7 回想5――忌むべき王国、忌むべき民――
そんなわけであたちらは王都へと向かうことになった。あたちや兵士達の半数以上からすると、戻るという感覚れすが。
ネムレス曰く、スリプドは密かにネムレスと通じ、共にユメミナを滅ぼす事を願っているらしい。
「見た目で損をしている男だが、彼は本当の意味でユメミナに忠誠を誓っていた。ユメミナが心を失った事にも、心を痛めていた」
ネムレスが語る。
「巫女の方は馬鹿者だったがな。心を失ってもなおユメミナを盲信し、僕と戦い続けた。そして討つことができた。ちなみにスリプドが僕と通じている事は、当然ユメミナも巫女も知らない。ただ、スリプドも、僕が勝利するという確信が無いから、表立って協力することもできない」
「自分は安全圏にい続ける卑怯な臆病者――というわけではなく、先のことまで見据えた慎重さというわけれすね。もし裏切りが発覚すれば、それでユメミナと切れてしまうわけれすから。ユメミナが生きている限りは、表向きはユメミナの側にあり続けて、裏ではネムレスに協力し続けると」
「そういうことだ」
あたちの言葉に、ネムレスは満足そうに頷く。
「中々頭の回転が速い姫だ。パライズよりも優秀かもな」
「えー、そんな馬鹿なー」
冗談めかして言うネムレスに、パライズが笑顔でこちらを見てきたが、あたちは反射的にぷいとそっぽを向いてしまう。
こないだのパライズとの会話から、パライズに対して、ずっとこんな感じのあたちだった。
***
馬車で旅をしている途中、二度ほど魔物に襲われたが、ネムレスがあっさりと撃退した。魔物の体の中味があふれて増えて、壮絶な殺され方をしていた。兵士達もあたちも慄いていた。
あたちは王国領内へ戻りそれから馬車で数日後、とうとう王都へと戻ってきた。
王国、王都、その名前すら、あたちは思い出したくない。
呪われた土地。呪われし名前。絶望と共に死した姫達に、再びまた絶望を与えるだけの場所。一体どこの屑野郎が、冥界にまで下界と同じ王国を築き、同じ法で縛り、あまつさえ残酷儀式まで持ち込んだのか。人間というのは、どれだけ愚かになれば気が済むのか。
しかもタチが悪いのは、この冥界には神というものが実在し、人々の社会に混じっている。彼等は崇められ、人々に恩恵をもたらす。その神までもが、この国の蛮行に加担している。
「最早ユメミナは、人々の思い描く神へのイメージを忠実に模倣するだけの存在だ。故に、王国の者達が、姫の儀式を望んでいるのであれば、それを遂行する。神儀として勝手に決める。それまでは無かった事も、まるで自分が決めた事のようにな。そして人々も、自分で求めた事すら忘れて、神が定めた事だと思うようになる。心を失くした神と、それを崇める人間の関係とは、そういうものだ」
旅の途中、ネムレスが教えてくれた。愚かしさもここまで極まると、芸術的ですらある。
王都に入り、宿を取る。
兵士達にはそれぞれ自宅に戻ってもらった。ネムレスは目立つので、フードつきのローブを買って、目深に被る。あたちの容姿は特に知られていないので、そのままだ。
宿屋の一階は飯屋兼酒場になっていた。隣のテーブルに座っていた薄汚い三人の下級労働者達を見て、あたちは顔をしかめる。ただの差別感情じゃない。あの手の連中にあたちは嬲り殺されたので、物凄く嫌悪感が募る。それに加えて、自分をいずれ殺す者達だと教え込まれて育てられてもいた。
元々姫殺しの儀式は、階級制度による格差社会の憎悪のはけ口のような形で作られた。下級階層の者達は姫殺しを楽しみにしていると、幼い頃から聞かされていた。あたちに下級階層の者への憎しみや恐怖の感情は、小さな頃からずっと植えつけられていたのだ。何しろあたちが憎み、呪うほど、それは国に祝福をもたらすと、そんな教義であったから……
「ついてねーなー。今月は惨敗だ」
「ユメミナ様に願掛けしたんだけどなあ。ユメミナ様は賭け事には力を貸してくれねーのかねえ」
「俺にもう少し運をくれてもいいのによう」
酒が入ってすっかり出来上がった隣の下級労働者達の、耳障りなダミ声での会話が耳に入る。ここまではうるさい程度で済んだ。しかし……
「俺達の運は、十一年前の姫殺しで使いきっちまったんだよ」
「ああ、そうだな。姫殺しに参加できるなんてラッキーだわ」
「俺は参加できなかったぞー。一部の奴しか参加できないからなー。あと三時間くらい姫が死なずにもってくれれば、俺の順番もまわってきたのによー」
奴等の会話内容に、あたちは一瞬血の気が引き、その後指先だけ冷たくなって、他の全身が沸騰するくらい熱くなっているのを感じた。
「ハメながら最初に腕を折ってやった時の反応とか、すげー笑えたぜ」
「あー、見た見た。すげえ面白かった」
「下界と違ってすぐにくっつくし、折り放題だったよなー」
「でも俺は切断と皮剥がしには引いたわー。すぐまた元通りになるっていっても、切断したり剥いだりする時はグロくてさー」
「だってよー、折っても反応しなくなったんだもんよ。そりゃ切ったり剥いだり、どんどんエスカレートしていくさ。再生するから何度でもできるし、地獄での姫殺しよりずっと滅茶苦茶できて面白いぜ」
「焼き鏝の反応が一番笑えたな。これは前々回の姫殺しでも一緒よ」
「前々回いなかったから知らねーよ」
あたちは歯が折れそうなくらい歯軋りをして、テーブルに爪を立ててゆっくりと掻きむしり、涙を流し、泣き喚きたくなる衝動を必死で押し殺していた。
こいつらを今すぐブチ殺してやりたい。悔しくてムカついて仕方が無い。しかし今騒ぎを起こすのも不味いので、我慢していた。しかし……腸が煮えくり返るとは正にこのことだ。
こんなゲスな奴等の歪んだ快楽のために、あたちは文字通りの慰み者として殺され、そしてまたもう一度殺されるというのれすか?
