表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/185

5 ウレタン野郎がやってきた

 家の掃除はほぼディーグルが務めてくれたが、料理は俺が行った。ディーグルだけにさせるのが悪いとか、そんな殊勝な心がけではなく、料理は自分でしないと気が済まないタチなんで。

 体がガキンチョのせいで、料理の際にいちいち踏み台を使わなくてはならないのが面倒臭い。

 コンロの火は魔法を用いてつける代物なので、そこはディーグルに頼まねばならないし、火の調整の指示もひっきりなしにしなくちゃならないのも煩わしい。これは早めに、該当する魔法を使えるようにした方が良さそうだ。


「美味しいですね。この世界の食べ物や調味料をもう研究しちゃいましたか」


 テーブル向かいに座って飯を食うディーグルが褒めてくれる。


「料理は研究し続けるもんだよ。明日はもっとうまく、その次はもっとってな感じで。たまに失敗する事もあるけど、それはさらにうまくするための、必要な失敗だ」


 おそらくドヤ顔で俺は言った。


「それに同じ人相手に料理を作り続けていくと、食う人の舌に合わせられていく。舌も同じ人に作られ続けると、その人の料理に合うようにもなっていくしな。だから早く美少女とちぇんじっ」

「太郎さんの料理を食べてくださる、良い相手がいらっしゃったんですね」


 あ、こいつとうとう俺の地雷踏んだ……。


「家に連れてきて料理をふるまいたくても、あいつは病院から出られなかった。その件は出来れば触れてほしくない」

「すみません」


 俺が嫌な顔をして言ったので、ディーグルは素直に謝った。


 あいつがこっちにいるなら、俺の作った飯食わしてやりたいなあ。他の男作ってなければ……他に男作ってなければ……あううう……

 別に生前付き合っていた女はあいつだけじゃないけど、本気の本気で入れ込み、今でも忘れられず好きなのは、あいつ一人だ。


 さて、いつ市長から要請が来るかわからんし、知識の詰め込みや見聞を広めるのも一時中断し、力の研究をしないといけない。

 絵に描いた事が現実に起こる奇跡。ぼくがかんがえたすごいのーりょく的には、ひねりのない発想な気もするが、実際こうして身につけてみると、すげー能力だと思う。

 どのくらいの規模の絵で、どれだけ力を失うか。それは早めに知っておかないと不味いからなー。

 少なくとも出来ない事があるのはすでに確認住みだ。成長した俺の絵を描いたが、何の変化も無かった。せめて股間の天使だけでも悪魔にクラスチェンジさせようと試みたが、それも無理だった。ふぁっく。自分の体に直接影響を及ぼす絵は無理ってことだ。


 リビングにて、まずは暖炉の絵を描く。スケッチブックに火を描きこむことで、暖炉に火をつける試みだ。

 最初は写実画で。


「気持ち悪いくらい凄い速さですね」


 超スピードで絵を描き上げた俺に、テーブルの向かいに座って見物モードのディーグルが言った。素直に称賛できないのか、こいつは。

 それにこれは能力を用いているからこそのスピードだ。この鉛筆とスケッチブックを実体化させている状態以外では、こんな速さで描けるはずがない。


 絵を描ききり、絵のページが光り輝き、スケッチブックが浮き上がり、ページが破れて宙を舞う。いちいちこの演出がつくのは面倒だな。時間もかかるし……


「ほほお……」


 ディーグルが感嘆の声をもらす。見事暖炉に火がつきましたー。体力の消耗は……まるで感じない。


 次のテスト。抽象画で描いてみる。今度は暖炉の火を消す。

 さらに次は漫画っぽい絵で、その次は水墨画で、という感じで、絵柄をいろいろ変えてみる。

 絵柄によって体力の消耗が変化するという事は無いようだが、あまり適当に描くと駄目なようだ。体力こそ消耗しないが、うまく火がつきも消えもしなかった。下手でもいいので、真剣に描かないといけないようだ。


