18 会議室で物理的に行われる神々の戦い
俺達がしばらくネムレスの私室で雑談していると、ようやく取り調べだか何だかから解放されたドロカカが、賢者院のローブを着た真っ白なコボルトのお姉さまと共に部屋を訪れた。すっごく綺麗なコボルトだ。犬種はよくわからんが、金持ちの家に飼われてそうな犬の種類っぽい。
「ほう、君が噂のドロカカか」
俺の記憶を通じてその名も姿も知っているネムレスが、さも初めて見たという風に声をかける。
「ほう、あんたが噂のネムレスか」
こちらもわざとらしく真似をするドロカカ。この部屋を訪れた時点で承知のうえだろうに。
「そっちの綺麗な姉ちゃんは?」
「賢者長を務めるサリンと申します。流石ネムレスの神聖騎士様ですね。お口がお上手です。
おしとやかに笑うサリン。見た目は気品あるが、名前は毒々しいぜ。
「で、モーコ・リゴリ遺跡第五次探索隊は決定したわけか? あるいは問題があるか?」
先回りしてここに来た用件を問いただすネムレス。
「後者ですね。その問題さえクリアーできれば、プロジェクトを開始できますが」
「剣神共が反対しているんだよ。忌々しいったら無いね」
サリンが言うべき台詞を、ドロカカが毒を混ぜて口にする。
「少なくとも第三次探索の際は、剣神達は不干渉でしたが、どういう理由で心変わりを?」
ディーグルが尋ねる。
「第四次もそうだ。その心変わりの理由が、現時点ではわからん。ソードパラダイスにいないアーゼーを除く剣神、全てが反対していやがるのさ。特に遺跡探索を推奨――とまではいかないか――応援していた墨子までもが、だ」
と、ドロカカ。
「明日、その理由を改めて話すということなので、ネムレス様にも御足労願いたいのですが。もちろんディーグル様にも」
「いいだろう」
「承知しました」
サリンの要請に、偉そうに応じるネムレスと、恭しく応じるディーグル。
その後サリンは退室し、ドロカカが残る。
「すぐには話さず、明日に改めて――という所がおかしいと思わんか?」
ドロカカが一同を見渡して言った。
「剣神達全て反対とか言っていたけど、実際は剣神達の間でも意見が分かれているのか、あるいは他に事情があるのかだろうな」
と、俺。
「ところで太郎、その格好は何だ?」
「似合っていルであロう。以後太郎の服装は恒久的に女子のものとすル」
やっと尋ねるドロカカに、ゴージンが誇らしげに微笑みながら決め付ける。俺はもう抵抗しない。
「去勢もしたのか?」
「また俺はこの台詞を口にせねばならんのか。ちんちんはありまぁす。って、神に捨てられた地じゃねーんだし、この世界で部位欠損は無理だろ」
ニヤニヤ笑うドロカカに、俺が突っこむ。この爺もわかってて言ってるだろうが。
「謎は多いが、明日になればわかることだ」
ネムレスがそう言って締めくくった。
***
んで、翌日。一向はソードパラダイスの剣神宮へと向かったのだが、そこで問題が発生した。
「入れるのはネムレス様とドロカカ殿だけです」
守衛がそんなことをぬかして、会談への俺らの入室を拒んだ。こいつは許せねーなー。
そして俺はそこでおかしなことに気がつく。
「何故入室の制限などする。意味不明だ」
ネムレスが食いつく。
「そ、そう言われましても、私共は上の言いつけに従っているだけですから」
しどろもどろになる守衛。
「そうか。では僕が従わなかったと上に言えばいい。行くぞ」
流石ネムレスだ。不審点に気付いていたか? そとれもただ納得しかねて無視しただけか?
「ネムレス、今のおかしいの、わかった?」
歩きながら尋ねる俺。
「当然だ。ドロカカの入室は許可する一方で、ディーグルの入室も拒むなど、これは露骨におかしい。どちらも遺跡探索に関わった者であるというのに」
流石ネムレス、気がついていたか。そしてこんなことをする意味は――
「戦力を削いで、ネムレスを亡き者にしようという陰謀ゾ」
ゴージンが指摘する。断言はできないが、その可能性が大いにある。
「俺は戦力外と計算されて許可されたか。舐められたもんだ」
へらへらと笑うドロカカ。
「ネムレスは剣神と仲が悪いのか?」
「マガツ以外との仲は良好だ。マガツは気に入らん。あれは心を失う一歩手前のようなもの。性格的にも合わないな。しかしその心を失う一歩手前の状態で、もう何十年も踏みとどまっている不思議な神でもある。あふれ出る闘争心が成せる業か」
「そのマガツの権限でネムレス暗殺するとか、あるのかねえ」
「謀を企むタイプではない。何事も常に正面から臨む、脳筋の中の脳筋。故にマガツがそのような企みを許すはずもない」
だとすると……戦力を削いでネムレスを殺そうとするというのは、考えすぎか?
