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2 出し惜しみなくさっさと覚醒

 んがーっ。ふぁっくー。何で肝心な所だけ忘れているかねー。子供をかばってかっこよく死ぬとか、イケメンな俺に相応しい、イケメン的最期だったってのによー。

 ここがあの世だというなら、バスの男も死んだだろうから、間違いなくこっちに来ているはずだな。そしてバスの男だけではなく、当然あいつもいるよな……


「来たっス!」


 ドポロロが鋭い声を発する。いよいよ敵のお出ましだ。乱す者とやら、果たしてどんな化け物なのか。

 って……向こうも普通に兵隊じゃん。人間もいれば、亜人もいる。装備の見た目はこちらと多少違うが。

 見た目はともかく、敵なのは間違いないようだ。近接武器を持って突進してくる者もいれば塹壕めがけて銃や矢を討ってくる者もいる。さらには魔法みたいなもんをぶっ放してくる奴までいる。こっちに魔法が来ませんように。


 塹壕から少しでも身を出したら、たちまち撃たれそうな気がして怖い。すぐ近くに弾が当たっているのが音でわかる。あうううう……マジ怖い。

 とはいっても、ドポロロは隣で勇敢に銃を撃っている。俺だけ引っこんでブルっているわけにもいかないな。

 塹壕の中は泥まみれってイメージがあったが、そんなこともなかった。ちゃんと綺麗にされている。まあ世界自体が違うから、元いた世界のイメージで考えない方がいいか。


「うごおっ!」


 ドポロロが悲鳴と共にのけぞり、倒れた。おい、頭に銃弾直撃してるじゃねーか。

 最初の知り合いが早くも御臨終かよ。いい奴だったのに。


「いってーなあ……。畜生、やってくれたっスね~」


 えっ!?


 怒りをにじませた声と共に起き上がるドポロロ。銃創は跡形もなくなっている。血も少し吹きだしただけで、もう出血が止まっている。何だこいつ。トロールとゴブリンのハーフとかいう無茶苦茶仕様か?


「おま……何で生きてるの?」


 訊ねてから、そういえば敵も頭撃ったくらいじゃ死なないと言われたのを思い出した。こちらも同じなのか?


「ああ、銃弾一発くらいじゃ死なないっスよ。でも何発も食らってペインが蓄積していくとヤバいっス。ペインの限界が越え、体と心が痛みに耐えきれなくなると死ぬっスから。人によって個人差はあるっスが」


 なるほど……命の在り方からして、法則性が違うのか。どこを攻撃しても致命傷とかはなくて、ダメージが数字換算でHP減少みたいな? いや、攻撃方法や攻撃された場所によっても違うのかな。金的攻撃とかヤバくね?

 しかし変な話だな。痛みってのは元々体への危険信号なのに、この世界では痛みそのものが命の危険に関わる重大な要素になるとは。


「剣のペインが銃より強いと言われた意味が、ちょっとだけわかった気がするけど、銃より剣のが痛いものなのかね?」

「銃は扱いやすく、衝撃と痛みで相手をひるませる事ができるっスが、より強い痛みを与えるには、弓矢や近接武器の方が効果的なんス。相手をぶっ殺してやるーという気持ちが込めやすいんスよ。その気持ちが込められているとペインも増幅するんス」