「わざわざ絵に描いて暖炉に火をつけるくらいでしたら、魔法で普通に火をつければいいだけの話ですよね」


 最初は興味津々てな感じでにやにやしながら見物していたくせに、明らかに飽きてきた様子のディーグルが突っ込んできた。


「そういう問題じゃなくてこれはテストだっつーの」

「テストをするとしても、せっかくですから、その絵の奇跡でしか出来ない事をテストしてみてはいかがですか。そうでないと見ている方は楽しくありません」


 むう……一理ある。でも別にこいつを楽しませるために、やってるわけじゃないんだが……


「例えばどんなよ?」

「太郎さん、想像を怠ってはいけません。私に振るのではなく自分で考えましょう。それが太郎さんの為でもあります」

「その台詞を意訳すると、何も考えずに言うだけ言って、自分の方に振られても思いつかないから、それも俺が考えろってことか」

「はい、その通りです」


 ジト目で嫌味ったらしく言う俺に、満面に笑みを浮かべて肯定するディーグル。


「よし、いいこと思いついた。もし俺のやること見て面白いと思ったら、素直に面白いと褒めろよ?」


 スケッチブックを消し、俺は立ち上がる。


「私はそこで意地を張るような性格ではありませんよ」

「よし、じゃあ兵舎に行くぞ」

「兵舎?」


 怪訝な顔をするディーグルに俺はにやりと笑ってみせる。


「想像力を働かせて、俺が何をしようとしているか当ててみなよ。想像を怠ったら駄目なんだろ?」


 そうお返ししてやると、俺は部屋を出た。


***


 この世界の兵士の多くは、乱す者達との戦いのために存在しているという。遠い北の地と東の地では、それとは異なる敵とも戦うのだが、その話はまた別の機会にしよう。

 大都市には必ず軍隊がいる。大都市に直接乱す者の軍隊が攻め入る事はそうそうないが、テロを起こされる事はあるし、大都市周辺の宿場町や農村や集落は、乱す者が軍隊で攻めこんでくる事もあるとか。

 葉隠市の兵舎には、俺が生誕した際に戦っていた葉隠軍の兵士達がいる。葉隠市兵第十八部隊――ドポロロや堀内達のいる隊だ。俺は彼等を訪ねて、力の研究の協力を仰いだ。


「面白そうっスね。何をするんスか?」

「ちょっと怖いな。安全なんだろうな」


 ドポロロは乗り気だったが、堀内は苦笑しながら応じた。


 実際の所、堀内自身が恐れている様子は無かったが、兵士達の中には明らかに恐れている者がいたので、場の空気を和ませるために、あえて堀内が代弁するような形で口にしたのだろう。

 リーダーの立場にあるものが、兵士の恐れを理解しているという事を集団に示し、同時に集団と向き合う者――俺へも示すという気遣いだね。うん、わかるわかる。


「第十八部隊の救世主様の頼みとあっては、断れんじゃろー」


 そう言って不敵に笑う髭面のドワーフ。さっき自己紹介されたが、第十八部隊の副隊長で、ザンキという名だ。


「それはそうとディーグル、何しとるんじゃ」

「見ての通り、このちんちくりんの御目付け役兼従者を頼まれてしまいまして」


 ザンキとディーグルは知り合いらしい。誰がちんちくりんだ。


 それから俺と第十八部隊は、兵舎の横にある演習場へと向かう。幸いにも空いていた。兵士達は皆、近接用の武器を携えている。


「えっと、これから俺が呼び出すものと戦ってほしいんだ。訓練の一環か何かと思って」


 並んでいる兵士達に向かって解説する。武器の携帯も前もって指示してあったから、彼等にもその予感はあったようで、動揺している様子はない。


 スケッチブックと鉛筆を実体化する。スケッチブックを実体化させる場面を初めて見た兵士達の間で、軽いどよめきが起こる。

 超高速で絵を描く。目の前にいる第十八部隊の兵士達全員と、彼等と同じ数の異形の兵士が第十八部隊へと襲いかかる場面。


 スケッチブックが宙に浮かびあがり、輝きだす。これにも初見組がどよめく。しかし本当に驚くのはこれからだ。

 絵を描いたページが破られ、目を開いていられないほど光が増した直後、光とページの消失と共に、演習場に異形の兵隊が出現した。


「行け! ウレタンソルジャーズ!」


 俺が命令する。本当は命令しなくても勝手に行くんだけど、叫んだ方が何となく格好いいと思って。

 現れたのは、色とりどりのカラフルな模様づけがされた、ウレタン製の兵隊だった。全員剣だの槍だの両手槌だの釘バットだのヌンチャクだので武装している。もちろん武器もウレタンだ。当たってもペインを与えないように。


 絵の現実化の実験の一つ――質感の再現、ひとまず成功。ウレタンとか難しいと思ったが、描いた俺本人がそのつもりであれば、それで通ってしまうみたいだ。


 第十八部隊とウレタンの兵隊達が戦っている。第十八部隊の兵士らが武器を振ると、あっさり切り裂かれるウレタンソルジャーズ。嗚呼、なんてモロいんだ……。行け! 頑張れ! 負けるなウレタンソルジャーズッ!

