45 馬鹿は死ななきゃ治らんと言うが、もう死んでるし
俺の言葉に、それまで警戒しまくって威圧的な態度だったそいつらが、あからさまに動揺しだしている。
「失礼しました。こちらです」
凄んできた男が頭を下げ、穴の中へと促した。
うまくいった。しかし問題はここからだけどね。
従者二人の様子を伺うと、ディーグルもゴージンもポーカーフェイス。しかしディーグルは目線だけで、いかにも何か言いたげな感じ。
階段を下りていく。綺羅星の地下街とは違って、えらく狭苦しい通路だ。まあゴブリン用だからしゃーないとはいえ。
しばらく進むと穴の分岐やら横穴があり、先頭の男の案内で、横穴の一つへと入る。
「脇坂氏の遣いという方が御目見えに……」
横穴の先の扉をノックし、男が躊躇いがちに告げる。
「どうぞ」
中に入ると、狭い通路とうってかわって結構なスペースの広間。様々な種族の八人が、細長いテーブルに向かって座っていた。会議中って感じ。七人が男性で、女性は一人。
「はじめまして、山本です」
一人が立ち上がり、頭を下げる。こいつが木村の元秘書か。普通っつーか、特徴無しっつーか、冴えない男っつーか。テロリスト集団の重鎮にはとても見えないな。
コボルトの姿は無い。つまりこの場に首魁であるブラッシという男はいないわけか。
「あんたらのやり方に大いに疑問有りだ。それを伝えにきた」
先ず俺の方から切り出す。ここに来るまでの短い時間で、ある程度の台詞を必死に考えてきた。
「何が問題だと言うのですか?」
「言われなければわからないのも問題じゃないか?」
うーん……情報を聞き出すには弱いか? 綱渡り感がすげえ。リザレならもっと上手いこと舌が回るだろうが、俺はこういうの苦手だ。リザレがいればなあ。
「確かにそちらに汚れ仕事を押し付ける形にはなります。だがそちらにとってもメリットの大きな話でしょうっ。だからこそ承服してくれたのではなかったのですか?」
ぐぬぬぬ……汚れ仕事とは何だ。メリットとは何だ。どうやってそれらを聞き出したものか。ああ、もうリザレがいればなあ。
単純に葉隠の弱体化になるからメリットなのか? それを承知で乱す者と結託しているってことは、ひどい裏切り者だなあ。セラが怒っていたのもわかる。思想のために都市を売り渡し、住んでいる人を危険に晒すのだから。
「本っ当、頭悪いのと会話は疲れるな。承服できないから、こうして文句を言いに来たんだよ」
会話の繋ぎにしかならない言葉しか出てこない。もっと頭働かせろ俺―っ。リザレがいればなああぁぁっ。
「アリアを市長から引きずり下ろすことさえ成功すれば、そしてブラッシを新市長にすえれば、貴方方と和平を結ぶ。もう葉隠と乱す者は争わなくて済む。そういう条件で我々は手を結んだ。これで万々歳でしょう。何が不服かはっきり申してください」
は……?
山本の言い放ったその言葉に、俺は衝撃を受けた。
反アリア派と乱す者との間で、何か密約があるのは確かだと思ったが。よりによって和平交渉?
こいつ……いや、こいつら、本気で馬鹿なんじゃないのか? それも特大級馬鹿。頭の中お花畑で正真正銘のパッパラパー。
別に乱す者と和睦を結ぶことそのものは悪くない。いつまでも争っていてもしゃーないし、互いに争わずに済む道だってあるはずだし、むしろさっさと戦争終結させることができれば、それに越したこたーない。
だが乱す者側が葉隠市との戦争を辞める条件が、強硬派で独裁宣言までして軍事色を強めるアリアの失脚だと?
乱す者が本気で争いを終結させたいなら、そんな条件など不要だろ。今すぐ和睦を求めれば済むことだろう。それをせずに、乱す者達にとって非常に厄介なアリアの失脚後に戦争やめましょうなどと、そんな条件をちらつかせるってことは……
つまり乱す者は、山本らにこう言っているのだ。「お前らが強くなりそうだから、お前らが弱くなる手伝いをしてやる。お前らが弱くなったら、もう喧嘩売るのも辞めてやるからな」と。
で、このギャラクシー級馬鹿共らは、それを鵜呑みにしちゃっているわけだ。あははは……いや、笑えん。
有りえんだろ。葉隠市が弱体化された後、乱す者はここぞとばかりに葉隠を攻める気満々だろ。そんな道理すら、こいつらにはわからんのか?
