3 回想1――姫殺し――
地球とは違う惑星。しかし地球人と大差無い――人間。地球人とよく似た文化。
そこは王国だった。あたちは姫だった。
その王国では、とんでもない因習が存在した。
大昔、王族と平民の間で幾度と諍いがあったその国では、王族が平民を抑えるために、国家的な儀式を行う事を決めた。
その儀式とは、代々の国王の第一王女を国家の人身御供とする、姫殺しの儀式と呼ばれるものであった。
人柱、生贄、呼び方は何でもいいが、御国のために王族だって身を切ってブっ殺しちゃうんだから、平民達もちったあ納得しなさいよという、途轍もなく馬鹿らしく野蛮な因習が誕生したのである。
んで、あたちは王族の長女だったわけで。
十六歳になったら国の人柱として殺されることも言い聞かされ、育てられた。生贄となる姫が、より強い怒りと絶望と恨みと呪いを抱いて死ぬ事で、国の厄を引き受けて地獄へと堕ちるという教義なので、小さい頃からそういった感情を植えつけられるように、育てられたのだ。
その一方で、ちゃんとした教育も施されたからタチが悪い。親からも愛情を注がれた。父も母も、この野蛮な因習を呪っていた。しかし平民共はこれを楽しみにしているし、これをやめたら国が治められないとかいうアホ理屈。
あたちは己の理不尽と、この馬鹿馬鹿しい王家と、野蛮な国民達を呪いまくった。しかしその呪いこそ、求められているものだという。あたちが呪えば呪うほど、国の災厄は退き、国に祝福が与えられて安泰になるなどという、意味不明な理屈が、最早信仰の域にまで、この国では根付いていたのだ。
あたちはせめてもの足掻きとして、死ぬ時は何も考えずに死んでやろうと思った。無意味な抵抗だとは思ったが……
しかしそうはいかなかった。
十六歳の誕生日、あたちは国民達に祝われながら殺される事となった。
大通りに引っ張り出されたあたちはそこで、拷問官の手によって、ありとあらゆる苦痛を受けて嬲られて、殺されたのだ。そしてそれを平民達の目に晒されるという、エロゲ風お祭り。いや、あの王国にはエロゲなんて無かったけど……ていうか、モロ中世れしたし。
そのうち拷問官ではなく、下級階層の平民達に代わる代わる嬲られ、散々玩具にされ続けて、最後はボロ雑巾のようになって衰弱死した。
あたちは憎まずにはいられなかった。呪わずにはいられなかった。絶望も怒りも憎しみも呪いも、とても回避できるものでは無かった。
あたちは国を呪い、運命を呪い、神を呪い、あたちを玩具にしてそれを見て喜んでいる民を呪い、呪いに呪って呪いまくった。
その一方で、死を待ち焦がれていた。あんなに死ぬのが嫌だったのに、一刻も早い死による解放を願うと言う皮肉。
死ねば救われる。死ねば解放される。死ねば終わってくれる。
死に希望を抱いていた、あの頃の可哀想なあたち……
***
んで、あたちは冥界に生誕したのだが……
その場所は……冥界の大部分を占める巨大大陸の中でも、東側にあたる地域だった。
大陸の東と言えば、人類の侵入が阻まれる過酷な大地が、延々と東に向かって長く伸びている。魔物も生息するが、何より環境の変化がキツくて、一流の冒険者が何名も挑んだが、そう大して侵入できずに終わるか、あるいはのたれ死ぬ土地。
