30 人型巨大ロボット兵器 vs 魔法使い
全員甲板に出る。
いくらなんでも霧が濃すぎだなー。誰がどこにいるかすらわからない。要塞の中に潜入は容易だろうが、このままでは潜入した後まともに身動きが取れそうに無い。
「本当に要塞があるのかい? 何も見えやしないよ」
ランダの声がした。要塞が確かそこにあるのがわかるのは、俺と鈴木だけだ。鈴木は探知魔法を用いて、建物の中の乱す者の居場所の把握に努めている。
「しかし参ったな。霧がここまで濃いとは思ってもいなかった」
と、堀内。
「奇跡頼みの行き当たりばったりな作戦だもん。仕方ないじゃない。無能……無能……ぎゃっ!」
鈴木が言葉途中に悲鳴をあげた。俺がうっかりよろめいて、彼女の脛を蹴ってしまったのである。
「だ、誰よ!? 今のは! 霧に隠れて卑怯じゃない!」
「霧のせいでお前さんの位置もわからんがの。わかったらワシが殴りたい」
喚く鈴木にザンキがそう言った。
「まあ、もうすぐ霧の中でも姿がわかるようにする。今準備中」
「何の準備よ? 手があるなら最初に言いなさいよ。ていうか事前に準備しときなさいよ。不安。不安誘発。士気低下。この戦はもう駄目かもしれないだッ!」
再び鈴木が言葉途中に悲鳴をあげた。再び俺がうっかりよろめいて、彼女の脛を蹴ってしまったのである。
「さ、さっきから誰よ!? 二度も蹴ったなぁ!」
「黙れ。やかましいぞ。今我々は敵の目と鼻の先にいるということを忘れるな」
淡々とした声で堀内が注意する。
「な、何で私が悪者扱い……? 私を蹴った奴が悪いのに、こんな理不尽……。信じられない。だからこの世界は狂っているというのよ。滅びろ、滅びろ」
こいつも潜在的には乱す者サイドみたいだな……兵士は皆そうかもしれんが。
「ん?」
「何だ、これ?」
兵士の何人かは気がついたようで、戸惑いの声があがっている。
「準備完了。その糸は切らないようにね。まあ、ちょっとやそっとじゃ切れない糸だが」
俺が声をかける。
「体に巻きつきし糸、お主の仕業か」
ゴージンが言った。全ての兵士の首に、アルーが同じ糸を巻きつけて繋げておいたのだ。
「隊長、使い魔交換して使い魔無線しよう。で、隊長の声はアルーの糸を通じて兵士全体に伝わるから、霧を抜けて建物の中に入るまでは、全員固まって動き、隊長が小声で指示を出してくれ」
使い魔無線にして、使い魔糸電話というわけだ。アルーだからこそできる芸当だぜ。
「それはよいとして、この霧の中でどうやって要塞の中にある工場を探すかの問題が解決してないぞ。第一、太郎の居場所もわからん」
「ここだよ、ここ」
俺の方から堀内の側に行って、堀内の腰をつついた。アルーに糸を噴射させて、甲板にいる兵士の居場所だけは全て把握している。
「要塞内に潜入したら、ゆっくり進軍しつつアルーを持った隊長に先行してもらって、アルーがそこら中に糸吹きかける。そうすれば壁や地面なんかの地形の構造は、俺だけにはワイヤーフレームってぽく全部見えるようになる。問題はうっかり敵に糸ぶつけちゃって気付かれないかって事だけど」
「蜘蛛の糸の量がもつのか?」
苦笑気味に訊ねる滝澤。
「使い魔だから多分大丈夫」
餌もやってないしな。存在自体が半分以上精神的なもんなんだろう。つーかこの世界での俺らの存在も、実はそういうもんなんじゃないかと俺は見ているんだが。
「俺は使い魔を持ってないからわからないけど、そういうもんか」
滝澤も使い魔無しか。つい前までのゴージンといい、わりといるもんだな。
「部隊の要である隊長と太郎が先頭かい。何かあったら即、一巻の終わりじゃのー」