 うーん、漫画っぽいなあ……でもわかりやすくて面白い。


 まあ、一発即死というわけじゃないなら、撃ってみるか。

 身をのり出し、向かってくる敵を手当たり次第に撃つ。

 二人ほどヒットし、転倒した。それだけじゃ死ななかったが、転倒した一人に他の兵士の銃や矢が降り注ぎ、そいつが動かなくなる。

 トドメは違うが、間接的に人殺しちゃったよオイ。

 まあ仕方ないよね。戦場だもん――と、頭で割り切ろうとしたが、体は正直なもんでガタガタと震えている。


「ここがあの世なら、あの世であるここで死んだなら、今度はどうなるんだ? まさか魂ごと消滅?」


 気を紛らわせるために、撃ちながらドポロロに訊ねる。銃声にかき消されないように、結構大声で会話している。


「魂は不滅の存在だから、それはないっス。この世で死んだら、また地獄に行くだけっス。ただし……」


 ドポロロの声は途中から聞こえなくなった。俺の頭部を銃弾が撃ち抜いたのだ。

 その時、頭の中で何かが弾けた。


***


「早くもペインを頂いたようだね。おめでとう」


 長く艶やかな黒髪を持つ美少女が、俺に向かって親しげに笑いかけながら言った。その笑顔を見て、俺は自分の心がとても安らいでいくのを感じる。

 大きく見開いた黒目がちの目、それとは対照的に小作りな鼻と口、それに細い顎。柔らかそうなほっぺ。

 黒髪ロングというと清楚の象徴なイメージがあるが、この少女のどこか小悪魔めいた笑みは、その印象を裏切っている感がある。


 これは……夢だ。だが現実でもある。現実にいる存在が夢の中に現れて、俺にコンタクトを取っている。何故かそれが俺にはわかった。


 少女は全く飾り気のない男物の服を着ているように見えた。下も長ズボンだし。しかしそれが返って俺のツボだ。可愛い子は何着ても可愛いのだ。同様に俺も美男子だから何着ても似合うしなっ。


「君は子供の頃、こう思っていたはずだ。自分は選ばれた者で、特別だとな。選ばれた者になりたい――特別になりたいという願望程度に留めておくのではあればともかく、君は根拠もなく確信していたね」


 うん、大人になった今から思うと超恥ずかしいです、はい。指摘されるともっと恥ずかしいです、はい。根拠の無い思い込みの強い変な餓鬼だったね。

 おかげで社会に背を向けて我が道をひた走り続け、結果苦しむ事となったがな。ろくに才能も無かったくせしてよ。ふぁっく。


「だがその認識で正しい。君は僕に選ばれたことを忘れていなかったのだからね。その選ばれた意識でのこれまでの歩みは、決して無駄ではない。今からそれをわからせてあげよう」


 うわー、一人称ボクの女だ。リアルにいるとキモいだろーなーと思っていたが、美少女だと許せちゃうわ。


 それはそうと、実は自分は特別な存在という妄想や、いつか美少女だか白馬の王子様が迎えに来てくれる妄想って、結構抱いている人は多いだろう。やるせない人生を送っている人は特に。

 しかしそれが今、証明つきで実現しようとしている。しかし「やっとキター」という気持ちではない。何だか現実味が無くてふわふわしているというか……俺はこの娘の事を昔からよく知っているような、とても懐かしい感覚があった。


「知った風なふぁっきんな口を叩くあんたはだあれ?」


 上から目線っぽく語りかけて俺の運命握っている風な口ぶり、これが男相手だったらすげームカつくが、やはり美少女だからムカつかない。それどころか尻尾振って涎垂らしてはいはい従ってしまいたくなる。

