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11 休日返上

「奇跡の絵描き太郎よ、お主はいつまで寝ていル?」


 目を覚ますとゴージンの顔がドアップだったのでビビる。

 目覚めると美少女の顔がアップとか、実際にあっても嬉しいもんではないな。間近すぎると間抜け顔に見えるし、たとえそれが誰だろうと心臓に悪いっつーか、そもそも何でこいつが俺の家にいるんだ。


「ディーグルがここに住んだラどうかと言ってくレていル。しかし家主は太郎であルが故、許可が必要ゾ」

「何でそういう展開なんだよ」

「私もディーグル同様、お主に仕えたいが故」


 真摯な眼差しで俺を見つめ、ゴージンは言った。


「お主は重き宿命を背負いし者。助けが必要であロう。我はお主を見て思ったゾ。お主の助けになりたしと」

「参考までに聞いていいか? どうしてそう思った? ただの同情? 縁とかそんなんだけか? 正直それだけじゃ納得できない。俺に仕えるってこと自体、危険なんだぞ」


 ハイッ、美少女登場したヨー。ハイハイッ、いきなり都合も良く主人公に惚れたー、惚れましたー。そんじゃ、今からお仕えしますー、お仕えしますよコノヤロー。ハイハイッ。

 この安易な三連携。俺は実際にそれが起こっても喜べない。それどころか怖い。俺に関わる者を不幸にしそうという理由で。


 ゴージンはしばらく口をつぐんでいた。何かわけあり風な感じではある。あるいは俺に言いづらい理由でもあるのか。

 しかしやがて口を開き、はっきりとした口調で語りだした。


「我も長く生きていル故、人を見ル目は有ルゾ。昨日、ランダとお主の話を聞いて、我は感じた。他人が傷ついたリ苦行を負うのを見ルくラいなラ、自分が他人の代わリに痛みを背負って犠牲になル、お主はそういう性質なのだロうとな。しかしお主が背負いし宿命は、その逆也。我はそのようなお主を見て、力を貸したいと思ったゾ。そレは果たしておかしきことか?」

「わからねーなー。それでも会ったばかりの他人だしさ」

「縁を感じたとも申したゾ。人の心は理屈だけで動くものに非ず。本能に訴えラレし衝動もあロう。故に我が神ネムレスの名にかけ、我は誓った」


 俺も縁は感じているし、本能に忠実になれるタイプだし、ゴージンもそういうタイプだというなら、わからんでもない。


「我の身は案じずともよい。我はそう易く朽ちぬ故。我が備えし天性のペインに抗ずル力、そしてネムレスよリ授かリし我のこのペインの目利き、遠慮せず活用さレたし」

「ネムレスに授かった?」

「我はネムレスに直接会った事があル。その際、我はネムレスに願いをかなえてもラったゾ。ペインの目利きの修行は辛かったが、習得できた喜びはひとしおであった」


 力をあげますはいどうぞ! と、ポーンとくれるわけではなく、指導で身につけたわけか。


「代償は?」

「強いて言えば信仰也。ネムレスは多くの神を死に至ラしめ、邪神と呼ばレ忌み嫌わレてもいルが、情け深き良き神であルというのが、我の見解ゾ」


 信仰は神の力の糧になるから、神は人々の願いをかなえ、信仰を得ようとする事もある。とはいっても、神も信仰を得るだけのために、おいそれと願いをかなえるわけでもなさそうだけどな。

 神々はそう簡単に願いをかなえない。当たり前だ。信仰欲しさにほいほい願いをかなえてまわっていたら、神同士で願いかなえ合戦になって、かなえてもらう側である、人の方の立場がでかくなってしまう。神様という商売をしているわけじゃねーんだしな……


