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43 対話は戦いの前置き

 カルペディエム暗殺教団の名は俺も知っている。昔、葉隠市で政治腐敗が著しくなり、二つの派閥に分かれて権力闘争が行われ、互いに市議や市長の暗殺合戦まで行われて市長の座もころころと変わった時代。どこからともなく現れ、双方の暗殺に加担した組織だ。


 サラマンドラ都市連合郡は元より、大陸中央南部地域全域で活動する暗殺者組織。暗殺を実行する前に現場に一輪の花を残すのがポリシーだそうだ。

 教団に入ることが許されるのは、家族がいる者だけ。自らの死亡も含めて暗殺に失敗した者は、己の家族を殺されるというふぁっきんな掟がある。

 だが教団に所属する暗殺者は皆、それを承知のうえで、自らの意志で入たった者ばかりだという。家族を失った者は、殺されるか新たに家族を作るかどちらかだとか。


 フィクションならば、ぼくのかんがえたひどいころしやしゅうだんで笑っていられるが、こんなふざけた組織が実在するとなると心底おぞましい。で、そんな奴等にアリアは狙われているわけか。


「思わぬ邪魔が入っちまったけど、用件を言うね。第十八部隊の精鋭を何名か選び、私を狙う敵対勢力の粛清をしろ。ちなみにこいつは極秘任務だからな。堀内とあんたらと、あんたが選んだ精鋭以外にはこの命令は伝えられない」

「とんだ汚れ仕事だな」


 アリアの命を受け、床に残った爆破跡を見下ろして俺は言った。


「私は除外してね。私はルヴィーグア様の護衛と、ルヴィーグア様にたてつく愚かな連中の場所の割り出しがあるから。もちろん彼等の居場所を探るという役目では全面的に協力するわ」


 と、鈴木。何のかんの言って、こいつがいれば結構便利だと思ったんだがな。


「いや、鈴木も行け。お前の魔法は絶対に太郎達に必要になる」

「何を仰られますかルヴィーグア様っ! 私がいなくて誰がルヴィーグア様をお守りできるというのです!」


 アリアの言葉を受け、鈴木が狼狽して喚きたてる。


「自分の身くらい自分で守れるし、私には他にも手練の護衛のあてはある。私を守る盾はそいつらに任せて、あんたは私の敵を殲滅する矛となるのよ。適材適所。聞き分けろ」


 最後の一言だけ凄みを利かせるアリア。


「何ともったいない……甘美なるお叱りを受けてしまったわ。この鈴木キャロリン、全身全霊で主の敵を撃ち滅ぼしますっ」


 胸の前で両手を祈るように組み、鈴木が気合いを入れて宣言する。


「で、具体的にどーするんだよ」

「敵の潜伏場所はある程度はわかっている。でも迂闊に手出しすれば、奴等はまた奥に潜る。できれば一網打尽にしたい。もちろんそれは難しいっつーか、限りなく不可能さ。奴等が都合よく全員集結してくれるわけもないのはわかっている。そこで、あんたの奇跡の絵頼みになる、と」


 えらい無茶振りだなあ……


「絵の力でどーやって奴等をやっつけるかは、俺が考えろってか? その敵とやらも、根こそぎとられるのを警戒しているんだろう?」

「私は絵の奇跡がどれだけの代物なのかわからんから、作戦の立てようがねえよ。太郎が考えてくれるのが一番だ」

「作戦の立てようがねーのはこっちも同じだ。敵の情報をできるだけくれ。考えるのはそれからだ」

「わかった。後でまとめて兵舎に送る」


 うーん……これまでの中で一番厄介な任務かもしれないな、これは。だがやりとげないと、アリアがいろんな意味でヤバい。


「それと、カルペディエム暗殺教団の対処はどうするんだ? ただ守るだけか? 奴等そのものも根絶やしにするのか?」

「依頼者がいなくなれば、奴等は暗殺の手を止めるよ。かつての葉隠の混乱期によればそうだった。だから対立している政治家同士でやつらに依頼し、カルペディエムの暗殺者同士で戦いあったことも何度もあるらしいわ。先に相手を殺せば、自分は狙われなくなるからね。あと、狙われているのが私だけとは限らないぜ? もしかしたら太郎も標的かもしれない。ディーグル、ゴージン、心しておきな」