 いや、それだけじゃないな。この気持ちは……。目の前の少女に、従い、尽くしたいという強烈な願望が、俺の中に沸き起こっている。


「すぐにわかるさ。乱す者達と戦いたまえ。それが君に与える最初の命令だ」


 少女が不敵な笑みを浮かべて指を鳴らした。何か格好いい。様になっている。美少女は何をしても略――


***


 意識を失っていたのはどれくらいだろうか? 短いとは思うが。


「おいおい、しっかりしろっスよ。銃弾一発で死ぬ豆腐マインドかと思ったス」


 ドポロロがこちらに顔だけ向けて苦笑している。俺は塹壕の中で仰向けに倒れていた。


「確かこの戦闘って、こっちがかなり不利なんだよな?」


 頭を振って身を起こしながら、俺は訊ねる。


「ええ、援軍が来るまで持ちこたえられるかどうかって所っスな。敵に包囲されちまったスが、何とかネバってるっスよ。地の利だけはこっちにあるし」


 戦争オタクじゃないけど、この状況がドン詰まりに近いのだけはわかる。

 で、俺の出番てわけだ。援軍が来るまで粘ると言っているからには、多少の時間は持ちこたえられるって事だな。よし……


 短い夢の中で、俺はあのボクっ娘に力の使い方だけを教わっていた。それを実行する。


「えっ!?」


 何も無い空間から、スケッチブックと鉛筆を取り出した俺に、ドポロロは驚きの声をあげていた。

 かつて捨てたそれらの画材を見て、軽い吐き気をもよおすが、何とかこらえる。今はそんな場合じゃねーしな。

 スケッチブックを開き、立ち上がる。自分のやる事はすでにわかっている。力の使い方もわかっている。


「俺がここを救ってやる」


 ドポロロに豪語する俺。彼はぽかんとした顔で俺を見ていた。きっと頭のおかしい奴だと思ってるんだろーなー。まあいい。予め言っておく必要はあるんだ。今から起こる出来事が、俺の仕業だとわかるように。

 いや、こいつ一人に言っておくのは駄目だな。隊長の堀内にも教えた方がいい。


 俺は塹壕を出た。バリケードと塹壕に沿って走り、野営地の内側をぐるっと一周して回る。その間、俺はずっと外の景色をこの目に焼き付けていた。

 次は中だ。野営地の中を歩き回り、テントや物資の入った箱の数、配置の仕方、形に至るまで、記憶しまくる。ここに来るまでの俺なら、それらを全て記憶する事なんてとてもできない。だが、今なら出来る。出来る事もわかっている。


 堀内がいるテントの中へと入る。そして中央に置かれた机の上に、わざわざスケッチブックを置いてみせる。


「何だ? それは」


 堀内が面食らった顔で、俺を見て訊ねる。


「俺の力で、この状況を何とかしてやんよ」


 そう答えて、俺は超高速で鉛筆を走らせた。

 何じゃ、この手の速さと正確さはーっ! 自分で驚く一方で、それも自分に備わった自然な能力の一つとして、理解もしている。

 うん、アレだ。俺はもう覚醒済みなのだ。この世界のことはよーわからんが、自分が目覚めた力の仕組みと使い方だけは、ある程度わかる。


 テントの中にいた兵士達も、俺の鉛筆を走らす速さと、正確な描き方にどよめいていた。横目で一瞥すると、堀内も舌を巻いているようだった。そして彼等は魅入っていた。戦争している最中だっつーのに、突然絵を描き始めた俺に。俺が絵を描くその様に。

 俺が描いたのは、この野営地とその周辺の景色を俯瞰した代物だった。超高速といえど、ここまで描きあげるのに一分近くはかかったが。


 で、ここからが本番だ。

 バリケードの外側の斜面のそこかしこで、爆発が起こっているように描きこむ。


「よっしゃ、完成っと。堀内さん、ちょっと外に来てみてくれ」


 堀内に向かってにやりと笑う。堀内も俺のやっている事に興味を覚えたようで、軽くあしらって拒絶するようなことはなかった。部下の兵士達と一緒に、俺の後をついてくる。


「いくぞっ」


 後ろにいる堀内達にわかりやすいように一声発すると、両手でスケッチブックのページを開いた状態で持ち、高々と頭上に掲げてみせる。スケッチプックが俺の手を離れ、宙に浮かんでいく。それを後ろで見ていた兵士達がまたどよめいている。

 こりゃ気持ちいいな。俺のやることに注目して、驚かれているというこの感覚。最高だわ。でも本番はこれからだぜ。


 スケッチブックが光り輝き出す。いや、違う。正確には描いたページが光っている。さらに描いたページが破られて、そのページの光が増し、やがて目を開けて直視できないレベルの輝きになる。

