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24 皆が優しくしてくれる

 俺の描いた絵の囮に誘われてやってきた飛行兵器は、ディーグルが片っ端から破壊した。その数、全部で12体。


 翌日の正午、元々七節戦線で戦っていた兵士達より、飛行兵器自体を全く確認しなくなったという報告が入って、第十八部隊の兵士達も戦線に本格的に参戦。全部隊で一気に攻勢をかける事となった。

 その結果、夕方までの間に多くの乱す者達を討ち取り、乱す者は七節戦線から敗走していく姿を確認。長期に渡って葉隠軍を悩ませていた七節戦線は、葉隠軍の勝利で幕を下ろした。これまでの被害状況――失った命の数を考えれば、辛勝もいいところだがな。


 俺はあれからずーっと寝ていたし、ランダにマッサージしてもらっていた。ディーグルは護衛としてずっと俺の傍らにいた。

 一方ゴージンは、自ら名乗り出て戦いに赴いた。七節戦線にいる間、ゴージンと会う事がほとんど無かったし、視線こそ交わしたものの会話は交わさなかった。俺が呪いをかけられたことを余程気に病んでいるようだ。


 帰りの飛空船の操縦は、ちょっとキツかったが頑張った。馬で帰るとなると、ここからでは数日かかる。つーか、こんなに体調悪いのに、馬で揺られて数日で帰るよりかは、無理してでも船を操縦した方がマシだ。寝ないで意識保ち続けているだけでいいのだし。

 葉隠市郊外に船を降ろす予定だったが、郊外から中央区までも馬で結構時間がかかるので、人目も気にせず兵舎のグラウンドまで飛ばして、そこに降ろしたところで俺も限界を迎え、泥のように眠った。


***


 目が覚めると、館の中が騒々しい。何人も上がってリビングで会話しているようだ。おそらく兵士達が俺を見舞いにきたんだ

 おーい、俺は起きたぞー。存分に御尊顔を拝謁するがよい。

 そう言ってやりたかったが、声だす気力も無いわ。全身がダルくて苦しい。


「おや、お目覚めかい」


 しばらくしてから、ランダおばちゃんがノックも無しに室内に入ってきた。まあ構わんけどね。元より自家発電できるほど成長してないし。


「おーい皆、太郎が目覚ましたよ」


 ランダの声に応じて、見知った顔の兵士達が何名か顔を見せに来た。比較的仲のいい連中が多いが、最近部隊に編入されたばかりの、名も知れぬコボルトの女兵士や滝澤もその中にいる。


 正直お見舞いなんて来てほしくないんだがな……。辛くて作り笑顔で歓迎する余力も無いし、こんな情けない姿見せたくもないし、わざわざ足を運ばせるのもなんだか悪いし、そのうえお見舞いに果物貰いまくりなのは――うん、これは嬉しい。

 一応会話くらいはできるので、ランダのマッサージを受けながら、しばらく彼等と会話をかわす。


「人に触れられると、少し症状が軟化するようね。特に触れられた場所が」


 コボルトの女性が言う。


「うん……そうだから、全身撫で撫でしてくれると嬉しい。あ、男は駄目だからな」


 力なく笑いながら俺は言ったが、


「贅沢はいけないな。ランダ一人に任せているのもどうかと思うし、皆で彼をさすってあげるとしよう」


 滝澤が真顔でとんでもない提案をして、ほかの兵士達も頷いた。イヤー、ヤメテー。


「そうだね。あたし一人よりも皆でやった方が、効果はでかいだろうさ。さあ、皆で存分にあたしらの小さな英雄を撫でくりまわして癒しておやりっ」


 ランダがとんでもないことを口にして、俺をベッドから床へと降ろした。周囲を兵士達が取り囲む。マジかー?

 兵士達の手が伸び、腕やら胸やら足やら腹やらを擦られ揉まれ撫でられまくる。ヤバい……すげー気持ちいい。苦しいのがかなり消えている。男女関係無く服越しであろうと、人と触れていると触れている箇所だけダルさが消失し、心地好さが生じて、呪いの苦痛を相当和らげてくれる。気持ちがこもっていればなおさらという事らしいが。

 屈強な兵士達がよってたかって、寝巻き姿の年端もいかぬ男子を愛撫。構図的には超キモいしいろいろ危ないんだが、れっきとした治療と解呪促進になってるし、やってる兵士達の顔つきが皆真面目。