 わずか一分そこそこで、ウレタンソルジャーズはボロボロに切り裂かれて、地面に転がっていた。ふぁっくっ、立てっ、立ってくれっ、俺の可愛いウレタンソルジャーズゥ!

 まあウレタンだからモロいのも当たり前。しかし切り裂かれたウレタンの兵隊達は、絵を再現しようとなおも、切られて転がった状態で戦おうと、ゾンビのようにもがいている。何かキモい光景だな……。第十八部隊の兵士も若干引き気味。


 さて、この実験ではさらに二つほど目論見があった。一つ目は、結構な規模で多くの物を描いたが、これでどれだけ体力消費したか。二つ目は、時間制限がどれくらいか。

 体力の消費は――相変わらずまるで感じない。今回は兵士達及びそれと同じ数のウレタンソルジャーを描いたのだから、かなり消費すると思ったのにな。

 制限時間はよくわからん。絵に描いて現出させたモノは、一体どれくらい留まって動き続けるんだ? もしかして半永久的か? キモいけど少しこのままにして、次の実験に映ろう。


 再び絵を描く俺。


「行け! ウレタンドラゴン!」


 今度は翼の生えた、全長20メートル高さ3メートル強は有りそうな巨大なドラゴンだった。もちろんウレタンで出来ている。兵士達が慄く。

 ウレタンドラゴンが口を大きく開き、ウレタン屑ブレスを吐く。大量のウレタンの小さな破片の噴射の直撃を受けた兵士達が、嫌そうな顔でウレタンの破片を払い、口の中に入った破片を吐いていた。

 何か俺……すげー嫌がらせしているような気分になってきたけど、多分気のせいだろう、うん……。


 しかもウレタンドラゴン、翼があるくせに飛ばない。ひたすら口からウレタン屑ブレス吐いているだけ。これはあれか? 描いた絵が、兵士達に向かってウレタン屑ブレス吐いている内容の絵だったせいか?

 出現させるものの行動パターンが、時として一つに決まってしまうケースもあるようだ。ウレタンソルジャーズはちゃんと得物に合わせて戦っていたので、必ずそうなるとも限らないようだけど。

 それを踏まえたうえで、俺は次の絵にかかる。今度は一つのスケッチブックに、複数の絵を描いてみた。マンガのようにコマを割り、複数の行動パターンを描く。


「行け! ウレタンゴーレム!」


 身長5.7メートルの巨体を誇るウレタン製ゴーレムが現れる。

 ウレタンドラゴンに手を焼いている兵士達に、ウレタンゴーレムがさらに加勢に加わる形で襲いかかる。巨大な足で蹴り飛ばす38文キック。回収機能もあるウレタンロケットパンチ。当たり所が悪いと痛いかもしれないウレタンヒッププレス。


 よし、実験成功。行動パターン及び発生する現象を複数指定したい時は、一つの紙に複数描けばそれでよいみたいだ。


「おい、ちょっといい加減にしてくれよ、こいつら」


 堀内が抗議してきた。流石にウレタンドラゴンとウレタンゴーレムはしぶといというか、質量があるから、いくら兵士達が削っても中々行動不能に追い込めない。その間にも暴れまくるので、兵士達も結構うんざりしている様子だ。


 あれ……? ちょっと俺疲れてきた? 軽い疲労感。流石にここまで連続して規模大きめな絵を描くのはキツかったか。


 しかしいつまでも暴れているウレタンズを放置もできんし……えーっと……消すのはどうしよう。

 まずウレタンズ全部を描き、同じ紙にそれらが消えていく様を描く。四コマ漫画な感じで、次第に消滅していく感じで。うん、これでいけるかな。

 同じことを人間相手に描けばと思うとぞっとするよね。ていうか、最初戦場で描いたんだけどね。死や消滅に繋がることを描くと、おそらくそいつは問答無用で死亡と思われる。俺TUEEEEEどころじゃねえぞ、この能力。


