわなかったのだろうかという後悔に変わった。そして、



 「えへへ」



 その日一番嬉しそうな笑顔で花ちゃんが笑った。


 「良かった、ようやく教えてもらえた」

 花ちゃんは驚いていなかった。時々見せる、母性に満ちた優しい笑みで私に近寄り、少し頭を撫でてくれた。


 「気が付いていたの?」

 「気が付いてたよ。友達だもん」


 ね? と言われ、今度は軽く抱きしめられた。いつか、私が使った言葉だ。


 「私は友達だと思ってるのに、陽子ちゃん話してくれないから、私友達だと思われてないのかって不安だったよ」


 そんな訳無いじゃない。と、言いかけて止めた。以前、花ちゃんが高ノ宮君の事を好きと言った時にも、同じようなことを言われてしまった。だから


 「ごめんなさい、私、人に頼るのが苦手で、こういう話が出来る友達が出来た事が無かったから。これからも不安にさせてしまうと思うけれど、私は、花ちゃんの事を頼りにしているのよ」


 この言葉を言えるようになったのが、私の成長。花ちゃんがにっこり頷いて、私はその時またほんの少しだけ自分の事を好きになれた。


 「私、藤原さんに嫉妬してるわ」

 「うん」

 「あっという間に本間君の気持ちを持って行ってしまって、私に無いものを持っていて、それなのに、嫌いになれない。だから、嫉妬してるとしか言えないの。情けないけど」

 「そんな事無いよ」

 「勘だけれどね、二人は上手くいく気がするわ。それを臨んでる私がいるのも、本当なんだけれど、でも」

 「でも?」

 「それでも、ただの友達というだけでも、少しでも長く側にいたいと思う私は我が侭なのかしら」


 側に居たい。それだけの事を、私は願っていた。


 「そんな筈無いよ。私が同じ事してたの、陽子ちゃんは知ってるじゃない。私の事我が侭だって思う?」


 首を横に振った。そうでしょう、と言われて、そうねと答えて、少し黙ってから口を開いた。


 「きっと、近いうちに二人は付き合うようになって、私はそれを笑顔でおめでとうって言うわ」

 「うん」

 「でも、その後、きっと私泣いちゃうと思うから、その時は側にいてくれる?」


 言いながらもう、少し泣いていた。花ちゃんは私の倍くらい泣いて、抱きしめてくれた。

 本間君が藤原さんに二度目の告白をしたのは十二月二十六日の夜。二時間だけ会って、プレゼントを渡して、告白をした。返事は、私の受験が終わるまで待っていてくれますか? だったそうだ。


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