その過酷な土地を抜けた先には、大陸の東の果てには竜の住まう地が有り、この冥界の法則を一切無視し、神々の干渉すら退けて、独自の文化を形成しているという、怪しげな説もある。
まあ、不毛の環境地獄とか竜の国とか、おいとくとして……
不毛の地の手前の東の地は、他の地域とは異なる独自の文化が形成されている。
都市国家ではなく、王国なるものが存在するのだ。そしてそれらは、下界の王国をほぼそのまま反映しているらしい。
ようするにまだ中世な国や惑星の死者は、この辺りに生誕するよう出来ている。そして死んでも同じ国に来る。
あたちは生誕して驚いた。死んだのに死んではいない気がした。死ぬ前と似たような建造物が建て並び、ほぼ同じ見た目の王城が建つ王都が、そこに存在したのだから。
見た目のうえでの大きな違いは、町のあちこちに魔物の石像があったという事だ。
東の地では、魔物も普通に出現する。魔雲の地近くの北の地に出現するのと一緒だ。東の過酷な大地も魔物のテリトリーだが、魔物の生息圏が人類の領域とかぶっている。そして東の地では魔雲近くよりもさらに、魔物の被害が深刻だった。
この魔物達も、邪神に率いられて一斉に都市へと攻め込んだ者達らしい。だが、王国の守護神である、正義を司る神ユメミナによって、全て石にされて防がれたとか。
もう一つ、生前の王国とは大きな違いがあった。この王国は、ユメミナという神を信仰している。冥界には、神がちゃんと存在しているのである。
まあ、後から知ったそれらの情報よりも、もっとおぞましい事実が、冥界の王国には存在した。
彼等は全て、あたちが生まれ育った王国の死者だった。そして死してなお、生前と同じような生活を送り、そして――下界と同じ、姫殺しの儀式を行っていた。
それを知った時の絶望は――あたちが生誕するなり兵士達に発見され、城へと連れて行かれ、また生贄にされると聞かされた時のあの絶望は、計り知れない。言葉で言い尽くせない。
あれをまたやらされるのか? また嬲りものにされるのか?
死ねば救われると思っていた。そうしたら、死んでもなお救われなかった。地獄から地獄へ。
まるで悪夢。
あの時、あたちの精神はよく壊れなかったものだと思う。いや、壊れれば救われただろう。この世界で精神が壊れるということは、精神へのペインの不可によって、死を意味している。消滅し、また神に捨てられた地へと下ることを意味する。あの場でそれが発生すれば、解放された事になったのだから。
しかしあたちは狂いそうになりながらも、狂いきれなかった。
再びの絶望。
死に希望を抱いていたあたちなのに……死んでなお、冥界に下界と同じあの忌わしい王国が存在していたのだ。
そして生誕したあたちの魂も、守護神ユメミナの力によって見つけ出され、捕えられ、もう一度公開拷問陵辱を何日にもわたって続け、国民を楽しませるというお話。
あたちは死ぬ前に、神を呪った。神などいないと信じた。しかし冥界に神はいた。冥界では神すらもこの野蛮で邪悪な儀式に加担していた。それでいて正義の神を名乗っている。それを聞いてあたちがどれだけ怒りに身を震わせたか。
一体あたちはどれだけ苦しまなければいけないのだ。どれだけ怒り、恨み、憎み、呪い、嘆き、絶望しなくてはならないのだ。何なのれすか、これは……どうしてこんな運命……全てが敵。世界は敵。あたちの魂は永遠に苦しみ続けなければならないのか?