あまりの馬鹿さ加減に、俺は二の句が告げなくなってしまった。せいぜい互いに都合いいから暫定的に利用しあっている程度と思っていたら、そんな取り決めがあったとは……
何だろうね……馬鹿もあまりに度が越すと、眩暈というか絶望感というか、そんな感覚を覚える。人は進化も進歩もするが、猿以下にもなれるってことか。
「あんたらは平和を求めるために、アリアのような極右思想の持ち主を排除したい。軍事国家のような有様も、独裁者の支配下で暮らすのも真っ平ごめんだと、そういうことだな?」
当初の目的も忘れ、俺はこいつらの馬鹿っぷりの再確認を行いにかかった。
「その通りですよ。何故今更そんなことを?」
流石に山本が不審な表情になった。でももういいや。会話遊びするのも馬鹿らしくなってきたし。
「我々に何をさせようというのだ?」
ストレートに質問してみる。もちろん乱す者の役割などすでに伝達済みだろうし、それをここで再確認するなど、おかしな話だ。いや、おかしすぎる話だ。
しかしだからこそいい。相手は怪しがるのを通り越して、戸惑いすら覚えるだろう。しかもこちらは堂々とした態度でいることがポイントだ。
これぞリザレより習った、人の心理を突いた会話の奇手。
「何をと言われても……先ほどから何のことか……」
あからさまに戸惑いの表情を浮かべている山本。
何が不服なのかいつまで経ってもはっきり言わない相手だが、目の上目線で責めにかかっているという事と、乱す者に背を向けられたら困るという事情があるがために、強気には出られない状態でいる。
「戸惑っているのは我々なのだよ。いや、何か企みがあるのではないかと、怪しんでいると言った方がいいか。そちらの提出した条件があまりにも我々に都合が良すぎるんでね」
口にしてからしまったと思った。汚れ仕事とやらを請け負うことへの不満という事にしておけば、乱す者に何をさせるつもりなのかも、聞き出せたかもしれないのに。
あー、俺も馬鹿だ。目の前に凄い馬鹿がいるから、馬鹿が伝染したわ。ふぁっく。
「アリアを亡き者にした後、我々乱す者が葉隠を襲う可能性を何故考えない?」
ああ……とうとう言っちゃった。山本は俺のその一言に驚愕している。
「普通なら真っ先にそれを考えるはずだ。思い至らない理由は、底抜けの馬鹿なのか、あるいは我々をハメようとして美味しい餌をつるしたつもりなのか、どちらかだろう?」
「し、しかし貴方方は、一度は我々の出したその条件を呑んでくれたではないですかっ!」
山本が青ざめた顔で喚く。俺はまた眩暈を覚える。
嗚呼……もはやこれは馬鹿の奈落だ。よりによってこいつらの側から、その条件を提示したのか。
「入り口の方に気配が……」
ディーグルが耳元でこっそりと囁いた。
何か……嫌な予感がするぞ。いつぞやの自宅砲撃脱出劇と同じ、映画やらで使い古されたパターンの予感。そう、ここで乱す者達がやってきちゃうとか、そういうよくある展開ね。
「わ、脇坂氏が御目見えになりました」
扉の外から声が。あちゃー……やっぱりか。
実に嫌なタイミングで来た――と一瞬思ったが、これは逆にチャンスかもしれないな。来る前に思いついた秘密の作戦が、うまくいくかもしれん。
「よし、変装解除」
スケッチブックを取り出し、予め描いてあった変装解除の絵を発動させて、元の姿に戻る俺ら。
「おやおや、奇跡の絵描きじゃないか」
微笑を浮かべ、心なしか嬉しそうな響きの声をあげる脇坂。護衛と思われる乱す者も何人かいる。
一方、変装が解けたうえに、奇跡の絵描きの呼び名が出されて、山本らはあからさまに顔色を変えている。
「脇坂、こないだの同時多発テロ騒動の件のせいで、幹部クラスの乱す者はもう捕縛せず、即座に処分てことになっているのに、郊外とはいえよく葉隠市内に顔出せるなあ」
「一応外では変装しているよ。君らほど上手な変装でもないがね。というか、私を気遣ってくれているのかね?」
からかうように言う脇坂だが、嫌味な響きは無い。
「何をしようとしているのか知らんけど、本気でこんな奴等に力を貸すのか?」
「こ、こんな奴等とは何だっ。アリアの子飼いめっ。我々は……」
「というと?」
抗議しかけた山本を手で制し、脇坂が問う。
「流石にこいつらの馬鹿っぷりはわかっているだろ。アリア憎さのあまり、あるいは自分達の思想を押し通したいがために、葉隠市を売り渡すような真似をするような連中だ。そんな底抜けの馬鹿共の計画に加担すりゃあ、そっちだってろくなことにならないんじゃないか?」
