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12 剣神アーゼー

 宿場に引き返した俺らは、修羅の庭や羅刹の庭に一気に行ける裏道とやらに向かった。


 久しぶりに見かける動く歩道。しかもかなり高速な奴に乗る。魔雲の地でこんな文明の利器を見かけるのは初めてだ。

 高速歩道を使っても、羅刹の城に着くのはたっぷり三時間以上かかった。途中で軟弱な優助がゲロ吐くんじゃないかと思い、何度も「ゲロ平気か?」と心配して声かけてやったのに、当の優助はというと、嫌な顔していやがった。この恩知らずめ。


「カーブもせず直進しているのに吐き気は無いだろうよ」


 五度目くらいかの確認の際、ドロカカが苦笑気味にそんなこと言ってくる。


「優助をなめるな。こいつは超繊細なんだぞ。風が吹けばちりぢりになって飛んでいく、生まれたばかりのカマキリの幼虫みたいな奴だ」


 俺が優助をかばってやるものの、当の優助はまた嫌な顔している。何なの、こいつ?


 羅刹の城に辿り着いて、俺はちょっと驚いた。城の外装は、和風のお城だったからだ。この城建てた奴は日本人か?


「日本のお城だね」

「羅刹の城を築いたのは、戦国時代の日本人だと聞きましたよ」


 口走る優助に、ディーグルが言う。


 城の中に入ると、内装は和洋折衷だった。幾度も改装し、使いやすくした結果とのこと。


「訓練場は地下です。城は宿みたいなものです」


 ディーグルに連れられていく格好で、地下へ続く階段を下る一行。地下に下りる階段も、壁も天井も全て石造りだ。


 訓練場とやらはかなり広いスペースだった。広さはともかく、床がまるっきり体育館のそれだ。ツルツルの木みたいなパネルが敷き詰められた奴。しかし実際には滑るようなこたーないんだが。

 結構な人数が訓練場のあちこちで、ペイン制御処理がなされた得物を手にして、一対一で稽古に励んでいる。全員が稽古をしているというわけではなく、床に無造作に腰を下ろして、他人の稽古を見物している者も結構いる。


 こいつら皆、修羅の庭を乗り越えてきた猛者か、あるいは各地から集った腕自慢て所か。


「久しぶりですね、この雰囲気」

 懐かしそうに微笑むディーグル。


「もう五百年も昔、生誕して日の浅い私はここで鍛えました」


 ってことは、この施設の歴史も相当古いのか。外の城も、戦国時代の日本人が建てたと言ってたから、ここができたのも時期的に考えて戦国時代か。


「太郎さんと優助さんはこちらで稽古をしましょう。ゴージンさんはあちらで混ぜてもらうとよいでしょう」

「承知ゾ。では行ってくる」


 ディーグルの言葉に頷き、ゴージンが訓練場の猛者達がたむろしている方へと行く。


「ゴージン一人で大丈夫か?」

 俺が声をかける。


「我は太郎とは違うゾ。心配は無用也」

 どういう意味だよ。


「一人で大丈夫じゃなかったらどうするというのだ。保護者が付き添いで、『誰この子に稽古してくださーい』とでも言うのかね」


 くすくすと笑いながらからかうドロカカ。わりと本気でそう思ったんだけど……俺の感覚がおかしいんだろうか……


***


 俺と優助はディーグルに稽古をつけてもらうことになったが、当然俺は速攻で飽きる。つーか全くかなわないからつまらん。


「もう少しやる気出せませんか?」


 明らかに嫌がってて動きのたるい俺を見て、ディーグルは溜息をつく。


「やる気出せるわけねーだろ。ただでさえ嫌なのに、お前の教え方荒くてついていけねーし、思う通りに動けないしで」

「以前にも言いましたが、太郎さんは攻撃を避けることに関しては類稀なる才能があります。飲み込みも早いですしね。つまり運動神経そのものが悪いわけではありませんし、優助さんを見習って、もう少し前向きな姿勢が欲しい所です」

「優助を見習っては余計だ」

「優助さんの姿勢は、私の教え方とうまく噛み合っています。指示されたことを真面目にこなし、私の動きに対しても、私の想定通りに動きます。それによって上達するよう、私も考えています。一方で太郎さんはというと、ひたすらどう上手くできるかを頭で考え続けています。そしてその考えを実践しようとしても、体がついていかないから、うまくいかないとブーたれているのでしょう?」


 柔らかい口調で指摘するディーグルに、俺はどきっとした。こいつ、全部見抜いていやがる……


「確かに考えることは大事ですが、今の段階では不要です。考えるのは、指導する私の役目です。私が考えたうえで、上達するための稽古をつけています。この先、頭を使って動く段階にも入りますが、それはもっと先の話ですよ。今は体に直接動きを覚えさせる段階です」