何で世界はこんなに醜くて、こんなに醜い奴等が平然とのさばっているのれすか……
うちひしがれていたあたちだが、ふと、隣で気配を感じて顔を上げる。
見るとパライズがスケッチブックを取り出し、絵を描いている。
彼の奇跡がどんなものかは見せてもらったし、知っている。まさか……
「ほごごご!? ほごっ!?」
「うがあああぁっ! 何だこりゃあっ!? 目が痛えぇぇ! 見えねえぇえぇっ!」
「何だ? どうしたんだお前ら! 何だ!? 何も聞こえねーっ! 耳に何か突き刺さって、何も聞こえねーっ!」
先程まで上機嫌だった三人の下級労働者達が、パニックを起こしていた。
見ると、一人は目が肉だか皮だかで塞がれ、一人は口そのものが消失し、一人は耳に何か棒状のものが刺さっている。
「あまり強いペイン与えると、こっちにもはね返ってくるから、この程度かな。本当はブチ殺してやりたかったが」
せいせいしたといった感じの顔で、パライズが言った。
「君の奇跡の効果は永続するわけでもないから、君から離れてしばらくすれば、あれも解けるぞ」
「そっか。じゃあやっぱり殺しておくか」
ネムレスに指摘され、パライズが再びスケッチブックに絵を描きなぐる。
全身の骨を折られ、手足を何度も切断され、皮を剥がれ、炎にあぶられる男達。
やがてペインの限界がきて、三人は消滅した。死んだ。
こいつ……あたちが必死に我慢してたの台無しにしやがって……。
あたちがパライズを睨むと、パライズは苦しそうな表情で、しかしそれでも得意気にあたちに向かって笑って見せた。
こいつの奇跡は、他者にペインを与えると、相応のペインが自分に返ってくると聞いた。
三人も殺して、大丈夫なのれすか? まさか三人分殺したペインがそのまま返ってきたとしたら……
パライズが椅子から転がり落ち、昏倒する。
「食らわしたペインがそのまま返ってくるわけではない。疲労という形で返ってくる。あまり強いと死のリスクもあるが、三人くらいなら平気だろう」
あたちの危惧の念を見抜いたネムレスが言い、パライズの体を抱え上げ、二階へと運んでいった。
その時のあたちの感情は……生まれて初めて……いや、下界でも生誕してこの世に来てからも、一度も感じた事の無い代物だった。
全身の細胞が一つの色に染まり、胸が振るえ、心が澄み渡るようで、視界の全てが輝いているかのような、そんな感触。
何よりも、ネムレスに抱かれて運ばれているパライズが、光り輝いて見える。
喜び、嬉しさ、解放感、救い……言葉に尽くしても尽くせない。体の中にびっしり巣食っていた不気味な悪い虫が、全て体の外へと流れ出ていったような……そんな感覚。
そう……あたちはこの時、確かに仇を討ってもらったのれす。
あのデリカシーゼロ男にっ。
「リザレはよく知っているだろうが、この国は王族貴族一部の資産家と、平民との間の格差がひどい。故に民の心は荒んでいる。民度も低い。死した後の冥界にまでその構図を持ち込むとは、愚かしいにも程が有る」
下に戻ってきて、忌々しげに吐き捨てるネムレス
「下界でも、姫殺しの儀式をすれば祝福が訪れると、そんな気色悪い教義で、民を押さえ込んでいたのれす」
「こちらはもっとタチが悪いぞ。ユメミナの信仰が加わっているからな。民はその二つを拠り所にしている。そしてユメミナの奇跡で、同じ国の生誕者がこの国へと引き寄せられているのだ」
死んでまで、こんなひどい社会を作り上げる王族や貴族もひどいが、それに甘んじて、この国から抜け出そうとしない民もどうかしている。
この国以外では、そんなことは無いというのに……緩やかな社会を作り、格差も乏しく、平和に暮らしているというのに、ここだけおかしい。
ユメミナのせいということもあるだろうけど、きっと人々の心が根本的に醜く歪んでいるせいだと、あたちは思う。馬鹿は死んでも治らなかったのだ。
***
夜。あたち達は四人用の部屋に三人で泊まった。