「しかし直前で入室人数の制限など、これまた考えられぬ行いでしょう? 何かしら事情があれば、事前に伝えるものです」
ディーグルがもっともなことを言う。
突然の入室制限――ともすれば見落としそうになるほどの不審点。しかし強烈な謎が孕んでいる。
「いずれにせよ警戒が必要ゾ」
「うむ。この豪華メンツでもな。いや、この豪華メンツ相手に、罠にかけようとする者がいるとすれば、それこそ警戒がいる」
ゴージンとドロカカが言う。
指定された宮殿の会議室の前へと立つ一行。
「嫌な気配がぷんぷん漂っていますね」
ディーグルが刀に手をかける。
ネムレスが扉を開く。かなり広い会議室。でかいテーブル。そしてテープルの先には、三人の剣神が待ち構えていた。ヘカティ、墨子、そしてマガツ。そのいずれもが、一目見て正気と思えぬ形相をしている。さらにはサリンの姿もある。こちらも剣神達と同様、明らかに狂ってますよキチガイの顔ですわになっている。
俺はそこでようやく察した。慈愛の神レロも、こんな状態だった。つまり――
「なるほど。ピレペワトの仕業か。しかし剣神三人に寄生して操るとは、大したものだ」
不快を露わにしつつ称賛するネムレス。つーか三人に同時寄生って……いやサリンも入れて四人か。
「ぬわああああぁああぁあぁあんで、ネムレス以外にもぞろぞろ来てるんだよおおおぉおぉっ! ネムレスとドロカカ以外来るなって言ったね!? 言ったよね!? それなのに平然と言うこと聞かないで全員でぞろぞろ来るとか、お前らどっか尾かしぃぃぃいぃぃぃいいぃぃぃぃんじゃねえのっ!? 悪い子めーっ!」
聞き覚えのある叫び声があがるが、どこにいるのかはわからない。剣神達の中か?
狂神ピレペワト。神に寄生する神という、極めてタチの悪い神で、ネムレスとは不倶戴天の敵同士であるが故、ここで罠を仕掛けてきても驚くことではないが、驚くべきはネムレスも口にしていたように、数人の神を同時に狂気へといざなったことであろう。
椅子に座っていた剣神達が無言で立ち上がる。墨子が真っ先に刀を二本抜く。
「ディーグル、墨子の相手をしろ。ドロカカはサリン。太郎とゴージンはマガツを担当。僕はまずヘカティを抑えてから、他の苦戦してそうな者のサポートに回る」
「承知ゾ」
「了解しました」
「おう、荷が重いな」
てきぱきと指示をするネムレスに、それぞれ頷く。俺とゴージンも荷が重そうだぞ。一番強い剣神王マガツとか。
別に俺とゴージンで、マガツを斃さなくてもいいわけか。一番強そうなのを、一時的に引き受けて、時間を稼ぐ。マガツより劣る者を誰かが倒せば、マガツの支援に回れると。多分ネムレスはそういう考えなのだろう。最も良い担当配置と言えるな。
ディーグルが会議室に突入し、墨子めがけて刀を振るう。相手に届かぬ位置からでも、気のエネルギーたが何だかが斬撃となって飛び、墨子を襲うが、墨子は己の刀でこれを防いだ。
ドロカカが短い呪文を唱え、魔法を発動させる。
直後、床のカーペットがめくりあがり、まるでカーペットが意志を持った生き物のように波うち、室内にいる者が全員体勢を崩す。ディーグルもな。
マガツさえも体勢を崩したのを見て、ゴージンが部屋に踊りこむ。カーペットを踏むのを避けて、テーブルの上へ飛び乗ったが、そこも揺れているのには変わりない。まあ直接踏むよりはマシだが。
