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38 魔王と神

 シリンが向かったのは湖のある方だ。つまり綺羅星町の富裕層が住む地区。

 その中でも一際豪華な豪邸の玄関前に、シリンは降り立った。ここがシリンの家ってわけか。流石は魔王様、いい所に住んでいらっしゃる。


 で、俺はずーっと風呂上りのフルチンで夜空の風をもろに浴びちゃったもんだから、強烈に湯冷めしちまって、全身ブルブルと震えている。

 風邪ひいちまったか? 怪我は即治る世界だが、病気は幾つか存在するんだぞ。下界のような死に到る病ってのはほとんど無いらしいが。


「せめて服着させろよ! お望み通り来てやったのに何なんだ!? この仕打ちは!」


 着地するなり俺が喚いたが、シリンは俺を見下ろし、いきなり俺の頬をひっぱたいた。

 回避訓練を受けていた俺が、全く反応できないスピード。しかもかなり力を込めていて、俺の体は軽く吹っ飛んで倒れた。


「ぼ、僕のど同胞を殺しまくって、軍の施設や兵器を壊してまわった、き、君を、か、歓迎するとでも思ったのっ?」


 どもりながらも、微かに怒りがこもった口調で告げる。


「話があるって言っときながら、こうくるかよ。上等だ……」


 起き上がり、シリンを睨みつける俺。慌てて目を逸らすシリン。


「話をしたくて呼んだのはじ事実だよ。でもね、君にはそ相応の報いも受けてもらうかもね? は、話の結果次第だけどね」

「その話とやらの結果の前に、お前は俺をいたぶってるじゃねーか! 筋が通らんぞ!」

「り理由はわからないけど、僕、クレーマーに絡まれるような感じで非難されてる? か、可哀想な僕……」


 駄目だこいつ。鈴木と同じで、まともに会話通じねえ。こんな奴の話に耳傾けようとした俺が馬鹿だった。


「は、入りなよ……。裸で夜に外にいたら、か、風邪ひいちゃうかも?」


 自分でやっておきながら何を言ってやがるんだ、こいつは……。マジで頭どうかしてる。


 シリンが玄関の扉を開けて中に入り、俺もそれに続いて屋敷の中に入って、そこにある物を見てちょっと驚いた。

 玄関から入った正面に、巨大な鏡が置いてあるのだ。まるで進入を阻むかの如く。


「たたただいま、僕。お、おかえり僕」


 その鏡に向かって――いや、鏡に映った己に話しかけると、シリンは鏡に両手をつけ、さらには目を閉じて唇までをも鏡につけた。へ……変態だーっ!


 ヤバい……ますますもってヤバイ。いろいろとヤバイ。もう俺は仰天どころの騒ぎじゃないよ。口あんぐり開けて、寒さとは別に震えているよ。

 そう……実感してしまった。俺は今、物凄い変態さんに拉致られちゃったという事実を。ガキの頃、変質者にさらわれて監禁されていた時のトラウマが蘇りそうだ。


「楽にして、い、い、いいよ」


 リビングらしき場所に入った所で、シリンが言った。こっちはフルチン。相手は変態。何をどう楽にしろと……?


「話の結果次第では俺を殺すのか?」

「け、警戒しないでいいよ。殺しはしない。む無害なそそ存在になってくれればそれでいい。僕のペットにしてあげる。ちゃ、ちゃんと面倒みて可愛がってあげるから、心配しなくていいんだよ。だ、だだだから、で、できればこ交渉決裂してほしいかなあ」


 現時点で素っ裸のままの酷い扱いだし、もしもこいつのペットになったら、どんな目に合うかはお察しだな……


「脇坂がき君のこと、相当買っているんだよね。だ、だから彼の顔を立ててあげるためにも、た、例え今説得できなくても、き、き、君を殺すようなことはせず、ペットにした状態で、せ、説得し続ければいいわけだしね」