馬車での旅の行き帰りでも、ずっと相部屋れしたし、最早抵抗は無いのれす。兵士達も皆紳士れした。もちろんネムレスも。バライズだけはあたちの着替えを堂々とガン見してやがったれすが、空気のように無視。
眠れないあたちは、自分のベッドから離れ、パライズのベッドに座り、その寝顔を眺めていた。
先程の一階の飯屋での騒ぎで、役所の兵士達が駆けつけてちょっとした騒ぎになっていたが、あたち達は関わらずに済んだ。
あの時のパライズの行動によって、あたちの心は大分楽になった。救われた。完全に憎しみから解放されたわけではないが、少なくともあの時だけは――そして現在も、悔しい想いをしないで済んでいる。パライズのおかげで。
あたちの中で、感謝の気持ちがいっぱいだった。何でもしてあげたいような、そんな気分ですらある。自分でもチョロいもんだとは思うけど、でもこれが今の正直な気持ち。
パライズの横で寝てみる。
パライズはあたちの心にこだわっていた。今更になってそのことを真面目に考えてみる。
姫殺しなんていうものが存在し、それを楽しんでいる醜い奴等がいる一方で、パライズのように、あたちの心が欲しいとまで言い、あたちのために戦おうとしてくれる奴もいる……
兵士達も、自分の信じる正義のために戦おうとしている。
ネムレスも、死という形で弟を救うために何度も戦いを挑んできたという。そしてこれからも……
醜いものばかり意識していた自分が恥ずかしい。その真逆の者達にも巡りあえたことが嬉しい。
パライズの体にしがみついてみる。確かなぬくもり。存在感。
そのまましばらくパライズに抱きついて、うとうとしていた。
やにわにパライズが体を動かし、あたちはぎょっとした。寝返りをうったのではない。明らかに意思の有る動き。
パライズは、あたちに上から押し潰される形となったかけ布団を引っ張ってめくり、それを自分だけでなく、あたちの上へもかけた。
「パラ……」
声をあげようとしたあたちの唇に、パライズが薄目を開けて、自分の口元に人差し指をたてて微笑む。
ただそれだけで、パライズはまた目を閉じ、寝息をかきはじめた。
デリカシー無しのあんぽんたんだと思ったら、この振る舞いは……
もうあたちは、こいつのことが心底わからんのれす……
***
翌朝、あたち達は兵士達と合流し、スリプドが指定した旧学院とやらへと向かった。
昨日の飯屋でのあの屑共の嘲笑を思い出し、腸が煮えくりかえる。悔しくて、憎らしくて、何もかも壊してやりたい気分だ。昨日はすっきりした気分だったが、一晩明けたらまたムカつきはじめたのれす。
「ネムレス……例えユメミナを斃して、あたちが助かった所で、この王国が存在する限りは、この姫殺しの儀式は続き、また新しい姫が犠牲になるのれすね」
馬車で移動しつつ、向かいに座っているネムレスに声をかける。
「ユメミナが消えれば、姫の特定もできないだろうが、代わりの生贄を見つけるだろうな」
あっさりと答えるネムレス。
「この王国自体、滅ぼしたいのれす……」
スカートの膝の部分をぎゅっと握り締め、兵士達もいる前で本音を搾り出すあたち。
「前の姫もそう言っていたよ。まあ僕に考えがある」
腕組みしたポーズで、ネムレスは不敵な笑みを見せたが、現時点でその考えとやらは教えてはくれなかった。兵士の前では言いづらいことなれすかねえ。
旧学院とやらに着く。
どうやら今は使われてない廃校のようだ。ここにスリプドがいる? あたちらが着て、彼にわかるのれすか?
「スリプド様には昨日のうちに連絡してあります」
兵士の一人が言った。まあ考えてみりゃ……待ち合わせのために、スリプドがずっとここにいるわけがないれすな……
ボロボロの校舎に入ると、そこに見覚えのある男が佇んでいた。毛深くて、人相が悪くて、ごろつきめいた容姿の中年男。
「お久しぶりです。ネムレス。そしてリザレ姫、よくぞこの短期間でネムレス様を連れて来られた」
ネムレスに恭しく一礼した後、あたちの方を向いて軽く会釈するスリプド。敬意の払い方に露骨に差があって、あたちはちょっとイラっとした。