「承知しました」

「応」


 アリアの警告に、それぞれ返事をする従者二名。


「さっき演説でも宣言したとおり、私は葉隠と乱す者の長きに渡る戦いに、完全な終結をもたらすつもりだ」


 笑みを消し、真剣な眼差しで俺を見据えてアリアは言った。


「途中で呼び出し食らったから、その部分聞いてなかったわ」

「葉隠内部で私にたてつく糞虫共を一掃したら、各戦地で一気に大攻勢に出るため、軍事費を四倍にして兵員を増やすつもりよ」


 俺は絶句した。四倍って……。確かに金さえあれば、兵士志願者は競争になるほど多いから、軍は一気に増強できるだろう。

 ふと、綺羅星でのシリンの話を思い出す。やたら兵士の志願者が多い理由も、退屈な日常に飽き飽きした者達が多いからなのかな……やっぱり。


「ここで私がしくじったら逆に乱す者が調子づく。だから太郎、くれぐれも頼むぜ」

「あいあい」


 気のない返事をする俺。アリアを襲撃者から守るためだけではなく、葉隠の命運そのものがかかっているわけか。全く実感無いけど。


***


『演説後、ウォーター・グノーシス・アリアルヴィーグア市長は市長室にて、カルペディエム暗殺教団の襲撃を受け、これを退け……』


 繁華街に設置されたマジックスピーカーより、早速先程の襲撃の件が放送されている。

 秘書が暗殺者だったということは流石に触れられていないが、それでも堂々と暗殺されかけたことを情報公開しちゃっていいのかねえ? 混乱や不安を招かないためには隠蔽した方がいいんだが、あえて公開するってことは、アリアなりに狙いがあるってことかな。


「伝説の暗殺教団に狙われるとは、ざまーないわ」


 すれ違いざまに、小気味良さそうにそんなことを口にしているドワーフの言葉が耳に入った。ふぁっく。


「何がざまーないんだよ。俺の母親はこの間のテロで乱す者に殺されたんだぞ。市長はその乱す者を葉隠市に今後一切手出しさせないとまで言っているんだ」


 ドワーフのツレらしき人間が、咎めるように言う。


「お前には悪いけど、そんなことできるわけないだろう……。一体どれだけ長い年月、あいつらと延々と戦っていると思っているんだ。ここだけじゃない。他の都市も皆そうだ」

「乱す者を完全に諦めさせるに至らせた都市の例だってある」


 ドワーフと人間はその後も口論していたようだが、歩いているうちに聞こえなくなった。

 アリアを煙たがる者、支持する者、両方いるのはわかるが、今アリアが葉隠の運命を握っているのは紛れも無い事実だ。乱す者に強硬策を取るアリアが失脚すれば、乱す者が勢いづくのは当然のことだ。