カーペットが引き起こす振動などまるで意に介していないかのように、ゴージンは爪先だけでの最小限の着地で、おもいっきりテーブルを蹴り、できるかぎりの最長の跳躍を繰り返し、マガツへと迫る。
グレートソードを横薙ぎに振るおうとしたマガツであったが、できなかった。俺がすでに絵の奇跡を発動させていたからだ。奴の持つグレートソードに、ガムのような粘着質なネバネバをまとわりつかせ、さらには床と天井と壁とテーブルともくっつけておいた。
ゴージンが鉤爪を振るう。崩れた体勢と、振るうつもりの剣が振るえなかった事への驚きで、マガツはこの攻撃を避けられなかった。
かなり強烈なペインを食らったにも関わらず、マガツの顔に苦痛の様子は見えない。だが、明らかに変化はあった。狂気に歪んでいたマガツの顔が、正気のそれに戻ったのだ。
「なんだとおおおおぉぉぉおぉ!?」
ゴージンのたった一撃で狂気の支配が解けた事は、ピレペワトにとっても意外な事態だったようで、やかましい驚愕の叫びをあげていた。
「マガツ自身の抵抗力が高いが故、ピレペワトの支配も浅く、わずかなペインのショックであっさりと戻ってしまったといったところか。加えて言えば、マガツが一撃入れられるなど、それだけでマガツにとっては大きな衝撃であっただろうからな」
解説するネムレスに目をやり、今度は俺が仰天する番だった。
ネムレスの背中から、四つの翼のようなものが生えている。いや、そいつは翼を形作ってこそいるが、羽毛でも皮膜でも翅でも無い。様々な形状の内臓器官が無数に幾重にも重なって、翼状になっている。いや、内臓だけではなく、血管だの剥き出しの筋肉組織だのも見える。まるで身体の中身を裏返したかのような有様だ。
さらにヘカティに目を向けると、ヘカティの黒い甲冑が内側から弾け飛び、ヘカティの服をも破いて、ほぼ全裸になっていた。そしてその体の至る箇所から、体内の内臓や筋繊維や血管が、増殖して溢れ出しているかのように、噴出している。
「忘れているだろうから解説してやる。これが僕の得意とする奇跡、神蝕だ」
ネムレスが俺を意識して告げる。わざわざ得意とすると告げたのは、神聖騎士や巫女と違い、神は奇跡を一つしか行使できない一発屋では無いということを強調しているのだろう。でもこれがどういう奇跡なのか、よくわからん。見た感じ、ヘカティの動きは完全に止まったがな。
ディーグルと墨子は、目にも止まらぬ動きでちゃんばらを続けている。しかし目にも止まらなくても、明らかにディーグルの方が押しているのはわかる。墨子は何発か剣を浴び、服が斬られているし、そのうえじりじりと後退している。
サリンは呪文を唱えようとしているのだが、足場のカーテンの動きのせいで、呪文を上手く唱えられない。精神集中が途切らされてしまっているようだ。
マガツは動きを止めていた。狂気の支配から解かれたばかりで、混乱しているのか? しかしゴージンはマガツの動きを警戒し、間近で身構えている。
どうやらこちらが完全に優勢の模様。
「おっのれえええぇぇぇぇ! どうしてだ! どうしてうまくいかない! 剣神三人と賢者院の大賢者を操った俺はどう考えても凄いだろうがよおぉぉおぉっ! それなのに何この有様! すげえええええおかしいだろおおぉおぉ! 超理不尽だああぁあぁ! この構図こそ狂気也ィィィ!」
ヒステリックな悲鳴をあげるピレペワト。つーか、こいつどこにいるんだ?
