14 聴く価値のある演説
『葉隠市の皆さん、おはようございます。非常事態が発生し、今朝より市長が変わります。正午より新市長の挨拶と伝達がありますので、興味のある方は市庁舎前へとお集まりください』
木村市長が死んだ翌日、ディーグル、ゴージンの二人と共に兵舎へ向かう途中、朝の九時あたり。町内放送のマジックスピーカーで、そんな放送が流れる。
「一千万人以上が住む大都市だし、市庁舎前が人であふれまくりそうだな。それ以前に市庁舎前に行くまでも一苦労だし」
俺が言う。葉隠市の面積は相当広いらしいしなー。都市の端にいる人なんて、都市中心に行くまで馬で二時間以上かかるって話だし。一般人は馬なんて持ってないって話だし。
正直興味があるので行ってみたいが、今日も市を守る兵隊さんとしてのお仕事がある。訓練するだけだがね。
「兵舎ならば聴く事ができますよ。それどころか視る事もできますよ」
ディーグルが言った。
「ん? この世界ってテレビとかラジオとか無いんじゃんかったっけ?」
「緊急事態に関しては魔道具により、一部の施設で放映します。市民会館等で、魔法を用いて映像を見る事ができるのです。とはいえ、特殊かつ高度な魔法を用いるため、見られる場所も限られますし、おいそれと放送することもできないのでして」
素直に科学文明の方も発展させて、電子機器に頼れよと言いたい。そこまで徹底してエコ化なんてすりゃ、元々科学文明が発達した便利な世界にいた者達の中から、不満と反感抱いた乱す者が出るのも当然だろうに。
それはともかく、木村市長死亡の件は一体どうなるのか。ディーグルは昨日の時点で新市長がどーたら言っていたが、本当に昨日の今日で新市長誕生かよ。この都市は民主主義により、市長も市議会議員も選挙で投票して決めると聞いていたぞ。なのに選挙無しに新市長?
「新市長って、暫定的なものなのか?」
「いいえ。次の選挙まで務めます。市長が事故や暗殺で命を落とした際、前回の選挙で投票率二位だった者が、自動的に市長に繰り上がります」
ディーグルがさらっと暗殺とか言ってるけど、都市の長の暗殺が珍しくない世界なのか? 大した平和な世界だ。
「葉隠市に限ってはそうだという話で、他の都市は不明です。かなり昔の話ですが、市長や市議の暗殺などが相次いだ混迷の時期がありまして、いちいち選挙しなおしが面倒なので、自動繰り上げという形になりました。おかげでその時期の権力争いはさらに激化し、市長職を目指すにせよ、市長職に就いたとしても、まず暗殺者対策が最重要課題となりましたが」
「一時的にそういう時期があっただけか……」
時間の経過と共にいろいろなことがわかっていくこの世界。平和だの調和だのをいくら謳って表面を取り繕おうとも、格差や競争や文明の発展を忌避して平等とエコロジーを維持しても、人の心の本質はあまり変わっていないのではないかね。
人には負の部分もある。ここはそれを見ないよう目を逸らしているだけの世界なんじゃねーか? 弱肉強食が基本であるあっちの世界が地獄なら、ここはハリボテの天国じゃねーのか?
ゴージンはともかく、ディーグルの機嫌を超損ねるから、口にはしないけどね。
***
昨日の出来事と新市長とやらが気になって、訓練に身が入らない俺。遠距離からの攻撃回避の訓練で、何度も何度もディーグルの放つ礫を受けてしまう。
ディーグルには何度も嫌味を言われたが、俺は感性の生き物だからどーしょーもない。
「調子が乗らないようなら、今日は辞めておきましょう」
しまいにはディーグルが大きな溜息をつき、訓練放棄。
「すまんこ」
「いいのですよ。どうせ昨日の事が気になっているのでしょう? まあ、そろそろ時間です」
珍しく優しいディーグル。いつもならニヤニヤ笑いながら嫌味言ってくるんだがなー。返って調子狂うし、申し訳ない気分になっちまうよ。
時計の針は十二時になろうとしていた。
「新市長とやらは、第十八部隊の扱い、木村と同じ方針なのかな」
「いや、絶対に違うと思うぞ」
俺が口にした言葉を、堀内が否定した。
「今より悪い扱いになる?」
堀内の方を見て問う俺。
「何を指して悪いというかはわからんが、恐らく我々を――というか太郎を最大限にガンガン活用する。木村市長はあれでも慎重な方だろう」
木村もしっかり俺を利用しようとはしていたが、それでもワンクッション置いたからな。最初の任務で戦果が確認できてから、さらに兵力増強という、堅実な手順を踏んだ。
やがて正午の鐘が鳴る。
俺達は兵舎屋外のグラウンドに集合していた。
いるのは第十八部隊だけではない。市外で乱す者達との戦闘している部隊、市内見回りの任務に就く部隊は当然この場にいないが、それ以外で、兵舎に残って日々訓練に明け暮れていた兵士達ほぼ全員が、このグラウンドに全て集まっている。目的は新市長の演説とやらを視聴するためだ。
グラウンド上空に暗黒を発生する魔法が用いられ、陽の光が遮断されて暗くなった。その直後、宙に巨大な映像が映し出される。
市庁舎前広間がかなり綺麗に映っている。すげー人だかりだ。壇上が用意されているが、誰もいない。
『それではこれより、ウォーター・グノーシス・アリアルヴィーグア新市長の市長就任の挨拶を始めます』
アナウンスが入る。長い名前はエルフの特徴。ファーストネームがエレメンタルなのもな。
それよりセカンドネームが気になった。グノーシスか……。そういやグノーシス主義では、俺らが死ぬ前にいたあの宇宙が、悪の宇宙って考えだな。その辺はこの世界の価値観と一緒だ。ならばこの世界こそが真世界ってか?
