━━裏切りの代償━━
藍色のイヤリングで一層美しさを増した彼女━━ルシュフ・ヴァリッサは、これからの生活に胸を弾ませながら馬車で、周りを取り囲むメイド達と話しをしている。
朗らかな雰囲気が立ち込める中、走行中にも関わらず扉を叩く音が聞こえる。隣に座る執事筆頭であるエブリルは、窓を開けると、警戒しながら外を覗き込む。
しかしその警戒も虚しく、外に居たのは馬車周辺を警戒する役割を振り当てられた、馬に乗った執事の一人だった。
「エブリル様。お楽しみの所、申し訳御座いません。」
「なんだベルベッド。もうすぐ着くのか?」
「………はい。それもそうなのですが━━」
彼は困ったような顔になると少し躊躇うが、すぐに続ける。
「━━ですが目の前を森が遮っているため、迂回しようか悩んでいる所存でございます。」
「なるほど………。」
執事筆頭である彼は、ルシュフの同行人有数の智者である為、馬車の進行ルートやお金の管理を全て任されている。
それは逆に言えば全責任を担っているとも言える。
戸惑うエブリルのことを、最初はその責任の為かとベルベッドは考えていた。エブリルは覚悟を決めたとばかりの形相を浮かべる。
「………それでは森をそのまま直進しましょう。時間は早い方がいい。」
「わ、わかりました。」
いつもなら論理的に物事を考えているエブリルの様子が変だと、ベルベッドは思いながらも受け答えする。
エブリルは指示を終え、ドアを閉めるとルシュフに見られていることに気がつくが、彼女は直ぐに目をそらしてしまう。
彼は老体ながらも、全身に冷や汗をかく。しかし、これから起こることを想像すると落ち着きを取り戻す。だが━━
これは本当に正しい事なのだろうか。
復讐などくだらないし、こんなことを家族は望むのだろうか。
ヴァリッサ家に仕えるメイドや執事は、全員が家族を消されるなんて最初は知らなかった。
戦闘の出来るように、上品な言葉使いのためにヴァリッサ家に雇われる者は皆、仕える前から訓練を受けている。
ここに来る者は殆どが貴族の娘か、息子でも次男か三男であるので、何かと親を殺されても訓練の成果もあってか、ここを新天地として認めているものは多かった。
しかし、エブリルは違う。彼は元々平民であり、通常では執事として仕えることは出来ない。
あの名家であるヴァリッサ家に彼が仕えられた理由━━そう。彼は平民ながらも強いものに憧れ、毎日魔法の練習を独自でしていた。その甲斐あってか、彼は自分の内に秘めた才能を開花させることに成功した。
しかし、彼には妻も子供もいる。いや、いたのだ。何故彼のなかで過去の事になっているのかは、言うまでもないだろう。
殺されたのだ。あの憎き主人に、情報の漏洩を恐れたと言う身勝手な理由で。
当時の彼は、主人であるデュースタッド・ヴァリッサとその娘、ルシュフをどちらも暗殺しようと目論んでいた。
しかし、彼女が家出することを聞き、老い耄れであるデュースタッドはいずれ死ぬだろうと思った彼は、娘であるルシュフにターゲットを移した。
だが彼は最近、ルシュフを復讐の相手にすることに自ら疑問符を浮かべていた。まあ、今更もう遅い。
彼が森を突っ切るよう指示したのは彼女らを盗賊を装い殺すためだ。だから今更彼が何をしようが何もかもが遅い。
エブリルは目頭を指先で擦ると、突如馬車が停車する。それは森のなかで、彼女らがエブリルの雇った暗殺舞台に囲まれたという合図だ。
エブリルは何が起こっているか分かりはしながらも、知らないふりをしてメイド達に警戒するよう呼び掛ける。すると遠くからこれでもかと言わんばかりの大きな声が轟く。
「ヴァリッサの者共、ここは全て包囲されている!今すぐ馬車を降りて大人しく膝まつけ!」
彼女達は何の戸惑いもなく馬車を降りる。すると周りを囲むのは五百を越える暗殺者だ。
彼らは馬車から降りるルシュフを確認すると、手始めに前方のメイド達に襲いかかる。
確かに個人個人では、彼ら戦闘メイドと執事は暗殺舞台を圧倒していた。しかしこの数では完全に押しきられるだろう、とエブリルは見ていた。ルシュフとその馬車に乗っていた者達は、そのメイド達に守られるようにして後方で身構えている。
勿論、エブリルもその中の一人だ。遂にルシュフと共にいた戦闘メイドも闘いに参加しに行くと、エブリルは覚悟を決める。
「やっぱり貴方だったのね━━エブリル」
彼女は後ろに殺気を感じ、振り替えるとエブリルが彼女に手を翳していた。