ユウカちゃんとマサトくん
きょうだいって良いな。
家族って良いな。
仲良きことは、美しいな。
ユウカちゃんは2歳半の女の子。
近所のお友達には、みんなお兄ちゃんやお姉ちゃんや弟や妹がいるのに、ユウカちゃんには、きょうだいがいません。
その事を、ユウカちゃんは寂しいと思っています。
ユウカちゃんのママが掃除機をかけていました。
「ママ、私、おそうじする」と、ユウカちゃんが言いました。
「有難う。じゃ、ママの真似して掃除してみてね」と、ママは言いました。
「うん」と、ユウカちゃんは、ママの真似をして掃除機をかけてみます。
「ユウカちゃん、上手だね。ユウカちゃん、弟か妹、欲しい?」とママが質問しました。
「うん、欲しい。だって、みんな、きょうだい、いるもん。私も欲しいよ」と、ユウカちゃん。
「ユウカちゃん。ママ、妊娠したのよ。もうすぐ弟か妹が生まれるよ。ユウカちゃんは、お姉ちゃんになるよ」とママ。
「やったぁ〜。嬉しい」とユウカちゃん。
ママのお腹は、どんどん大きくなっていきます。
ユウカちゃんは、わくわくします。
そして、しばらくした、ある晴れた日、
ママは病院で赤ちゃんを産みました。
赤ちゃんは男の子で、名前はマサトくんと名付けられました。
ユウカちゃんは、おじいちゃん、おばあちゃん、パパと一緒に病院にお見舞いに行きました。
その病院のガラス張りの部屋に、赤ちゃんが、いっぱい寝ていました。
「あれが、ユウカちゃんの弟のマサトくんだよ」とパパが、赤ちゃんを指さします。
けれど、ユウカちゃんには、どれなのか、よく、わかりません。
みんな、お猿さんみたいな顔で、みんな、同じ顔をしていて区別がつきません。
「みんな同じ顔してるね」とユウカちゃんが言うと、おじいちゃんもおじいちゃんもパパもアハハハと笑いました。
5日間でママと赤ちゃんは退院すると聞き、ユウカちゃんは、早くママとマサトくんと一緒に暮らしたいなぁ〜と思っていました。
けれど、ユウカちゃんはママが退院する日、おじいちゃんとおばあちゃんのお家に連れて行かされてしまいました。
「ママは出産したばかりで、体が、しんどい。1か月くらい安静にしておかなくてはならない。ママがユウカちゃんとマサトくんと二人も面倒をみるのは大変。だから、ユウカちゃんを預かる」と、急に、おじいちゃんとおばあちゃんが言ってきたのです。
ユウカちゃんは、早くパパに会いたいな、早くママに会いたいな、早くマサトくんに会いたいな、と思いながら、おじいちゃんとおばあちゃんの家で暮らしました。
1か月たって、神社でお宮参りをする日、ユウカちゃんは、やっとママとマサトくんに会う事が出来ました。
マサトくんは、生まれたばかりの時よりも、顔がふっくらとして、可愛くなっていました。
「お猿さんの顔じゃなくなった。人間の顔になってきたね」とユウカちゃんが言うと、おじいちゃん、おばあちゃん、ママ、パパが、アハハハと笑いました。マサトくんもニッコリしました。
ユウカちゃんは、やっとパパとママのいる家に帰ってくる事が出来ました。
マサトくんがいました。ちっちゃくて可愛い。
ユウカちゃんは、マサトくんに会えて嬉しいと思いました。
マサトくんは、よく泣きます。
ママは、オムツを替えてあげたり、おっぱいを口に含ませてあげたり、ミルクを作って哺乳瓶を口に入れてあげたり、抱っこしてあげたり、ヨシヨシと頭を撫でてあげたり、背中をさすってあげたり、マサトくんに、つきっきりです。
(あ〜あ、せっかくママに会えたのに、ママったらマサトくんばっかり可愛がってる)とユウカちゃんは、ちょっぴり、おもしろくありません。
けれど、泣いているマサトくんが泣き止んで笑顔になるのが、とても可愛いし、泣いているマサトくんを一瞬のうちに笑顔に変えてしまうママも、とても素晴らしいし、やっぱり、おじいちゃんとおばあちゃんのお家より、ママとマサトくんのいる、このお家が良い、とユウカちゃんは思うのでした。
ママが「今日は『燃えるゴミ』の日だから、マンションの下のゴミステーションにゴミを捨ててくるね。すぐ帰るから、ちょっと待っててね」と言って、エプロン姿のまま、家の外に出ていきました。
すると
マサトくんが泣き出しました。
ユウカちゃんがマサトくんの側に寄ります。
「マサトくん、臭い」
