2 縁でひかれあう
夜。少し開けた場所で、三つの焚き火を起こし、その周囲にあたちと十数名の男達が向かい合っている。
男達はかつての山賊。今はあたちの下僕。下僕にした山賊は総勢14名。全員ヨセフ山賊団の者だ。今、いろいろと情報を聞き出している最中である。
リーダー格の禿の名はラッセルといった。ラッセルの話によると、ヨセフ山賊団は総勢98名。棟梁のヨセフは、ここワインヌ山脈に潜む複数の山賊団を全て力ずくで配下に凄い奴で、攻撃魔法は元より、高度な魔法を各種使えるうえに、短剣の技も一流とのこと。
「俺が見た中では、一番の強者だよ。あの男は」
ラッセルは畏敬を込めた口調で語った。
「俺と、俺が今ここにいる配下全員をたった一人でのしてしまった。あんたと同じでな。まああんたよりは時間がかかったが。そのうえ誰も殺さなかった」
「あんたって呼ぶなれす。あたちのことは親愛と忠誠を込めて姫と呼べれす。ついでに言うと、あたちはそれ以上の強者ってことを忘れるなれす」
嘯くあたちだったが、正直そのヨセフという男に勝てるかろーか、計りかねる。何しろ生誕したてで、体力も筋力も魔力も無い。しかもベースは病院のうえで寝たきりだった体だから、常人をはるかに下回るステータス。一方でスキルだけは熟練した状態ので、まず基礎だけ上げればいいという話であるが。
「しばらく山の中で特訓と言いたい所れすが、まずはバンガを無事にワインヌ山脈から出す所まで付き合いたいれすね」
「別に俺のことは気にしなくていいよ」
むっつり顔のまま遠慮するバンガ。
「それならこれをもっていけばいい」
ラッセルがバンガに金属製のカードのようなものを渡す。紋様のようなものと、光る数字が描かれている。ほのかに魔力が込められているのは、光る数字にかけられた魔法によるものだろう。
「これはヨセフ山賊団に一度襲われたという証明だ。こいつを見せれば、もう襲われることはない。同じ相手を二度襲うなというのが、うちらの流儀だからな。もっとも、それは個人に限るがね。ヨセフはお役人とか宗教法人が大嫌いだから、そっちは何度でも襲うが」
「そうか。ありがとう」
バンガが短く礼を述べ、ラッセルからカードを受けとった。
カードに魔力が込められているのは、偽者を作れないようにするためか。おそらくカードを提示した際に、魔法照合をするのだろう。
「俺達はあんた……姫に忠誠を誓ったけど、ヨセフに刃を向けたくないぞ」
山賊の一人が恐る恐る言った。怖がりながらもあたちの目をしっかり見つめて宣言している。その様子を見た限り、ヨセフを恐れているからという理由ではないようだ。
「俺もだよ。ヨセフにはいろいろ恩がある。いや、恩を抜きにしても、あいつを裏切るような真似をしたくはない。もしそれでも刃を向けさせるというのなら、死ぬまでペインを与えてくれてもいい。それだけはお断りだ」
ラッセルも覚悟を決めた面持ちできっぱりと言った。
部下からこれだけ忠義を得て、襲った者から全ては奪わず、命も極力奪わず、同じ相手を二度襲うこともしないうえにそのアフターケアも考慮し、そのうえ相当の戦闘力の所持者。ヨセフという男、中々有能な人材のようれすね。
「その理屈はわかるれす。しかしあたちはそのヨセフも支配化に置くつもりれす。てめーらは戦う必要は無いれすし、裏切る必要も無いれすが、あたちの邪魔らけは許さないのれす。ヨセフがあたちの支配化につけば、てめーらはヨセフの部下にしてあたちの下僕になるわけれすし、ある意味元の鞘れすよ。てめーらは今やあたちにとって大事な下僕。それを悲しませるような真似はなるべくしないのれす」
あたちのその言葉に、山賊達は多少安心した空気だった。
「理想とちては、あたちとヨセフでタイマンして、あたちが勝ったらヨセフ山賊団はあたちの配下になるって筋書きれすね。あたちの服従ウイルスを全員に感染させるとか、流石にあたちの体力ももたんれすし」
「あんた……姫が負けたらヨセフの下についてくれるか? そういう条件でなら、話を取り次ぎやすいな。ヨセフの性格を考えた限り」
ラッセルが言う。話がトントン拍子に進んでいきそうな予感。
ま、冥府の支配という大儀を掲げている身だし、これくらいスムーズに話が進まないと困るというもの。あたちを中心に運命が正常に働いている証拠。これでいいのだ。