ザンキがおどけた口調で言う。まあそうなんだけどね……。危なくなったらディーグルとゴージンがきっと頑張って守ってくれる。うん。
***
そんなわけで崖側から要塞の外壁上に全員降り立った。乱す者の巡回の兵士もいる事はいるが、崖側から敵が来るとは思っていないようで、やはりこちらの警備は手薄。
二回ほど巡回の兵士と鉢合わせしたが、向こうも霧のおかげで何も見えなくて戸惑っている状態だったので、騒がせる間もなくディーグルが速やかに処分した。ほとんど見えない状態にも関わらず、正確かつ迅速に敵を仕留めるのは流石としか言いようが無い。
霧のせいで巡回自体もおろそかになっているせいもあって、動いている者も少ない。
階段を見つけ、ゆっくりと下へと降りていく一行。最終的にはドンパチする事になるのだし、もう要塞の内部に入った時点で、相当なアドバンテージを取った気もしないでもないが、目的地である兵器製造工場を発見して侵入するまで一切交戦無しとあれば、さらに優位となる。
乱す者からしてみれば相当な脅威だろう。いや、脅威どころではないな、絶望に近い。何しろいきなり自分達の心臓部に敵が現れ、暴れだすのだから。
うまくいけばの話だけどな。まずは工場を見つけないと話にならんのだが、アルーに糸を吐き出させ続ける作業は、予想以上に時間がかかっている。
ついでに言うと兵士達は視界が見えないという状況下で、かなりの緊張状態のままゆっくりと進軍している。時間が経てば経つほどストレスが増加していきそうだ。
どこに何があるのか全くわからないというわけでもないんだ。先程ラジコンを飛ばした際、要塞を上空から見ているので、どの辺りに建物があるかはわかっている。ただ、建物の数が相当多かったから、どれが工場なのかは全くわからん。似たような屋根も幾つも並んでいたし。
しばらく歩いた所でまず建物一つ発見。アルーが出した糸が縦に伸びているのが俺の目にだけわかる。しかしこれは果たして兵器製造工場か? 兵士の寄合所かもしれないし、ただの壁かもわからない。そして壁だけでは話にならない。扉か門の位置が明らかにならないと。
「んん? 何かおかしなものが顔についたぞ。べたべたしてる」
「鳥が糞でも落としたんじゃねーか」
「この霧の中で鳥が空飛ぶかあ?」
やべ、アルーが乱す者の顔に糸かけちゃった。顔にかけるなんてサイテーっ。
敵はおそらく二人か。糸が周囲にも張り巡らされていることに気がついたら不味い。
「ディーグル」
堀内が小声で指示を出す。傍らにいたディーグルが俺から離れたのがわかった。俺にはどこにいるかわからないが、ディーグルには敵の位置がわかるようで、呻き声一つあげさせずに二人の敵を殺し、すぐに俺の横に戻ってくる。
殺された乱す者の衣服と装備にも、アルーの糸がかかる。む……この配置は……丁度二人が離れた位置で立っていたのがわかる。そう、例えば門の両脇で警備していたと仮定できるような位置に。
近くには壁がある。いや、これは門だ。巨大な引き戸。脇には穴があり、穴の中には先に取っ手のついた鎖が垂れ下がっているのもわかった。これが開閉スイッチだろう。
「いきなりビンゴかも」
俺が呟き、開閉スイッチの所まで行く。
「総員、こっそり戦闘態勢を取れ。目的地の可能性有りだそうだ」
堀内が指示を告げたのを見計らい、俺は穴に手を入れ、スイッチを引いた。
大きな音を立てて門が開いた。霧が門の中へと吸い込まれていく。
「おいっ、誰だっ、許可無く開けたのは」
「何かあったのか?」
門の中から声が響く。こりゃまずい。というか、流石に建物の中には霧が入ってないので、外からは多少ではあるが中が見える。かなりの人数の姿。
「総員、突入せよ!」
