5 回想3――神に直接願いをぶつける――
護衛の兵士達には悪いが、長期の滞在になるという事を伝えた。
王都に帰ってもらうという話もあたちはしたが、兵士達は帰ろうとはしなかった。それどころか相変わらず、あたちの剣の訓練に付き合ってくれる始末。
兵士達はあたちと直に接する事で、あたちの境遇に同情してくれているようだ。赤の他人ならともかく、実際に知り合った人間が悲惨な運命を背負い、それに抗おうとしているので、見捨てられないという感じだ。
王国の者達も多くは、あの因習を疑問視しているらしい。特に冥界にまで持ち込む事が異常だとする見方もあるが、ユメミナがそれに乗っかってしまっているので、改めることが出来ずにいる。
正義の神を謳いつつ、残虐で野蛮な生贄の儀式を容認。ユメミナとはどういう神なんれすか……
兵士達とは今やすっかり打ち解け、パライズの事もネムレスの事も話した。彼等の中に裏切り者がいて、あたちのしようとしていることを報告しに行く者もいるかもしれなかったが、そうなったらそうなったで別にいいとして、彼等にも全面的に協力してもらうことにした。
「もし姫の計画が成就すれば、国家存亡の危機となる一方で、リザレ姫はもちろんのこと、今後この世ではあのような儀式が行われず済むわけですよね」
「どうせ死んでも下界に戻るだけですし、二十年おきの胸糞悪い儀式を止める事こそ、正義だと自分は思います」
「あの祭りを支持しているのも、底辺のろくでもない奴等や、悪党ばかりなんですよ。そいつらを抑え付けるための祭りでもありますが、祭りが無ければそんな連中を押さえつけられないようなおかしな国、滅びてしまえばいいでしょ」
兵士達はそう言って、あたちに協力を約束してくれた。
正直、あたちは彼等の態度に疑問を抱いた。一人残らずあたちに協力してくれるなんて……おかしいと思った。
彼等は国を守るのが使命だ。なのにあたちは国壊しをしようとしている。そのあたちに協力する者は……正直一人や二人出るならおかしくないと思うが、全員賛同とは不自然なような。
しかも中には途中の町で補充した兵士もいるれすし――いや、王都から一緒だった兵士も、付き合いはそんなに長くない。
「一人くらいあたちのやる事に反感抱いて、国の側についてもよさそうなもんれすが……。そもそも貴方達、国を守る兵士なのに。国の平穏を思うのなら、今すぐあたちのしようとしていること、報告しにいっていいのれすよ」
あたちが確認したが、誰一人として兵士は動こうとしない。
「姫が逆の立場だったらどうします? まあ……王都に親しい人間がいれば話は別ですが、別にいませんし」
「私は国を守るため、反逆に加わります。あの悪逆の宴は、国にとって有害なものです。あんな催しを行っている国など、とても誇れるものではない」
「第一、姫がこうして反逆するのも、神聖騎士スリプド様の公認でしょう? 姫のことを報せにいっても、どうにもなりませんよ?」
「かつて反逆を起こした姫達にも、協力者は大勢いたそうです。それにユメミナに反感や疑問を抱いている者も、少なく有りません。いい機会です。下界から持ち込んだ国の悪習を断ち切りましょう」
兵士達の言葉に、あたちは素直に喜べなかった。疑っていた。彼等は……スリプドが裏で糸を引いているのではないかと、そう疑っていた。あたちの仲間に振りをしたうえで、ここぞという時に裏切って、あたちを絶望に陥れようとしているつもりなのではないかと。
この時のあたちの想像は、一つだけ当たっていた。スリプドが裏で糸を引いているという部分だけ、当たっていた。
***
兵士達と交流して剣を磨く一方で、パライズの御機嫌取りにも伺う毎日。まあ、そういう約束れすし……。
「お前、どこの国の姫様なの?」
村のはずれをデートしている際、そんな質問をとばしてくるパライズ。きっと兵士達があたちを姫と呼んでいたのを聞いたのだろう。
「秘密れす」
パライズにはあの忌まわしい王国のことは教えたくない。あたちに待ち受ける運命も。
一緒にいてわかるが、こいつはあたちとちゃんと恋人付き合いしてくれている。まあまだキスもしてないし手も握ってないが、世間知らずなあたちにいろんなことを教えてくれた。辺鄙な村なので何も娯楽は無いが、その分いろいろと喋りまくり、たまに剣の稽古などもした。