「むう……」


 ディーグルの説得力に、思わず唸らされてしまう俺だった。


「まあそれにしても、軟弱な太郎さんを考慮せず、厳しかったことを認めましょう。優助さんが頑張り屋さんなので、ついついそちらのペースに合わせてしまいました。優助さんには申し訳ないですが、精神虚弱な太郎さんに合わせて、少しペースを落としましょうか」


 しかしいつものパターンで、余計なこと言って台無しだ。

 その後、だらだらと稽古を続ける。優助には回避寄り、元々回避訓練積んでいる俺には攻撃寄りと、ディーグルは分けている。


「うーむ……」


 途中で手を止め、俺の方を向いてまた難しそうな顔をするディーグル。何だよ、また何かあるのかよ。


「遠慮しているのですか? これはあくまで稽古ですし、間違っても私は太郎さんの攻撃を受けたりしませんし、怖がらなくていいんですよ?」


 ディーグルが予想外の台詞を口にした。


「あるいは自分でも気がついていないうちに――といった所ですか。まあ……型だけでも覚えればいいですかね」


 勝手に自己完結して、修行再開。何だったんだ。

 その後もしばらく続けた後、小休止。


「俺、無意識のうちに攻撃の手が緩んでいたのか?」


 自分ではよくわからないので、その件について聞いてみる。


「わりとそういうタイプはいます。人を直接傷つけるのを躊躇うというか。優しさからきているのか、何かしらトラウマがあるのか、人によって様々ですけどね。まあ……太郎さんは近接戦闘が徹底的に合わないことだけは、よくわかりました」

「だから最初からそー言ってるし、避けてるだろ」

「それでも自分が攻撃する側になって見えてくることもありますし、知っておくことは重要です。また、そのスキルを身につけておいて、それがどこで役に立つかわかりませんしね。それが目的でしたから」

「その理屈がわかっていたから、お前の言うとおりにしていたんだよ。ところで、ゴージンの様子を見に行ってみないか?」


 ここからじゃゴージンがどこにいるかもわからん。大分奥に煎っているようだし、他に稽古している連中に遮られて見えない。


 三人で移動して、ゴージンの様子を見に行くと、意外な光景を御目にかかることとなった。


 ゴージンが明らかに押されている。

 相手は黒髪で細身の美少年だった。意匠を凝らした、いかにも貴族か王族といった風の黒く豪華な服に身を包み、派手な飾りのついた柄のサーベルを片手に構えている。

 二人の周囲には人垣が出来ていて、多くの修行者が二人の稽古を見物していた。


「があああっ!」


 ゴージンが咆哮と共に少年に飛びかかるが、少年は優雅と言ってもいい、柔らかく最小限の動きで、ゴージンの鉤爪を避け、ゴージンの首にサーベルの刃を当てて、寸止めした。


「もう一度ゾ」

「うむ、その意気やよし」


 距離を取った所で、諦めずに向かうゴージンに、少年は満足そうに頷いて迎える。


「剣神アーゼーだ。ソードパラダイスの四人の剣神の中でも、二番目に強い奴だよ」


 先に見物していたドロカカが、顎鬚を撫でながら教えてくれた。こいつがか……名前は俺も知っていた。


「神殺しや、お前さんとどっちが強いだろうねえ。ゴージンの後に手合わせしてみてはどうかね」


 ドロカカがディーグルの方を向いて声をかける。


「やらなくてもわかっていますよ。私です。かつて何度も手合わせしましたよ」

 涼しい顔で答えるディーグル。


「おいおい、あれはウィンド・デッド・ルヴァディーグルじゃないか」

「本当だ。不沈戦士ゴージンといい、今日は大物日和だな」

「すみません、ウィンド・デッド・ルヴァディーグル殿、よろしければ稽古をつけていただけませぬか」

「あ、俺も是非っ」


 ギャラリーがディーグルに気がついて、噂したり稽古の申し出をしてきたりする。ディーグルはやんわりとそれらを断っていく。


 ゴージンがさらに敗北した所で、美少年剣士――剣神アーゼーはディーグルの方を向いた。


「久しぶりじゃのー、ルヴァディーグル殿。我輩と一汗かかぬか? 我輩もあれから随分と腕を上げたのじゃぞ」


 爽やかな笑顔で声をかけてくるアーゼー。この面で一人称我輩って……しかも爺言葉。


「汗をかくのはそちらだけで、私は汗をかきませんよ」


 皮肉っぽく言うと、ディーグルが人垣を割ってアーゼーの前に進み出て、刀を抜いた。もちろんここで貸し出される、ペイン抑止機能のついた刀だ。


「相変わらず皮肉屋じゃのお。こちらのゴージンちゃんと知り合いのようじゃが、まさか恋人とかではなかろうな?」


 半眼になり、口元にはにやけ笑いを浮かべて問うアーゼー。何がまさかなんだ……? 軽口ではなく、いろんな意味で気になる台詞に感じた。お互いに知っている仲のようだしな。


