4 回想2――パライズ――
馬車に揺られての旅。
馬車の窓から外の風景を見るのは楽しい。心が安らぐ。
しかし護衛の兵士が何人もいる。魔物が出て、祭りの前にあたちが死ぬと困るからだ。
実際、旅の途中に、魔物は何度も出た。
兵士達は強く、魔物は撃退したが、何度目かの交戦の時、一人の兵士が命を落とした。
ははは、ざまーみろれす。あたちなんか護衛しなければ、死ぬこともなかったのに――なんていう気分にはなれなかった。
昨日まで見慣れていた顔がの一つが、そこにはもう無い。そこそこ会話もしていたのに、もう話すこともできない。彼は跡形も無く消滅してしまった。
全て憎んでいたはずのあたちが、物凄くショック受けていた。あたちのための護衛をしたばかりに、命を落としたことが、哀しくて、胸が張り裂けそうだった。
「私達は戦うのが役目です。こういうことも覚悟しています。しかし……」
兵士の死に涙しているあたちに、兵士長が声をかけてきた。
「姫が私達の死に涙を流し、嘆いてくれるのは、救われる気分です」
兵士長の言葉に、あたちは複雑な気分になる。
「あたちは九年後には嬲り殺しにされるのれすよ。それを今、命をかけて守る価値なんてあるのれすか?」
「姫の絶望と哀しみは、我々などにはとても推し量れませんが……しかし僭越ながら言わせていただきます。地獄からこの世にまで持ち込んだあの生贄の因習、全ての者が正しいと思っているわけではありません。むしろおかしいと感じている者の方が多いです」
それは意外な話だった。民全てがあの祭りを楽しんでいるわけではないとは。
「しかし……王制を疎む者や、底辺でくすぶっている者からすれば、王族を貶めて嬲るあの儀式は、このうえない娯楽のようです。それによって不満を抑え、犯罪率も低下していると主張する者さえいます」
正直聞かなければよかったと思う話だ。あたちの中の憎悪が鈍りそうだ。
「かつて生贄の姫が己の運命を覆すため、王国に災いをもたらし、多くの人命を奪ったのれす。あたちも同じことをするかもしれないのれすよ。それでも守るのが役目れすか?」
意地悪な質問をぶつけてみたが、兵士長は顔色を変えることは無かった。
「リザレ姫とて、生き残る権利はあります。犠牲にならなくてはならない義務があるとは、私の口からは言えません。もし自分がリザレ姫の立場であれば――と考えれば、リザレ姫を責めることなどとてもできません」
あたちの問いに対する答えではない。しかしそれは……あたちが聞きたかった言葉だ。この兵士長は、あたちの心を見抜いていた。
正直その時のあたちは、涙が出るほど嬉しかった。憎しみの心が潰えそうで、困りもしたが。
翌日、強大な魔物に襲われ、その兵士長は命を落とした。兵士の大半も死に、最寄りの町で兵の補充をする事になった。
あたちが生きようとしなければ、彼等は死ななかった。それは間違いない。でも……あたちは兵士長の言葉を胸に刻みつけた。あたちにも生きる権利はある。例え他者を犠牲にしても、もう二度とあんな目には合わない。
できることならば……もしそれが可能であれば、もしそんな状況が訪れれば、あたちは……この世の全てを滅ぼしてでも、あたち一人、生き延びてやるれすよ。
***
あたち達が向かっていたのは、王国の領土から離れた、とある森の中の村だった。
ここいらにネムレスが現れたという情報があったが故である。
ここも魔物が出る危険性のある土地だ。しかしもう王国の領土の外であるから、兵士を失ったら、そうそう容易く補充もできない。
とはいえ、森という本来なら魔物が出やすい場所に、村なんか作れるくらいだから、魔物の脅威は比較的薄いのれしょう。多分……