***


 その後、ディーグル、ゴージンと共に兵舎へと向かった。


 第十八部隊は任務明けであるため、今日の訓練は無しで休みとなっていたが、何人かは昨日の今日でもう、訓練に励んでいた。

 その気持ちはわかる。じっとしている方が耐えられないというクチだろうな。俺と同じく。


「何だい、あんたら。今日くらい休んでりゃいいのに。殊勝だね」


 ザンキ相手に剣の訓練を行っていたランダが、俺等を確認して動きを止める。この二人は、木刀でも模擬武器でもなく、実際に刃物のついて得物で訓練していた。


「そんな立派な心構えなど私に全くありませんが、とても立派な心構えを持つ私の偉大な主の御付き合いとして、休みも潰してお供した次第であります」


 本気の嫌味なのか冗談なのか、いまいちわからないディーグルの物言い。


「あんたねえ、そんな半端な奴がこんな所来ても、こっちとしちゃ気分悪いよ! お帰り! さっさとお帰り!」


 冗談だろうが本気だろうが、ディーグルの言葉はおばちゃんの逆鱗に触れるには十分すぎた。


「ランダ殿とザンキ殿が終わったラ、次はどちラかと手合せ所望」


 床に正座してそう宣言するゴージン。


「あ、わし疲れたしの。ちょっと休むから次ランダに任すわ」


 ザンキがその場にどかっと腰を下ろし、休憩宣言をする。


「何だい、爺様。情けないね。ほらゴージン、かかっといで。おばちゃんパワーを見せてあげるよ」

「いざ」


 ゴージンが立ち上がり、ランダと向かい合う。


 一方で俺はというと、射撃訓練――ではなく、攻撃を避ける訓練のみを徹底してディーグルに叩きこんでもらう予定だった。

 敵がディーグルのガードをくぐりぬけた際、銃で対抗するよりも、回避に専念した方がいいんじゃないかと考えを改めて。もちろん銃は銃で携帯するつもりだけど。


 正午まで訓練を続けた所で休憩に入る。


「しかし驚きましたね。太郎さん、攻撃を避ける事にかけてはかなりの才能をお持ちでしたよ」


 ランダ達に向かってディーグルが語る。本気で言ってるのだろうか? 何度もディーグルの刀やら礫やらを避けれず、段々ランク落として手加減してもらった感が有りまくりだったってのによ。


「ゴキブリみたいに這いずりまわって、身も世も無い無様な姿を晒しまくりでしたが、実に見事な避けっぷりでした。これは早い上達が見込めそうです」


 あ、真顔で毒吐いてるってことは本気だ。


「やれやれ、ゴージンから一度として一本も奪えんかったわい」

「あたしもだよ。ゴージンはちゃんと訓練になっていたのかねえ。あたしら相手じゃ役不足でなければいいけどね」


 悔しそうにザンキとランダ。


「そこまで卑下すル事は無い。むしロ我かラ見レば久しぶリに歯ごたえあル相手で、嬉しくあった」


 言いつつ、ゴージンはチラリとディーグルを一瞥する。


「しかし次はディーグルとの手合せ所望すル」

「ええ、私もその方がいいですので、役割チェンジしましょう。ドブネズミの如くチョロチョロ鬱陶しく逃げ回る太郎さんを叩くのも飽きてきた所ですし、そちらはザンキさんとランダさんにお任せします」


 ただ毒を吐いているだけではなく、どうやらディーグルは俺が避ける訓練している事自体、あまりお気に召さんようだ。

 午後の訓練は一時間程で切り上げ、後は雑談タイムとなった。ランダ、ザンキが一本も取れなかったゴージンが、今度はディーグルから一本も取れなかったそうだ。強さのインフレすげー。


「一本も取れないとはいっても、結構際どい局面もありましたよ。二十年くらい前の私なら、四回に一度くらいは、ひょっとしたら負けているかもしれません」

「然様な称賛のさレ方、全く嬉しくないゾ」


 やや憮然とした表情でゴージンが言った。


「こいつは口の利き方がいつもおかしいんだよ。そんなんでよく友達無くさないもんだね。あたしはそれが不思議だよ」


 と、ランダ。


「友達云々はともかくとして、ディーグルって顔だけは広いって印象だな。やっぱ名声があれば、性格の善し悪し関係無く人が寄ってくるもんなんだろうな。付き合い自体は浅く薄く広くって感じになってるタイプだろうけど」

「太郎さんも……中々言うようになりましたね……」


 俺の言葉に、ディーグルの声が心なしか震えていた。いや、指先もちょっと震えているし、笑顔も引きつっているぞ。効いてる効いてるっ。クリティカルヒットかましてやったぜ。ふぁっきんざまー。


「交友関係で思い出した。聞こうと思っていたことがあったんだ」


 ゴージンの方を向く俺。


「乱す者からも仕事を受けていたってことは、奴等の内情もそれなりに知っているんだよな?」

「知っていルが、教えルわけにはいかぬな。彼等には金で雇わレた身であルとはいえ、その立場を利用して情報を流すのは公正ではないが故」


 と、拒否するゴージンだったが、その割にはまだ俺達の仲間になる前に、奴等の情報をペラペラと喋っていたじゃないかと。あれはいいのかよ。


「乱す者相手にも商売するという感覚は、私には理解しかねます」


 ディーグルが喧嘩売りだした。いや、喧嘩売ってるは言い過ぎだが。


「我が生誕せし地は、魔雲の中の集落だ。あの中には乱す者もいた。ここラ――サラマンドラ都市連合の一帯では、乱す者がひどく悪者扱いさレているようだが、あの者達は全て悪人というわけでもないゾ。あの者達にはあの者達で、考えや主張があル」