「違いますよ」

 小さく否定して、ディーグルがアーゼーに襲いかかる。


「うほっ、いい不意打ち」

 アーゼーが嬉々とした表情で迎えうつ。


 体を横向きにして上体を微かにそらして、ディーグルの刀の突きをかわすアーゼー。そしてかわすとほとんど同時に、サーベルを横薙ぎに振るっていた。かろうじて横に振った動きが見えたが、俺の目ではほとんど追いつかない。


 突きを出した直後のディーグルは、このサーベルの一撃を――上体をかがめて難なくかわしていた。さらに手で床をつき、低空で体を半回転させて、アーゼーに足払いをかける。

 ディーグルの足払いに、アーゼーは引きつり顔になって後方へ跳ぶ。


 その動きも予期していたかのように、いつの間にか刀を逆手に持ち替えて、ディーグルが低空から上体を伸ばし、跳ね上がるようにして、頭からアーゼーに突っこむ。


 アーゼーにとっては予期せぬ行動が二回も続いたようで、ぎょっとした顔のまま、ディーグルにサーベルを振るう。しかしディーグルも頭から突っこむと同時に、逆手に持った刀をしたから振り上げる。


 どよめきが起こった。アーゼーのサーベルとディーグルの刀は、ほぼ同時に互いの体に当たっていた。


「確かに腕を上げたようですね。私と相打ちに持ち込むとは」


 涼しい顔で言い放つディーグル。

 だが一方でアーゼーは顔から汗が噴出している。結果は相打ちだが、ディーグルが宣告した通り、汗をかいたのはアーゼーだけだ。


「ふむ。まだ修練が足らぬかの。とはいえ我輩は剣神。己の修練だけにかまけているわけにはいかぬ。多くの武の道を行く者に手ほどきをせねばならんのだ」


 やんちゃな笑顔でアーゼーは言い訳する。表情豊かな奴だ。黙って立っていればいかにも貴公子然とした美少年だが、喋りだすと途端に愛嬌振りまくというギャップがあり、それがこいつの魅力に繋がっている。


「それは言い訳にはなりません。それなら私だって、太郎さんのお守りをするという使命が有りますから、自分の腕を磨くことにのみ時間を避けません」


 そこで俺を引き合いに出すか、ディーグル……


「おや、その者は神聖騎士か。それもネムレスの……そうか、君がかー」

 アーゼーが俺の方を向いて、にこりと笑いかける。ヘカティと違って、そこまで見抜いたか。


「ネムレスから話は聞いておるよ。あの者は今丁度ソードパラダイスにいるでの」


 言いながらアーゼーは俺の頭を撫でてきた。俺の頭部に備わった、謎の撫でたくなるオーラが作用したようだ。そんなもん作用せんでもいいけど。


「知ってるよ。そのネムレスに呼び出されて、ディーグルやゴージンと一緒に、ソードパラダイスに向かっている最中なんだ」

 と、俺。


「そうかそうか、お嬢ちゃんかと思ったらちんちん生えておるんじゃの」


 恐らく神聖騎士と見抜いた時点で、同時に性別も見抜いたのだろう。しかしこんなに多くの人前で、堂々とちんちんと口にしてくるとは、こいつ……中々できるっ。


「ああ、ちんちんはあるんだ。見る?」

 くっ……俺も負けてはいられないっ。


「いいのか? では後でこっそりとな。ちょっとだけ触ってもよいか?」


 顔を寄せ、にんまりと笑ってエロ顔で確認してくるアーゼー。ヤベえ、こいつは負けた方がいいわ。


「アーゼーはいるか?」

 聞き覚えのある声がかかり、俺は救われた。


 全身黒い甲冑で身を包み、頭部もフルフェイスの兜を被った女性が現れる。


「ヘカティだ」

「マジで?」

「あの鎧姿はヘカティ以外にねーよ。アーゼーにウィンド・デッド・ルヴァディーグルにゴージンにヘカティと、今日は本当いろいろ来るな」

「アーゼーはよく来ているけどさ」


 訓練場にいる者達がどよめく。


「おや、君達もいたか。元気そうで何より」

 ヘカティが俺達を見て声をかける。


「何と、ヘカティとも知り合いじゃったか」

 アーゼーがおかしそうに声をあげる。


「ああ。以前邪神退治の手助けをしてもらった。そして今回もまた邪神絡みで、アーゼーの助力を頼みに来たのだが……」


 ヘカティは俺達の方を意識しているようであった。


「よし、皆でその邪神をぼこぼこにするぞ」

 俺が決定を下す。


「もしかしたらまた、狂神ピレペワトが関わってるかもしれんな」


 ドロカカが興味深そうに笑いながら言った。ふぁっく、俺も同じこと考えていたのに、先に言われちまった。

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