 そう考えると、乱す者と組んでまでアリアを排斥しようとする者達は、自分達の思想のために、葉隠の平和そのものを売り渡そうとしているとしか、俺には思えない。


「腹減ったな。庁舎に帰る前にどっかで飯食ってい……」


 言葉途中に、俺は固まった。


「どうした? 太郎」


 不審がるゴージン。一方でディーグルは、俺が固まっている理由がわかったようだ。彼はかつて一度、あいつを見ている。

 葉隠の街中を堂々と歩いているバスの男の姿が、俺の視界内に入った。この間とは違い、普通の洋服姿だ。すぐ横には、奴の巫女だというドワーフの少女もいる。


 互いに談笑しながら歩いている。やはり今回もバスの男からは、狂気も禍々しさも全く感じられない。

 何だろう……あいつがあんな風に楽しそうにしていると、あいつが善良そうなツラ見せていると、それだけですげームカムカくる。何だ、この気持ちは。


「尾けるぞ」


 俺が言い、バスの男の後を追う。尾行なんってゲームの中でしかやったことないが、とにかく付かず離れずして、適当に隠れてりゃいいだろ、うん。


「飯はいいのか?」


 ゴージンが尋ねてくるが無視。


「飯屋に入ったようだ。丁度いいな」


 ゴージンの言うとおり、バスの男とドワーフの娘は定食屋に入った。


「我等も入ルべし。行くゾ」


 ゴージンが俺より先に定食屋へと入っていく。おい……。何だかこいつ最近、マイペースの独断専行が目立っているような……


「彼女は面識が無いから、様子を探らせるにも丁度よいと思います」


 ディーグルがそう言った直後、俺の腹の虫が鳴った。


「いや……もういいや。いつまでも尾行していてもしゃーないし、何しているか直接問いただそう」

「戦闘になりませんか?」

「あいつらデート中みたいだし、それをぶち壊しにはしたくないだろ」


 そんなわけで俺も同じ飯屋へと入っていく。


「お前っ!?」


 店内に入った俺の顔を見て、驚愕するバスの男。俺はそ知らぬ顔で奴が座っているボックス席へ行き、奴と向かい合い、ドワーフの娘の隣に座る。


「ここで何してる?」

「ああ? 何かしたら悪いのか? つーか、何ぬけぬけと座ってきてんだよぉ」


 俺の問いに、憮然とした表情で文句を口にするバスの男。とりあえずは奴にも戦意は無いようだ。


「俺等も飯なんだよ。で、せっかくこうして会ったんだ。いい機会だし、互いに話しとくことくらい一つや二つ、あるんじゃねーかと思ってさ」


 こっちも不機嫌さを隠すことなく、ガンを飛ばしまくりながら言う。


「随分変わったな、お前」

「いろいろあったからな……」


 俺の指摘に、渋面になってそっぽを向くバスの男。そりゃいろいろ無ければここまで人は変わらん。


「お前はまだ破壊の欲求があるのか?」


 もっとドギツい台詞を投げかけてやりたい所だが、奴のツレのドワーフの娘の手前、言葉をいろいろ選ぶ。


「あるぞ。一応……は」


 曖昧な答えだったが、奴の瞳に暗い輝きが宿ったのを俺は見逃さなかった。

 こいつはかつて、怒りに満ちていた。その怒りは消えたわけではないようだ。だがその怒りを己の中に収めることもできるようになった、という所か。


「何かやらかす気か? あ、俺ゴブリンのチキン風肉性サラダで」


 席にやってきた給仕に注文する俺。


「無力感を味あわせてやりたい」


 俺から視線をはずして、バスの男はポツりと言った。


「俺に今ついている信者達の多くはなぁ、乱す者の中でも特に危ない連中だ。ただ暴れたいだけ、壊したいだけの奴等なんだよ。どうしてそうなっちまったか、理由は様々だけどな。別にさあ、世の中を変えたいとか、そんな気持ちがあるわけじゃねえんだ」


 静かに語るバスの男の瞳には、底知れぬ悲しみが宿っているように感じられた。


「そんな奴等でも、乱す者は人手不足だから戦力として受け入れていた。そいつらもそいつらで、他に行き場が無いから、気に食わなくても奴等の指示に従っていた。で、俺が離反した際についてきた。そんな奴等でも、そんな風になっちまった理由がある。死んでなお、全てが憎らしくて許せない。そういう奴等だ。俺等を見下している連中に、俺と俺の信者達と同じ無力感と絶望を味あわせてやりたいんだ。己の無力さの悔しさをな」


 バスの男の言葉に、俺の胸がえぐられる。

 俺も無力感は嫌というほど味わった。その辛さはわかる。しかし……


「奇跡の絵描き、お前に問いたい。世界に虐げられてきた俺達は、無力である自分自身を恨まないといけないのか?」


 俺が口を開こうとした矢先、バスの男が質問してきた。


「誰がそんなこと言ったんだ?」

「皆、腹の底でそう思ってせせら笑っているだろぉ? 全て自業自得だと。糞壺の底でのたうちまわる俺等を見れば、そう思うだろぉ? 答えろよ。俺達は無力だから、そういう扱いが相応なのか? ああ?」

「あっちではそうだったよ。間違いなく」


 自分でそう答えて、再び自分の胸がえぐられるような感触を味わう。


「でもこっちは違うだろ? ニートですら許容されている世界だ。一応天国みたいなもんだしな。そりゃ働いている奴の方が金回りはいいけれどさ。でもどんな暮らしをしていようが、誰も非難しない。下界でそういうのは散々だったから、こっちでは皆でのんびり暮らそうっていう価値観だ。なのに何で下界の恨みをこっちにまで持ち込む? しかもお前も俺も、こちらでは大きな力を手に入れたってのに」


