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5 地の底から這い上がりし者達

 葉隠市内で同時多発テロが起こってから二日が過ぎた。


 テロで壊れた建物は、俺が直した。もちろん失われた命は戻せないが……


 三都市の乱す者の軍勢を殲滅寸前にまで追いやったあの戦いにて、敗走した敵隊長や将校を尾行させておいたが、すぐに結果が出た。

 綺羅星町やらの乱す者が集う都市に逃げた者が多かった。普通の都市へと逃走した者もいた。奴等のネットワークを掴むのは流石に難しかったので、片っ端に暗殺していったとのこと。

 テロってきたお返しに暗殺しまくった形になったわけだが、最初から計画していた事だ。そしてこのやり方を進言したのは俺。


「自分では手を汚さず、口だけで非道な作戦を申告か……」


 ディーグルとゴージンの前で、ぽつりと呟く俺。


「暗黙の了解というものがあります。暗殺などやりあっていたら、きりがありません。そもそも指導者を暗殺しても、次の指導者が出てくるものです。下界における国同士の戦争はね。しかしこの世界での戦争はそれとは毛色が違いますよ。太郎さんのやり方でも構いません」


 ディーグルが言った。


「今までも乱す者はアリアを暗殺しようとしてきましたよ。こちらからシリンを暗殺しようとした事もありました。ただ、部隊長等の暗殺という発想は無かったですね」

「褒めていいぞ。普通の軍隊ならすぐに代わりがつくだろうさ。でもあいつら、平時はばらばらになってる。指揮を取る立場の奴等が同時に大量にいなくなれば、奴等のネットワークも一時的に遮断されて、すぐには動きにくくなるだろうと思ったのさ」


 しかしそれは時間稼ぎにしかならない。


「指揮官が狙わレル立場となリしなラ、然様な立場になリたがル者もおラず、困リ果てしものゾ?」


 ゴージンが尋ねる。


「どうかな……。この手を使えるのは一度だけだろ。それこそ暗黙の了解に触れるというか、今度は指揮役の暗殺のいたちごっこになる」


 俺はあえてそのタブーに踏み込んだ。このタブーに踏み込むからには、成すべきことは一つ。


「であルか。なラば是が非でもシリンと乱す者一党、全力で掃滅せねばなラぬゾ」


 腕組みして神妙な顔つきで言うゴージン。


「そういうこと。暗殺者の送り合いなんて、普通に戦争するよりずっと面倒臭いからな」


 ガチで世界の命運を左右する戦いなので、やれることは何でもやる。何よりアリアと俺が狙われているから、どんな手でも使ってやるつもりでいる。


「次の手は考えているのですか?」


 ディーグルが問う。


「シリンの居場所を突き止めて精鋭を送り込みたい。ネムレス、鈴木はもちろん、俺達も行きたいね。優助も戦力になるかな」


 まあ、それは簡単にはいかないだろうけど。


 その時、俺の蜘蛛型使い魔アルーが俺の頭に乗ってきて、俺の頭を脚で小さく突いてきた。使い魔無線が入った報せだ。


『悪い知らせが二つだ』


 相手はアリアだった。


『一つは、葉隠以外の近隣都市でもあちこちでテロが発生してる』


 そうきたか……。葉隠軍の手が届かない所でテロ。それは各都市に任せるしかねーな。葉隠の軍を割くわけにもいかねーし。

 いや……放置しておくと、近隣都市との関係も悪化する可能性もあるから、葉隠としては援助する必要があるのか? まあその辺の面倒なことは、アリアが判断してくれるだろう。うん。