ユウカちゃんはママが、いつもマサトくんのオムツを替える様子を見ているので、
(私にも出来るはずだ、そしてママに誉めてもらうんだ)と思いました。
そして、見よう見まねで、マサトくんのオムツを脱がそうとしました。が、マサトくんは、ジッとしていません。足をバタバタさせて、腰をひねります。すると、布団がウンチまみれになってしまいました。
(上手にオムツを替えられたらママに誉められると思ったのに、布団をウンチまみれにしちゃったから、誉められるどころか怒られちゃう)
そう思うと、ユウカちゃんは、悲しくなってエーンエーンと泣いてしまいました。
そこへ
ママが帰ってきました。
「ただいま」
ママは、ウンチまみれになった布団、オムツを脱がされて下半身裸のマサトくん、そして泣きじゃくるユウカちゃんを見て、一瞬のうちに全てを悟ったようです。
「オムツ替えようとしたの。マサトが、動くから、うまくできなかったの」と泣きながら説明するユウカちゃん。
「ユウカちゃん、有難う。まだ3歳なのに、エライね。3歳で弟のオムツを替えてあげようと思う、その心が、すごくエライよ」とママが言ってくれました。
てっきり怒られるとばかり思っていたので、ユウカちゃんは、ちょっぴり嬉しくなって、泣き止みました。
「でもオムツを替えるのは3歳には難しいよね。だから、オムツを替えるお手伝いは、これからは、してくれなくても良いよ。もっと、違うお手伝いをしてもらおうかな」とママが言いました。
「うん、また違うお手伝いしてあげる」とユウカちゃんは、ニッコリしました。
ママは、ユウカちゃんの、このオムツ替えの一件を、色々な人々に、言いふらし、ユウカちゃんの自慢をしました。
パパ、おじいちゃん、おばあちゃん、近所の人々に、この話をする様子を、ユウカちゃんは横で、ジッと聞いています。
ママは、こう言うのです。
「3歳なのに、赤ちゃんのオムツを替えようとした。下の子が生まれると上の子はママを下の子に取られた気がして下の子に嫉妬して意地悪するケースが多い。それなのに、ユウカちゃんはマサトくんに意地悪するどころか、可愛がって面倒をみてあげてる。ユウカちゃんは、すごく良い子だ」
ユウカちゃんは、ママに誉められ、嬉しくて、ますます、マサトくんを可愛がって面倒をみてあげようと思うのでした。
年月は流れ、ユウカちゃんは小学校4年生、マサトくんは小学校1年生になりました。
マサトくんは大人しいので、いじめられないか、ちゃんとクラスに馴染めるか、ユウカちゃんは心配です。
ユウカちゃんは昼休みにマサトくんのクラスに行きました。
すると、悪い予感が当たっていたのです。
マサトくんの前に座っている男の子が、マサトくんの持っている真新しい鉛筆を
「これ、ちょうだい」と言って、前の席自分の筆箱に入れるのを目撃しました。
「ちょっと!何、してるのよ⁉︎」と、ユウカちゃんは、ツカツカとその男の子に近づいていき、その子の筆箱を取り上げ、それを開けて、鉛筆を取り返しました。
「マサトくんの事、おとなしいと思ってバカにしないでよ。おとなしくて自分より弱いと思うのなら、いじめるんじゃなくて、むしろ、手を差し伸べて、優しく助けてあげないとダメでしょ。弱い者イジメなんて人間のクズだよ。強きをくじき弱きを助け!って言うでしょ。他人の見本となるような生き方をしなくちゃダメだよ。アンタのした事は、泥棒だよ。自分が、されたら嫌な事を、他人にしたらダメなんだよ」
ユウカちゃんは、その男の子に教え諭すように言いました。それは、日頃、ママが言ってる台詞なのです。
「マサトくんを、2度とイジメないと誓いなさい」とユウカちゃん。
「はい、2度とイジメません」と男の子。
「マサトくんに、あやまりなさい」とユウカちゃん。
「はい、マサトくん、ごめんなさい」と男の子。
男の子が反省している様子だったので、ユウカちゃんは、マサトくんにピースサインをして、ニッコリしました。マサトくんも、ユウカちゃんを見て、ピースサインを返しニッコリしました。
マサトくんは、とても大人しくて、動作もゆっくりしていたので、パッと見には、頭が悪そうに見えるのですが、実は、賢いのです。
小学校入学と同時に実施された知能テスト、概念、図形、記号、思考、記憶の5分野では高得点をとり、なんと、知能指数188という結果が出たのです。