馬車を走らせている最中は書物を読み漁り、馬車を停めている最中、あたちは兵士達から剣の訓練の手ほどきを受けていた。
少しでも知を、力を身につけたいと、九年後の死の運命を変えるために、あたちは全力を尽くす事に決めた。
その運命を変えるための決定的な一手は、神頼みならぬ邪神頼みだ。まあ……ある意味情けないけど、それはしゃーないれしょ。何しろ一国そのものと――神様のセット付きで戦うわけれすから……
村に到着して、あたちは聞き込みを始める。平和そうな村だが、それでも護衛の兵士達がぞろぞろついてくるので、村人達には奇異の目で見られる。
「確かにネムレスが現れたって噂はあるよ。で、その噂をあてにして、ここ一ヶ月の間に余所者もよく訪れるようになった。おかげで宿屋の親父や土産物屋の娘といった、一部の連中は喜んでるさ。俺には関係無いけどね」
果樹園にいる農夫が、こちらを見ようともせず認めた。この言い方からすると、ネムレスの姿そのものは確認されたわけではなく、あくまで噂というレベルでしか、村人も知らないと見える。
「噂の出所はわかりますれすか?」
「教会に住む絵描きで、パライズっていう女垂らしの糞餓鬼だ。あいつがネムレスに会ったとかぬかしてた。あいつは昔から、隠れネムレス信者じゃないかって噂もあったんだ。お前さん、あいつに会いに行くなら気をつけろ。まあ、おっかなそうな兵士に守られてるなら平気か」
「ありがとさままま」
そんなわけであたちは教会へと向かう。
一応この辺もユメミナ信仰が盛んな土地だし、教会もユメミナのものだ。そんな所で、ユメミナの敵であるネムレスを信仰するたあ、随分と豪気な野郎れす。あるいはただのお馬鹿さんなのかもれすが。
村のはずれに教会はあった。木々の合間から陽光がさして照らされる教会の姿は、素直に綺麗だと思える。例え糞ったれのユメミナの教会だとしても。
「貴方達は……?」
教会の中に入ると、兵士がぞろぞろと入ってこられて、教会の僧が胡散臭そうにこちらを見る。うーん、兵士の人達には悪いけど、外で待っていてもらうべきれしたか。
「ネムレスを見たという人がここにいると聞いて、やってきたのれすが」
「またですか……。ここに住むゴクツブシの絵描きの妄言ですよ」
うんざりした顔で僧は言った。
「その人に会いたいのれすが」
「会ってもどうにもならないし、あいつなら今、丘の上で絵でも描いてますよ。ったく……変な噂が出回って、ここによく人が来るようになりましてね。祈りもせずに聞くだけ聞いて帰っていきますよ」
「そうれすか。祈ってもらうよう祈ってくらさい。失礼しましたれす」
皮肉げに言う僧に、あたちも無礼な台詞を告げて、教会を去った。誰がユメミナなんかに祈ってやるものか。
「村だし、多分安全だし、これ以上連れまわすのもどうかと思うので、宿屋で待機していくださいれす」
あたちはそう言って、兵士達と別れた。連れまわすのが悪い以前に、兵士を連れての聞き込みに、やはり難が有るというのが本音れした。
で、丘の上とやらに行ってみる。
丘の大部分も木々が生えていたが、しばらく坂を上ると、視界の開けた草原へと抜けた。
わりと見晴らしのいい場所だ。村も見渡せる。とはいえ森の中の村なので、大半が木ばかりだけど。それにしても風景としては悪くない。絵を描くにも適しているのだろう。
しかし肝心の人物は、絵など描いていなかった。
絵描きの道具を置いて、一人の少年が剣の素振りをしている。
とても凛々しく、綺麗な顔をしている子だった。外見年齢はあたちとそう変わりない。少し年下くらいか?
