14 ジサツ・ダメ・ゼッタイ
モリノの体から巨大化して怖い顔になったモリノの頭部が何体も現れ、首を伸ばして邪神へと向かっていく。
これがモリノの奇跡なんだろうけど、何でよりによってこんな気色悪い奇跡なのか……。もし俺が得た奇跡がこんな代物だったら、絶対神聖騎士やめてるわ。
数体のデカ頭が一斉に目から紫の光線を放つ。光線にどのような作用があるか、いまいち謎だが、融合邪神は苦しげに悶えている。ただのペインか?
神殺し特化奇跡持ちのフェンリルも加わり、邪神の三つの喉の一つの後ろから噛み付き、引き裂く。奇跡関係無さそうな物理攻撃だった。
ゴージン、ヘカティもさらに攻撃を加える。慎重だったアーゼーも攻撃に加わる。
こうなるともう融合邪神に勝ち目など無い。元々ふるぼっこだったのが、さらにひどくなった。
「御馳走様」
最期は弱った融合邪神を、フェンリルが美味しくいただきました的な結末だった。三体の邪神の魂を食らい、御満悦といったところか。
「お初に御目にかかる、神殺しの魔狼。私は――」
「ソードパラダイスの剣神達であろう。存じているよ」
自己紹介しようとしたヘカティだが、感心無さそうに先回りして言うフェンリル。
「で、どうしてお前らがここに?」
氷の上を歩いていき、俺が尋ねる。
「どうしてもこうしても、俺は二日前までこいつと戦っていたんだ。一人では分が悪い相手だったので、どこかから助っ人を調達しようとしたら、このモリノと出会った」
フェンリルが言うと、モリノがフェンリルの上から飛び降りた。
「私は話を聞いて、二つの可能性を思いついた。一つは邪神の一人が、他神を同化する奇跡を扱う可能性。もう一つは、禁断の知識を用いたテクノロジーだ」
モリノちゃん、多分初対面のアーゼーやヘカティの前で、それ堂々と言っていいの?
「で、どっちだったの?」
俺が尋ねる。
「推測するしかないが、おそらく後者だ。今の邪神を見た限り、完全に自我を失っていたようだ。奇跡で同化して己の強化をはかるタイプなら、自我を失う時点で自爆としか言えない。奇跡のチョイスに失敗したという可能性もあるが、それなら何者かによって、禁断の知識を用いられたと考える方が自然と言える」
「そこのべっぴんさんや、何で君は禁断の知識のことを知っているのかね?」
アーゼーが口を挟んだ。神の透視力をもってしても、モリノの正体はわからないらしい。
「私はモリノ・グノーシス。古代の民だ。それで答えになるか? こちらからも尋ねたい。ソードパラダイスは過去幾度となく、モーコ・リゴリ遺跡に大規模な調査隊を放ち、遺跡を荒らしているようだが、禁断の知識を得て何とする?」
険のある顔つきでアーゼーとヘカティを交互に見やり、抑揚に欠けた声で問うモリノだった。
「さあ……我輩は存ぜぬよ。探索隊の派遣を企画していたのは、ソードパラダイスの賢者院じゃしの。もちろん最終的に許可を出し、予算も出したのは我輩ら剣神ではあるが、我輩らの指図というわけではないぞ」
「賢者院の名をこやつの前で出して欲しくはなかったな」
アーゼーの答えに、ドロカカが苦笑いを浮かべる。
「大賢者殿はまだ何か隠しているようだな」
モリノがドロカカに冷たい視線を浴びせた。
「隠すほどのことでもありませんよ。ソードパラダイスに行けば嫌でもわかりますが、モリノさんは行った事が無いのですか?」
ディーグルが声をかける。
「この十年、魔雲の地をあちこち旅してきたが、未だソードパラダイスに足を踏み入れたことは無いな。興味はあったが」
と、モリノ。
「賢者院は昔から古代知識に御執心だ。しかしソードパラダイスの住人はテクノロジーの導入を嫌がっているので、古代文明調査に反発する者達も多い。貴女も賢者院のしている事に反感を抱くクチか?」
ヘカティが解説しつつ尋ねると、モリノは険しい表情になった。
「私はこの世界の古代の知識の一切合財、現代に伝えてはならないと考えている。その組織は私にとって敵だ」
「皆殺しにでもするのか? そうとあれば、流石に黙って見てはいられない」