マサトくんは、頭の中では、思考し、言葉が渦巻いているのに、それを口に出さずにいたのでした。
「沈黙は金」
「能ある鷹は爪を隠す」
おじいちゃんから教えられた諺が、頭にこびりつき、
(黙って、アホなフリを、しておこう)
と、わざと、大人しくてボケ〜ッとしたフリをしていたのでした。
マサトくんは、無口ながらも、おじいちゃん、おばあちゃん、パパ、ママ、近所の人々、学校の先生、クラスメート、そして、お姉ちゃんのユウカちゃんetc、色々な人々の言動を、ジッと観察し、色々な事を考えていたのでした。
マサトくんは、世の中にイジメがあるのは何故か、世の中に差別があるのは何故か、世の中から戦争が無くならないのは何故か、色々、考えています。
自分の肌の色だけが綺麗だと思い込み、違う肌の色の人々を差別する人々。
自分の信じる宗教のみが最高だと思い込み、他の宗教を排除しようとする人々。
自分さえ良ければ他人はどうなっても良いと、他人を傷つける人々。
自国さえ良ければ他国ははどうなっても平気という残虐な心。
自国の領土を増やそうという欲。
そういう自分勝手で他人への優しさが欠如した時に、イジメや差別や人殺しや戦争が起こるのではあるまいか。
逆を言えば、他者への優しさや愛があれば、イジメや差別や人殺しや戦争は起こらないのではあるまいか。
優しさや愛。
それは、どこにある?
マサトくんは、お姉ちゃんのユウカちゃんの事を考えてみます。
優しさや愛。ユウカちゃんにはある。
マサトくんは、おじいちゃん、おばあちゃん、パパ、ママの事も思い浮かべてみます。
優しさや愛。おじいちゃん、おばあちゃん、パパ、ママにもある。
うちの家族には、優しさと愛がある。
けれど、よその家族を観察してみると、よそのお宅は仲良しな家族ばかりとは限らないようである。
一緒に暮らしてるからこそイライラしてしまう場合も、ありそうだ。
テキパキしたタイプの人は、ノロノロしたタイプの人にイライラする事が多そうだ。
動作が俊敏か、動作が緩慢か、人によって違うし、それは個性だと言えるのに、その個性を認めようとせず、自分とは異なった個性は排ようとする人。
もっと、みんな、寛容になれないものだろうか。
みんなみんな、世界中の人々が、寛容で愛に溢れて、他人に優しくできたなら、世界から戦争は消えて、世界は平和になるのではあるまいか。
マサトくんは、そんな風に、頭の中では、色々と考えていたのです。
そして、他人に優しく寛容になって、他人を愛する事ができる「惚れ薬」を研究開発できないだろうか、と真剣に考えていたのでした。
15年の年月が経ちました。
ユウカちゃんは24歳、マサトくんは21歳になりました。
ユウカちゃんは、K大の大学院生、マサトくんはK大の大学生になっていました。
ユウカちゃんとマサトくんは同じK大の研究室で新薬の研究開発をしていました。
そして
ユウカちゃんとマサトくんは、ついに「惚れ薬」を作る事に成功したのです!
その時、ユウカちゃんは同じ大学院生のワタルくんの事が好きになっていました。けれど、ワタルくんはユウカちゃんに興味なさそうでした。
そこで、ユウカちゃんは、マサトくんと共同開発した「惚れ薬」の効果を確かめるために、ワタルくんで実験してみようと思いました。
ユウカちゃんは、大学の中庭のベンチで、陽だまりの中、読書しているワタルくんに近づき、ワタルくんに向かって「惚れ薬」をシュッシュッと振りかけました。
すると、ワタルくんは
「ユウカちゃん、僕は君が好きだ。どうか、つきあってくれ」と言ったのです。
効果てき面。実験大成功です。
ユウカちゃんとマサトくんは、新薬の研究開発が大成功だった事に、手をとりあって、喜びました。
「惚れ薬」のバージョンを変化させよう、
異性の恋愛感情を誘発させる「惚れ薬」だけでなく、嫌いだと思っていた人を、寛容に受け入れて、険悪な空気を、和やかな空気に変える「優しくなる薬」を、ちゃんと作っていこう、それが出来たなら、それを大量生産して世界中にシュッシュッと振りまこう。
世界平和を目指して。
ユウカちゃんとマサトくんは、世界平和を夢見てニッコリと微笑み合うのでした。
現実離れした理想の「薬」が、本当に研究開発されれば良いなぁ〜と思っています。