 光が消えると同時に、立て続けに爆音が響き渡った。ここからじゃ目視で確認はできんが、俺は何が起こっているかわかっている。そう、絵に描かれた事が現実になったのだ。


 堀内と兵士達は驚いてバリケードの外へと走り出す。彼等は目にしたはずだ。ここめがけて駆けあがってくる敵の兵士達が、片っ端から爆風で吹き飛ばされた事を。


「君は……」


 戻ってきた堀内が、険しい顔で俺を見ていた。あれ? 何でそんな顔してるの? 俺がここのピンチを救ってやったのに。

 まさか強すぎる力をひけらかしたせいで、化け物扱いされる展開か? そりゃねーよ……


 ていうか……体の調子がおかしい。だるくて、力が急劇に抜けていく感覚が……


「巫女だ……」

「この子、巫女ですよ! いや……神聖騎士か?」

「ああ、こんな凄まじい力、人には起こせない。神聖騎士か巫女の奇跡でなければ。さもなきゃ神か……?」


 兵士達が口々に喚いていた。彼等も堀内と同様に、俺に恐怖と警戒の眼差しを向けていた。


「お、やっぱり俺は、実は選ばれた者展開か。いやー、そうでないかと自分でもずっと思ってたんだよー、あっちの世界でもさあ。いつ召喚されるかと心待ちにしてたんだぜ」

「変な神聖騎士もいるんだな」


 兵士達が慄いている中、堀内だけが俺の言葉を受けて小さく笑っていた。


「つか、どうして皆俺のこと急に警戒しだしてんだよ。特別な力を持つ救世主とかじゃないわけ? 一応この力でここにいる皆を救ったのに、その反応は無いだろ」


 俺が文句を言うと、堀内以外の兵士達もきまり悪そうに警戒を解いてくれた。どうやらこいつらの感覚は、わりと現代人に近いようだ。文明レベルの低い野蛮人だったらこういうリアクションにはならないだろうしな。


「悪神に仕える神聖騎士の可能性があるからだよ。乱す者達の側にいる神と、その配下である神聖騎士ならば、敵でしかない。それもとてつもなく厄介な敵だな」


 堀内が解説してくれる。また新たな情報発覚。神聖騎士。神に仕える騎士とな。何か巫女とか言ってた奴等もいたが、似たような存在かね。


 ふと思い出す。ドポロロが口にしていた単語――神に捨てられた地。俺が今までいた世界には神様がいなくて、今いるあの世――この世界には、神様がいると判断できる。

 で、夢の中で現れたあの可愛い子。あれが神様で、俺はそれに仕える騎士ってことかね。

 いや、そうに違いない。あの子と向かい合って声をかけられた時、傲岸不遜の塊のようなこの俺が、心底従い、敬い、へつらいたい気分になってしまった。そうすることで絶頂を得られそうな、そんな気分になった。


「いや……そんな理由で警戒すんなよ。向こうが悪者っぽいし、悪者に加担なんかしねーよ。今俺があいつらを殺しまくったの見ただろ?」


 口ではそう言うものの、あの美少女が悪い神様だったりしたら、その気持ちも揺らぎそうだ。

 いやいや、そこはちゃんとつっぱねないと。俺は人に迷惑かける事が死ぬほど嫌いなんだ。人に迷惑かける奴はもっと嫌いだし、そういう奴は容赦なく叩くけどね。


「まあ、こちらに来たばかりだし、わからない事だらけだろうから、いきなり我々の敵に回る事も無さそうだな。皆、警戒を解け」


 堀内の言葉をありがたいと思い、俺も安堵した矢先――


 猛烈に気分が悪くなった俺は、その場に倒れ込んだ……と思う。

 倒れる感覚すらほとんど無かった。視界が茶色く染まった。黒ではない。茶色だった。目を開いているのに、何も見えない。目の前が全部茶色い。

 大昔にこれと同じことが起こった事がある。小学生の頃、ふぁっきん朝礼のふぁっきん校長のふぁっきん長話の間に、貧血で倒れた時のあれだ……

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