ここが機と見たのか、堀内が号令をかけた。待ってましたといわんばかりに、葉隠軍の兵士が一斉に建物内部へとなだれこむ。
「停まり人だとお!」
「霧にまぎれてこんな所まで潜入したというのか!」
乱す者達が驚愕の叫びをあげている。おまけに混乱気味だ。
俺も少し送れて建物の中へと入る。ビンゴ。想像していたより小さな建物ではあるが、明らかに工場施設だ。得体の知れない部品を作っている。
乱す者は応戦する士気すらなかった。何しろ数が違ううえに、彼等は武器も携帯していない。あっさり手を上げて降伏したので、普通に拘束し、施設の破壊作業へと移る。
やれやれ。下準備に手間と時間かけただけあって、スムーズすぎるくらいスムーズに事が運んだな。
「ちょっとおかしいですよ」
兵士達が建物内に火薬を仕掛けている最中、セラが俺と堀内のいる所にやってきて声をかける。
「いくらなんでも小さすぎます。工場であることは確かですが、製造工程の部品の幾つかを造っているだけの建物に見えます」
セラの言葉を受けて、堀内は俺とディーグルを交互に見やる。堀内は気がついたのだろう。俺も気がついた。つまりセラの言わんとしていることは……
「ディーグル、太郎。レンティスと共に空を飛んで、要塞を上空から見下ろして確認してこい。太郎は飛んだら霧を晴らせ」
「了解」
堀内の命を受けて、ディーグルが外に出る。もちろん俺も続く。
レンティスを呼び出すと、ディーグルは俺の襟首を引っつかみ、レンティスに向かって放り投げる。レンティスは俺を口でキャッチし、己に背に乗せる。
「主への扱いが丁寧な従者を持って、俺は幸せ者だよ」
「一度やってみたかったんですよ、これ」
皮肉る俺に向かって、思いもよらぬ答えが返ってきた。こいつは俺のことを何だと思ってんだ。
レンティスが飛翔する。俺はスケッチブックを出し、霧の晴れた要塞を描く。
あうう……やっぱりだ……
霧が晴れた所で、俺達が最初に入った建物が明らかになった。幾つもある同じ屋根の建物の一つ。大きさも大体一緒で、二列に計八つ並んでいる。
よーするに工場は八つあって、そのうちの一つの制圧に成功しただけっていう話だ。
「隊長、工場は八つある」
『やはりそういうことか』
堀内の白猫を通じて報告すると、堀内の苦々しい響きの声が返ってきた。
「もう一度霧を張るか?」
『いいや、敵も気がついてこちらに向かっているだろうし、霧の中で乱戦するよりかは、視界が利いていた方がいい。これ以上の隠密行動も無意味であるし、ここからは純粋な戦闘行動に入る。太郎は上空から絵を描いて、奴等を拘束しろ』
「いえっさー」
俺が答えた直後、レンティスの体が大きく右に左にと傾き、さらには降下する。矢だの銃弾だのバリスタだの魔法だのが、地上から放たれまくったのだ。
「隊長、上空からは無理がある。狙い撃ちされまくりだ。下に降りる」
『わかった。工場前に出ろ。我々も出る』
そんなわけで下に降りる二人と一匹。葉隠軍の兵士達も外にわらわらと出てくる。
制圧した工場入り口を前に陣取った葉隠軍。そこへ乱す者達が二方向から殺到する。
俺はスケッチブックに鉛筆を走らせようとしたが、とんでもない出来事が起こり、思わず筆を止めた。いや、止めざるを得なかった。
乱す者の姿が、常に変化している。若者であったり老人であったり子供であったり美男子であったり不細工であったり男であったり女であったり人間であったりゴブリンであったりドワーフであったり、法則性などほとんど見受けられず、ランダムに外見が変化しているのだ。
「幻影魔法の一種でしょうね。なるほど……そういう手で来ましたか」
