本心
俺は闘技場の中の待合室のようなところにいるんだが、でかすぎるだろ。ゆうに4、50人は入りそうだ。
ふと時計をみると試合開始5分前くらいだなと思っていたその時だった。
「さ~。この時がやってきました!今日の司会は私、GPOのアイドルことキーネで~す。ゲストにはギルド【紅の羽ばたき】のマスターである、クルゼさんにお越ししてもらいました~」
「どうも~」
キーネとクルゼとかいうやつの名前がでた途端に観客の中から歓声がわいた。
「今日のこの試合、何と45層までの『神の祭壇』の攻略情報をかけているそうです。どう思いますか?」
「うーん。攻略組の僕としてはこんな試合せずに教えてもらいたいものだけどね~。一刻も早くクリアしたいし」
「そうですね~」
うおう。なんか急に俺にとってやりづらい雰囲気を作ってくれちゃってるんだが、あの二人。
「では左コーナーから攻略ギルドNO.1に位置し、平均レベル86の最強ギルド【聖魔騎士団】の方々の登場です!」
歓声がわくと思っていたが、あいつらの発している雰囲気によって静けさが訪れていた。
そしてその中にはシオンの姿もあった。覚悟は決まったらしい。
「クルゼさん。いつになく【聖魔騎士団】の方々の顔が険しいですね」
「そうだね。あれはまるで今からボスと戦おうとしている、いやそれ以上の緊迫さを出しているね」
観客が一斉にゴクリとツバを飲む。最強のギルドがそこまで警戒する相手とは何なのだろうかと。
「で、では右コーナーから謎の最強プレイヤー。すでに一人で45層までクリアしているという驚きの強さ。その正体はなんなのか!レベル不明のアキサメ選手です!」
観客たちは俺を見て拍子抜けしたのか一瞬静まっていたが、すぐに凄まじいブーイングをしてきた。
「両者とも武器をかまえてください」
ユウたちが各々の武器をかまえる。
そしてブーイングの中、俺が二本の刀を抜くとブーイングがおさまった。俺の手に握られている刀が両方とも赤く染まっていて、禍々しい雰囲気を醸しだしているからであろう。
「お前のその刀。えらく不気味だな」
紅星がそういってきた。
「そうか?俺としちゃ結構かっこいいと思うんだがな。名前は鬼神刀・阿修羅っていうんだ。ま、そんな話はどうでもいいか。とっとと始めようぜ。えーっとキーネだっけ?合図頼む」
「あ、は、はい!では【聖魔騎士団】対プレイヤーアキサメの試合を始めます!」
キーネがそういうとともにユウの仲間の内の剣をもった5人が飛びかかってきた。俺はその中に突っ込んでいき、一人目の攻撃を受け流しながら、胴を真っ二つにする。その瞬間、右と左から同時に剣が迫ってくる。
「甘いな」
俺はそういいながら飛んでよけ、背中を斬る。後ろから雄叫びをあげながら斬りかかちぇくるやつの剣を振り向きざまにはじく。
「奇襲する時は静かにな」
そういってそいつを真っ二つにする。最後の一人の方を向き、刀を投げる。意表をつかれたのか、反応できずに刀はそいつの頭にささった。そして5人全員の擬似ライフバーは0になった。
「何ていう早業。しかも一撃一撃が重い。彼、恐ろしく強いね」
クルゼがそういうのが聞こえた。俺としちゃ軽く流したつもりだったんだがな。こんなものだとしたら少し拍子抜けだ。
「どうしたよ。そっちから来ねぇならこっちがいくぜ」
俺はそういって一瞬でユウの目の前に移動するとユウを斬った。手応えがない。そう思うとユウたちが霧となって消える。
「っ!まさか」
「かかったな。お前ならそう動くと思っていた」
後ろからユウの声が聞こえた。そうか、最初の5人は劣り。俺がそいつらに一瞬目を向けた時に幻影を生み出すスキル、シャドウカーテンを使ったってことか。