驚いたのはパライズの剣技が、兵士達の誰よりも勝っていたことだ。
「ネムレスから手ほどき受けたしな。あいつの神聖騎士になるのが、当面の目的だから、それなりの強者にならねーとさ」
この発言には驚いた。こいつ、高名な邪神の恋人になろうっていうだけでも、大それてはいるが、神に選ばれし直属の使徒である、神聖騎士にまでなろうとしていたとは。
「とはいえ、体動かすのは苦手だわ。肉体労働自体嫌い。俺は芸術家なんだぞ。その俺にこんなことさせるなんて、ネムレスめ……。恋人になったら、その分たっぷりお返しして、ベッドの上でヒーヒー言わせてやらー」
しかしこいつのこの下品さは何とかならんのれすか……あたちを恋人にした一方で、こんな発言する神経もどうかしてる。
「何で神聖騎士になりたいのれすか?」
あたちが尋ねると、パライズはきょとんとする。
「だって俺はネムレスのこと心底慕っている、憧れているし、ネムレスにとって一番大事な存在でいたいんだ。そのためには、ネムレスの神聖騎士になって、彼女が最も頼れる力になりたい。幸いというか、ネムレスは神聖騎士も巫女も作っていない。ネムレスも、自分が心底認めた相手じゃないと、直属の使徒にはしたくないって理由で、今までそれらを作っていなかったんだしな」
大抵の神には、神聖騎士と巫女が一人ずついる。それらは神が自分の力を人に分け与え、奇跡の力を行使できるようにした者だ。ともに一人ずつしか作れないらしいから、慎重にもなるということれすか。
ユメミナはあんな薄気味悪いスリプドなど神聖騎士にしていたが……
それはそうと、あたちは次第にパライズに好感を抱きはじめていた。性格的な難点も凄いが、常人には無いものもいろいろと持っているように見受けられる。動機はともかく志が高いのも評価できる。行動力があるというか、思い込んだらひたむきというか。その辺はあたちも見習わないと……
***
村に訪れてどれくらいの月日が経っただろうか。間違いなく二ヶ月以上は経っている。
時間的猶予はまだたっぷりとあるが、それでも焦る。ただ剣を磨き、知識を詰め込むが、それだけではとても駄目だ。ネムレスと会い、助力を請わないと。
ネムレスが助けてくれる保障も無いが、ネムレスの弟子であるパライズと親しくなった事で、ネムレスも力を貸してくれるかもしれないという、甘い期待もある。かつて昔、姫の一人に力を貸して、魔物の軍勢を率いて共に王都へと攻め込んだ逸話もあることれすし。
パライズの話によると、ネムレスは不定期で顔を見せにくるが、この村自体ユメミナ信者が多いので、村人の前には姿を見せないよう気をつけているらしい。ユメミナと敵対するネムレスが現れると、いろいろとややこしいことになるとのこと。
それなのにパライズは、うっかりネムレスと会ったことをバラしたわけれすが……
「どうやら、お望みのネムレスが来るようだ」
ある日突然、パライズが告げた。
「何でそんなことがわかるのれす?」
「夢の中で俺に伝えてくれた。今日来るってさ」
夢の中でお告げとか、そのまんま神様れすね。そしてわざわざ夢の中に現れて伝えるということは、こいつは相当にネムレスのお気に入りってことれすか。
「そんなわけで移動しよう。人目につく所だと問題あるからな」
そう言ってパライズがあたちの手を取る。
まだ体を許す関係ほどには発展してないが、一週間くらい前から手を繫ぐ程度にはなった。こいつはやたら図々しいし、ぐいぐい押してくるが、あたちが心の中で拒んでいるとわかっているらしく、決して一線を越えようとはしない。
その代わりと言わんばかりに、あたちの目を盗んだつもりで、村の娘とこっそり浮気していやがったれすが、ばっちり目撃してしまったのれす……。まあ、あたちだってネムレス目当てに、こいつと上辺だけの付き合いしているんだから、文句言える資格は無い。文句言える資格は無いが、何か知らんけど物凄く苛々しまくるのれす……。
あたちとパライズが向かったのは、最初にパライズがいたあの丘の上だった。
「ここで初めてネムレスと会ったのさ」
なるほどー、二人の思い出の場所れすか。あたちと初めて会ったのもここなんれすが……
「リザレと会ったのもここだな。ふふっ、俺にとってはダブル思い出の大事な場所ってわけだ」