モリノを見据えるヘカティが、ほのかに闘気を帯びる。
「流石に分が悪いな、この状況では。しかし収穫はあった。今までドロカカだけ追い掛け回していたが、そのような組織があったと知ることができたのは収穫だ」
「何の話をしているのかさっぱりわからん……」
「我輩にもよくわからん。ヘカティは何故かわかっているようであるが」
つまらなさそうにフェンリルが口を挟み、アーゼーも同意する。話の流れ聞いて想像力働かせれば、多少はわかりそうなもんだがなー……
「私は旅の途中で、世界のほつれを調べて知ったよ。この世界を創造した太古の神々は、世界を創造した理由を秘匿し、知られないようにしていると。この世界そのものが、自然発生したものではなく、造られた代物であるという事も、その一つかな?」
ヘカティが闘気を消すことなくモリノを見つめたまま話す。
「俺は何となくそれ、気がついてた。ネムレスにもいろいろ言われたしな。モリノさあ、あんたが秘密にしておきたい世界の真相だの、古代の知識だの技術だのって、もう隠し通すのは無理あるんじゃないか?」
こないだディーグルにも突っこまれていたことを、さらにここでまた口にする俺。
「ふふふふふ……。どうも……そのようだな。私はこの十年もの間、何をやっていたのかという話だ」
憑き物が落ちたような顔になり、乾いた笑みをこぼし、モリノはドロカカを見た。
「大賢者殿にも迷惑をかけた。もういい……。時の流れと共に、この世界の維持もいずれはできなくなることはわかっていた。その破綻は、禁断の知識が出回ることによって始まる事もな」
諦めたように語るモリノ。
「モリノさあ、あんたネムレスに会ってみて、話してみないか?」
俺の提案に、きょとんとした顔になるモリノ。あれ? この表情ちょっと可愛い。
「ネムレスもこの世界を現在の状態で維持したいという考えだから、そういう意味でモリノと一緒じゃねーかと思うんだよ。生きがいを失くしちゃって悲嘆しなくても、新たな目的見つかるんじゃないかなーと」
「心遣いは感謝するが、しばらく一人で考えさせてくれ。迷惑をかけた……」
モリノは小さく笑うと、俺達に背を向け、立ち去った。
「よしよし、これで邪魔者が完全に消えてくれた。思う存分禁断の知識に手を出せるというものよ」
ドロカカがしてやったりという顔で笑う。この爺……
「結局融合邪神がどのようにして生じたか、その原因はつかめずか。あのモリノなら解き明かしてくれるかと思ったのだがな」
落胆したようにフェンリルが言う。
「さて、これから俺はソードパラダイスに戻るが、お前達も来るか? 特別サービスで、俺の背に乗せてやってもいいぞ?」
戻るって、こいつもソードパラダイスを根城にしているのか。
「いや、せっかく声かけてくれたのに悪いけど、俺等はいいわ。行きだけは歩いて旅するって決めてたし」
やんわりと断る俺。
「珍しいですね。太郎さんが丁寧に断っていますよ」
「全くゾ。いつもであレば、もっと憎まレ口を叩ていよう」
ディーグルとゴージンがふざけたことを言っている。俺のこと何だと思ってんだ、こいつら。
「ふん、せっかく今日は気分がいいから乗せてやろうと思ったのに。ではさらばだ。ソードパラダイスで会おう」
フェンリルもさっさと走り去っていった。
「むう。我輩が代わりに乗せてほしかったわい」
フェンリルの後ろ姿を見送り、アーゼーが目を輝かせながら言う。見た目通り子供か、こいつは。
***
その後俺達は、一旦羅刹の城へと戻った。徒歩で数日がかりでな。超面倒臭い。途中何度かフェンリルに乗せてもらえばよかったかなと、後悔した。
アーゼーはまだしばらく羅刹の城に滞在するという。で、ゴージンと優助の修行も兼ねて、俺等もしばらくここにいる事になった。ソードパラダイスまでそう遠くない距離にいながら、二人の修行がある程度納得のいく段階までは、ここに滞在する予定だ。
ちなみにヘカティは、さっさとソードパラダイスへと向かった。