「かもな。まあ、実を言うと俺達もあまり期待はしていなかった。うまくいけばラッキー程度で力を貸してやるつもりでな」
俺の言わんとしていることを汲み取って、脇坂は苦笑気味に言った。会話の早い奴は本当助かるぜ。
「お、おいっ、何を言うんだっ!」
山本が抗議の声をあげるが、俺も脇坂も無視。
「実際、これ以上関与したくないというのが本音だな。何しろ我々に何度も苦渋を飲ませた奇跡の絵描きが、刺客として送り込まれてきたのだから。事を構えるとしたら我々も覚悟を決めて本腰でかからねばならないが、今の戦力では中途半端だ。そういうわけで山本さんよ、乱す者はこの件から手を引かせてもらう」
「そ、そんな……」
脇差の宣言に、がっくりと肩を落とす山本。
よっしゃー、口先だけで乱す者を退場させてやったぜー。つーか、うまく行き過ぎ。元々脇坂達はこいつらを快く思ってなかった節があるようだな。俺の交渉術云々以前に、運が良かっただけか。
「で、俺のことは殺さなくていいのか? 幹部クラスは即粛清なんだろ?」
腕組みし、余裕に満ちた笑みと態度で脇坂が尋ねてくる。もちろんこいつは、俺がそうしないと見抜いた上で言って遊んでいるのだ。
「殺すべきだろうな。生かしておけば、それだけ俺等に害を成すわけだから。とはいえ、俺の口車にうまいこと乗ってくれたから、そいつと差し引きで見逃してやりたいなーって気分」
本音を言うとこいつを殺したくないって気持ちはあるんだけどね。何か俺のこと買ってくれているみたいだし。なので、見逃せる条件を作ることができてほっとしている。
「彼等の言うことを鵜呑みにして信じるのですか?」
ディーグルが口を挟んできた。
「信じていいと思うぞ。こいつは単純な損得の計算だ。俺が脇坂の立場でも同じ選択をする。油断させておいて不意打ちしてくる可能性もあるが、それだってリスクは伴う。この馬鹿共のために、そのリスクをかけるだけの価値があるのかって話だよ」
山本らの方を見て俺は言った。何人かは俺を睨んでいるが、どうにもできまい。ざまーみろ。
「警戒すべきは絵の奇跡だけではないようだな」
俺を見ながら、感心したように脇坂。
「それはそうと綺羅星はどうだったね? シリンと絡んだと聞いたが」
「綺羅星町は気に入ったよ。また遊びに行きたいね。あっちで知り合いも作ったしな。あの町くらいが俺に丁度いいかもな。思想の二極化が大嫌いな俺からすると、停まり人もお前らも極端すぎてついていけないしな」
「むう……」
俺の言葉に脇坂は唸る。この男の思い描いていた当てが外れたのかな?
「こいつらの仲間が他にいると思うんだが、何か知ってるか?」
「一応敵同士だしなあ、そのうえこいつらとは一時的にではあるが、つるんでいたのだし、そこまで喋る義理も無いし、喋れば仁義にもとるだろう。ここいらでお暇しておくよ。じゃあ、機会があったらまた」
俺の問いにそう答えると、脇坂達は建物の外へと出ていった。ま、その機会はあると思うがね。
「さて、拘束だけしとくか」
そう呟いてスケッチブックを呼び出し、山本達を拘束する絵を描いた。
***
セラランダ滝澤鈴木の四名が到着したのは、脇坂達が去っておよそ十分後くらいだった。
「成果有り、失態も有りという所ね」
プビュウを通じて状況を把握しているセラが、拘束されて転がっている山本達を見下ろし、溜息混じりに言った。
成果は乱す者をこの件から手を引かせたこと。失態は反アリア派のメンバーを全員把握する前に、奴等に見つかってしまったことだ。一応捕縛してはいるが、ここにいないメンバーを一人残らず把握して一網打尽という策は取れなくなっちまったな……
「拷問して聞き出せばいいさ。拷問好きそうな奴が二人もいるし」
「あたしは拷問なんて好きじゃないよ。失礼なこと言うんじゃないよ」
「全くだ。我は然様に悪趣味に非ず」
何故かランダとゴージンが反応した。
「いや、ディーグルと鈴木のこと言ったつもりだったんだが……」
「我が極めしペインの見切リをあてにしないのであルか。そレはそレで残念也」
なるほどその辺で反応したのか。
「どうして私が看病好きだけではなく、拷問好きであることもバレたのか、詳しく問いただしたい所ですね」
真顔で言うディーグル。否定しないのかよ……