「恍惚とした表情してるな」


 一人不真面目な発言をした奴がいた。滝澤だ。いや、本人はどうもからかった様子は無いようだが、他の奴は今まで真顔だったのに、俺の顔見下ろしながらにやにや笑いだしてる。

 まあ……普段言いたいこと言いまくって威張り散らしている俺のこんな姿、拝んでおくのも悪くないだろう。うん。

 見合いなんかに足運ばせるのは悪いと思っていたが、楽しんでくれれば幸いといったところか。


***


 夕方頃になってランダ達は帰った。


「お風呂が焚けましたよ」


 ノックしてからディーグルが告げ、扉を開ける。


「さあ、入りましょう」


 え……? まさか……


「と、その前に……」


 仰向けに寝ている俺の顔を覗き込み、顎に手をあてて思案するディーグル。


「いくらなんでもそろそろ髪を切りましょうよ。女の子に間違われるというのもありますが、前髪に至っては目にかかりはじめていますし。弱っていて抵抗できない今がチャン……いえ、いい機会ですし、私が切ります。これでも散髪は得意ですから」


 言い直して訂正しているつもりだけど、その訂正の仕方じゃ意味がねー。


「いや……普通に床屋行けば済む話だと思うけど、何でお前そんなに俺の髪切りたいわけ?」

「それはもちろん、私好みの髪型にしあげたいからですよ」


 それが怖いんだがなー……


「わかったよ……もう好きなように切ってくれ」


 日頃から髪切れとうるさいし、俺の心も弱っていたこともあって、とうとう折れた。

 俺の了承を得て、勝ち誇ったような笑みを満面にひろげるディーグル。ちょっと怖い。

 坊主とかにされないだろうな……モヒカンとか……こいつSだし、しかも自分好みとか言ったのも気にかかる。


「信じて切られてやるんだからな。変な髪型にすんなよ」

「おや? この間と違うことを口にしていますよ? 信じた相手ならたとえ裏切られても受け入れるのではなかったのですか?」


 にやにや笑いながらそんなことをぬかすと、ディーグルは俺の体を抱き上げ、庭へと運ぶ。

 大きなビニールシートを体に巻きつけ、ディーグルは手早い動作で俺の髪を切り出した。早すぎて適当に切ってる気がして怖い。


「切りすぎるなよ。頼むから切りすぎるなよ」

「わかってますよ。終わりです」


 え? 早くないか?

 鏡を見る。髪型に大した変化はありませんでしたとさ。前髪を目にかからないように切って、後ろと横も切ったかどうかわからない程度に切っただけだ。自分好みの髪型にすると言ってたくせに。あれは脅かしただけか?


「まあ、今回は勘弁してあげますよ。弱っている事につけこむのもどうかと思いますしね」


 何の勘弁だよ……。


 ディーグルが地面に散らばった髪をほうきでまとめ、ビニールシートと鋏を片付ける。


「ではお風呂に入りますか」


 再び俺の体を抱え上げ、ディーグルが笑顔で継げた。ちょっ……やっぱこいつが入れて洗ってくれるってのか?


「ちぇんじ……ちぇんじ……ゴージンとちぇんじ……」


 弱々しい声で、しかし切実に要求する俺。


「それはもう素直に諦めましょう。さあ、体中ごしごし洗いまくってあげますからねー」


 何でこいつは楽しそうなんだ……?

 風呂場につき、前を隠す気も無く堂々と素っ裸になるディーグル。


「これで勝ったと思うなよ……」


 奴の股間に目を落とし、忌々しげに呻く俺。


「お子様と勝負しても無為でしょ」


 ディーグルがてきぱきと俺の服を脱がし、すっぽんぽんの俺を抱え上げて風呂のドアを開く。素肌密着……うぐぐぐ……でも呪いのせいで……ああ、もう意識したくねえ……

 最初に俺の体から洗い始める。先に頭洗ってほしいんだが……。髪切った後だから特に。


「ちょっと……何でちんちんと尻の穴を避けた。責任もってそこもちゃんと洗えよ」


 もちろん本当はやってほしくないが、嫌がらせのつもりで言ってやる。


「別にいいでしょ。地獄と違って排泄はしないのですし」

「よくねーよ。お前はいつも洗ってないのか?」

「もちろん洗っていますが、太郎さんのは面倒だからいいでしょ。それくらいは自分でやってください。子供相手でも流石に抵抗あります。中身は中途半端に大人と子供が入り混じっている、歪でおぞましい存在ですから余計に抵抗あります」