「じゃあそういう段取りでよちろくれす。ま、今のままで戦うとなるとあたちもちょっと不安れすし、せめて体力と魔力と筋力を人並みに戻すため、特訓ちたいのれす。あんたらの最初の仕事は、まずあたちの特訓に付き合うことれす。あたちに食料や雑貨品届ける世話も含めてね」
女性がいたらマッサージ係もやらせたいところだが、残念ながら野郎ばっかりだった。
***
翌日、下僕から金をまきあげ、あたちはバンガから武具や衣服を幾つか買い取った。バンガは礼を述べて、去っていた。
あたちはラッセル達の住み家に向かった。あたちの虚弱ボディーでは途中で歩くことができなくなったので、ラッセルに背負ってもらっての移動。彼等は馬も持っていたが、馬は遠出以外には用いないとのこと。山賊行為の際は、馬の入れないような場所からも急襲し、手強い相手だった場合に逃亡する時も、急斜面を上がりのぼりするからだそうだ。
そしてヨセフ山賊団は、広大なワインヌ山脈全体の山賊団の集まりなので、全員一箇所に固まっているわけではなく、各地に分散しているとのこと。
ラッセル達の住処はいかにも山賊のアジトという感じの、洞窟だった。鍾乳洞なので中はひんやりとしている。
「この毛布、臭いんれすが……」
あたち用の寝床として渡された毛布は、ほのかな異臭が漂っていた。
「新入り用や替え用の余った毛布なんだよ。普段使ってないし、干してもいないからなあ。俺のでよければ使うかい?」
ラッセルが言うが、あたちは首を横に振った。
「突然押ちかけたわけれすし、あんたに臭い毛布使わせるのも悪いから、今夜はこれで我慢してやんよ。てなわけで、明日は干しておくのれすよ」
「おやおや、姫様は姫なのに部下にもちゃんと気遣いするんだな」
からかうラッセル。
「そういう気遣いがれきない奴は、人の上に立つ資格はねーのれすよ。ついでに言うと、あたちは地獄でも大勢の人を従えていたれすし、どーすれば人心を掌握れきるか、それなりにわきまえているれす」
従えていたといってもネトゲの中での話れすがね。しかし例えネット越しとはいえ、人は人。気遣いはあって当然れす。
「実際には立場だけで威張ってる奴が多かったな。地獄では」
苦笑気味にラッセル。
「こっちではそんなことも無いれしょ。少なくとも停まり人の社会では」
神に捨てられた地は星や国にもよるが、弱肉強食の競争社会が多かっただろうし、上下関係が激しい。それに対し、あの世は基本的にヌルい社会だ。意図的にそういう風に作られたようだから、当たり前と言えば当たり前だが。
遺跡を漁り、古き神々の作ったシステムをいろいろ調査したうえでの推測なので、まだ確証は無いけど。
「そうだけどねー。でも俺、停まり人は性に合わないぜ。地獄でもチンピラやってたしな。ここにいる奴等もそうだよ」
ラッセルがあたちから視線を逸らして言った。
「サガは人それぞれれす。しかしもうてめーらはあたちの下僕れすから、あたちの言うとおりに従って生きるしかねーのれすよ。ま、平穏が欲しいって奴はともかく、刺激が欲しい生き方を望んでいるなら、退屈はさせないのれす」
停まり人が性に合わなくて山賊している奴に、モラルを解いても無意味だが、立場だけは明確に念押ししておく。
「正直リアリティー無いけどな。世界征服するとかさ」
まだ名を聞いてない山賊Aが口を開く。
「あたちの中れは、ちゃんとヴィジョンが見えているれすよ。超巨大で超高層なあたちの真っ白な王宮の前に、超広大な真っ白い庭園が広がり、その前に何兆人、何京人という下々の者共が綺麗に整列ちて、あたちに向かってひれ伏している様が。あたちはそうなるべくして世に現れし存在なのれす」
「いや、そんなこと語られても、俺達には全く見えてこないって」
「今見えないのはしゃーないれすが、そのうちあんたにも見えるようになるれすよ」
山賊Aに向かってあたちが微笑みかけたその時――
「ラッセル、生誕者が迷っていたぞー」
洞窟の入り口の方から、洗濯物の取り込みをしていた山賊Bが報告してきた。
「ここの頭は今はあたちなんらから、あたちに報告しないとらめえっ」
「す、すみません、姫様」
慌てて頭を下げる山賊B。