 そう言ってにっこりと朗らかに微笑むシリン。怖いっス。


「ま、まず一つはっきりとさせておきたい。この町にき来てもわかっただろうけれど、乱す者は停まり人が思っているほど、わ、わ悪いものではないよ」

「それはわかるが、お前は悪だろ」


 立場もわきまえず言いたいことを言ってやる俺。


「葉隠市で無差別同時テロやらかすわ、腹いせに腐蝕の雨降らすわで、それでどれだけ人が死んだと思ってるんだ」

「て敵同士だし、戦争だし、敵には容赦しない。非戦闘員だからって関係無い。君達とと停まり人も乱す者の非戦闘員を散々思想弾圧して、大量虐殺までしてきたんだよ。だから僕達は武器を取ったのっ」


 笑顔を消し、シリンは悪びれることなく言い放つ。いささかムキになっている感もあるようにも見えた。

 しかしそれは全く初耳だぞ。暇な時間、いろんな本を読んでこの世界のことを学んだものだが……


「そんな話……どこの本見ても載ってないぞ」

「そ、そりゃそうさ。真実を記した本なんて販売できない。停まり人達の暗部や、昔やってきた非道の数々は、全て隠蔽されている。ぼぼ僕達にとっては憎むべき敵だもの。停まり人達に僕らがどどどどれだけ殺されたと思ってるの? い、いくら仕返ししても足りないよっ。僕はそれ見てきたんだ。ぼ、僕は……あんなことしておきながらぜぜぜ善人面していると停まり人達のことが、憎くて、に、に憎くて仕方ないっ。こ、この気持ち、君にどんなに言っても理解はしてもらえないだろうけど」


 それまでずっと目を背けていたシリンが、俺を真っ直ぐ見つめて涙目で訴える。


「脇坂に、暴力以外の方法でどうにかできないかと、い、言ったらしいけど、こ、この綺羅星町のような中立地域だって、暴力ありきでやっと作り上げたものなんだよ。乱す者達の過激派が暴れたおかげで、都市連合は非暴力の穏健派を認める動きになったんだ。れっきとした暴力の勝利だ。ももももし僕達が暴力という手段に訴えなかったら、僕達の方こそ、い、一方的に停まり人の暴力に晒され続けたよっ」


 うーん……シリンが嘘をついているようには見えねーな。むしろ嘘であれば気が楽だが。


「も、目的のためには……この世界では少数派の僕達が自分達の居場所を作るには、ぶ武器を取る事は絶対に必要なんだ。対話で済ませられるなら最初からすす済ませている。平和的解決が無理だったからこそ、乱す者は武器を手に取ったんだ」


 俺は十数秒ほど、黙って考え込んだ。ここで綺麗ごとを口にして返すのは簡単だ。しかしシリンの――乱す者の言い分も、こうなるとわからんでもない。いや、それどころかこいつに共感できる部分が大きい。


「わかった。お前達の暴力は否定しない。それは必要だった。少なくともお前の話を聞いていると、そう思える」


 俺が口にした言葉に、シリンは意外そうな顔になった。俺がこんなにあっさり認めるとは思っていなかったようだ。


「もし俺がお前らの立場なら、武器を手に取っただろうからな。でも今の俺の立場は葉隠市の市民であり、葉隠軍の一兵卒だ。今まで散々乱す者にたてついてきたし、お前達に仲間も殺された。そういった経緯がありながら、俺がお前達の方になびくなんて無理だよ。たとえ短い間でも、俺は自分と共に歩んできたあいつらを裏切りたくもないしな」

「もう少しだけ、は、話を聞いて欲しい」


 声のトーンを下げて、シリンは言う。


「この世界では、し、死人が中々出ないよね? 放っておけばいつまでも生きる。うん、実際その通りだよ。で、でも、そんなに死人が出ないのなら、地獄に転生する者なんてほとんどいなくならない? そ、そその割には、あっちではポコポコと人が生まれてないかい?」