 ひどい言われようだ……。しゃーない、自分で洗うか。


「しかしうんこもおしっこもおならもない世界なのに、何で尻の穴なんてあるのかねえ」


 陰部を洗いながら俺は言った。


「それはきっと私のような高潔なる者が、口に出すには憚れる用途ではないのですか?」

「高潔がどーとか関係ねーとは思うが、大体言いたいことはわかった」


 まあ座薬入れるという用途もあるようだが。


 悪夢のようなお風呂タイムが終わったが、俺の呪い解けるまでこれ毎日これか。いや、そんなこと思ったら、やってくれるディーグルに悪いな。

 心の中でたっぷり感謝しとこう。ありがとさままま。口に出すのは恥ずかしいから、言わないけどな。これまでもこいつの前で感謝を口にすると、度々微妙な空気になったし。


***


 夜、ディーグルに食事を口に運んでもらって食わしてもらう。まあ何だ……もうすっかり介護されまくり。ディーグルはディーグルで俺の世話するのが楽しそうだし。そういや弱っている人の世話するのが好きとか、前に話していたような。

 食事の後に御丁寧に歯磨きまでしてもらって、ディーグルは退室した。


 そのディーグルと入れ替わるようにして、今まで全く姿を見せなかったゴージンが部屋に入ってきた。手にはタオルに何かをくるんで持っている。

 部屋の中に入ったゴージンの様子がおかしい。躊躇いがちというか、声も発さないし。

 俺が呪いを受けたことが自分のミスだと思い込んでいるようだが……こいつは結構ナイーブなんだな。


「どうした?」


 俺の方から声をかける。


「ランダよリマッサージの仕方を教授したが故、こレかラ毎日、太郎に施す所存ゾ」


 少し上ずった声でそう答えると、ゴージンはタオルの仲から浣腸を取り出した。あー……それか。薬草浣腸か。


「タオルを下に敷くゾ。うまくいくかどうかわかラぬ故」


 断りを入れてから、俺の腰の下にタオルを敷くゴージンであったが、それならベッドの上でやるより床でやった方がよさそうだがな。


「う、うつ伏せになってくレ」


 明らかに上ずった声で要求するゴージン。一応照れてるのか。

 寝巻きの尻の辺りを剥いた後、尻丸出しの俺を前にして、ゴージンはそれ以上何もしようとしない。何だ? 薬草注入まだっスかー?

 生唾を呑む音が聞こえた。今のはゴージンのか……。流石に躊躇っているのか?


「太郎……不躾な願いですまぬが、お主の尻……触ってもよいか?」


 震える声で、そんなことを口にしてくる。おいおいおいおい……風習とかじゃなくて、こいつ本当に真性の尻フェチなんじゃないのか?


「斯様な逸品を前に、直に触ラぬなど、一族の端くレとして有リ得ぬ話。無礼な願いは承知のうえ。どうか……」

「いいゾ。存分に我が尻で戯レルがよいゾ」


 ゴージンの口調を真似て了承する俺。


「いっ、いいのかっ」


 思いっきり上ずった声をあげ、再びゴージンが生唾を呑む。


「何という見事な尻ゾ……形、つや、手触リ、SSS級。まさに理想の一品也」


 おいおい……ゴージンが人の尻撫で回しながら、すげーうっとりとしてそんなこと言ってるんですがー。


「この尻かラしても、太郎……やはリお主は、我にとっての運命の子と思えてなラぬ」

「尻で判定されてもなあ……」

「否、他にもそう思えル要因は多数あル」


 力強い口調で言うゴージン。


「妹に……瓜二つなのだ」


 だが続けた言葉に悲痛な響きが混じる。妹デスカ。


「我は妹以外の家族全員、一族全員に裏切ラレ、見捨てラレ、罵倒さレながラ死んだ。信じていた一族の犠牲になル形でゾ。あの痛みがあルかラこそ、あの痛みの強さが故、あラゆルペインに絶えラレル身と相成った」