「もう一つは?」

『新たな軍勢が現れて、種籾市という近隣都市をあっという間に占領した。そいつらは天使だという話だ』

「天使!?」


 思わず叫んでしまうほど驚く俺。


 竜の区に近くの地下にあった天使の国。あれとは相当距離が離れている。しかし……シリン達がその存在を嗅ぎつけて、結託したという可能性が無いとは言い切れない。

 もちろんそれとは別物という可能性もある。いずれにしても都市一つをあっさりと占領下におくなど、相当強力な軍勢だろう。新たに面倒な奴等が現れたのは間違いない。


『真っ先に対処に当たるのは、天使の軍勢になった。太郎、第十八部隊と共に威力偵察に向かって欲しい』

「もうそこまで決定してるのかよ」

『あたしが今決定した。ここはさっさと動くべき所だろ』


 いよいよ出番か。しかも威力偵察と来た。


「その天使の軍、ぶちのめせるなら俺がやっちまってもいいのか?」

『できるならね……。数を見た限り、第十八部隊だけじゃあ難しいと思うぞ』


 俺の確認に対し、アリアは否定的な物言いをした。


***


 そんなわけで久しぶりに第十八部隊に復帰したわけだが。


「太郎、帰って早々お疲れだねえ。でもまたあんたと一緒に戦えるのは嬉しいってのがあたしの本音だよ」


 隊に戻るなり、まずオークのランダおばちゃんが笑顔でねぎらってくれた。


「でもその服はどうしたんだい? とうとう男の娘になりきっちゃうのかい?」

「我が見繕った。太郎に御似合いゾ」


 女物の服についてやっぱり触れてきたランダに、ゴージンが得意げに言った。


「よう、少し男前の顔になって帰って来たかと期待したら、変わらんのー。ちゅうか、何じゃいその格好は。本格的に女装までしはじめおって」

「我のチョイスであリし」


 第十八部隊の副隊長であるザンキが声をかけてくる。で、やっぱり服に触れてきた。で、やっぱり得意気なゴージン。


「太郎……一昨日会ったけど、改めてよろしく」


 鈴木がぼそぼそとあいさつする。


「おい鈴木、太郎の服を褒めぬのか?」


 ゴージンが不満げな顔を鈴木に向ける。ザンキもランダも褒めてはいないが……


 その後、俺、ディーグル、ゴージンの三人は、第十八部隊の知り合いらと挨拶をして回る。堀内とはもう再会の挨拶を済ませているので、特に何も言わない。


 俺が絵でジェット飛空船を呼び出し、全員で乗り込もうとしたその時――


「おいていかれるかと思ったが、間に合ったようだな」


 そう言って現れたのはネムレスだった。


「ネムレスも来るのですか? 温存路線と言われてましたのに」

「アリアはそう言って渋っていたが、天使なる者達に興味があってね」


 ディーグルが問うと、ネムレスはそう答えた。


「大歓迎だよ。ネムレス神様が同行してくれるなんて心強いじゃないか」


 と、ランダ。確かに心強い。俺もネムレスが側にいると、ただそこにいるだけで安心しちまうんだ。ディーグルやゴージンとはまた違った安心感がある。


 そんなわけで第十八部隊プラスネムレスを乗せた飛空船が、天使達によって占領されたという都市、種籾市へと向かう。


「こうして太郎の出した飛空艇で空の旅も久しぶりだな」


 俺が操舵室にいると、いつの間にかやってきた堀内が声をかけてきた。


「いや……またこんな日が来るとは思っていなかった。たまに夢に見ていたよ。太郎達と共に空から戦場へと向かう夢。空から地上を見下ろしながらな」


 そうなのか……。何か照れ臭い。そして言われてみて初めて、俺も感慨に浸ってしまう。

 これはこれで……とてもいい時間なんだよな。例えこれから死地へ向かい、敵を殺しまくる前の旅だとしても。


「またディーグルとゴージンとで、うちに茶をしにきなさい。小百合も太郎に会いたがっている」


 小百合さんてのは堀内の奥さんだな。茶道教室の先生をしている。すごく明るくて感じのいい人なんだ。


「どうせ俺はお菓子食うだけだぜ」

「それでもかまわんよ」

「つーか隊長、死亡フラグ立ててねー?」

「最近はもう生存フラグだよ」

「いや、一周回ってまた死亡フラグの時代が来るね」


 などというしょーもない会話は、同じ部屋にいたディーグルとゴージンとネムレスも聞いていた。


「君は大勢の者に慕われているのだな」


 堀内がいなくなるとネムレスが声をかけてきた。