 スケッチブックの光が消えた直後、ウレタンズは動きを止め、体の下の方からゆっくりと霧状になって消滅していった。


「すまんこ。お詫びにいいもの見せてやんよ」


 今度の実験はモノの実体化ではなく、現象だ。

 絵を描き上げると、俺、第十八部隊の面々、ディーグルは、演習場から別の場所へとワープしていた。


「うおおおおっ!」

「何じゃこりゃあああっ!」


 兵士達が口々に喚いている。中には引きつって声も出ない者もいる。


 俺達全員、空の上にいた。よしよし、うまくいった。

 足元は空に浮かぶ透明の板。突風避け及びうっかり落ちないための、透明のシールドも張り巡らしてある。


 これも一枚の紙に二つの絵で表現した。空に浮かぶ一つは透明の板の上にいる俺達全員を横向きに描いた。もう一つは俯瞰して俺達の下に葉隠市を描いた。

 空間に影響を及ぼす現象を発生させる際、俺は自分の目で見たものしか現実化が出来ない。しかし先日、市庁舎のビルの上から兵舎周辺の風景を目で取り込んで記憶していたので、その条件はクリアーしている。


「見ての通り、空の上だよ。葉隠市の上空だ。皆が空の上にいる絵で、ワープできないかなーと思って実験してみたが、うまくいった」

「その実験に失敗したら、空に放り投げられて落ちて死ぬ可能性もありましたよね」


 ディーグルが笑顔で余計なことを言う。


「あうあう……今は空からの眺めを楽しんでくれよ」


 言われるまでもなく、兵士達は地上の眺めを楽しんでいた。まあ本当にファンタジー世界の住人だったらもっと驚きまくっているかもしれないが、そうではないからな。少なくとも元々地球にいた人間連中は、飛行機に乗った経験だってあるだろうし。


「すげーッスよーっ。空の上から地上を見ると、こんな風になってんスねーっ。兵舎はどの辺りにあるっスかねー」


 ドポロロはしきりに興奮して喜んでいた。ゴブリンが神に捨てられた地でどれほどの文明レベルなのかは不明だが、少なくともこいつは飛行機に乗った事も、高層ビルに上った事も無さそうだ。


 もう一度絵を描く。兵舎に皆がいる絵だ。それで俺達は元に戻った。

 実験はこれくらいでいいだろう。肉体的な疲れは大したことは無いが、これ以上第十八部隊の人達をあれやこれや付き合わすのも悪い気がして。


「皆さん、御協力ありがとさままま。俺も乱す者と戦うから、よろしくねっ」


 深々と頭を下げて礼を言う。


 市長に要請されるまでもなく、俺はあいつらと戦うことを決めていた。そうしなければならない理由が二つある。

 一つは、夢の中で現れた美少女の台詞。乱す者達と戦って辿りつけと彼女は言っていた。あれはまさに託宣だった。彼女の正体はわかっている。あれこそが、神聖騎士とやらである俺が仕える神なのであろう。あの口ぶりからするとそうとしか思えん。

 そしてもう一つは……うん、アレだ。


 顔を上げて、兵士達の反応を伺う。

 嗚呼……やはり駄目か。何人かは明らかに俺のことを恐れた目で見ている。うーん、とっても微妙な雰囲気だ。巨大すぎる力をひけらかしてみせた後で、謙虚ぶって味方アピールしてみたものの、大して効果は無かったか。


「貴重な体験できたッスよー」


 ドポロロがフォローしてくれる。嬉しいねえ。こいつ絶対いい奴だ。


「あのさー、俺のこの得体の知れない能力を皆怖がるのはわかるけど、これって使い方によっては、凄い武器になると思うからさ。何しろ絵に描いた事を現実化だからな」


 愛想笑いを浮かべ、俺は恐れている兵士達に向かって語りかけた。


「んで……その……俺のこと怖がらず、受け入れてくれないかなー。なんつーか、不気味がる気持ちもわかるけど、不気味がられるのも結構しんどいしさ。もしどうしても嫌だって言うんなら、市長の要請があっても、ここにいる第十八部隊にだけは配属してもらわないよう頼んでみるけどね」