「安心してください。これが最後ですよ」
ユメミナに仕える神聖騎士という男が、にやにやと笑いながら、打ちひしがれているあたちに向かって言った。名前はスリプド。身なりだけは立派だが、やたら毛深くて、癖っ毛だらけの、人相の悪い中年男だ。身なりを変えれば、山賊か何かと言われた方がしっくりくるような容姿の持ち主だ。
「ここで死ねば、また貴女の魂は下界へと下る。しかし元いた星――おっと、王国に還るとは限りません。全く別の国、全く別の星……いや、別の世界である可能性が高い。また王女として生まれて生贄になるなんて、そんなこたーないと思いますよ」
スリプドの言葉を、あたちは信じられなかった。きっとそういう風に希望を抱かせておいて、またあたちはあの国の王女として生まれ変わって絶望させるのだ、そういう運命なんだと、最悪の想像に取りつかれていた。
後々考えればスリプドの言葉の方が正しかったとわかるのだが、あの時のあたちに、それが信じられるはずがない。自分の魂は、永遠に苦しみ続ける義務があるのだと、そう思い込んでしまった。
あたちは魂に、深い絶望と……何よりも憎しみを刻み込んだ。全てを憎む。全てを恨む。全てを呪う。
***
生誕してすぐにまた、儀式にかけられて殺されるということは無かった。二十年に一度と決まっているらしい。もし二十年のうちに王族の長女がいなければ、別の王族の女が殺されるとか。ま、あたちにはどうでもいい話だった。まずあたちが殺されるのが確定なのだから。
あたちは冥界の平民達の幸せのため、そして冥界にも築かれた同じ国の守護神であるユメミナに捧げられる生贄という名義のために、また嬲りものにされて殺される。殺される理由が一つ増えたが、やられることは同じ。ムカつく理由が一つ増えただけ。
あの時は関係無いと思っていたが、そのムカつく理由が、実はあたちの運命を左右することになるなんて……
「しばらくは命を楽しむといいでしょう。一応自由です。例えどこへ逃げても、儀式の日には、ユメミナの力によって、呼び戻されます」
ブサ男神聖騎士スリプドが、相変わらずいやらしい顔で言ったが、あたちには何もする気力は無かった。
「生贄の姫君は大体似たような反応ですな。まあ、無理も無いですが」
溜息交じりにスリプドがあたちの前に大金を差し出す。
「このお金で楽しんでらっしゃい。世俗の悦びを。男を買うってのはどうです? 高級男娼館には美形で、御婦人方を喜ばせるのに長けた者達が揃っていますが故に」
この男をブチ殺してやりたい衝動に駆られる。こいつは一応あたちにいろいろ気を回してくれているが、慇懃無礼かつ下品だ。
しかしこの男は今、王国にいる国王よりも発言力を持っている。何しろ神の使いだ。王国の誰もがスリプドにへつらっている。
そんなこいつが、あえてあたちに慇懃無礼な態度で臨み、へつらっているのが不気味でしゃーない。
「リザレ姫……何度も言いますが、貴女は祭りの日までは自由なのですよ? 金も現実的な値段なら用意できます。遊ぶ程度にはね。そして……貴女にもまだ希望はあるのです。そこが神に捨てられた地との大きな違いでしょうな」
「希望などあるわけがないれすが……一応聞いてやるれす。どんなふざけた、実現しえない希望れすか?」
スリプドがどんなふざけたことを言って、またあたちを突き落とすのか興味があって、あたちは尋ねた。
「祭りまであと九年という期間があります。この九年は自由ですから、この九年の間に、貴女は力をつければいいだけです。王国と戦える力を。神と戦って勝てる力を。それだけの話ですよ。九年もあるんですから、希望を捨てずに頑張りましょうよ」
ほら見ろ、とんでもなく馬鹿なこと言ってきた。
あの時のあたちは、そう一笑に付して、このふざけた男に蔑みの視線を投げつけて、それで終わりだったが……
後になって、あたちは知る事になる。スリプドは……あの台詞を本気で言っていた事に。
***
あれからもう毎日スリプドがあたちの部屋を訪れ、あたちに自由を――城を出て世の中を楽しむことを勧めた。もうしつこいくらいに。