「お前達乱す者が大暴れして、人を殺しまくっているせいだと聞いたけどな」

「そ、そ、それもある。でも本当にそれだけだとおお思う? えっとさ……君はこっちに来て、で、出会った人達、大体いつくらいにあっちで死んだ? 生誕して何年になる?」


 シリンの質問に、俺はすぐにぴーんときてしまった。


 ディーグルは数百年以上昔からこちらにいるらしい。それが知る限り最長だ。ザンキが十六年前。ゴージンは十五年前。滝澤は十一年前。ランダとセラは九年前。大体皆死んでからそんなに歳をくってない。堀内は七十年以上前と結構こっちに長くいる。アリア、鈴木は不明。ちなみに八百屋のポニテの店員のねーちゃんは四年前。


 ディーグルと堀内は例外として、皆随分と若くないか? これだけの人数がいれば、もっとバラバラになりそうなものなのに、八人中、二十年以上超えているのは二人だけだ。ただの偏りの偶然か?

 いや……違う。こっちに来て、数十年くらいならともかく、何百年も生き続けているという者は、おそらくは稀だ。俺が読んだ多くの本。それらは百年以上昔について書かれた物も多かった。

 もしも百年以上生きている者が多ければ、それをリアルタイムな視点で描いて書けるはずだが、そうではない書物ばかりだ。著者が生誕する前のこの世界を研究して書いた本の方が、ずっと多い。


「長生きしない人間は、どうなったんだ? どうして死んだんだ?」


 俺がシリンに問う。つまりそういうことなのだ。ここでは無限の寿命がある。あの世だから、天国だから歳も取らない。でも、不死身では無い。死は存在する。


「自殺しているんだよ。こここの変化の無い、停滞したせ世界に絶望して。ずっと自分のままであることにうんざりしてね。ぜぜぜ絶望のペインによって、し、自然死しているケースもある」


 シリンの答えに衝撃を受け、しかし同時に納得する俺。


「と停まり人達は、こう言っているはずだ。この世界では自殺者なんてほほほとんどいないってね。確かにじ地獄に比べたら、少ないかもしれない。でも、間違いなく、い、い、いる。あ、ある日仕事場に来なくなった人、ある日家に服だけ残して消えてしまった人、ある日町の片隅に落ちている服。そういう話、実は多いんだ。ある日、隣人が突然消えている。ぼ、僕、少しだけ調べたよ。千人の停まり人をこっそり、に、二十年、か、観察してみた」


 そこまで語って、シリンは暗い笑みを浮かべる。


「二十年の間に、百七人が自殺し、七十五人がペインでの自然死という結果だった。た、たった千人を二十年じゃ、データとしては不足気味かもしれないけど、か、偏りがあるかもだけど、それでも僕は、ここれだけでも十分すぎる数字だと思ったよ」


 もしそのまま拡大していくと、それは結構な数字になるな……。偏りがあるにしたって、明らかにでかい数字ではある。下界の日本の年間自殺者数の割合をはるかに超えているぞ。

 その自殺者と消滅者が果たしてどれだけの月日を生きたか、家族と呼べる人と暮らしていたかなど、そういった要因も関わってくるし、一概に数字だけで判断するのもどうかとは思うが。


「この世界の平穏と停滞に、ひ、人の心はた耐えられないんだよ。個人差はあるだろうけど、耐えられない人は確かにいる。死ねばまたじ地獄に戻るし、記憶もリセットされて、人格さえ変わってしまうかもしれないのに、それでも自分を捨ててしまいたくなる。り、リセットする方を望む。何でそうなる? この世界がおかしいからだよ」


 シリンの声に熱がこもる。


「き、綺羅星町でも、同じ観察をしてみた。同時進行で。自殺者は四人。でも動機は借金で首がまわらなくなったとか、そういう理由。ペインの自然消滅はゼロだったよ。そ、そりゃそうだよ。僕達の目指す世界こそ、人の心の正しい現われなんだからさ」