 兵士達の前で、俺は思っていることを包み隠さず口にする。俺がここに来たのは実験のためだけではない。これから一緒に戦う連中に理解してもらうため、打ち解けるためという目的もあった。


「俺は是非受け入れたいっス。太郎君半端ねーっス。いてくれれば助かるっスよ」


 真っ先にそう言ったのはやっぱりドポロロ。ああ、本当こいついい奴。抱かれてもいいわ。いや、やっぱり抱かれるのは勘弁。


「つーかなー、わしら一応軍人じゃしの。キモいから一緒に戦うの嫌だとか、そんな情けないこと言えるわけなかろー」


 副隊長ザンキが笑い飛ばす。ああ、こいつもいい奴。


「太郎の力は確かに凄い戦力であるし、太郎は自分が怖がられる事承知のうえで、我々に馴染もうと頑張ってくれた。その心意気を無下にすることは私が許さん」


 そして隊長の堀内の素敵なダメ押し。ありがてえありがてえ。


***


 実験自体は完全に満足いくものではなかったが、いろいろ得られる事もあった。これからも続けていこう。かなり力を使いまくったにも関わらず、疲労感を覚えたのは一回だけだったし、まだ謎が多い。

 その一回の疲労が、ちょっと気になる点でもある。単に力を連続して使ったせいか? それとも……


「大して面白くは無かったですが、兵士達とうまく打ち解けたのは感心します。そこそこにコミュ力をお持ちのようで」


 帰路の途中、ディーグルが声をかけてきた。


「隊長の堀内が機転も気配りもできる奴だから、うまくいったという点もあるけどね。他にも合わせてくれる奴がいたし。でも内心まだ疑っている奴だって多いだろう」


 ディーグルは褒めてくれたのかもしれないが、真に受けはしない。冷静に考えて、あれで皆仲良しなんてそんな単純な話、有り得ねーだろ。


「一つ気になっている事があるので訊ねたいのですが、どうも太郎さんは、積極的に乱す者と戦いたがっているよう見受けられますね。彼等との間に何かあったのですか?」


 夢の中のお告げはともかくとして、もう一つの理由はディーグルに話しておいた方がよさそうだな。


「俺はここに来る前……死ぬ前に、あっちで人を殺した」


 足を止め、ディーグルの方に振り返ってそう言ったものの、ディーグルは眉一つ動かさなかった。


「そいつも当然ここに来ているだろう。あの世なんだからさ。で、俺は確信している。そいつは間違いなく乱す者になっているはずだ」


 初めて会った時から、俺はあのバスの男に強烈な縁を感じていた。同族のようでいて、似て非なる者。強い近親憎悪。歪んだ鏡。

 何故確信しているのか、自分でもわからない。俺が仕えるべき神様のお告げみたいなもんが、知らないうちにすりこまれているのか、それとももっと単純な直感か。


「そいつは年端もいかない子供を人質にするような屑だった。世界の全てを憎んでいるような奴だった。で、俺がここに呼び込んだであろうあの男が、この世界に災いを撒き散らす事になったら、俺に責任あるじゃん。だからできるだけ早く見つけて、もう一度殺してやる。そのためには乱す者と積極的に戦っていれば、見つけやすいと思うんだ」

「考え過ぎではないですか。その人物がこの世で災いを振りまこうと、君に責任などありませんよ」


 ディーグルはそう言ってくれたが、ここはあいつの望みがかなう場所なんだ。あいつは世界を憎んでいる。幸福な人間を傷つけたがっている。俺にはわかる。俺も一時、憎しみに捉われた事があるからわかる。


「過剰に意識しすぎているかもしれないけどさ……。自分勝手な思い込みかもしれないけどさ……。それでも俺の中で強く信号が鳴っている感じなんだよ。うまく伝わんないかもだけど」


 それだけ言うとディーグルに背を向けて、俺は再び歩き出す。当然ディーグルも着いてくる。その話題は、両者共それ以上口にしようとはしなかった。


「それはそうと、髪の毛長すぎませんか? 少し切ってあげましょうか?」


 ディーグルが唐突にそんなことを申し出てくる。長すぎって、耳が隠れて見えなくなっている程度だろうに。


「いや、いいよ。俺は長めがいいの」

「しかし……」


 あっさり拒否する俺に、ディーグルはまだ何か言いたそうだった。何か問題でもあるのかと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