「へっ、世界中に信者のいる大邪神ネムレス様にはとても及ばねーよ」

「そういう慕われ方ではない。言わなくてもわかるだろう。照れているのか?」


 俺が嫌味を言ってやると、ネムレスが微苦笑をこぼす。


「正直誇らしいよ。僕が目をかけた神聖騎士が大勢から慕われ、愛されている事が」

「んん……前にも言われたような気がする」


 ディーグルやゴージンがいる前で面と向かって褒められ、俺はそっぽを向いて頬をかく。


「そうだったか? 君とは付き合いも長いし、僕も忘れているかもしれないな」


 とぼけた口調でネムレスが言った。


***


 目的地である種籾市近くで飛空船を降ろそうと思ったが、どうせ威力偵察なのだから、こっちも見つかっても構わないという事で、そのまま飛空船で接近する。

 種籾市は人口六百万の大都市だ。葉隠市には劣るが、それでも大都市である事に違いは無い。結構な面積もある。


 地平線の向こうに都市が見えてくる。一面に広がる市街地。ある程度近づいた所で、俺達はわかりやすい異変を目の当たりにした。


「何ゾ、あレは?」


 ゴージンが呻く。


 都市のあちこちに、黒い塊のようなものが見える。

 俺はそれに見覚えがあった。ディーグルも、いや、ゴージンも知っているはずだ。ゴージンは思い出せないか?


「街のあちこちに黒い塊があるの。お主等、何かわかるか?」


 ザンキが俺やディーグルの顔を見る。


「世界のほつれだ」


 そう言ったのはネムレスだ。


「本来は、魔雲の地の北の最果てにのみあるものだが……」

「私と太郎さんとゴージンさんは、天使の国がある地下世界でも見ました。私も北の果てでも見た事がありますが、あの場所以外にもほつれは発生しているようです」


 ネムレスとディーグルが言う。


「天使の仕業だ」


 俺の言葉に、その場にいる者達が驚いて俺に視線を集中させる。


「リザレから聞いた話だ。天使達は竜族ともグノーシスとも対立していたが、まるでかなわなかったらしい。で、彼等と互角以上にわたり合える力を手に入れようとしていた。で、作り上げたのが、世界のほつれを利用する装置だ。奇跡も魔法も吸収して無力化するっていう、すげー装置になる予定だったけど、暴走しちまって、地底をほつれだらけにしたんだとさ」


 これはリザレがしばらく生活していた天使の国の王から直接聞いた話だという。


 もし推測が正しければ、この都市を襲った天使は、あの国の天使達なのではないか? そして制御不能だってほつれ発生装置とやらも、完成させて使いこなしている。

 そして天使達がここに現れた原因はやはり……天使とシリンが手を組んだからじゃないのか?


「ここで着陸するぜ。本当にほつれを操作できるのなら、近づいただけで俺の奇跡が強制解除されて、飛空船が消えて、全員真っ逆さまに地上に落下だからな」


 そう断りを入れて、飛空船を降下させる俺。


 その時だった。こちらに気付いたのであろう天使達が、種籾市から一斉に飛び上がったのだ。

 俺は――いや、俺達は言葉を失くして、操舵室の窓から前方種籾市上空を見ていた。皆固まっていた。

 何故って? その純粋な数の多さに圧倒されていたからだ。数えきれないほどの大量の天使が空を埋め尽くさんばかりの勢いで、次々と空に舞い上がっていく。


 俺の本能が告げている。理性も告げている。これは戦いにならない。これはとても勝負にならない。今行うべき最良の手は、一目散に逃げる事だと。


「ネムレス、無意味な事かもしれませんが、神の目で、敵の数がどれだけいるかわかりますか?」


 ディーグルが尋ねる。


「すでに数え終わっている。今飛んでいる数だけで、1003万人いる」


 ネムレスが冷静に答える。いっせんさんまん……葉隠市の人口とほぼ同数。しかも全員得物持ってるのが見えるし……


 これは絶対に戦いにならない。明らかに勝負にならない。今行うべき選択は退却しかないはずだ。しかし俺はここで逃げるという選択をしなかった。


「逃げる前に確かめたい事がある。奴等を攻略するためにな」


 俺の発言を聞いて、操舵室にいる面々が驚いて俺を見る。


 俺は、スケッチブックと鉛筆ではなく、画版と水彩紙と筆の方を出して構え、前方空を覆いつくす天使の大軍を見つめていた。

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