あたちは単に意地になっていたわけではなく、何か罠があると警戒していたが故に、引きこもっていた。スリプドがしつこいので、余計にそう思った。
「罠とかありませんよ。リザレ姫が不憫だからこそ、しつこく通っているのです」
溜息を吐き、スリプドは言う。
「無為に時間を過ごしなさるな。ただ楽しむもよし。九年後の生贄の儀式から逃れる術を探すのもよし。しかし九年という時間制限があるのです。その時間を無為に過ごす貴女を、見ていられない……」
「わかったれすよ……。お前が鬱陶しいから外に出てくるのれす」
そう吐き捨てて、あたちは城を出た。
正直言えば、その後の自由時間は楽しかった。一人で気ままに街中を歩き、街が飽きたら国の外へと出た。ただし、国外に出る際は護衛の兵士が何人もついた。魔物が出るからだ。
あたちはこの冥界の知識もいろいろと仕入れた。さらには、冥界側のこの国の歴史も調べた。
驚いたことに、どうやらスリプドは歴代の姫達に、運命と戦うことを促していたようだ。姫達の中には、本気で王国と――王国の守護神ユメミナと、戦うという道を選んだ者が何人もいる。
ユメミナさえいなければ、運命から逃れることも可能だ(拘束とかされないかぎりの話であるが……)。しかしユメミナがいると、どこに逃げようとユメミナの力で強制召喚されてしまう。故に、運命に抗おうとした姫達は、神に戦いを挑んだのである。
もちろん彼女達の力は及ばず、敗北し、結局は人柱の祭りの犠牲となって、嬲られて殺されたが……戦う事を決意した姫達は、それなりに力を身につけ、あるいは計画を練り、この王国に少なからぬ災厄をもたらした。大勢の人間を殺した。
特に姫の一人に至っては、邪神ネムレスと契約までしたという。そしてネムレスと姫に率いられた魔物の軍勢が王都を攻め、ユメミナも降臨してネムレスと神々の直接対決となるまでに至ったのである。都のあちこちにある魔物の石像は、その時の名残だ。
スリプドがあたちに戦えと促した言葉は、決して戯言ではない。それも選択の一つであり、それを成そうとした者達が実際にいたという、驚きの事実。
一体スリプドはどういうつもりなのだろうか。生贄の姫が災厄となってしまう可能性も有るというのに、あえて自由を与え、しかもそうなるように促すなど……
そしてスリプドの絶対的権限で、生贄の姫が国に災厄をもたらす可能性が有るとわかっていながら、国民らに対して、自由な姫に危害を与える事を禁止している。王族ですら、これに逆らうことは許されない。
ここまでするからには、ただ生贄の姫を弄んでいるだけとは思えない。国そのものに、さらには己が使える神ユメミナにも害をもたらしかねないのだ。
あたちはその事実を知り、気が変わった。運命に抗う決意をした。
最も現実的な方法は――ユメミナとは不倶戴天の敵である邪神、そしてユメミナの姉神でもある神、ネムレスの助力を得る事だ。実際ネムレスの力を借りることに成功した姫は、王国に多大な災厄をもたらし、国の危機にまで至り、神々の戦いまで及んだのだから。
とはいえネムレスは敗北し、結局はその姫も生贄にされてしまった。しかも国を滅ぼそうとしたうえに、邪神を連れてきてユメミナ神まで脅かした最悪の邪姫として、たっぷりと念入りに嬲られて殺されたという。
第一、その姫がどうやってネムレスと契約したかもわからんのれすよね。
ネムレスはこの王国の守護神であるユメミナの敵神であり、しかも王国を滅亡の危機に晒したとして、王国ではタブー視されている神。日常で口にだすのも憚られ、信仰しているなどとされたら、それだけで死刑にされる。
ネムレスは欲望を司る邪神。強い欲望を持つ者の前に気まぐれに現れ、力を授けてくれる。この国では最悪の悪神とされているが、地方によっては結構人気もある神であるとか。
あたちはまず、このネムレスと接触できる方法を探すことにして、旅に出た。王国の兵士達の護衛をつけながら……
これが唯一の希望。最後の希望。
希望を掴もうと足掻けば、きっとそれだけ反動の絶望も深いだろう。それはあたちも知っている。しかしそれでもなおあたちは、希望を手にする道を、戦う道を選んだ。
魂の芯に刻み付けた、強い強い強い、途方も無く強い憎しみを糧にして。