 こいつにそんな過去があったなんて……。よくそれでねじくれなかったもんだな。


「つまラぬ話をした。では……」


 うっ、この気配は……

 ゴージンが後ろで薬草エキス入り浣腸を構えたのが、雰囲気でわかった。くっ……いよいよか……。あの痴態をゴージンにまで見られてしまうとは。嬉しいやら悲しいやら。


「ゆくゾ」


 躊躇を捨て、覚悟を決めた声で宣言する。ううう……ランダの時は不意打ちだったけど、意識して受け入れるのはキツい。

 やがて肛門に浣腸の先が挿し込まれ、中の薬草エキスが注入されていく。


「ん……ぅ……あ……ぁぅ……」


 異様な感触に、どうしても声が出てしまう。変質者に拉致監禁された時の嫌な思い出が、脳裏に鮮明に蘇るかと思ったが、痛みが無いせいかそれは無かった。


「ど、どうした? 痛いのかっ?」


 狼狽気味の声で問うゴージン。


「ち、違う……。気にしなくていいから……」


 説明のしようが無いというか、説明したくもないというか。とにかくそう言ってごまかしておく。


「次はマッサージだ。痛かったラすぐ言うのだゾ」

「あい……」


 尻をしまい、ゴージンはマッサージを開始した。ランダほど巧みでは無いが、初めてにしては上手だ。まあそのうち上手くなっていくだろう。


「太郎、今よリ我が口にすルこと、笑ってくレてもいい。迷惑と思わレルかもしレぬ。然レど我の本心であルが故、聞いて欲しい」


 マッサージを施しながら、ゴージンは沈みがちな口調で語りだした。


「我は太郎との出会いに運命を感じていた。そう信じ、我一人で勝手に舞い上がっていた。妹と瓜二つの件も然リ。我が崇めル神ネムレスの神聖騎士であった事も然リ。斯様な縁かラも、我にとって太郎は、天使の如き子に思えた。そんな太郎に仕えて、守ル役目となリし事も、誇ラしく、嬉しく、まルで夢のようであった。ファンタジーの現実化と言うても過言に非ず」


 つまるところ俺なんかが、ゴージンにとって白馬の王子様みたいなもんだったのか。

 何だかなあ……そう思われても、何の感慨も無い。そこまで真剣に想われている事が、逆に怖くなる。

 俺の醜い本性が知られたり、ここに来る前にどんな人間だったか知られたり、それでゴージンの純粋な気持ちを壊してしまいそうで怖い。俺は不幸を呼び寄せて、他人も巻き添えにしてばかりいたが、この世界でも同じことをして、ゴージンを傷つけるのが怖い。


「勝手に妹の代わリのような意識をさレても迷惑であロうが……」

「そんなこたーないぜ。俺なんかがお前の役に立つならいくらでも好きなように意識してくれ」


 内心の恐怖などおくびにも出さず、精一杯明るい口調で言う俺。


「然レど我は太郎を守レず、苦しませてしまう事態となった。我の未熟が故に」


 マッサージする指先に妙な力が入る。


「あのなゴージン。あのディーグルだって今まで何度もミスしてるんだぜ? ミスをしない奴なんてこの世にいない。そんなのいたらキモいし、関わりたくも無い。失敗しない奴なんて、失敗する普通の奴の気持ちもわからんだろうからな。重要なのは例えミスをしても、こうして俺が生きている事だ。致命的なミスに至ったわけじゃないんだから、ミスして学習したと受け取れ。それでもなお人はミスするけどな」


 話しながら俺は、ゴージンに強烈な親近感を抱きつつあった。俺の中にある恐れも、ゴージンの中にある悔しさと恐れも、似たようなものではないのか。今までが駄目だったから、今までに失敗したから、今後も不安。ただそれだけの話。

 馬鹿な俺。ゴージンに向かって言い放った台詞が、そのまま何箇所が別の言葉に置き換えれば、俺自身に向けて放たれる言葉ともなる。


「俺がこんな台詞を吐けるのも、少しだけならお前の気持ちがわかるからだよ。所詮他人だし、お前の気持ちが丸々わかるわけじゃない。でも、その少しだけが大事なポイントだろ」


 俺の言葉をゴージンがどう受け取ったのかはわからない。ゴージンはそれ以上何も話そうとはせず、黙々とマッサージを続けたからだ。


「今夜かラここで寝ル」

「えっ?」


 マッサージを終えたゴージンが、宣言しつつ俺の横に寝て、シーツをかけた。

 それだけではない。布団の中でゴージンが俺の体に抱きついてきた。


「人の温もリと感触が呪いの苦痛を和ラげルと聞いた。然ラば我に出来ル事はし尽くす。お主が迷惑でさえなけレば」


 あううう……今ほど子供の体である事が呪わしいと思ったことはないぜー。ふぁっく。据え膳食えない天使の股間……ふぁっく、ふぁっくっ。

 それはそれとして、ゴージンの心遣いはいろんな意味で嬉しい。ゴージンのことをより知ることもできたし、ゴージンのことがとても愛おしくも思えてきた。


 呪いが解けても一緒に寝てくれないかなあ……いや、無理か……。

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