んで、羅刹の城に滞在して四日が経った。
俺はもう、訓練は嫌なので放棄。暇をもてあましつつ、優助とゴージンの訓練風景を見学。優助のお守りは主にディーグルが務め、ゴージンは羅刹の城に集いし猛者達を相手にしている。ほとんどがゴージンに及ばないが、稀に実力者もいて、ゴージンといい勝負する者や、ゴージンを打ち負かす者もいた。
アーゼーはここではほとんど教官役みたいなもんだ。ゴージンの相手も何度かしていたが、優助の相手はせず。というか優助の指導はディーグルがつきっきりだ。
「不真面目な太郎さんと違って、素直で真面目で向上心があって、実に教え甲斐がありますよ。太郎さんはいつまでもずっとそこで怠けているといいですよ」
休憩の傍ら、ディーグルがそんな嫌味を言ってきたが、別にどうでもいいわ。俺は脳筋タイプじゃねーんだからよ。
ドロカカはというと、修行目当てに訪れる冒険者達からしきりに情報を集めてまわっているようだ。どうせ古代文明の遺跡関連なんだろうが。
***
四日目の晩、俺の元に客が訪れた。
一人でぼーっとしている俺の前に、彼女はさっぱりとした表情で現れた。
「モリノ」
「少し、いいか? 君と二人だけで話がしたい」
俺を名指しってことは……ネムレスかアリア関連の話だろう。おそらくは後者と見た。
「ああ、場所変えるか」
相変わらず優助の特訓を続けているディーグルに視線を送る。ディーグルも反応して、こちらを見る。俺がお供無しで単独行動することを危惧しているようだが、多分危険は無いだろうし、視線だけでディーグルに断りを入れて安心させておく。
そんなわけで俺が寝泊りしている部屋へとやってきた。
「君達にはいろいろと迷惑をかけた」
しおらしく頭を下げるモリノ。本当迷惑だったと言おうと思ったが、自重しておく。
「私は気が遠くなるほど昔に、この世界を創生した者達の一人だ。創生直後は、神に仕える巫女という役を演じ、この冥界に秩序をもたらすことに務めた」
「ってことは、古代神もその巫女も神聖騎士も、元は人か」
「ああ。今の神々とその従者同様にな。人の上位存在というものが、人と混じって暮らす世界を作るため、我々がまず手本を示した。それが古代神だ。それは……半分は成功しているようだな」
失敗部分というのは、心を失くした神の出現だろう。
「半分かね? 信仰を得て神様を演じていると次第に神様の役柄に染まりきって、心を失くしてしまう。信仰が全く得られなくても、心を失くす。完全に欠陥システムじゃねーかよ」
思ったことを容赦なく口にする俺。
「そうだな。しかし目的自体は達成されている。ひどい話ではあると思うがな。我々も予期していなかった事態だ」
申し訳無さそうに言うモリノを見て、俺はそれ以上その話には触れないことにした。わざとそのように設定したとかなら許せん話だが、そうではないようだし。
「この世界が人工的に造られたもんだってことは薄々気がついていたけど、世界そのものを造るとか途方も無い話だな」
「詳しく知りたいなら、遺跡を掘り返すでも何でも好きにして、真実を知るといい。我々グノーシスの一族にも、私のように秘匿して全ての証拠を隠滅すべきという者と、もしも何かあった際のために、後世に真実を残しておく者とで、考えが分かれていた。故にそこら中に、断片的にではあるが知識を残した。後世の冒険者や学者が解き明かすことも見なしてな」
投げやりな口調で言うモリノに、違和感を覚える。
「十年間、禁断の知識を得たドロカカを、しつこく追い掛け回していた奴の台詞とは思えないな。どういう心変わりだ」
「どうでもよくなった。疲れてしまった。そして安堵した。私の親友であるアリアが幸せに暮らしている事に」
モリノが寂しげな笑みをこぼす。
「君には計り知れないだろう。私達がどんな思いでこの世界を造り、後世に託したか。私達のその後も様々だ。普通に転生の枠に身を落とした者もいれば、私やアリアのように有事のための守護者となった者もいる。私は禁断の知識の無闇な露見を防ぐため。アリアは……」