ディーグルが言った。相手の姿がわからなければ、俺の絵は効果を発揮しない。自分の目で見て認識したものを絵に描かないと、絵の奇跡を起こせないという事が、乱す者にもバレていたわけか。で、これがその対策か。
「解除できないのか?」
「人喰い蛍」
俺の問いに対し、ディーグルは和風攻撃魔法でもって答えた。もちろん俺に対してではなく、乱す者達に向けて。
数え切れないほどの三日月状の光滅が乱舞し、乱す者達へと襲いかかる。幾つもの光滅に体を貫かれ、またはえぐられて、乱す者達が死んでいく。
「そんなことをしている暇があったら、殺した方が手っ取り早いという話ですよ」
涼しい顔でディーグルは言った。まあ……確かにそうだな。
「我の名はゴージン、ネムレスの神聖騎士、奇跡の絵描き太郎を守護すル者」
殺到してくる乱す者らにゴージンが名乗りをあげ、胸の前で鉤爪を交差させたかと思うと、こちらの戦列から飛び出して、単身で乱す者の中へと飛び込んでいった。
この無謀とも思える行為が、しかし全然無謀ではない。敵から銃弾が浴びせられるが、ゴージンはその衝撃にひるむことすらなく、敵の中へと飛び込んでいく。
どれだけ攻撃しても、一切ひるまず襲いかかってくる戦士に、敵前列はちょっとしたパニックになるが、それでもたった一人で無双して敵全てを食い止めるには無理がある。
挟み撃ちの格好になったが、今はこちらの数の方が多い。さらにはディーグル、ゴージン、ランダという強者が人一倍頑張っているので、有利と言えば有利だ。
だが妙だな。攻めてくる敵の数が少ない気もする。ここに俺達を留めるために時間稼ぎでもしてるのか? 何か狙っているのか? それとも考えすぎで、すぐに動かせる兵士が動いただけか? 何か悪い予感がする。
悪い予感つーのよく的中するもんだが、具体的に何が起こるかという予想はよく外れる。いや、予想を上回る事態になる。今回も正にそうだった。
幾条ものビームが、上空から葉隠軍の固まっている中心へと降り注ぎ、薙ぎ払われた。
壁の上の砲門によるものだ。ここからかなり離れているが、射程距離はかなり長いようだ。幾つかがこちらに向けられているのを視認する。
砲門にも幻影魔法が施されているようだが、意味は無い。俺は急ぎ砲門がある壁を描き、砲門の下が爆破する絵を描く。
さらにビームが撃たれ、兵士達の多くが多大なペインを受ける。何人かが耐えられずに消滅する。
三回目のビームが来る前に、絵は完成した。ビーム自体、連続で撃てるものではなかったことが救いか。砲門の下が爆発し、砲門が壁の上から地面へと落下する。
それで解決したかと思ったが、乱す者はまだ他にも手をうってきた。
七節戦線で何度も見たあの球体飛行兵器が、五体も飛んでくる。これも幻影魔法仕様で、表面がぐにゃぐにゃと歪んで変化している。
さらにはビーム砲台を幾つも備えた小さな戦車まで登場した。その数十台以上。これも幻影魔法仕様だ。大きさはちょっと大きめなバイク程度だが、結構なスピードで動き回り、ビームを放ってくる。
さらにさらに現れたのは、身長20メートルはありそうな二足歩行巨大ロボットが三体。近接、遠隔等の様々な得物を手にしているが、その形状はあらゆる形に変化している。つまりこれも幻影魔法仕様だ。イヤー、もう次から次へ……
つーか、いくらディーグルやゴージンが強いからって、あの二人だけでカバーしきれないし、このままじゃ不味いぞ。いくらあいつら二人が負けなくても、他の兵士達は違う。そして他の兵士をかばいきれるものではない。
「太郎さんは建物の中へ下がって」
ディーグルも危険を察したようで、俺を連れて工場の中に入ろうとする。
「いや、ここでいい。何かできることがあるはずだ……」