しかし……あたちもそうだけど、またこんな辺鄙な場所で生誕とか、どういうことなのれしょ。普通生誕はもっと人がいる場所で発生するものである。そうでないと、何も知らないまま人のいない場所で生誕しても困るので、そういう風に作られたわけだが。
「おい、こっちだ。入れ」
山賊Bに促されてアジトに入ってきた人物を見て、あたちは絶句した。
見慣れた寝巻き姿。ほぼ毎日顔を見合わせていた、眼鏡をかけた小柄で細身で気弱そうな面の美少年。
「優助!?」
「姫!?」
ほぼ同時に呼び合う二人。二人共驚きの表情で。
「知り合いかよ」
「あたちが死ぬ前にいた病院で……隣室らった子れす」
尋ねるラッセルに、呆然としながら答えるあたち。
一方で優助はというと、泣き顔でぐちゃぐちゃになってあたちのことを見ている。
「あうう……姫ぇ……本当に姫なんだね……。会いたかったよぉ~。うわぁぁん」
情けない声をあげて泣き出す優助。いい歳こいて、しかも男のくせにこいつは……
……って、待てよ。こいつ何で死んでるんれすか。
「優助。あんた、ろーちて死んだのれすか?」
「姫のいない世界になんて未練も無いし、自殺したんだ。あの世に行けば、きっと姫とも会えると思ってさ。そしたらすぐ会えぶっ!?」
言葉途中に、あたちは思いっきり優助の顔面を殴り飛ばした。グーで。
「あんたが死んで悲しむ者もいるってーのに、なんつー手前勝手なことしくさりやがったのれすか! このヴォケが!」
顔を押さえてうずくまる優助に、あたちは怒りを露わにして怒鳴る。
「僕だって長くなかったんだよ。大して生きられるわけでもなかったんだ。その時間をちょっと早めただけだよ」
あたちを見上げ、悪びれることなく言い放つ優助。
「生きてて、僕に何があったっていうのさ。治りもしない、次第に動くことができなくなる病気を抱えて、苦しみながら死んでいった方がよかったっての? 姫……リザレもいない世界でさっ」
泣きながら訴える優助の言葉を聞いて、あたちの怒りが醒めていく。確かにこいつは……あたちと同様に不治の難病を抱えていて、生きることにほとんど希望を持てない奴だった。
そして、あたちに依存していやがった。自ら命を絶つという選択も、考えてみたら無理のないことだし、責めるのもどうかと思う部分もある。
一方であたちは、あの世とこの世の知識を全て兼ね備えていたし、あっちでは病院でほぼ寝たきりのろくでもない生を送りつつも、死んだ後にどうなるかという希望もあったし、何より地獄でも、前世の想い人と巡りあい、幸福な時間を過ごすことができた。そんなあたちに、こいつを責める資格も無いか……
ついでに言うと、優助はあたちに彼氏いるのわかっていてなお、あたちに懸想してやがったし、いろいろと苦しい想いをさせてしまったという引け目もある。
それにしても優助が都合よくあたちの側に生誕したことといい、地獄でパライズ――前世の恋人と巡りあえたことといい、人の縁つーのはつくづく惹かれあうように出来ている。それもまた、太古にこの世とあの世のシステムを作り上げた、古き神々の仕業なのかもれすが。
「わかったれすよ。殴って悪かったのれす。ラッセル、ここに生誕者用マニュアルはあるれすか?」
優助に手を差し出しながら、ラッセルの方を向いて声をかけるあたち。優助は許してもらえたと思ったのか、涙ぐみながらも歓喜の表情になる。
「ああ、古い奴だけど一応な」
「こいつの面倒も看てほしいのれす。地獄での友人れす」
「姫様の彼氏じゃないのか?」
からかうように言うラッセルをあたちは首を振る。
「恋人は他にいたのれす。ま、向こうじゃあたちは重病人れしたから、一度も抱かれることなく、処女のままおっ死んじまったれすがね。しかも十六の若さで。あれ? 十五だったかな? まあ、そんくらいれす」
「ははは、そりゃ勿体無い話だな」
「何が恋人だよ……」
ラッセルが笑った直後、優助がダークな声を発した。
「あいつのせいで姫は死んだようなもんだろ。あいつに殺されたようなもんだろ。姫はあいつの夢がかなうまではせめて生きていたいって、あいつにも常日頃から言っていたのに、あいつはそれを知っていながら、姫にあんなこと言って! それで姫もショック死ブーッ!」
喚いている最中に、またあたちの鉄拳制裁が優助の顔面に炸裂した。