「停まり人は、自殺者が実は多いことを知っていて隠蔽しているのか?」


 アリアもそのことを知っているのだろうかと勘ぐる。それを知る者がいるとしたら、一部のお偉いさんだけだろうしな。そして真実は秘匿している、と。


「そ、そりゃそうだろうさ。だ、だだだって停まり人達の間では、自殺者なんてほとんどいないって話に、なってるじゃないか。真実を知らせるわけにはいいいかないんだろう」


 嘲りを込めて答えるシリン。


「太郎、これでわかったろう? 僕達は、み、乱す者なんかじゃない。本当は、この世を正す者なんだっ」


 興奮気味にシリンが言い放ったその時、俺は異変に気がついた。家の中に煙が……

 シリンも気がついたようで、窓の外を見る。


「何……これ?」


 シリンが呻く。窓の外が燃えている。いや、急に炎上したのだ。俺は炎が立ち上る瞬間をはっきりと目にした。

 燃えひろがり方が異常だった。何者かが油等を撒いて放火したとしか思えない。


 ディーグル達が助けにきてくれた? いや、そんなわけがない。いくらなんでもこんな馬鹿げた助け方はしないだろ。中にいる俺まで死にかねないじゃないか。


「心当たりは無いのか? 俺は無いぞ」

「無いことも無い」


 俺が問うと、シリンは微かに怒りをにじませた表情で答え、俺の体を抱える。


「く、口は抑えて、あ頭はそそのまま下にかがめておいてね」


 この世界でも一酸化炭素中毒はあるのか。


 リビングを出て、シリンが呪文を唱えて魔力弾で扉を撃ち抜く。扉の前の炎もかき消される。

 外に出ると、屋敷の周囲全体が炎に包まれていた。家の中まではまだ火が及んでいないようだが、時間の問題だ。


「君は……」


 シリンが憎悪を込めた声を発する。玄関を出た丁度真正面に放火魔がいるらしい。シリンに後ろ向きに抱えられている俺には、その姿が見えない。尻に目でもついていればともかくな。


 シリンが俺を降ろしたので、振り返り、そこにいた人物を見て俺は驚愕した。

 忘れたくても忘れられない顔の男。俺を殺し、俺が殺したあいつ。バスの男がそこに佇んでいた。


 バスの男は異様に豪華な法衣を身に纏っていた。デザインは禍々しく、悪の司教といったイメージだ。そこにいたのはバスの男だけではない。奴の傍らに、白いワンピースを着た、澄んだ瞳のドワーフの少女が佇んでいた。


「くひひひひ、まさかお前らが手を組むとはね。つーか、何で裸なんだよ。おかしなことでもしていたのか?」


 からかうように言ったバスの男を見て、俺はさらに驚くことになる。


 こいつ……本当にあのバスの男か?

 俺は反射的にそう思ってしまった。過去二度会った時と、雰囲気がまるで違うんだ。あの時あった険が取れたというか、狂気のようなものが全く見受けられない。あの時の濁った瞳が、歪んだ表情が、今はどこにもない。

 こうして向き合っているだけで、それが如実に感じられてしまう。妙に落ち着いているというか、大きくなったというか、穏やかというか、まるで別人だ。


 葉隠市に襲撃してきた時から今までの間に、一体こいつに何があったというんだ?

 性格悪い奴ってのは大抵が性格悪いままで、改心も進歩もしないってのが俺の持論だが、たまに心を入れ替える奴がいるケースもある事は知っている。しかし、よりによってこいつがそうなのかよ……


「ひょ、ひょひょっとして、僕のこと恨んでいる?」


 シリンがバスの男に向かって問う。


「当たり前だろう。落とし前をつけにきた。何で奇跡の絵描きまでいるのか知らねーけど、好都合だぜ」


 バスの男が怒りを押し殺した声で言い放つ。

 脇坂の話では、バスの男は乱す者達と袂を分かったらしいし、シリンとの会話を見た限り、最早敵同士って感じだな。そもそも奴の狙いは俺じゃなくて、シリンの方みたいだし。


「奇跡の絵描き、お前もここでまとめて引導を渡してやるよ。信者を増やした俺はあの時よりさらに強くなったからな」


 信者って何だ? こいつ、見た目の格好通りに悪の教祖でも始めたのか?

