━━信頼の訳━━
コンコンコン、と三回扉をノックする音が、広々とした廊下に響き渡る。しかし、彼女らの主の部屋からは物音一つ立たない。
彼女━━デリシアは、反応がないのに不服ながらも、俯きながらその部屋を後にした。
メイド達四人と執事筆頭は、食卓をぐるりと囲んで座っている。
するとメイドの中の一人、ナーベルはその重苦しい口を静かに開く。
「あれから三日も飲まず食わずというのは不味いわね…いくらベリが亡…居なくなったからとは言え…」
「…わ、私もそう思います…。」
「確かに、このままでは少しばかり危険かと思われますね。」
エブリルはその白髪混じりの髭を擦りながらふぅ、と溜め息混じりながらも話す。
デリシアは俯き、膝に手を押し付けながら座って話しを聞く。
彼女もルシュフの気持ちは痛いほど分かる。しかし、彼女の中の本能がそれを応としない。
それは恐らく、彼女の過去の事もある所為でもあるのだろう。
彼女は固く閉じていた口を漸く開くと、震えながらも彼女らの方を向く。
「…で、でも、やっぱり私は、ルシュフ様に元に戻ってほしい…です…。」
それを聞いた他のメイド達は驚いた様な表情を浮かべると、直ぐににやける。
「なんか、デリが意見を言うなんて珍しいわね。」
「…確かに。」
「そ、そうかなぁ?」
彼女らはそれを聞くと、もう一度にやける。
「さぁ。結局は皆、ルシュフ様を助けたいってことで一致ね。でも、どうしたら良いかしら。」
「私はそう言うことには疎いもので、お力添えはできませんね。」
エブリルは肩を竦めると、デリシアが口を開く。
「い、いい案があるんですけど…。」
ルシュフはベッドの中で踞りながら布団を深く被る。
━━回りの人が居なくなるのは自分の所為だ━━。
彼女はそんなことを考えながら、もう何もする気が起きなくなっていた。
すると部屋の扉の奥から一人の男性と、四人のメイド達がいる気配を感じとる。
「ルシュフ様、暫く五人で買い物に出掛けます。お留守にするのでお手数ですが、ご訪問者のご歓迎をよろしくお願いいたします。」
なんで五人で行くのかには疑問が残ったが、彼女らはそそくさと行ってしまった。
暫くすると、ドンと言うような音が合う、鈍い音が玄関から響き渡る。
ルシュフはこんな時に本当に訪問者が来ることに、少しばかり怨念が沸いたが出迎えることとする。
「…すいません。準備を━━。」
「ルシュフ様、お誕生日おめでとうございます!」
彼女らが笑って出迎えるとルシュフは、漸く今日が自分の誕生日という事に気づく。
するとメイドの一人、アリナが後ろから背中を押してさあ、どうぞ、と言いながら庭に置いてある席に座らせる。
「ルシュフ様、こちらケーキです。皆で作りましたので、口に召されるなら幸いです。」
彼女がケーキを取り分けささ、どうぞ、とケーキを自分の目の前に置く。すると今まで出ることのなかった涙が目尻から零れだす。
「…でも、私は…私の所為であなたたちをこんなことに巻き込んでしまった…私は━━」
彼女は嗚咽しながら涙を地面で弾ませると、俯きながら続ける。
「━━私は、あなたたちに合わせる顔が…」
「大丈夫です。」
するとその言葉を聞いたルシュフは、長い耳を逆立たせる。
「なんでそんな簡単に認めるのよ!私があなたたちを、無駄にここにいれなくしてるの!どうして怒ってくれないのよ…。」
彼女は、メイド達が何も言ってくれない事に不満をぶつける。しかし、彼女達は微笑みながら表情を変えない。
「ルシュフ様、私達は誰一人として、ルシュフ様に不満を抱いてはおりません。」
ナーベルはそう言うと、隣にいるアリナもデリシアも頷いている。ルシュフは驚きながら聞き直す。
「…そんなの…綺麗事よ…。」
「き、綺麗事で悪いんですか…?」
突如、ナーベルの後ろに居たデリシアが口を開く。
「ベ、ベリラネムさんも他のメイド達も、みんなみんなき、綺麗事でルシュフ様を助けた…んだと思います━━。」
彼女は自分のメイド服をギュっと掴むと、叫び訴える。
「…だから、無駄に亡くなったとか言わないで下さい!」
ルシュフは大きく目を見開く。とたん、彼女は自分が大きな思い違いをしていることに気が付く。
━━そうか、私が無駄に彼女達を殺めてしまっていた訳じゃない━━。
━━彼女達は私を生かしてくれたんだ━━。
それがわかったルシュフはデリシアをしっかりと抱き締める。
「ごめんね…ほんとは私がしっかりしないといけないのに…ごめんね…。」
「だ、大丈夫です、ルシュフ様なら。み、皆信じています。」
ルシュフはそれを聞くと、自分の顔を叩いて気を引き締める。
「よし!じゃあまた私たちも活動を開始するわよ!」
彼女はケーキを口に頬張ると、その場に笑顔が息を吹き返した。