「お前でも俺たち全員の〝ディレクトスキル〟をスキルは耐えられない。くらえ、ギルドスキル〝聖魔の輝き〟」
ユウたちから黒と白のエネルギーの奔流が流れてくる。俺はそれに呑み込まれた。
土煙に包まれ視界が確認できない。
「これはアキサメさんでも耐えられないのではないでしょうか」
「そうだね。なんたってギルドスキルだからね。一日に一回。それもギルドメンバーが20人以上とギルドマスターが揃っている時にのみ発動できるスキルだ。そんな大技をくらって生きているなんてとうてい思え「生きてるよ」えっ」
「勝手に人を殺すんじゃねぇ」
全員が驚愕の表情を浮かべる。
「何で生きてるんだ」
「背中をみろよ」
「っ!それは!」
そう。俺の背中には翼がはえていた。
「ユウやシオンとかには話してたはずなんだけどな。俺の〝ディレクト〟は天使だって」
「だが今の技に耐えられるほど天使は強くないはずだ」
「お前のギルドで最高のレベルはいくつだ?」
「97の俺とシオンだ」
「そうか。俺のレベルは127だ」
会場が騒然とした。
「ありえなさすぎる…」
「ありえませんね…」
クルゼとキーネが呆然としながらいう。
「127だと…」
「そうだ。そして〝天使の羽衣〟という高防御のディレクトスキルは105レベルで覚えるんだが、お前たちは知るはずもないか」
「そうだな。だがそんなことで諦めるとでも思うな」
「悪いな。ディレクトスキル〝クライエンジェル〟」
クライエンジェルは無数の羽を凄まじい速度で撃ち出す初期のディレクトスキルだ。だが今の気力の薄いユウ達には効果は抜群だった。
ドドドッという音とともに嵐のように羽が降り注ぐ。スキルが終わったあとに立っていたのは俺の妹と幼馴染だけだった。
「まだ向かってくるのか」
「「「「「「当たり前だ(よ)」」」」」」
「ふ、ふははははは」
笑うのを堪えきれずに笑ってしまった。
「何を笑っているの、兄さん」
「いやな、シオン。もう勝てるはずがないとわかっていながらお前たちは向かってくるんだなと思ってな」
「絶対に勝てないと決まったわけじゃないじゃない」
レイがこちらをにらみながらいう。
「本当にそう思っているのか?なあ、カエデ、マイ」
「思っているに決まってるじゃありませんか」
「そうだよ。まだみんなが諦めてないのに私一人諦められるはずがないよ」
すました顔でいうカエデと笑いながらいうマイを見て俺は、まだ諦めてないということがわかった。
「ならいい。圧倒的な力の差を見せてやる。こっから先、俺はスキルは使わない。自分の力だけで戦う。いくぞ!」
刀をかまえシオン達に飛びかかる。
そして数分後、闘技場に立っていたのは俺一人だけだった。
「これが結果だ。お前たちが覚悟を決めて全力で向かってきてなお、勝てないというな」
「兄さん。それでも私はまだ戦える!」
シオンが立ち上がってきた。
なぜそこまで他人のために動けるんだ。俺はもう立って欲しくないというのに、なぜ。ただ俺は、お前がお前のために生きて欲しかっただけなのに。
そう思っているとシオンが倒れそうになった。咄嗟だった。つい俺は動いてしまった。
シオンを抱きとめてしまった。
「兄さん?」
「もういい。もういいよ。お前はよくやったよ。俺の……負けだ」
俺は負けを宣言した。覚悟が足りなかったのは俺なのかもしれない。
「勝者、【聖魔騎士団】です」
キーネの声によって観客から聖魔騎士団へ歓声があがる。シオンたちは観客に向かって手をふっていた。そんな中、俺は一人で静かに闘技場をさった。
だがキーネはそんな俺の後ろ姿を熱心にじっと見つめていた。