 つーか、こいつに信者って……こんな下衆に人を惹きつける魅力があるのかよ。


「お前の信者じゃロクな奴じゃなさそうだ」

「と……取り消せ。今の言葉取り消せぇ!」


 俺の軽口に、バスの男は血相を変えて激昂した。


「お前なんかっ、何も知らないくせにっ! わからないくせにぃ!」


 怒りと悔しさを隠す事無く、顔を歪めて俺を睨みつけるバスの男。何だこいつ……信者とやらをけなされた事を怒っているのか?

 こいつ……こういう奴だったのか? 自分以外の人間を侮辱されて、本気で怒る奴だったのか? 確かに人間は変わったようには見えるが。


「わかった。取り消す。悪かった」


 あっさり撤回し、きちんと頭を下げて謝罪した俺に、バスの男は目を丸くした。


 こいつ……今まで孤独だったのが、自分に付き従う信者とやらが出来て、そいつらに慕われていくうちに、人間的にも変化してしまったとか、そういう感じなのかな……。

 複雑だ。だとしたら俺はこいつを憎めん。

 しかしこいつがいくら改心したからといって、こいつのやった事は絶対に許せんがな。


「可哀想な僕……。部下の不始末で、僕が彼に恨まれちゃってる」


 シリンがまたわけのわからないことを口にしている。


「何であいつに恨まれてるんだよ」


 俺がシリンに訊ねる。


「彼が僕達と袂を分かつた後、か、彼に付き従う者がわりといたんだよね。ぶ、ぶ分裂みたいな形になって、戦力の分散にき危機感を抱いた僕の部下が、先走った真似をしたんだ。こ、これ以上彼の元に下らないように、見せしめに彼のし信者を殺した」


 内ゲバですか。醜いねえ。乱す者の内情も結構ろくでもないもんだ。世を正す者が聞いて呆れるぜ。


「僕はその部下を殺したけどね。個人の思想の自由も妨げ、な内部粛清なんていう非道で全時代的で野蛮な真似、ぼ、僕は大嫌いだから」


 いや……それならお前も内部粛清したわけじゃん……と思ったけど突っこまなかった。シリンがそういう行為を許さないという点には、好感を抱いたしな。


「俺達はお前に手出しをしなかった。なのにお前らは、あんなふざけた理由で俺の信者を殺した。絶対に許さない」


 しかしバスの男はそれでもシリンが許せないようだ。


 バスの男の両腕が触手の如く伸びる。以前見たのと同じ攻撃だ。鞭のように襲いくる触手。シリンが俺を抱えてその攻撃をかわす。

 一応俺のこと助けてくれるのか。まあ二人共殺すと宣言しているし、ここは組んだ方が得策だな。


「シリン、俺に絵を描く余裕をくれ。十秒もあればいい」


 バスの男の攻撃が一旦収まったところで、俺がシリンに言った。本当は十秒じゃキツいが、頑張るしかない。


「ふふふ、その十秒もけ結構難しそうだけどね。わ、わかった」


 不敵に笑い、シリンが俺を降ろす。

 シリンが呪文を唱え、周囲に黒雲を呼び出す。お得意の腐蝕の雲か。


 俺がスケッチブックと鉛筆を呼び出し、ページを開いたその時、信じられないことが起こった。

 右手に激痛を感じ、同時に右手が地面へと引っ張られて、俺の体は前のめりにつんのる。

 まるで右手が地面に繋ぎ止められたかのように動かない。しかもやたら痛い。何だこりゃ……


 ふと、俺はバスの男の傍らにいるドワーフの少女を見た。その場にしゃがみこみ、左手に持ったナイフで、地面にあてた右手を突き刺している。ナイフは地面にまで刺さって、少女の手からは血が噴き出している。少女は無表情にただじっと俺のことを凝視している。


「くひひひ、見たか。俺の巫女の力を」


 バスの男が得意げに口にしたその台詞に、俺の思考回路が一瞬停止した。

 俺の巫女――だと? つまりそれって……


「ん? 今頃わかったか? こないだは気が付かなかったのか? 俺はこの世界に来てすぐに、神になったんだ。お前ひょっとして、神聖騎士風情で調子こいて喜んでたァ?」


 俺を見てにやにや笑いながら、バスの男は言った。

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