━━混乱は混乱を━━
まだ一部の部屋の掃除が終わっていないが、彼女たちは夕食の準備をそそくさと始めだす。メイド達はかなり大きめなキッチン━━と言うか厨房で、料理をすることとなる。
メイドの一人、ナーベル・ビクティニアは全メイドに命ずる。
「本日はコース料理をお出しします。アミューズは頭角牛のチーズを使ったブーシュを。オードブルは王国玉ねぎを使ったアントレ、それからオニオンスープ、甲羅蛙のポワソン、お口直しにキエーヌ蜜柑のシャーベット、そしてメインの蒼雷竜のステーキとラフィーのサラダを同時にお出しして、カッファソースをかけたアントルメ、クジュブをお出しして、最後にコーヒーと上砂糖のブティフールをお出しします。何か意見のある者。」
他の三人は、弾丸のような言葉をいつもの事のように精神を集中させて聞いた後に、何処かに穴がないか探る。十分に探り終わると、全員小さく頷いた。
彼女、ルシュフ・ヴァリッサは最も大きい浴場とされる、第一浴場へと来ていた。
メイド達に夕食の準備には時間がかかると言われたので、暇潰し程度に遠めの浴場に足を運んでいた。
ルシュフは洋服を脱ぎながら、エブリルの事を考える。彼がああなったのは、大体誰の所為かは予想がつく。
一人にしては広すぎる浴場で湯船に浸かる彼女は、水滴の落ちる音が響き渡るほど静かな浴場の中、独り呟く。
「………直接では無いにしろ、私も悪いことしちゃったかな…………。」
彼女は情けない思いと共に、今まで以上に父親に怒りが込み上げてくる。
「あの人さえいなければ━━」
「ルシュフ様…。お夕食のご用意が出来ました…。」
壁越しにメイドの一人である、アリナの声が反響する。それを期に、彼女は湯船から出るとはーい、今いきまーす。と答える。
食堂に着くと、そのテーブルの上には何も乗っていなかった。
他のメイド達も椅子に座っているので、不思議に思っていると、メイド長であるナーベルが料理を運ぶ。
「頭角牛のチーズでございます。」
「わぁ…すごい…。」
ルシュフは感嘆の声を上げるので精一杯だった。光沢のある黄色がかったゼリーのような物は、始めて見るが明らかに手間の懸かった物だ、と理解させてくれる。
彼女は一口をその小さな口に含むと、まるでおもちゃを買って貰った子供のような顔で、嬉しそうに食す。
コースが終わる頃には、ルシュフはメイド達と話し疲れて、椅子で眠ってしまった。
エブリルは机に顔を突っ伏したルシュフに山羊の皮で出来た、毛布を掛けると笑顔のまま御休みなさいませ、と呟いた。