「私が拷問好きという設定は、どこから来たの? 暗い女だから? それってとても安直。太郎の発想はとても貧困。でも好きかどうかは別として、ルヴィーグア様を狙う愚劣な輩を拷問することには、何の躊躇も無いし、一切の良心の呵責も無いし、是非私にやらせてほしいわ」
憎悪のこもった声で鈴木。
「い、いくら拷問されても、同胞を売るなどできん」
拘束されている一人が震える声で強がる。
「まあ拷問はしないさ。そんな悪趣味なことはやりたくない。手っ取り早く薬物を使えばいい」
「薬物も大概だろ」
苦笑気味に突っこむ滝澤をスルーして、俺は自白剤の絵を描く。まず注射器の絵を描き、注射器を打たれた奴がアヘ顔になって、ダブルピースしながらペラペラ喋る絵を描く。うん、これで多分いけるかな。
「ていうかそんな便利な方法があるなら、発信機を取り付けて全員の居場所を突き止めてから一網打尽なんていう面倒なこと、考えなくてもよかったんじゃないか?」
「うん、俺もそう思う。つーか今思いついたんだし」
滝澤の指摘を素直に認める俺。
そんなわけで自白剤が出来たわけだが。
「じゃ、下っ端っぽい人からいってみるかー」
注射器を片手ににやにや笑いながら、俺は反アリア派構成員の一人にゆっくり近づく。この場で唯一の女性構成員だ。うん、こういうのはやっばり女を選ばないとね。男の浪漫て奴だね、うん。
誰か止めるかと思ったら、誰も止めようとしない。
「おい、ここで『やめろー、やるなら俺をやれ』って言わないの?」
途中で足を止め、目を背けている山本の方に向いて尋ねる。山本は脅えたように身震いしただけ。ああ、こいつはそういう奴なのね。いや、こういう奴等と言った方がいいか。
「気が変わった。お前にうつわ。廃人になったらすまんこ」
「や、やめろーっ!」
山本が表情を引きつらせ、甲高い声をあげる。
「『やめろー、俺はやめろーっ』てか? はいはい、すぐ済みまちゅからねー。いい子にしてるんでちゅよー」
「ふざけすぎだよっ。いい加減におしっ」
ランダに注意され、俺はちょっとだけ反省した。
***
強力自白剤をうたれて、副作用でアヘ顔ダブルピースになった山本から聞きだした情報によると、市内に計四箇所の拠点があり、一箇所に集まりすぎないようにしているとのこと。連絡要員を兼ねた幹部達が、定期的に拠点を行き来して、指示や演説を行っているとのこと。
カルペディエム暗殺教団のことは、一切知らなかった。ということは、頭目である元市議のブラッシの独断か?
「随分と厄介じゃない? 拠点が四つもあるなんて。そのうちの一つの異変に気付かれる前に、他の拠点も回って制圧しないといけないのだから」
セラが口元に手をあてて言う。
「拠点にメンバー全員が常駐しているわけでもないだろうし、取りこぼしはありそうだな。でもそれはもう、役人に任せるって形でいいんじゃないか? 幹部クラスは俺達でおさえておきたいし、できるだけ大勢をとっ捕まえておきたいところだが」
と、滝澤が提案する。
「そうだな。完全に一網打尽てのは無理があるな。それは認めて諦めよう。幹部さえしょっぴけば、あとは烏合の衆だろうし」
俺も滝澤に同意した。アリアにも事情を話せばわかってくれるだろう。
「だったらさっさと次の拠点に行こうじゃないか。時間が惜しいよ」
「あいあい、行こうか」
ランダの言葉に頷き、俺らは建物の外へ出た。って、中に転がっている奴等をどーすんだ。
「と、言いたい所だが、役人が来るまでの間はこいつら見張ってないと。連絡要員の幹部が来て、こいつら解放しちまうかもしれないしさ。まあ俺の拘束具はちょっとやそっとじゃ解けないけど」
てなわけで役人が来るのを待ち、役人らが反アリア派達を連行するのを確認してから、俺等は馬で次の拠点である赤峰区へと向かった。
特に問題なく、赤峰区の拠点内にいた反アリア派メンバー全員拘束。拠点を仕切っている幹部もいたので、ここは達成。
で、三つ目の白傘区へと向かったんだが……悪いことに、ここで日が暮れてきた。
「時間かかっちまったな。今日中ってのは無理じゃないか?」
目的地に着いた所で、馬を下りた滝澤が声をかけてくる。俺もそんな気がする。
「それだけじゃない。奴等が果たして夜まで拠点にたむろしているかどうか、それも問題だ。昼間だって常駐しているわけでも無さそうだけどさ」
俺は言った。青之丘区と赤峰区はたまたま奴等がタイミング良く集まっていただけで、ついていたのかもしれない。




