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――......さて、これからどうしましょっか。
能力的に俺を呼び出せるだけのものを持っている。――召喚を無視する理由もない。
そう思ったから、俺にしては珍しく、普通に呼び出されてやったというのに......
状況は、非常に愉快なものだった。
人気のない街道で、召喚者であるハーフエルフのお嬢さんが品のない野盗の集団にぐるーりと囲まれている。――その数はざっと十数人。
そして......これがポイントだと思うけど、その場にいる皆さん全員の視線の席にいるのは俺で......
うーん......見世物になるのは平気だけどさあ。
「我は闇の王。我に何を望む」
漂う濃藍の霧が発する精霊語のくぐもった響き。......ちょっと演出入ってます。まあ、精霊を召喚したら、普通はこんな対応をされるんだけどね。
――で、そんな演出が効果的だったのかなんなのか、俺の声に対して周囲からは感情のざわめきが感じ取れた。
......ああー、見世物だなぁ......
「......な、何って言われても......」
ちなみに、こちらが呼び出した当人のコメントで。
......混乱してるなあ。
いや、お返事が精霊語ってだけでもまだ落ち着いてるのかねえ。あんな反応の割には、召喚の拘束力の方は健在だし。
......しかし、
「――我は闇の精霊王。汝、我に何を望む」
空白に耐えかねてもう一度訊いてみる。......って、聞いてみるまでもなく、状況は分かる気がするけど......
――つまりはこういう事だろう。
一人旅をしていたこの、精霊使いのお嬢さんは、いきなり野盗の集団に襲われたもんでパニックになって、それでも何とか現状を打破する為に精霊召喚を行ったはいいが、混乱していたもんで、何でか俺なんかを呼び出す言葉を口走ってしまった、と。
まったく、若い――か、どうかは半妖精なので何とも言えないけど――女性が一人旅なんかするんなら、このくらいの事でうろたえてたらいかんと思うんだけどさー......
とりあえず、襲った側の野盗の皆さんは、俺の存在に威圧された形で動けなくなってるみたいだから、奇襲的な意味合いでは効果があったようだけど......
とはいえ、このままいつまでも浮かんでるのもどうかと思うしねえ。
「......なあ、お嬢さん。要はこいつら追っ払えばいいって事だろ?」
ぽんっと砕けた口調で呼び掛ける。――まあ、精霊語でだけど。
「え?」
突然に、がらりと変わった俺の態度に驚いたらしく、お嬢さんが俺を見詰める。
「ちょっと――身体を貸してもらうよ」
面食らったままの彼女にそう宣言し、意識の触手を伸ばす。
「きゃ! やめて!」
漂っていた霧が自分に向かって来た事に驚いてだろうけど......そういう、何か、俺がこのお嬢さんに悪さでもしようとしているような声を上げられてもなあ......
「抵抗したって無駄に苦しいだけだよ。助かりたいんなら大人しくしときな」
俺のそんな言葉に、すっと彼女の抵抗が止まる。意外なくらいにあっさりと。
――まあ、その方がやりやすい。
精神中に入り込み、神経の隅々まで支配するのに時間と言うほどの時間も要さない。周りから見ているカンジとしては、宙を漂っていた黒っぽい霧が、すーっと、このお嬢さんに吸い込まれて行ったというところかな。
――そして、俯いて立ち尽くしていた彼女が顔を上げ、右手を静かに頭の上まで持っていく。
その瞳に宿る色は、彼女本来のものではない深い藍。婉然たる笑みを浮かべるその顔に、対峙した野盗たちの感情が再びざわめいた。
しかし――雑然とした状況は、長くは続かなかった。
パチン。
お嬢さんの細い指先で音が弾ける。
その音を――指を鳴らしたのを合図に彼女を中心に竜巻が起こり――
風が巻いたのは一瞬。
そして、その風が抜けて行く音にドサドサという重い落下音が重なって......竜巻で空中へと放り投げられた野盗の皆さんが落ちてくる。
......誰も死んでいないよね? まあ、このくらいの事で死んでしまうようなら野盗に向いていないと思うけど。
「――ふっ、我ながら華麗な手腕」
言いながら、俺は髪を掻き上げた。
ちなみに、その言語はもう精霊語ではない。
「では、お嬢さん。俺はこれにて失礼させていただくよ。――道中、お気をつけて」
左手を胸の下に当てて一礼し、それから身体の支配を解く。
いやー、身体を動かすのは気分がいいなあ。――俺は、はっきり言ってかなり強いつもりなんだけど、物質界での行動の限界って言うか......人様の身体で下手に暴れて事件とかなったらマズイし、召喚者の肉体の限界を超えた力を使う事も出来ないから、こういう機会ってなかなかないんだよね。
――しばらくはご機嫌でいられそうだなっ。