「何をぬかしてやがるのれすか。あたちが死んだのはただの寿命れす。吐き違えるのも大概にしやがれれす」
言いつつ、あたちはふと思った。
「まさか優助……それと同じこと、彼にも言ってないれしょーね?」
「言ってやったよ! あんたが姫を殺したって!」
あたちを睨みつけて叫ぶ優助に、三度目の鉄拳が火を噴く。今度はかなり力をこめて。正直今のはかなり怒った。
「だって事実だろ! あいつ最低の男だ! 姫は知らなかっただろうけど、あいつはゲームの中で他の女の子にも声かけまくっブ!」
懲りずに喚く優助に、四度目のパンチ。あーもう、こっちの手が痛くなってきた。
「うわあああああん」
優助はそれ以上噛み付く事無く、突っ伏して号泣しだした。ったく……本当、情けないやっちゃ……。
ていうか、ネトゲ内であたちがリーダーしていたグループの中で、彼が他の女の子プレイヤーにコナかけまくっていたのは、あたちも把握済みだった。でも文句なんか言えるはずがない。あたちは病気持ちの厄介な女だったし。
ついでに言うと、彼は前世――この冥界でネムレスの下僕として行動を共にしてきた時から、ハーレム作ると公言して他の女に手出しまくってたし、主であるネムレスにさえも手出すよーな奴らったし、あたちネレムスと彼で3Pもよくやったが、それを言うとピュアすぎる優助には耐えられないだろうから、黙っておく。ますます彼へのヘイトを募らせそうれすし。
「姫様よぉ、そんくらいにしておきな。殴りすぎだわ」
ラッセルが見かねてたしなめてくる。あたちと優助の関係、さらに地獄にいた恋人に対する優助の嫉妬や怒りなど、今のやりとりで、山賊連中はおおまかに把握完了したことだろう。
「こいつの分の毛布も用意してくれれす。服も」
「ああ、わかってる」
あたちの言葉に優助が泣き顔をあげる。
「優助、仕方ないからあんたもあたちの下僕にしてやんよ。これからずっと行動を共にしろれす」
これ以上こいつを追い詰めるのも酷だし、あたちのために死んだ大馬鹿者を拒むこともれきないし、こいつならマッサージ係も気兼ねせず頼めるので、受け入れてやることにする。
「姫……僕のこと嫌いになってない?」
「軟弱だし、男として超情けないし、見た目の良さと根性あること以外は好きになれる要素全く無いし、今のやりとりですげー大嫌いになったけど、それでもあたちの側にずっと置いてやるれす。ただし、あたちの下僕としてれすよ」
メチャクチャに罵ってやったにも関わらず、一緒にいていいというだけで、優助は涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を輝かせた。
***
あたちと優助は同じ部屋で、すぐ隣り合わせで床に就いた。
洞窟内は広いけど、居住用に作られた専用の個室となると数が限られてくる。贅沢は言ってられないし、山賊と一緒の部屋でもあたちは構わないけど、ラッセルが配慮して、あたち専用の部屋をくれた。しかしどう見ても山賊達の部屋が一つ窮屈すぎるので、優助はこっちで引き取ることにした。
山道を歩いてクタクタだったので、さっさと寝られるかと思ったら、いろいろ考えてしまって眠れない。昨夜は魔力消費したせいであっさり寝られたというのに。
主に彼のことを考えていた。縁の導きにより、神に捨てられた地でも巡り会うことができたというのに、あたちが病気で死んだせいで、置き去りにしてしまった。
前世では逆らったれすがね。彼――パライズが殺されてしまい、私が置き去り。それから長年かけてようやく宿敵を斃した。あたちの命と引き換えに。
置き去りといってもあたちはネムレスと共にずっと行動していたから、孤独は感じなかったが、それでも寂しかった。また会える日を心待ちにしていた。
地獄でまた会えて、そしてまた離れて……何度再会と別れを繰り返すんだろう。
そもそも記憶を失わない秘儀を施したことが失敗だったのか? こっちで死んだ時に全て忘れてしまえば、その方が楽だったのか?
今更考えても仕方の無いことばかり考え、やがて頭も疲れてきた。
取りあえず、彼が来るまでの間に少しでも力をつけておこう。下僕を増やし、支配領域を広げておこう。冥府の謎解き調査もしないといけないし、ネムレスの神殺しにも付き合わされるだろうし、やることは沢山ら……