「思想がどうあれ、他者を傷つける行為に及んだ時点で悪でしょうし、貴女の雇い主は、己の思想のために市井に害を成す者達でしたよ」


 あう……やっぱり喧嘩売ってるなこりゃ……。


「考えが固い。折リ合いがつかぬようで残念だが、この話は最早不毛。まだ続けたいと思うなラ、付き合うが」


 息を吐き、冷静な口調で告げるゴージン。


「らしくなく熱くなってんなよ、ディーグル。ちんちくりんの御主人様の命令だ。それ以上その話はやめれ」

「非礼を詫びます。申し訳ありません」


 硬質な声で謝罪するディーグル。


「さて、あたしは買い物でも行ってくるけど、あんたら暇なら付き合いな」

「暇じゃし、こっから休日ということにするか」

「付き合おう」


 ランダに声をかけられ、ザンキとゴージンが応じる。


「俺はパス。ちょっと用事がある」


 俺が言った。ちょっとじゃなく、大事な用事だがな。


「となると当然私もパスです」


 と、ディーグル。


「では我も太郎の護……」

「街中での護衛は私一人で十分ですよ。ゴージンさんは買い物を楽しんでいらっしゃい」


 ゴージンの言葉途中に、ディーグルはやんわりと拒絶した。ディーグルに他意が有るとは思えないが、ゴージンはそれ以上何も言わず、顔を背けた。

 あうう……何だかこの二人の間に、微妙な空気を感じるぜ。今後がちょっと心配。しかも同じ家に住むわけで……


***


 ザンキに頼んで場所を調べてもらい、俺とディーグルはドポロロの家へと向かった。

 ゴブリンはゴブリン専用の住宅街があって、そこに皆暮らしている。丘の中に穴をくりぬいて人工洞窟を作って、共同生活を送っているらしい。


「わざわざありがとうね」


 すでに夫の死亡通知を受けているドポロロのワイフは、俺が渡した形見の指輪を受け取って礼を述べた。


「ドポロロはあなたのことさ、よく話してたよ。凄い力を持っているけど、素直ないい子だってね。うちの養子にしたいくらいだとね」


 そんなこと言ってたのかよ……。あいつの俺への接し方、年下相手というより、タメ相手っぽかったけどなー。


「素直ではありませんよ。それはきっとドポロロさんの勘違いです。ヒネくれものかつ、生意気なお子様です」


 空気を読まずに口を挟んでくるディーグル。お前が大人になれ。


「私さ、さっきまで信じてなかったんだ。信じないようにしてたんだ。あいつが死んだって聞いてもさ、実は何かの間違いで、ひょっこりと顔を出すんじゃないかって、そんなこと期待しちゃっていたんだよ。あはは、馬鹿だと思わない?」


 そんなこと言われてもどんなリアクションしたらいいかわからない。

 俺があっちにいた時、あいつが死んだと聞かされた時は、そんな感情は無かったしな。死をそのまま受け入れ、運命を呪った。己の罪と愚かしさをひたすら呪った。八つ当たり的に理不尽な世界も呪った。


「でも、これ渡されちゃって……嗚呼、やっぱり駄目だったんだって、今やっと……理解しちゃった……」


 手の中の指輪に目を落とし、泣き崩れるドポロロの妻。


 うずくまり、嗚咽を漏らしていた彼女を、ただ見守っていた俺とディーグルであったが、しばらくして、彼女の体に変化が起こった。

 体が透けていく。どんどん透明になっていき、やがて床に身に着けていた服が落ちて、完全に消失した。


「ペインですよ」


 ディーグルの一言で、俺は察した。


「心の痛みでも、人は死ぬってことか……」

「個人差はありますが、彼女は夫の死が耐えきれなかったのでしょう。悲しみが激しすぎたか、心が弱かったか、その両方か」


 愛する者との離別の悲しみが、死すらもたらす世界か。とんだ天国だ。酷い話だ。マジふぁっく……

 落ちている服に向かって俺は両手を合わせて祈ると、虚ろな足取りでゴブリンの住宅を出る。泣くのをこらえていたが、もう駄目だ。つーかさー……何でこんなにすぐ涙が出るんだよー。みっともないったらありゃしない。


「ディーグル……俺が泣いてるのはな、体が子供だからだよ。子供だから涙腺がゆるいんだよ」


 鼻声で言い訳をする。


「そうですね」


 俺の頭を優しく撫でるディーグル。


「やっぱり髪が長すぎますね。私に切らせてくださいよ」

「またその話かよ。別にいいって、これくらいで」


 俺の鼻声に、少し苦笑気味の響きが混じっていた。

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