異世界に転生したから新たな人生を
「アルフレードの様子は?」
「相変わらずですわ」
若い夫婦が、数ヶ月前に生まれた我が子の事を話している。
俺の事だ。
え? 生後数ヶ月で、どうして大人みたいな自我が有るのかって?
それは、俺が前世の記憶を持ったまま転生したからさ!
しかも、この世界は地球じゃないらしい。
まさか、俺の身にこんな事が起きるなんてな。
それにしても、早くおむつから解放されたいぜ。
そういうプレイの趣味は無いって言うのに、赤ん坊からスタートとか酷くね?
まあ、前世の俺より若くて美人のエメラルダのおっぱいを、誰にも咎められる事無く吸えるのは、役得だよな。
そのエメラルダが魔法を使ったのを見たから、この世界が地球じゃないって判ったんだ。
で、それを知った俺は、毎日こっそり魔法を使う練習をしている。
子供の頃から魔力を空になるまで使うと魔力が増えるって、ネット小説で読んだ事が有るからな。
練習の甲斐あって魔力を消費出来るようになり、今では大分増えている。
このままいけば、歴史に名を残せるレベルになるんじゃないかな!
そうして、俺は三歳になった。
エリアナ姉さんのスカートを捲ってぼっこぼこにされたり、メイドに「わっ!」と声をかけて驚かせたりして、元気に過ごしている。
先日は、庭で魔法の練習をして、うっかり木を燃やしてしまったけれど、水魔法で消したので問題無し!
さて、今日もメイドを驚かそうかな?
辺りを見渡した俺は、階段を上がって来るメイドに気付き、廊下の角に隠れた。
「わっ!」
「キャア!」
階段を上りきったばかりの彼女は驚いて後退り、階段を転げ落ちてしまった。
「ヤバ!」
俺は慌てて回復魔法をかけ、悲鳴を聞いて駆けて来た使用人達に見付からないよう逃げた。
「ふぃ~。焦った~」
まさか、落ちるなんて思わなかった。
次から気を付けなきゃな。
数日後。
「アルフレード」
父であるクラウディオが、険しい顔で俺の部屋に現われた。
ヤベッ! 何かバレたかな?!
「客人だ。挨拶しなさい」
入って来た人物を見て、俺は驚きに目を見張った。
この屋敷の人間は、全員白人だ。
でも、彼女は黄色人種だった。
「日本人?」
俺は、何となくそんな気がして、うっかり口にしていた。
「間違いありません。男爵」
彼女もまた険しい顔を浮かべ、クラウディオにそう言った。
「そうか。やはり、息子は悪霊に取り憑かれていたか……!」
私の名は、寺野蓮華。
数年前に、気が付いたらこの異世界に転移していた日本人だ。
それ以前の記憶は曖昧なので、どういう経緯で転移したのかは分からない。
色々あって、悪魔祓い士として生計を立てるようになった私は、以前の依頼主に紹介された男爵の屋敷を訪れる事になった。
彼の息子アルフレード君に、生まれて間もない頃から違和感を感じていたらしい。
時が経つにつれ、それは違和感から不気味さに、そして、恐怖感へと変わったと言う。
幼い子供なのに、大人のようだと。
教えていないのに、魔法を使うと。
そして、……メイドを突き落として殺したと。
実際にアルフレード君に会ってみると、大人の男が重なって見えた。
無関係な悪霊では無く彼の前世だが、悪霊には違いない。
彼は、私を見て「日本人?」と呟いた。
今回も、日本人の転生者か。
「生に対する執着を捨てなさい。貴方は死んだのよ」
私は、袋から魔石で作った数珠を取り出し、アルフレード君を囲んだ。
「な、何の事?」
「恍けても無駄。貴方は死んで生まれ変わったの。今の貴方に、その体を返しなさい」
「俺はアルフレードだ! 前世の記憶が有るだけで」
「前世の貴方には眠って貰う」
私が力を込めると、魔石が光りだした。
「止めろ! 俺は新しい人生を歩むんだ!」
光が治まると、アルフレード君はクタリと倒れ込んだ。
「終わりました。もう大丈夫です」
「本当か!」
男爵は喜色を浮かべたが、直ぐに表情を曇らせた。
「しかし、もっと早く手を打つべきだった。アルフレードは、もう……」
アルフレード君の精神は、ゼロ歳から成長していない。
今から正常に成長するかは判らない。
「この年であれだけの魔法が使えるほど魔力量が増えては、頭が悪くなってしまう」
「そうなのですか?」
私は、男爵の言葉に驚いて尋ねた。
体に負担がかかって弱くなると言うのなら解るが、頭に影響が出るなんて。
「ああ。必ずという訳ではないが、幼少期の多過ぎる魔力は、頭の成長を妨げるらしい」
学力が低下するのか? それとも、精神遅滞か?
「もっと早くに手を打っていれば……!」
「魔法で木を燃やすまでは、暫く様子を窺っても仕方のない事であったかと。ご自分を責められませんように。奥様にもそうお伝えください」
そう言えば、男爵には娘さんもいると聞いていた。
「お嬢様も混乱なさるでしょうから、お気にかけて頂ければと……」
「そうだ! エリアナは、悪霊を気に入っていたんだ! 娘は大丈夫なのか?」
お嬢さんは、予想通り悪霊に取り込まれていた。
これまでも、転生者の周りの人間――特に、異性――が取り込まれて、転生者を溺愛しているような言動を取っていた。
「この程度ならば、浄化すれば大丈夫です。もう二・三年後でしたら、完全に影響を取り去る事は難しかったでしょう」
「不幸中の幸いか……」
エリアナさんを浄化して謝礼を受け取った私は、男爵家を辞した。
今回は、暴れられずに済んで良かった。
この仕事は、割と命がけなのだ。
「アルフレード君、捨てられないと良いけれど……」
この世界は、障害者に優しくない。
定型発達ではないからと忌み嫌われて捨てられる位なら、あのままの方が良かったのだろうか?
一瞬迷いが生じたが、周りの人間が影響を受ける事を思い出して、迷いを振り払った。
少女の前世霊に、貴族の若い男性達が取り込まれて、婚約破棄・冤罪処刑未遂事件に発展した件。
少年の前世霊に、若い女性達が取り込まれて、純潔を奪われた件。
何れも関係者に深い爪痕を残した。
既に不幸になった人間がいるからと言って、更に不幸な人間が増えるような事態を放置しておく訳にはいかない。
私は改めて決意し、帰宅の途に就いた。