エルフとか亜人は、あっちじゃ別の惑星の住人なのに、何で名前にグノーシスなんてついているのやら。まあそれを言えば、何で日本語喋ってるんだって話でもあるが。自動通訳にしても、ゴージンは訛りが酷いわ古風な喋り方だわで、わけわかんねー。
演壇の上に、やたら露出度の高いラフな服装をした、スレンダーな肢体のダークエルフの女が上る。ゴージンよりさらにキワどい切れ込みの胸元。パンツが見えそうな短いスカート。剥き出しの細い素足。まさかこいつが新市長か? こんな格好で?
顔立ちは少女のあどけなさを残しているが、目は細く吊り上っている。金色のロングヘアーは腰どころか膝の裏にまでかかる長さだ。全体的に非常に小作りな顔立ちだ。口元には不敵な笑みが浮かべられていた。
しかし驚くのは早すぎた。女はいきなり演台の上に乗り、わざわざ大股開いたはしたない格好で演壇に座ってみせる。パンモロです……白。
『あーあーあー、私だ。木村の前まで市長やってたけど、前の選挙で木村のアホに僅差で惜敗した私だ。ウォーター・グノーシス・アリアルヴィーグア様だ。選挙期間の間に市長入れ替わりという異例の事態になってしまいましたが、投票率二位の私が、新市長することになりましたよー。よろしゅうたのんまー』
人をくったような態度での、ふざけきった挨拶。こんなのが投票率二位の僅差で敗れたってのが信じられないんだが……
『さて、と。木村のアホがどうなったか、知りたい? 知りたいですよねえ。あのアホな、何と乱す者と繋がって、うちらの情報流して私服肥やしてましたよー。言ってみれば、あいつは乱す者だったっちゅーことねー。んで、それが発覚したんで自殺しくさりやがりましたー。あははは』
ちょっと待て……。何でそんな話になってんだ?
思わず俺はディーグルを見た。もしかしてこいつも一枚噛んでるんじゃ……
「この処理の仕方がいいと思いますよ。私と太郎さんの事はおくびにも出さずに済みますし」
無表情に告げるディーグル。
「最初からこうする予定だったのか? あの時、お前の中でシナリオができあがっていたわけか?」
「それは……ある程度の予想は……」
俺の問いに口を開きかけたが、ディーグルの言葉は途中で途切れる。
『笑えるなあ? 笑えるよなあ? 何が一番笑えるかって、あんなカスに投票した奴等だよ。馬鹿じゃねーの? おい、耳糞のつまった耳かっぽじってよーく聞け。あんなのに投票したってことは、正真正銘の馬鹿ってことだよなぁ。おかげでどれだけ貴重な情報が乱す者に渡って、その結果どれだけの命が失われたと思う? ええ? おい。木村に投票したノータリンの糞虫共に、責任が無いとは言わせねえぞ。お前らも紛れもなく、人殺しの片棒を担いだんだからな。見る目の無い馬鹿は死んでくださいよ。その方が世のためってもんですぅー。また馬鹿が選挙に参加して、馬鹿に票入れちまってそれが通ったら、馬鹿が治める衆愚政治になって、まともな人が馬鹿を見ちゃうでしょ?』
ここで誰かの野次を皮切りに、市庁舎前の群集が一斉に怒号をあげる。騒乱状態だ。
しかしダークエルフの新市長は、それをおかしそうにニヤニヤとせせら笑っている。心底人を小馬鹿にした顔である。
『うるっせーなあ。静かになるまで黙っときますかね』
ニヤニヤしながらそう言うと、彼女は演壇の上で細い脚をプラプラと揺り動かしながら、宣言通り、野次の嵐が止むのをただ待ち続けた。
『あ、もう終わりデスカー? もっと気が済むまで、声が枯れるまでピーピー囀ってもらって結構だったんですがねー。ま、静かになった事だし、演説続けっかあ。んで、木村のアホの尻拭いを私がしなくちゃならんのですが、これがまた大変でねえ。お金も必要です。でも税金を安易に上げるってのも駄目だと思うんです。そもそも責任は木村と木村に投票した屑共にあるのに、愚民主主義のせいでそうじゃない人間まで責を負うってのも、ひどい話でしょー。なので、木村に投票したアホだけどどーんと税金払っていただきます。名づけて木村アホ税。市民全員を魔法で探知して、木村に投票したアホを割り出しますからねー。逃げられませんよー』