俺の命令に素直に従い、俺を掴んでいた手を離すディーグル。スケッチブックを手にして白紙のページに目を落とし、必死に考えを巡らす。
ディーグルが俺の横で剣を振るい、球体飛行兵器を剣の衝撃波だか気だかで二体斬り落とし、ゴージンがビーム砲台に幾度も爪を振り下ろして一台をスクラップにする。
意外と活躍していたのは、滝澤と鈴木だ。
滝澤はショートソード二刀流というスタイルで、放たれるビームを器用に避けて、ビーム戦車の一つへと乗ってショートソードを真上から突き刺すと、剣の柄を握ったまま、砲台を突き刺した剣の上で倒立してみせる。
そこから右手を離し、勢いよく己の身を左側にねじる。勢いと体重がかけられて、ビーム砲台の向きが強引に変えられ、放たれたビームが他の戦車に直撃してこれを破壊した。
器用な真似をするもんだ……。そして大した腕前だ。
鈴木が呪文を唱え、巨大二足歩行ロボットに幾条もの紫電を放つ。紫電は俺の網膜に焼きつくほどの輝きを伴い、巨大ロボの全身に浴びせられて、たちまちショートして倒れる。
しかしこちらの精鋭陣が奮闘している間に、次々とビームが放たれ、凄い勢いでこちらの兵士達の数が減っていく。一部が頑張っているだけで、どう見ても劣勢だ。
このままじゃ駄目だ。何とかして流れを変えないと、犠牲が増える一方だ。特に厄介なのは数の多いビーム戦車。
ネガティブな気持ちが俺の中に沸き起こってくる。精一杯手を尽くしたのに、それを嘲り笑うかのように、運命はより過酷な試練を与え、俺を押し潰そうとしてくる。
いつもいつもこうだ。スムーズに物事が運んだことなんて一度も無い。必ず悪い方へといく。それで俺だけが痛い目を見るのならまだいいが、大勢の人も巻き込んでしまう。
いや……こんな意識をしちゃ駄目だな。俺一人で戦っているのではなく、全員で戦っているんだからな。この世界に来た時からずっと、悪いことばかりだったわけでもないし。
この世界に来た時……そうだ。あの手があるじゃねーか。
「滝澤、ゴージン、下がれ!」
やっと手段を思いついた俺が叫ぶ。ふぁっく、何で今まで思い浮かばなかった。馬鹿か俺は。つい今しがた砲門を壊した時もこれと同じ手を使ったのってのに、パニくって忘れるとは。
ビーム戦車の周囲の地形を描く。さらにその辺り一帯が爆発している絵も。
見た目が変化し続ける対象そのものに直接影響は及ぼせなくても、周囲にあるものや、空間そのものに影響を及ぼすことはできる。ようはそれに巻き込めばいいだけの話だ。
ゴージンと滝澤が下がったのを見計らって、絵の奇跡を発動させる。次々と爆発が起こり、ビーム戦車は残らず破壊された。
その間に、ディーグルが残りの球体飛行兵器を全て破壊し、鈴木がさらにもう一体の巨大ロボを破壊していた。残すは巨大ロボ一体。
「悪因悪果大怨礼」
ディーグルが放った黒色弾が巨大ロボの胸部を貫く。胸部爆発。崩れ落ちる巨大ロボ。
あんなでっかいの造っても、重要部分を破壊されたらそれであっさり終わりとか、コスパ悪すぎだろう。
とりあえずコボルト惑星製SF兵器部隊は、これで退けたと見ていいのか? まだ出てくるのか? 現時点で相当に犠牲も出しているし、今ので打ち止めであってほしいが。
「が、頑張るね。いや、さ、流石とほほ褒めたほうがいいのかな?」
突然何の前置きもなしに、文字通り俺の眼前に、見知った顔が現れた。文字通り何も無かった空間から出現した。
背筋に寒気を覚える。聞き覚えの有るどもった喋り方。赤い双眸が数センチという間近で俺の目を見たかと思うと、慌てた様子でその視線をそらす。
シリン・ウィンクレス――乱す者の最上級指導者の一人にあたる男が、俺の前に立っていた。