 俺は最初、破壊願望を持つこいつが乱す者になっていることを確信していたが、今はこう思う。実はバスの男のような奴にこそ、この世界は相応しいのではないかと。

 乱す者にもいろいろタイプがある。こいつは破壊願望を持つ乱す者達からは、崇められるかもしれない。だが停滞した世界を嫌って競争社会を求める乱す者とは、こいつは噛み合わんから離反したんだろう。そういう奴等は、バスの男にとって最も忌まわしい存在だったはずだ。


「下界で上昇志向の赴くままにのしあがって他人を見下していた連中が、こっちに来て同じノリを求めれば鼻つまみ者だ。で、中には乱す者になり忌み嫌われている。それでもういいじゃないか」

「俺達にとっての天国はなあ、やり場の無い怒りと恨みと呪いをぶちまけられる場所なんだよ。俺はいいさ。力を得たからな。この力で支配者にもなれるし、このままチヤホヤされてりゃいい気分だし、その気になればハーレムを築くことだってできるだろう。そして今度は見下す側になることもできるだろう。でもそうじゃない奴はどうするんだ? ああ? 俺の信者はそうじゃない奴等なんだよ。そいつらさしおいて、俺だけ幸せになれるわけねーだろぉ」


 やっぱりこいつ……そういう奴か。

 ふぁっく……実に腹立たしい。もっとゲスな奴だったらよかったのによ。いや、会った時のゲスのままでいればよかったのにと、思わずにいられない。何でこいつ、俺の預かり知らない所で勝手にいい奴になってんだよ。いや、やろうとしていることは悪に変わりないが。


 さらに言うなら、ただの自己中野郎だった時に比べ、自分以外の誰かのために戦おうとしている今のバスの男は、はるかに手強い存在となっているに違いない。


「安心したよ。お前の心情はどうあれ、やることは変わり無さそうでな」


 自分でも驚くほど暗い声音で俺は言った。


「俺はこっちに来てから、お前を殺すことばかり考えていたからな。こっちで初めて会った時にお前が俺の前でやったことを見てからは、さらにその殺意が揺るぎないものになった。お前が今どうであろうと、俺はお前のしたことが許せない」


 俺はそれだけ伝えて立ち上がり、ディーグルやゴージンのいるボックス席へと向かう。

 バスの男は何も言わずにうつむき加減になっていた。


「怖い顔をしていルな。太郎のそんな顔は初めて見ル」


 ゴージンにそう言われて、俺は気持ちを整えるように軽く深呼吸をする。うん、駄目だ。全然変化無し。


「キツいな……。悪はただひたすら悪のままでいれば、倒す際のカタルシスもあるし、何の迷いもなくブチ殺せるってのによ」


 俺にしかわからない台詞を口にして、ゴージンの隣に座る。


「彼が市長の件に関わっているかどうか伺いにいったのかと思いましたが、そうではなかったのですね」


 こちらの会話を聞いていたであろうディーグルが、心なしか呆れたように言う。


「今の会話聞いてわからねーのか? ほぼ関係無いってわかるだろうが」


 ディーグルを睨み、刺々しい口調で言う俺。


「さっきから苛々していますね。品が無いのはいつものことですが、さらに言葉遣いが乱暴になっていますよ」


 ディーグルにも言われちゃった……。確かに俺はイラついている。バスの男のせいで。あいつの変化を見て、葛藤を知ったせいで。

 でも奴のやる事は変わらない。だから俺のやる事も変わらない。バスの男が仕掛けてきた時、今度こそ仕留めてやる。


***


 兵舎に戻り、気が乗らない状態で集団訓練することン時間。

 途中ザンキに何度か叱られていたようだが、その記憶もおぼろげだ。

 理由は明らかだが、さっさと気持ちを入れ替えないとな……。今はバスの男なんかのこと考えている場合でもないし。


「新居太郎っ! 市長より届け物だ!」


 また参謀副長が声をかけ、俺に小包を手渡した。だから何でこんな要職にある御方が、使いっ走りをしているんだと。

 小包の中には、反アリア勢力の資料と、アリアから堀内宛への指令書が入っていた。

 堀内に渡して読んでもらう。中身は見なくても俺にはわかっている。昼に俺に告げた内容が書かれているのだろう。


「で、誰を選ぶ? ああ、当然私とザンキは入れるなよ? 隊長と副隊長不在は不味い」

「ランダ、滝沢、鈴木、セラ、ディーグル、ゴージンの六人で」


 気心知れていてなおかつ腕利きの四名と従者二名の名を挙げた。

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