「うぎゃああぁぁあぁ!」
苦悶に満ちた悲鳴と共に空間が歪み、ペニスケース男が姿を現した。どうやら近くに亜空間ポケットを作り、底に潜んでいたようだ。
ピレペワトの身体も、ヘカティ同様に体の中から内臓その他が噴き出し、なおかつ増殖していた。いや、マジでこのおぞましい技は何なの? 内臓を無理矢理露出させて増やしてるの? あるいは中で増殖してから飛び出してるの? いずれにしても相当なペインが有りそうなのは確かだが。
「内臓や関節を傷めつければ、相当なペインが生じるだろう? 故に、僕の器官を相手の体内に転移させ、相手の身体と一体化させて増殖させる。増殖させると同時に、それら全てにペインを与えるという仕組みだ」
俺が疑問に思っているのを察して、ネムレスが解説してくれた。すげー嫌なペイン技だな……
「いってええええぇっぇっ! 痛いけどンギモヂイイイィィ~! でも痛いから死ぬううぅうぅ!」
「ピレペワト、長きにわたる因縁、今日こそ決着をつけてやる」
のたうちまわるピレペワトに、ネムレスが冷ややかな視線で告げる。
「そ、それは無理いいぃいっ! 何故ならば!」
「まさか……」
ピレペワトの言葉に反応し、ネムレスが目を剥いた。何だ? 何があるんだ? あのネムレスが物凄く警戒して、焦っているかのようにも見えるぞ。
「海藤おぉおおぉぉぉぉぉ!」
「はいはい。もー、いつも尻拭いだ。まあ尻拭いでしか使えない奇跡だけど」
ピレペワトがいたと思われる亜空間の中から、十代後半くらいの丸顔の少年が現れる。見た目は完全に東洋人であるが、何となく猿っぽい感じの顔をしている。
「今起こったことほとんど嘘。皆の頭から消えて、俺もピレペワトもしばらく見えません」
そいつはおかしなことを口走って、手をぱんと叩く。
直後――二つの変化が起こった。
一つはこの場にいる全員、呆けたような顔になって戦意を失ったこと。
もう一つは、俺が胸に下げたアクアマリン付きのタリスマンが、強い波動を放ち、俺の体と心を振るわせ始めたということ。
「な、何だ!? あいつには効いてないぞ!」
丸顔の少年が疲弊しきった顔で、俺を見て驚いている。
「はあああぁぁ!? 真面目にやったのかうああぁぁうぁ!? いや、真面目は駄目だ! 狂気いぃぃぃぃぃ! クレイジーであれえぇぇぇ!」
「何か不思議な力で守られているのかも。ズラかった方がいい」
「またかよおぉぉおぉおぉ! もう敗走パターンではいそうですかかあああぁぁぁ!」
しょーもない駄洒落と共に、ピレペワトが膝をついて動けなくなった少年を抱え、会議室の奥の壁に向かって光弾を放って破壊し、壊れた壁の向こうへと逃げていく。それに墨子とサリンも従うようにして、後を追う。
俺はどうにもできずにいた。ディーグルもゴージンもドロカカもネムレスさえも、心神喪失モードで動きを止めていたからだ。マガツとヘカティもだ。ヘカティの神蝕は解けていた。
「む? 随分と荒れているな。ヘカティ、その格好は何の真似だ」
「ん? えっ……ええええっ!? 何で私こんな!?」
いつもクールだったヘカティが、ほぼすっぽんぽんの我が身を見て、絶叫する。
「何があったのだ? えーと……僕達は第五次遺跡探索隊の打ち合わせに来ていたはずだが」
ネムレスがおかしな発言をしている。
「何だよ、この有様は。サリンと墨子はまだ来ていないのか?」
部屋の中を見て顔をしかめるドロカカ。おい、まさか……
あいつか? あの丸顔の猿みたいな餓鬼が、ピレペワトの神聖騎士か何かで、皆の記憶を消したと?
「ディーグル、ゴージン、ここで戦ったこと忘れてるんだな?」
「戦った?」
「太郎さん、とうとう頭がおかしく……」
言いかけて、二人は自分が得物を抜いて携えている事に気がついた。
「確かに……戦った痕跡がありますね。それにこの部屋の荒れよう……」
ディーグルが室内を見渡して理解し、刀を鞘に納める。
「何か途轍もないことがあって、しかし全員記憶喪失。一人だけ覚えているというわけか」
部屋の隅で丸くなって体を腕と足で隠しながら、ヘカティが言った。可愛い。でも可哀想だから絵描いて服を出してやるか。
「ピレペワトの神聖騎士の仕業だ」
ネムレスがその答えに行き着いた。どうやら今の丸顔モンキーのことを知っているようだ。
「ああ、確かに今まで、ピレペワトと戦っていたぜ」
俺が言うと、ネムレスが驚いたように、俺を見る。
「何故君には奴の忘却の奇跡が通じていない? 奴の奇跡にはこれまで何度も煮え湯を飲まされ、前世ではそのおかげで君もリザレも死んだというのに」
「多分これかと……」
俺はアリアにもらったタリスマンを胸から取り出す。
「体と心の疲れを多少回復する効果があるんだけど」
「そんなもので、奴の奇跡を防げるはずも……いや……これは……」
言いかけて、ネムレスは俺のタリスマンを触れつつ、しげしげと眺めた。
「なるほど、古代神の想いが力となって宿っているのか」
つまりアリアに救われたわけか……
「何があった? 話せることは全て話せ。何も覚えていないが、相当な事態があったことは何となくわかる」
マガツがやってきて俺を見下ろし、威圧的な口調で促した。