再び怒号に包まれる会場。
まあ何だ……俺、こいつブン殴ってやりたい気分だ。
死人に口無しとは言うが、これはいくらなんでもひどすぎるぞ。政敵が死んだからといって、いいように罪を捏造して着せて貶めて、腹いせしつつ利用までしようとしている。
真実を知る俺は木村に同情した。俺を殺そうとした奴だが、それでも真実を知ったうえで同情できるのは、俺とディーグルしかいないからなっ。この露出狂ビッチ……絶対に許せねえ。
周囲の兵士達を見ると苦笑している者もいれば、不快感を露わにしている者もいる。
ランダおばちゃんとか相当怒ってそうだけど、どこにいるのかわからん。傍らにいるゴージンは無表情だが、怒りと呆れが入り混じったオーラを発していた。
「あれでも有能なんですよ、彼女は。木村市長の前に市長を務めていましたが、少なくとも乱す者達の対策に関しては、ずっと優秀な成果を上げていました。ああいう性格なので敵も多いですがね。おそらく次回の選挙では木村氏は敗れると見られていましたし」
ウォーター・グノーシス・アリアヤリマン新市長を知っていると思われるディーグルが、解説した。
「有能だからこそ、そして言葉を選ばん馬鹿だからこそ、僅差で敗れたんだろ」
俺もどちらかというと、無能な善人よりかは有能な悪人を支持するタイプだが、いくら有能だろうと、こんなのを上に据えたくないという気持ちもわかる。
「ようするにディーグル、木村を殺してもあのパンモロビッチが隠蔽し、有りもしない罪を着せる事も予想していたんだろ? お前はさ。だから平然と木村を殺した。いや、殺せた」
俺の指摘に、ディーグルは小さく笑う。あの時すでに、今の展開を確信しているような台詞も吐いていたしな。
『早速ですが、近々乱す者達が、大規模なテロをこの街で起こすという情報もあります』
ふぁっきんビッチ市長の言葉に、市民達がどよめく。
『その対策に資金も要れば、さらなる兵員の増強も必要ですよっと。本当は木村に投票したアホに命がけで戦って欲しい所ですが、流石に徴兵までする気はありませーん。よかったなあ、木村に投票したアホ共。私が慈悲深い女で。んで……具体的な対策としては――』
パンモロクソビッチ市長がそこまで喋った所で、続けざまに爆音が響き渡り、ふぁっきん市長のふぁっきん演説が中断された。
まさかこれ、テロを起こすという噂もあると言った瞬間、そのテロが起こっちゃったとかいう、そんな展開か?
『あははは……対策を講ずるって話の途中に、こうも派手にやらかしてくれるとはね。上等じゃねーかっ』
市長がおかしそうに笑う。しかしその瞳には怒の輝きが確かに宿っているのが見てとれる。どうやら予想外の事態だったらしい。あまりにタイミング良すぎるんで、俺はこの市長が仕組んだのかとも疑ったが。
「市内テロ対策部隊の出動となりますかね」
ディーグルが呟いた直後、兵舎内に警鐘が鳴り響いた。
『葉隠軍第二十五部隊、二十六部隊、二十七部隊、三十部隊、三十一部隊、出動準備! 葉隠市中央区に乱す者による大規模同時多発テロ発生!』
マジックスピーカーから出撃命令が発せられる。うわー、大変なことになってきたなー。でもうちらにお呼びはかからんようだ。テロ対策部隊の二十六部隊と二十七部隊だけではなく、他三部隊も含めて五つの部隊が出動ってだけでも、相当な規模に思えるけどさ。
『破壊の規模が極めて大きいことが判明。第十八部隊も急行せよ』
あ、やっぱりね。何となく予感してた。
「この場にいる第十八部隊に告ぐ!」
堀内が大声をあげる。
「これより市内へ出て同時多発テロ対策へと向かう! 我々は正規のテロ対策訓練は行ってはいないため、元二十六部隊のランダと、長らくテロ対策の第一人者として活躍してきたディーグルに指示を仰ぐ!」
あうあう、ティーグルとランダが今回は主役になるのかー?