そこで言葉を詰まらせるモリノに、俺はアリアが何か相当ろくでもない使命を帯びている気がして、思わず首から下げたタリスマンを握り締める。
「言えよ。俺は聞く権利あるぞ。あいつと何度もチューしてる仲だしな」
「ああ、これを伝えたくて来た。アリアは、世界滅亡が引き起こされた際に重要な役割を果たす。その役割は……極めて残酷な代物だ」
「そんな表現するってことは、普通に死ぬこと以上に残酷な代物なんだな?」
確認する俺に、モリノは無言で頷く。
「願わくば、この先どんな真実を知ろうと、君はアリアの味方であってほしい。そして……」
「そいつは大丈夫だ。約束する」
言葉途中に力を込めて言う俺。
「そして、そのうえで君に頼みたい三つのことがある。まず一つ、アリアが使命を果たすような事態を引き起こさないこと。もう一つ、そのような事態が引き起こされても、アリアに使命を果たさせないこと」
世界滅亡なんてそう簡単に起こるものなのかと疑問に思ったが、ネムレスが夢でそれとなく触れていたな……。乱す者が真実を知れば、こちらの世界を壊してしまう可能性があると。そうしようと考える者が必ず現れると。
そして転生の旅路の終焉。魂はいずれ転生の旅を終えるという仮説も、ネムレスから聞いた。俺は時折思い出して、考えていた。その旅が終わったらどうなる? 全ての魂が旅を終えたら? 新しい魂は生まれるのか? 等々。
いずれにせよ、終わりというものは、きっとあるのだろう。星さえもいつかは寿命が尽きるように。
「最後の一つは、もしアリアが使命を果たすことも止められなかった時は、君もアリアと運命を共にしてほしい。アリアが大事ならな」
「わかった」
迷いもせず二つ返事で頷く俺に、モリノは目を丸くする。
「それがどんなものか知りもせず、よく考えもせずに応じるのもな……」
「でも抽象的に言うってことは、教えてくれないんだろう?」
「具体的に教えても負担になるだけの話だからな。抽象的なら実感もわかずに済む」
なるほど、モリノって結構考える奴なんだな。十年間もドロカカ追い回してるとか聞いたから、思い込んだら一直線の脳筋タイプかと勝手に思ってた。
そして俺は気がついていた。モリノが何でこんなことを言い出したのか。
「アリアに会わなくていいのか?」
「見抜いていたか」
俺の問いに、モリノが微笑む。
「アリアには私の記憶は無い。今の私にはアリアとの想い出が沢山ある。私はもう疲れきっている。そんな状態でアリアと会うのも辛い」
「疲れきっているというわりに、長いことドロカカを追い掛け回していたり、融合邪神を退治したりしていたじゃないか」
説得しても駄目そうな気はしていたが、一応してみる。
「モリノの気持ちは俺にはわからないよ。でも、アリアは同じ時代に生きているし、モリノもまだ生きている。自分で死を選ぶ必要なんかない。魂が不滅であろうと、死は死だろ。その世界からは消えてなくなるし、ここで死んだら記憶も消える。寂しいし悲しいもんだ。俺はモリノと知り合って日が浅いけど、それでも死んだら悲しいぜ?」
死にたがっている奴に、こんな説教しても意味無いかもしれないとは思う。こいつがどんな苦しみを抱えているかなんて、わかりもしないのにさ。
でも言いたいことだけは言っておこう。
「望みも未練もあるのに死ぬのはどうなんだ? 未練を俺に託して逝くより、自分の力で何とかしてみたらどうだ? お前にはその力も有るし」
この世界の自殺率や精神的限界による死亡率の高さは、以前シリンから聞いている。実際そういう死に方をした奴も目の当たりにしている。モリノは果たしてそこまで来ているのか? 俺は何となく違う気がした。
「そうだな……。どうかしていた。しかし疲れているのは確かだし、少し……一人で考える。聞いてくれてありがとう」
力なく笑い、モリノは部屋から出て行った。
そしてその後、モリノは黙って姿を消していた。
知らない所で勝手に死んだとか、そういうことは無いと信じたいところであるが……