「あ? 誰だよ……」
あたちに気がついて、少年が素振りをやめてこちらを向く。
「は、はうあっ!?」
あたちを見て、何故か顔面を変形させて驚く。せっかくの美少年顔が台無しだ。ていうか、何を驚いているんれすか。
「えっと……パライズさんれすか? ネムレスと会ったと聞いてやってきたのれすが……」
「あ……うん、そ、そうだよ。普段なら、うるせーてめーとっとと帰れ、てめーなんかお呼びじゃねーって言って追い返すけど、今日は機嫌がいいから追い返さないよ」
あたちが質問すると、異次元の答えが返ってきた。何か……すごく変わった人だなあ。顔はいいけど、中味がいろいろとおかしそう……
「君もネムレス信者?」
「ん……えーっと……ネムレスにお願いしたいことあるのれす」
「じゃあ信者でいいな。一緒にネムレスを崇めようぜ」
「は、はあ……。それで、ネムレスに会ったという話を詳しく聞きたいのれす」
「君も会いたいわけか。でもそうほいほいと会えるわけじゃない」
その場に腰を下ろすパライズ。どうもこの人……会話運びが強引で、初対面から苦手意識がついてしまったのれす。
「俺もずっとネムレス信仰していて、会いたいと思っていた。いや……信仰というか、恋してた」
遠くを見るような目で語るパライズの口振りも、表情も、ふざけたものではなかった。真剣な一言だった。
「馬鹿みたいに聞こえるか? でもさ、一度ネムレスの絵を見て、それで一目で俺の心はやられちまったんだ。で、ネムレスが描かれている本や画集を買いあさりまくって、俺自身もネムレスを描きまくっている。ほら」
置かれているスケッチブック数冊のうちの一つを手に取り、中味をあたちに見せるパライズ。
なるほど、確かにネムレスが描かれまくっている。上手い。それに……あたちはそれまで絵なんか興味無かったし、詳しくもないが、その絵の数々からは、確かに強い想いが込められているような、そんな気がした。
「ネムレスと会ったって話は……うっかり漏らしちゃったけど、その一回うっかり漏らしたのに加えて、俺とネムレスが実際に会っている場面も見られちゃってさ。それで噂が広まったようだわ。俺は定期的にネムレスと会っている。で、その話は内緒なんだ」
その内緒の話を、会ったばかりのあたちに堂々としているわけれすか……。突っ込もうかと思ったけど、もう少し喋らせて様子を見るのれす。
「でも、いつネムレスがまた来るかは、本当にわからないわ。俺もネムレスに――いや、これ以上はそっちの話を聞いてからでないと、話せない。お前がネムレスに望むのは、どんな願いだ? 俺の納得いくものであれば話すし、俺からもネムレスにお願いしてやってもいいぜ。条件つきでな」
条件ときたれすか。
「納得がいったうえで、さらに条件もいるのれすか。どういう条件れすか?」
「俺の女になれ」
尋ねるあたちに、ストレートな要求がきた。なるほど、女垂らしと村人が言ってたれすね。
「心の底ではお断りれす。しかし体だけなら差し出してもいいれすよ」
冷たい眼差しで言い放つあたちに、パライズはひどく哀しそうな顔になった。そして……あたちに同情の視線を送った。
その時は、何でそんな目であたちを見たのか理解できなかったが、後々になればわかる。パライズはあたちがそんな台詞を口にした時点で、いろいろ辛い目にあってきたか、余程深刻な事情があると察したのだろうと。
「それじゃ駄目だわ。俺が欲しいのは、もちろん体もあるが、心も伴ってないと意味無い。俺は悪魔の下半身を持つ男と恐れられているし、実際自分でもそう思うけど、好きあってない女と寝たことは一度も無い。これからも無い。好きでもない女と寝るのは、相手の女を――そしてセックスそのものを軽んじた行いだってのが、俺の考えだからな」
真面目な口調で語るパライズに、あたちはその時、ちょっぴり感心した。そして見直した。下衆な欲望丸だしの奴かと思ったら、そんなこともなかった。
でもそれなら、初対面でいきなり条件つきで、自分の女になれって言うのもおかしいれしょう……