***
堀内がこれより市内に出て対策へ向かうと勇ましく言ったものの、まずは作戦の打ち合わせの方が先だった。毎度おなじみの第十八部隊専用屋内訓練場へと皆で戻る。
「基本、テロ対策なんて後手なもんさ。市民の安全を確保して誘導や、被害の拡大を防ぐための処理とかだね。ただし、たまに乱す者達が連続テロを起こし続けるときもあるんだ。そういう場合は奴等の追跡と戦闘も含まれるよ」
ランダがテロ進行中の、テロ対策におけるノウハウを説明してくれている。彼女は女性だけの部隊である第二十六部隊に在籍しており、ここでの主な任務は都市のテロ対策だった。
葉隠市は過去に何度も乱す者による無差別テロの被害を受けている。最低でも一年に二回はテロが発生しているとか。
これ聞くとこの世界はやっぱり全然平和じゃねーじゃんとも思えるが、日本みたいに自動車で死ぬ人間もいなければ、自殺者もほぼいないらしいし、殺人事件も滅多に起こらんから、乱す者さえいなければ、やっぱり平和なんだろう。
「今入った報告によると、今回は後者のようだな」
と、堀内。
「先行した部隊は、戦闘組、市民の救助と避難誘導組、被害拡大阻止組の三つに分かれているようだ。奴等、爆破と放火によるテロを続け様に行っている。特に火災が悪質で、被害拡大阻止組が必死の消火活動に当たっている」
「戦闘の規模がどの程度か、知ることはできませんか?」
ディーグルが訊ねた。
「情報が掴みづらいようだ。市内のあちこちで交戦状態となっているらしい。兵士達も分散しているが、手が足らん。何より情報が足らん」
と、堀内。
「でしたら私と太郎は、先ずは正確な情報の把握に努めつつ、同時進行で被害拡大の阻止を行いましょう」
おいおい、そんなことできるの? と突っ込みたかったが、ディーグルの話はまだ続いていた。
「私と太郎の二人は上空から葉隠市の状況の把握に努めます。乱す者の位置、戦闘状況、被害状況など、空からならわかりやすいでしょう。太郎には絵の奇跡で被害の拡大――特に火災を食い止めてもらいましょう」
上空だと? つまり俺の絵で空飛ぶ乗り物作るってことか。つーか、二人だけで空の上かよ。
「空にいるディーグルの報告に従って、あたしらは状況をまとめあげ、各部隊にも最新の情報を伝達できるって寸法だね。第二十六部隊と二十七部隊は、過去にディーグルと何度かそのやり方で連携取り合ったから、うまくいくだろうさ」
ランダが気になることを言った。過去に何度かそのやり方をやった?
「情報のまとめだけに、わしらの部隊全て割かんでもええじゃろ。太郎を守る必要が無いなら、戦闘もしたいのー?」
ザンキがそう言ってチラ目で堀内を見る。
「うむ。我々は基本的に太郎の奇跡を主軸とした作戦を取るため、一つにまとまって動く方針であるが、今回はそのやり方では効率が悪いな。太郎も空とあれば、部隊の護衛は不要であろう」
堀内が言った。
「第十八部隊も役割を細分化、さらには分散して行動させる。何しろ情報の把握は我々が一番早い。戦闘支援のランダ班、市民救助支援のザンキ班。そして情報伝達の堀内班の三つの班に分ける。ディーグルの報告に沿う形で、それぞれ動くぞ」
「堀内~……おのれ~……」
戦闘班に回されず、がっくりと肩を落とすザンキ。堀内もわざとやったな、こりゃ。
「太郎、使い魔を出せ」
「あいあい」
堀内に命じられ、俺は使い魔を封じた札を取り出し、アルーを呼び出した。ああ、俺の使い魔は、ギリシャ神話のアルケニーから取って、アルーと名付けた。見た目の可愛さとピッタリとマッチしたいい名だぜ、うん。
「大事に扱えよ」
そう言って堀内が自分の使い魔である白い子猫の首根っこを掴み、俺の方に放り投げる。あんたは大事に扱ってねーじゃんかよ。
「そっちこそ」
俺はアルーをそのまま足元に置き、白猫をキャッチした。
これが何を意味するかというと、使い魔無線という奴だ。使い魔は主から遠く離れた場所にいても、使い魔を通じて音声を聞き、使い魔が見たものを見ることができる。それを利用して、使い魔の側にいる人に、遠くから自分の状況を報告とかもできる。つまり互いの使い魔を交換する事によって、無線でやりとりと同じことができちゃうわけだ。
「では行きましょう、太郎さん」
「あいあい」
俺とディーグルは先に出る事となった。当たり前だけどね。俺らが先に動かんと他のメンツも何もできん。
「健闘を祈る」
堀内が背中から声をかける。
かくして葉隠市を舞台とした、乱す者達との攻防戦が始まった。