そう言って、一人御満悦な笑みをあたちの前で広げてみせるパライズ。誰かこいつにデリカシーという概念を教えてくれ……
丘に来てわずか一分か二分後に、彼女は現れた。
長く艶やかな黒髪、黒目がちの目、小作りな顔立ち。見た目の年齢は十代後半の美少女ではあるが、少女と呼ぶには躊躇いを抱かせる、超然とした雰囲気がある。
パライズの絵で散々見た、欲望をかなえる邪神が、現実にその場に現れた。
「やっほー、ネムレス、会いたかったーっ」
緊張するあたちを他所に、パライズはネムレスに抱きつきにいく。
「僕もだよ……。しかし、その子は何だね?」
パライズを抱き返しながら、ネムレスがあたちに視線を向けて尋ねる。
「んとね、俺の新しい女ぶへっ!?」
堂々と告げるパライズに、ネムレスはおもいっきり体を後方に逸らして、フロントスープレックスで投げ飛ばした。いや……当時のあたちは、フロントスープレックスなんて技も名前も知らなかったれすけど……
「よくも堂々と僕の前で、しかも再会するなり、そんなことをほざけたものだな。そのうえ僕の前に連れてくるとは……君は僕が思っていた以上に大物だったようだ。悪い意味で……」
ごもっともれす……。いや、ネムレスの怒りが万が一にもあたちに向いたら不味い。さっさとあたちの願いを告げないと。
「あ、あの……ネムレス様、あたち、貴女に会いたかったのれす。どうちてもお願いしたいことがあるのれすっ」
「む、そういう用件だったか。ああ、できれば、様づけはやめてくれ。呼び捨てにしてくれ」
ネムレスがあたちの方を向いて告げた。安堵するあたち。
「痛たた……ネムレス、そいつはお前に会いたくて、会わせる条件として俺の恋人になったんだ。俺がそういう条件出したんだ。だから……俺は悪くな……げふっ!」
「余計に外道だろうが。恥を知れ」
言葉途中にパライズの腹部を踏みつけるネムレス。ごもっともれす。ていうか、ネムレスがまともそうでよかったのれす。パライズを気に入る時点で、この神も相当おかしいのかという不安もあったれすし。
「でもまだキスもしてねえよぉ……。肩抱いたり手握ったりしただけだよぉ……」
「まあ君が嫌がる子に無理矢理ひどいことをする奴じゃないのはわかっている」
「じゃあ何で踏んだの!?」
「何となくだ。で……わりと切羽詰っている雰囲気のようだな」
パライズと喋っていたネムレスが、あたちの顔を見て優しく微笑んで告げる。
「えっと……あたちの願い……パライズもいる前で聞かせるわけには……」
「パライズは僕の神聖騎士になる予定の子だ。僕にとって最も大事な存在となる者だ。どんなに聞かれたくない事情であろうと、僕に伝えることであれば、彼の前でも臆さず述べたまえ」
躊躇うあたちに、柔らかくも有無を言わせない口調でネムレスは言った。
ていうかパライズ……ネムレスにそこまで心を許され、認められている存在らったとは……意外という気持ちと、見直したという気持ちと、嫉妬の気持ちが入り混じって、超複雑。
パライズの前で語るのはいろいろと抵抗ある。もう二ヶ月も一緒であったし、最初はただ利用するだけのつもりだったけど、この二ヶ月間、パライズと一緒にいて楽しかったというのが正直な気持ちだし、あたちなりに彼に対していろいろと想う部分もある。あたちのこんなふざけた身の上話、聞かせたくなんてない……
しかし……同時に、パライズに知って欲しいという気持ちも、多少はある。後から思えば、もうあの時すでに、彼に対して気持ちが芽生え始めていたのだろう。
あたちは下界にいた頃から遡り、あたちのふざけた運命を全て語った。
「あたちはこのふざけた運命に抗いたいから……どうか、ネムレスに力を貸してほしいのれす。リミットは九年しかなくて、その時間になると、どこにいてもユメミナに強制召喚されるらしいのれす。だから……九年間のうちに、この運命に抗える方法が、他に思いつかないれすし、過去にネムレスの力を借りて、王国に攻め入った姫の例もあるというれすし、どうか……ネムレス、あたちに力を貸して欲しいのれすっ。あたちを助けてくらさいっ!」
全て語り終えた後で、あたちは泣きながら、血を吐くような想いで、ネムレスに己の願いをぶつけていた。