「心が欲しいというくせに、その条件に心を差し出せとぬかしやがるのれすか? 心なんてそんなにほいほいと動くもんじゃないってこともわからんのれすか?」
挑みかかるようにあたちが言うと、パライズはくすりと笑った。
その笑みがひどく魅力的に見えて、あたちはちょっとどきっとした。いや……一応見た目だけは美形だし。
「いいな、その返し。ますます好きになった」
「は?」
好きになったという言葉も衝撃だったが、ますますって何れすか、ますますって。
「一目で惚れた。見た目は超俺好み。で、中味も中々芯がありそうで、これまた俺好み。いや、一目惚れした時点で、俺の中でお前が俺と合う女だってこと、俺は見抜いたんだろうがな」
「お前……ネムレスが好きなんじゃなかったのれすか……?」
「うん、好きだよ。超愛してる。でもお前も好き。それが何かおかしいか? 人間の雄ってのは、複数の雌を愛せるように、生物的に設計されてるんだぜ?」
うーん……こいつは……どうやらとんでもなく面倒な奴のようだ。そして……下界も含めてあたちの人生で出会った中で、間違いなく一番個性的な人物でもある。
正直関わりたくないが、ネムレスに通じる重要な鍵だ。どうにか機嫌取って、会わせてもらわんと。
「今好きでなくてもいいから、俺のことを好きになるまで一緒にいてくれ」
またおかしな発言が、パライズの口から出る。こいつストレートすぎれしょ。いつもこんな風に女口説いているのれすか? 女垂らしと言われてたれすが、世の女達は、こんなノリのこいつのどこに惚れるんれすか? あたちは王族の娘だからよーわからんれすが。
ま、いいか……適当に誤魔化してそれで情報引き出すのれす。
「わかったのれす。付き合うのれす」
「今、ネムレスに会えるまで、適当に茶濁してやればいいとか、そんなこと考えたろ」
ぎくっ……あっさり見抜かれたのれす。
「甘いぜー。俺と付き合ってて、俺のこと好きにならなかった女はいないんだぜ? まあ、離れていく女も結構いて、それがアレだけどな……」
渋面になるパライズ。離れていく云々以前に、この強引な性格を好きになる女の方が理解できないし、好きになったのはこいつの思い込みだけで、嫌いなまま離れていったんじゃないかと、疑ってしまう。
「ネムレスといつ会えるかわからないと言ってたれすが、何度も会っているような口振りれしたよね」
肝心の話へと戻す。
「不定期で俺に会いにはきてくれているんだけどね。で、さっきの話の続きだけど、俺は今、ネムレスの弟子ってポジションだ」
確かにネムレスは、何人も弟子をとって鍛え上げている神でもあったれすね。
「ネムレスに告白したら、自分とつりあう男になるよう磨きをかけろって言われてね。ったくよー、絵だけじゃ駄目なのかっての」
なるほど、それで剣の修行なんかしていたのれすね。しかし動機はともかくとして、それで弟子という立場になって、しっかりと剣の修行もするその姿勢だけは、認めざるをえないのれす。
「で、お前はどんな願いをネムレスにしたいんだ? まずそれを聞いておきたいな。何度も言うけど、そいつを納得しないことには会わせられない」
「今は……話したくないのれす……」
話したくない気持ちだけではなく、簡単に話せることではない。あたちの陰惨な人生を全て語ることになる。
「じゃあ、そのうち俺に心開いてから話してくれ」
パライズが笑いながら言った。そんな時など来ない……と言おうとしたあたちだが、彼の朗らか笑顔を見ていると、その言葉がどうしても口から出てこない。
自分と同じ年頃の男の子と喋ったことそのものもが、あたちにはなかった。これが初めてだ。まあ……実際の年齢はわからんれすがね。この冥界では……
「あー、そうだ。大事なこと聞き忘れてた」
「まだ何かあるのれすか……」
パライズの言葉に、意識して嫌そうな声を発するあたち。
「お前の名前、まだ聞いてないや」
笑顔で今更そんなことをぬかすパライズに、あたちはおかしくて思わず笑みをこぼしてしまった。
私が笑うのは……何年振りだろう。生誕してからは無かったし、下界でも……最後に笑ったのは、いつの頃、何が原因だったろう……




